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統合生産システムの調整メカニズム 1

 

Ⅰ  課題設定   

  本章の目的は,統合生産システムの調整メカニズムを解明することにある2。ここではま ず,本稿の冒頭で述べた国際生産分業をシステムとして形成する難しさを,二輪車産業に 即して具体的に捉えることから始めよう。 

  統合生産システムを形成する際,ホンダはある時点で当該機種の生産に最も適した拠点 を決める必要がある。ホンダが生産拠点を選択する機会は,主要には新機種開発か,モデ ルチェンジ機種の開発時点である。この他に,第 1 章・第 2 章で述べたように,既存機種 を他国で販売するために,モデルチェンジの前に当該機種を再度開発あるいはテストを行 うこともある。しかし,そうした場合に,ホンダが生産拠点を変更することはごく稀であ る。ある機種のモデルチェンジから次なるモデルチェンジまでの期間をモデルチェンジサ イクルと呼べば,ひとつのモデルチェンジサイクルごとに,ホンダは生産拠点と開発拠点 を選択する。実際には,後にみるようにエンジン開発の有無(新規開発か既存のエンジン か),モデルチェンジによる変更の大きさ(フルモデルチェンジかマイナーモデルチェンジ か)によって,現時点と同じ拠点で当該機種を開発・生産することもある。とはいえ,モ デルチェンジであっても,製品要件が全く同じ機種は存在しないので,当該機種の生産拠 点・開発拠点として現時点と同じ拠点をホンダが選択したと捉えることができる。このよ うに,ホンダは新機種開発とモデルチェンジサイクルのタイミングで,個々の機種の生産 拠点・開発拠点を選択する。そうした意思決定の連続によって,ホンダは統合生産システ ムを形成してきたのである。 

  ホンダの生産拠点の決定は,拠点の成長を捉え,または将来的な拠点の発展を見据え,

かつ統合生産システム内部の拠点間の相乗効果を生むものでなくてはならない。しかも,

ブランドレベルの製品ラインナップであれ,拠点レベルのそれであれ,その時々の市場動 向に対応するためには,拠点を決めた後に当該拠点からの迅速な機種投入を要する。むし ろ,競争を有利に進めていくためには,市場投入から逆算して,生産拠点を選ばなければ ならない。しかし,このような拠点選択の意思決定には以下の困難がある。 

  ①拠点の活用可能性を完全に見極めてから,当該機種の生産拠点を決定していては,迅 速な機種投入が難しくなる。二輪車企業,とりわけホンダでは,当該機種の開発に着手す

る前に生産拠点を決めなくてはならない。各生産拠点では,保有する機械・設備や人件費,

生産性もさることながら,周辺に立地するサプライヤーや購買部品の入手可能性などが異 なる。それゆえ,生産拠点が決まっていなければ,当該機種に設定した目標コストの実現 にむけた開発を始めることができない。その目標コストは当該機種の販売開始から終了ま での総販売量と,その機種で実現する仕様を想定して算出する。さらに,総販売量は当該 機種で狙うターゲット層や,それに訴求するための価格,販売促進のマーケティングにも 連動する。このように,ホンダは特定の生産拠点を前提として,ある機種の製品要件を考 案し,開発を進める。つまり,生産拠点の選択は,当該機種の製品要件と強くリンクする。

そのため,開発が始まってから生産拠点を変えることは容易ではない。 

  しかも,ひとたび生産・販売が始まれば,当該機種の生産が終わるまで,つまり次のモ デルチェンジのタイミングまで生産拠点を変えることは難しい。ホンダは当該拠点が持つ 設備や工程レイアウトを前提として特定の機種を開発・生産し,テストや品質保証を行う。

そのため,ある機種の生産・販売が継続している間に,生産拠点を変更しようとすれば,

当該機種を再度テストしなければならない。統合生産システムの中で活用可能な拠点が生 まれたからといって,その拠点に現行機種の生産を切り替えることは困難を伴う。したが って,実際に開発を始める時点は,開発から次のモデルチェンジのタイミングまでの間に おける生産拠点を確定させるタイミングを意味するのである。 

  一方で,二輪車は企画・開発から量産準備を経て生産が始まるまで,概ね半年から 2 年 半の期間を要する。本稿では,この新製品の企画・開発から量産開始までの期間を,「ディ ベロップメント・リードタイム(以下,DLT と記述する)3」と表現する。当該機種の量 産が始まれば,ほぼ同時に市場での販売を開始することになる。それゆえ,本稿では量産 開始を市場での発売開始と同じものとして捉える。この DLT が存在するために,ホンダ が当該機種の生産拠点の決定を遅らせば遅らせるほど,開発着手の時点を先延ばしするこ とになり,市場投入のタイミングを逸する可能性が高くなる。市場動向に機敏に応じよう とすれば,ホンダはある程度の時間的先行性をもって生産拠点を決めなくてはならない。 

  しかしながら,②早い時点で生産拠点を確定すれば,統合生産システムの中で,潜在的 に活用可能な拠点を用いる機会を失ってしまう。もしくは,拠点の育成計画に沿って,特 定の拠点に今後数年間で生産する機種を事前に決めていたとしても,それが計画通りに実 現できるかどうかはわからない。第 1 章と第 2 章でみたように,統合生産システムの形成 には計画の側面と創発の側面がある。計画的に拠点の育成を狙ったとしても,当該拠点が

いつ次のステップに進められるのかどうかは予測が難しい。例えば,低排気量の機種から 中排気量へ,さらには高排気量へと生産品目をより高度にしていく計画を立てていたとし ても,中排気量の機種の生産が順調に進むとは限らない。これに対して,ベトナム拠点の ように,統合生産システムの形成が進む中で,創発的に活用できるようになった拠点につ いては,そもそも事前予測が困難である。ある拠点が活用できるかどうかに対して不確実 性がある限り,①の市場投入のタイミングを重視するからといって,開発着手よりも前の 段階で拠点を確定させることは難しいのである。 

  このように,ホンダは生産拠点を確定する開発着手の時点で,各国市場と拠点の最も新 しい動向をもとに,当該機種の生産に最適な拠点を選択する必要がある。同時に,③そう した拠点の選択は,統合生産システム内部における拠点間の相互連携を強化するものでな ければならない。ホンダの統合生産システムは,この個別機種の拠点選択という意思決定 を繰り返し行うことで形成されてきた。そのため,ひとつひとつの拠点の選択は,当該時 点で,長期的な国際生産分業のあり方を見据えたものでなければならない。しかも,そう して開発する機種は,ホンダのブランドレベルや拠点レベルの製品ラインナップ全体の中 での位置付けを明確にされる必要がある。だから,開発着手の時点で拠点を選択するとい っても,その時々で活用可能な拠点を場当たり的に選ぶわけにはいかないのである。開発 着手のタイミングで個別機種に最適な意思決定を繰り返すだけでは,長期的な製品ライン ナップを組めないし,国際生産分業をシステムとして形成することが難しくなる。このこ とは,当該時点におけるシステム全体を見据えた長期的な構想から,特定機種にとって最 適な拠点を選択するという意思決定を行うことをホンダに要請する。 

  二輪車産業において国際生産分業を形成する困難とは以上のことである。ここでの困難 とは,具体的には,新機種開発やモデルチェンジサイクルのたびに訪れる拠点選択の機会 に対して,恒常的に更新されていく長期的な構想をもとに,その時々の最適な拠点をいつ,

誰が,どのように決定を行うのか,である4。ホンダの統合生産システムの調整メカニズム は,この困難な課題を可能な限り解決するものである。次節からは,ホンダの統合生産シ ステムの調整メカニズムを具体的に把握していく。ホンダの調整メカニズムは,ブランド レベルの製品ラインナップ計画を策定する段階と,個別の機種の開発・生産を進めていく 段階という 2 つの段階からなる。Ⅱではブランドレベルの製品ラインナップの計画策定を,

Ⅲでは個別機種の開発・生産プロセスを素画する。それらを踏まえて,Ⅳではホンダの統 合生産システムの調整メカニズムの特質を検討する。最後に,Ⅴでは,第 3 章で判明した

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