1.はじめに
ドイツが再統一されて早くも 10年の歳月が流れた。当初の熱狂と消費を中心とした経済の活 況は瞬く間に過ぎ去り、財政見通しにしても、 1対1という通貨交換比率のもたらす影響にし ても、連邦政府の見込み・評価がいかに楽観的すぎたか、ということばかりが目立った90年代 後半であった。経済は程なく不況に陥り、 1997年には失業率も過去最高に達した。このような 再統一後のドイツ経済を振り返る論考も数多く出されてきたがl)、本章では産業連関表を用い て、再統一前後及び90年代のドイツ経済構造の分析を試みよう。
本章前半に用いられる産業連関表は、再統一前の旧西ドイツを対象とした 1990年表、再統一 直後の東西両地域のドイツを対象とした1991年表である2)。いずれも連邦統計局の作成によ るものである。異時点間の比較をする際には、通常は同じ地域・領土を対象とすることが多い が、ここでは領土の変更を伴っている。これによって、旧西ドイツ側の構造変化だけではなく、
旧東ドイツ側を併合したことによる影響も包含した変化がわかる。しかし連邦統計局の1991年 産業連関表は、西側及び東側両地域を一括した統一ドイツのデータであり、東西両地域の産業 連関表が別々に公表されているわけではない3)。したがって両地域の比較や関連を考察する上 では、適当ではない。そこで、民間のドイツ経済研究所(DIW)が作成した 1991年ドイツ東西 地域間産業連関表も用いることによって、統一ドイツとして出発した当初の東西地域間の構造 比較や、その連関の析出を試みよう4) 0
1) 邦語文献では茂木・篠田•佐久間 (1996) 、翻訳ではデイヴィッド・マーシュ (1995) 等が的を得
ている。外国文献ではIMF(1995)、DIW(1995)、特に1991年当時については連邦統計局(1992)、 その後の東部諸州の変化についてはRidinger(1995)、労働市場の変化についてはAndre/3(1996) 等が適当だろう。
2)ドイツの文献では、再統一前の旧西ドイツは通常通り Bundesrepublik、旧東ドイツをehemalige DDR、再統一後の旧西ドイツ地域をfrUheresBundesgebiet、旧東ドイツ地域をneueLanderなど
と呼ぶことが多い。本書では再統一後の旧東西ドイツを東側及び西側ドイツと呼び、再統一前とは 区別している。
3)作成当事者の連邦統計局によれば、今後も公式には東西の地域別産業連関表が公表されることはな いということである。したがってドイツでは今後も、民間の産業連関表が大きな意味をもつことに なる。
4) ドイツ経済研究所 (DIW)の産業連関表は1950年代から作成されてきたが、当時より一貫して市 場連関表であり、生産連関表である連邦統計局の産業連関表とは必ずしも比較可能ではない点に注 意が必要である。 DIW表の沿革や特性については良永 (1986) (1987)等を参照されたい。
まず第2• 3節では、再統一前後におけるドイツの生産構造・就業構造の変化を、連邦統計 局表を用いて比較する。第4• 5節では再統一直後の1991年における東側と西側の移輸出入構 造を簡単に比較し、また両地域の相互誘発依存関係を分析する。最後に第6節では、再統一直 後の消費を中心とした好況から、一転して不況に突入していった90年代半ばの経済を、1995年 産業連関表を中心に考察し、今後を展望する。
2.再統一前後の生産構造
まず全体としての鳥敵図を得るために、産業連関表から得られるマクロレベルの投入産出構 造を要約した図6‑ 1から、再統一前後の状況を比較してみよう。 2つの国家が統一されたに もかかわらず、規模の変化はさほど大きくはない。それは旧東ドイツ側全体の経済規模が、旧 西ドイツの1州であるヘッセン州程度しかなく、南部のバイエルン州やバーデン・ヴュルテン ベルク州、さらには最大のノルトライン・ヴェストファーレン州にははるかに及ばなかったた めである5)。したがってここでも劇的な変化はみられないが、比較的大きな変化としては、財 貨の占める割合が減少していることである。中間投入に占める財貨の割合、国内生産額に占め る財貨の割合などが減少している。前章でも考察したように、旧東ドイツ経済が財貨の生産に 圧倒的な比重を置き、現在先進国で起こっている経済のサービス化とは全く縁遠い状態であっ たことを考えると、奇異な印象を受けるかもしれない6)。しかし実際には、すでに91年には旧 東ドイツ経済は製造業を中心に崩壊に瀕しており、旧東西経済を合併しても、製造業比率が高 まることはなかった。したがって、他の先進国に遅ればせながらサービス化が進む旧西ドイツ の傾向がそのまま継続し、統一ドイツに引き継がれる形となったのである。
付加価値では雇用者所得の割合が高まり、その分営業余剰の割合が低くなった。一方最終需 要では、固定資本形成の割合が高まり、その分民間消費支出の割合が低くなった。政府最終消 費の割合が、日本に比べても異常に高いという状況には変化がなかった。
マクロでみて最も大きな変化は、輸出入の変動である。90年には輸出が輸入を大きく上回り、
総需要に占める輸出の割合は13.5%、総供給に占める輸入の割合は11.3%であった。ところが 再統一後の91年は、輸入が大きく増加する一方で、輸出は減少している。総供給に占める輸入
5)たとえば連邦統計局 (1994C)の連邦諸州の人口構造と経済力を参照されたい。
6)旧ソ連・東欧諸国の MPS方式の統計では、この事実を正確に捉えることはできない。連邦統計局 の遡及統計の作成も始まっているが、 SNA、あるいは ESA方式の産業連関表(前章参照)によっ て捉えるのが最も適当である。
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図6‑1:ドイツの再統一前後のマクロ投入産出図
【再統一前;旧西ドイツ1990
年 】
(単位:Mill DM) 中(間中間投投入入率2,383,520 DM
51. 2 %) 粗(付付加加価価値値率2,273,490 48.8 %)
財 貨 の サービスの 雇 用
喜 翡 闘
中 間 投 入 中 間 投 入 所
56.3 % 43. 7 % 57.9 % 24.3% 13.3%
国 内 生 産 額 4,657,010DM
闘
4.5%
輸 入 財 貨 51. 3 %
I
サービス 48. 7 % 595,780 DM 総需要・総供給 5,252,790DM (輸出率 13.5%:輸入率 11.3 %)国 内 需 要 4,544,320DM 輸 出 中 間 需 要 52.5 % 国内最終需要 47.5% 708,470 DM 財中貨間部需門要の
60.9 %
サのー中ビ間ス需部要門 民間最支終
消 費 出 政府最費
終消 本固形定成資 39. 1 % 56. 7% 20.6% 22.2%
【再統一後;統一ドイツ1991年】
(単位:Mil1 DM)
在庫 変動 0.6%
中 間 投 入 率2,828,960 DM
(中間投入 51. 4 %) 粗付(付加加価価値値2, 673, 810 DM 率 48.6%) 財 貨 の サービスの 雇 用 者
註 誓 信 闘
中 間 投 入 中 間 投 入 所 得
54. 7 % 45.3 % 60. 1 % 22.2% 13.6% 4. 1%
国 内 生 産 額 5,502,770DM 輸 入
財 貨 49.9% サービス 50.1 % 681,680 D
総需要・総供給 6,184,450DM (輸出率 10.9 %:輸入率 11.0 %)
国 内 需 要 5,512,910DM 輸 出 中 間 需 要 51.3 % 国内最終需要 48.7 % 671,540D 財中貨間部需門要の サービス部門の中間需要 消民間費最支終出 政終府消最費 本固形定成資 在庫変動
59. 1 % 40.9 % 55.6 % 20.6% 23. 1% 0.6%
の割合は11.0%と 90年とほとんど変わらないが、総需要に占める輸出の割合は10.9%と大き く低下している。このようにドイツの輸出が減少した背景には、実は東欧コメコン市場の崩壊 が大きく影響している。もともと旧東欧向けの輸出は、それほど高い割合を占めてきたわけで
はない。 1990年でも全体の7.8%を占めていたにすぎないが、 91年にかけて対EFTA諸国、対 米、対アフリカ向け輸出が減少するなかで、旧東欧向けの輸出が158億3,300万マルクと最も 大きく減少し、 91年には輸出全体の5.6%となった。これが最も大きく影響している 。
次に表6‑1から、産業部門別の生産額、付加価値額の動向も確認しておこう。製造業で最 も高い成長率だったのは、生産額でみるとガス、付加価値では石炭・コークスであった。しか し全体に対する増加の寄与率はともに1%と低く、構成比も若干上昇したにすぎず、 1%未満 であった。生産額でみても付加価値でみても、全体の増加に最も寄与した製造業は道路輸送機 械であるが、全体に占める構成比は若干低下した。また製造業で2番目に寄与率が高かったの は、生産額では食料品、付加価値額では石油製品であった。化学製品、一般機械、道路輸送機 械、電気製品はドイツの4大主要産業といわれてきたが、その構成比は低下を続け、再統一し た後もさらに低下していることがわかる。
このような製造業の傾向に対して、 91年にかけて生産・付加価値ともに成長率が高かったの が、建設や仕上・改修工事、小売業、サービス業等である。このうち特に仕上・改修工事が最 も高い成長を遂げ、建設と合わせ生産の構成比を6.2%にまで上昇させた。また成長率自体はさ ほど高くはないが、増加の寄与率が高かったのが不動産業である。旧東ドイツの住宅・建物・
都市の再建が続く当面は、建設・不動産におけるこの傾向が持続することが予想される。さら に図6‑ 1のマクロでも考察したように、再統一によって、製造業中心だった旧東ドイツを吸 収・合併してもサービス化の傾向は減退することなく、商業、金融、不動産、その他の営利サー ビス、一般政府サービスなどで成長が著しかった。特にその他の営利サービスと一般政府サー ビスは10%を超える増加寄与率であり、付加価値でみると、両者の寄与率は合計で30%を超え ていた。
次に表6‑2から輸出入率及び自給自足率を部門ごとにみてみよう8)。まず経済全体として は 輸 入 率 が32.4%から29.4%へと 3%低下したにもかかわらず、輸出率が38.2%から 28.9%
へとさらに大きく 9%程度も低下したために、自給自足率は105.8%から 99.5%へと 100%を 下回ってしまった。たえず自給自足率が100%を上回っていたドイツ経済にとっては、異例のこ
とであるといってもよい9)。
7)連邦統計局 (1995)から計算したが、さらに詳細に商品別動向等を知るには貿易統計、統計年鑑 (Jahrbuch)等を参照されたい。
8)輸出率、輸入率及び自給自足率の定義は第3章のスカイライン分析を参照。
9)たとえば良永 (1990a)、(1995)の分析と比較されたい。
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