本国生産拠点の多機種・小ロット生産の能力蓄積と差配機能
Ⅰ 課題設定
統合生産システムの基盤は,本国生産拠点の生産企画部が担う次のような機能にある。
グローバル SED によるラインナップローリングにしろ,その後の SED プロジェクトチー ムの開発・生産プロセスにしろ,ある機種の生産拠点を選定するのは,本国生産拠点の生 産企画部であった。本国生産拠点の生産企画部は,個々の拠点がどのような設備を有し,
いかなる排気量の二輪車を生産できるのかを恒常的に評価し,その時々で特定の機種生産 に最適な拠点を選定する機能を担う。生産拠点の決定自体は SED 評価会で評価・承認され ることになるし,生産企画部の選定作業の前段で,二輪事業本部長が今後の国際生産分業 の全体像を踏まえて特定拠点での生産の検討を提案する場合もある。しかしながら,ある 機種に対する拠点の選択肢が指し示されなければ,もしくは,当該拠点がある機種の生産 を実現可能であるという見通しがなければ,生産拠点の提案も決定もできない。したがっ て,生産拠点の提案・決定を行うためには,そもそも統合生産システムに活用可能な拠点 を見出せなくてはならない。
本章では,本国生産拠点の生産企画部が行う生産拠点の評価と選定を差配機能と呼び,
なぜ,生産企画部がこのような差配機能を担うことができるようになったのか,できてい るのかを明らかにする。さらに,第 3 章で詳しく述べた事実を含めて,ホンダの統合生産 システムの調整メカニズムの全体像に検討を加える。
生産企画部は,ホンダ本社の二輪事業本部に属する部署である。一方で,生産企画部の 立地としては,これまで繰り返し本国生産拠点の生産企画部と述べてきたように,ホンダ の本国生産拠点である熊製の内部にある。こうした立地は,生産企画部が果たす機能が,
本国生産拠点のあり方に密接に関係していることが背景にある。
かつて世界最大の二輪車生産拠点であったホンダの本国生産拠点は,統合生産システム の形成が進むにつれて,生産量が大きく減少するとともに,3 つの特徴を有するようにな った。それは,①生産量に占める輸出向けの二輪車の割合が高いこと,②生産品目がかな り多様であり,1 機種当たりのロットが小さい二輪車や極めて小さい二輪車の生産(第 2 章で,これを単に多機種・小ロット生産と呼ぶことにした)を担っていること,③ほぼ全
ての二輪車生産に必要となる生産設備・機械を有していること,である。それぞれの特徴 は次節で確認していくが,このような 3 つの特徴を持つ本国生産拠点は,その他のグロー バル供給拠点と比べて,さらにはホンダの全ての生産拠点と比べても異質な存在である。
第 1 章では本国生産拠点(熊製と後に熊製に統合される浜製)を,タイ拠点やベトナム 拠点と同じく,グローバル供給拠点に位置付けた。グローバル供給拠点は,自国のみなら ず,他国への輸出を企図して開発した機種を生産する拠点であった。説明が煩雑になるた めに,これまでの章では省略してきたが,実は,本国生産拠点は純粋に他国へ輸出するた めだけの機種(本稿では輸出専用機種と表現する)を生産している。第 1 章で確認したよ うに,中国拠点も日本への輸出専用機種である Today を担っていたが,それは一時的であ った。これに対して,本国生産拠点は自国への供給を企図していない輸出専用機種を継続 して手がけてきている。このような輸出専用機種の生産を継続的に担うのは,ホンダが有 する複数の生産拠点の中で,本国生産拠点のみである。国内に出荷する機種とグローバル 供給拠点として生産する機種に加えて,輸出専用機種の生産を行うために,本国生産拠点 は②多様な機種を生産品目に持たねばならないし,他国生産拠点からのエントリーモデル の輸入に起因して①輸出の比率が高まったのである。この①と②のゆえに,③の設備・機 械が必要となるのである。
これら 3 つの特徴は,ホンダが有する二輪車生産拠点のトレンドとは大きく異なる。本 国以外のグローバル供給拠点は,自国への投入を前提として,他国にも販売地域を広げる ことで,1 機種当たりのロットの拡大を企図したグローバルモデルの生産を担っている。
ホンダが多くのグローバルモデルに対して,先進国のエントリーモデル,かつ新興国にお けるハイエンドモデルという製品要件を設定していたことは,前章までで確認してきた通 りである。グローバルモデルの要件,とりわけ,エントリーモデルとしての要件を実現す るためには,コストを抑えることが必要となる。それゆえに,ホンダはグローバル供給拠 点の生産効率を阻害するような過度な多品種化や,設備投資を避ける傾向にある。したが って,グローバル供給拠点は拠点間で差異があるものの,本国生産拠点に比べて概ね少機 種・大ロット生産を志向する。このような志向は,グローバル供給拠点よりも,自国向け に開発・生産した二輪車を他国に輸出する適地供給拠点や現地生産・販売拠点の方がいっ そう強く現れる。
これに対して,本国生産拠点の持つ特徴は,海外生産拠点の志向と対照的であり,むし ろ,ホンダの二輪車生産拠点のトレンドに大きく反する。ホンダは,統合生産システムを
形成する中で,各生産拠点の役割を明確化させてきた。そのことによって,海外生産拠点 はそれぞれ得意とする少数の機種に特化でき,大ロット生産のメリットを享受できていた。
海外生産拠点が付与された役割を踏まえれば,本国生産拠点は割に合わない役割を負って いることになる。
だが,結論を先取りすれば,このような 3 つの特徴を持つ本国生産拠点のあり方が,統 合生産システムを機能させるうえで,不可欠である。確かに,二輪車生産拠点としての機 能を生産量の多さと保有設備の関係だけでみれば,本国生産拠点は合理的ではないのかも しれない。1982 年のピーク時の約 7 分の 1 にまで生産量が減少した本国生産拠点は,年 間生産量だけの順位でいえば,多くのアジア拠点に劣る。そうした本国生産拠点が膨大な 生産設備・機械を抱えるという点だけでも,単一の二輪車生産拠点としては,合理性を欠 くと捉えることもできる。しかしながら,本国生産拠点の特徴がなければ,統合生産シス テムの調整メカニズムの基盤となる生産企画部の差配機能は成し得ない。統合生産システ ムというシステムの観点からみると,本国生産拠点は極めて合理的な拠点である。本国生 産拠点のあり方は,二輪車生産拠点としてだけでなく,統合生産システムに大きく寄与し ていることを見落としてはならないのである。
Ⅱでは,統合生産システムの形成とともに,本国生産拠点が持つことになった 3 つの特 徴を確認する。そのうえで,Ⅲでは,本国生産拠点のあり方が,生産企画部の差配機能,
さらには統合生産システムの調整メカニズムにいかに寄与しているのかを検討する。さら には,ホンダの統合生産システムの調整メカニズムの全体像を示す。最後に,Ⅳでまとめ を行う。
Ⅱ 本国生産拠点の特徴と多機種・小ロット生産の能力
第 1 章と第 2 章で述べてきた本国生産拠点の取り組みを整理すると,第 41 表のよう になる。明らかなように,1980 年代以来,本国生産拠点が直面した問題は,国内市場の 縮小と海外への輸出量(完成車・KD 部品)の減少に起因して生産量が少なくなったこと にある。こうした問題に対して,本国生産拠点は,国内に存在した 2 つの製作所における 生産ラインの集約,さらには,2 つの製作所自体の統合というように,よりドラスティッ クに再編してきた。ここでは,本国生産拠点の変遷をみながら,先述した 3 つの特徴(輸 出機種生産拠点,多機種・小ロット生産,全機械・設備を保有)がどのようにできあがっ
てきたのかを考察する。その際,ホンダが本国に有していた 2 つの生産拠点のうち,二輪 車生産拠点として存続し,統合生産システムの調整メカニズムにおいて現在でも極めて重 要な機能を果たしている熊製を中心に検討を進めていく1。
第 41 表 本国生産拠点の取り組み
出所:筆者が作成した。
Ⅱ1. 本国生産拠点の特徴:輸出機種生産拠点
第 41 図は,二輪車企業 4 社の日本での生産量に占める国内出荷機種の比率を示したも のである。企業によって比率に違いはあるものの,いずれの企業も本国生産拠点における 国内出荷機種の生産数量が減少傾向にある。すなわち,本国生産拠点の輸出拠点化が進ん でいるといえる。ホンダをみれば,1980 年代後半まで,本国生産拠点における国内出荷 機種の生産比率は約 7 割であったが,2013 年には約 3 割にまで減ってしまっている。繰 り返しになるが,この主要な要因は,国内市場の縮小によって国内出荷機種自体の生産量 が小さくなったこと,ホンダの海外グローバル供給拠点が対日輸出を始めたことの 2 つで ある。しかしながら,単純に,これらの要因によって相対的に輸出量が増加し,ホンダの 本国生産拠点の輸出拠点化が進んだわけではない。ホンダの本国生産拠点は,海外生産拠
フェーズⅢ
・Fun二輪車で大規模な海外部品調達を実施
・Fun二輪車でプラットフォームを共通化し た機種の開発・生産
・開発と購買の一部機能を熊本製作所に設置
・国内向けの販売量・生産量が減少
・2008年のリーマンブラザーズの経営破綻と その後に続いた世界的不況によって欧米向け の完成車輸出が減少
フェーズⅠ 〜フェーズⅡ
・アジア拠点が発展し,部品(KD)の輸出量 が減少
・本国生産拠点は超低・低排気量機種の生産 を,輸出(完成車・部品)から国内出荷機 種へと切り替えを図る
・タイ拠点と中国拠点がエントリーモデルの対 日輸出を始めたことで,本国生産拠点の生 産品目から超低・低排気量の最量産機種が なくなる
・ホンダが国内においてフルライン展開を継続 して進めたことで,本国生産拠点の生産品目 は1機種当たりの生産量・販売量が小さい機 種ばかりになった
・国内の生産ラインを7本から2本に削減(浜 松製作所・熊本製作所ともに3本から1本に 生産ラインを削減)
・浜松製作所と熊本製作所を統合し,本国生 産拠点を熊本製作所に一本化
・米国生産拠点を熊本製作所に吸収
・熊本製作所を改編(NCP工場)し,多機 種・小ロット生産でも採算がとれるような 体制構築に取り組む
・熊本製作所を全世界の生産拠点のマザー工 場に位置づける
・完成車から部品(KD)の輸出に切り替え
・海外生産拠点の生産量・機種・生産設備な どの情報を集約し,拠点間供給の調整を担 う拠点へと本国生産拠点を発展
・海外拠点を管轄できる人材の育成
・アジア向けの完成車輸出が減少 フェーズⅠ
本国生産拠点の取り組み 本国生産拠点が直面した問題
期間