第 3 章 選択的 α 1A -AR アンタゴニスト silodosin の下部尿路閉塞モデルにおける膀胱
3.5 結論
本研究により、silodosin はラット BOO モデルにおいても α1A-AR を介した膀胱血 流の改善により排尿動態を改善するメカニズムが示唆された。また、ヒトの膀胱の 血管においてα1a-ARのmRNAが優位に発現していたことから、ヒトにおいても同様 の作用を持つ可能性が示唆された。
以上より、選択的α1A-AR アンタゴニストであるsilodosinは、下部尿路の閉塞の有 無に関わらず、膀胱血流の改善によりLUTSを改善すると考えられた。
総括
本研究は、選択的α1A-AR アンタゴニストsilodosinの膀胱血流改善による排尿機能 の改善作用の機序と、この機序が下部尿路閉塞の有無に関わらないものであること を明らかにすることを目的とした。α1A-AR アンタゴニストのラットの膀胱血流に対 する作用は、SHR 45, 46) およびBOOモデル63) を用いた実験により報告されている。
しかし、α1-AR アンタゴニストの膀胱血流改善作用を,下部尿路閉塞を伴わないモ デルおよび下部尿路閉塞を有するモデルを用いて比較検討し、両者に共通する作用 機構であることを明らかにした報告はなかった。
下部尿路閉塞を有するモデルおよび有しないモデルとして SHR があるが、これら のモデルには全身性の病態である点で課題がある。CBI モデルは下部尿路の閉塞を 伴わずに膀胱局所における虚血に対する作用を検討しうるため、これらの課題を克 服したモデルであり、本モデルを用いた膀胱局所の血流に対する薬物の作用の評価 は有益であると思われる。そこで、第 1 章ではラット CBI モデルを用いて silodosin の排尿動態、膀胱血流および酸化ストレスに対する作用を検討した。さらにラット 膀胱組織中の血管における各 α1-AR サブタイプの発現を検討した。その結果、
silodosin は膀胱機能と膀胱血流を改善させ酸化ストレスを低下させた。さらに膀胱
組織中の血管に α1a-AR mRNA が存在したことから、silodosin は α1A-AR の遮断によ り膀胱組織中の血管を弛緩させて膀胱血流を増加させ、排尿機能を改善することが 示唆された。
第 1 章の結果から、選択的α1A-AR アンタゴニストの膀胱血流改善作用が膀胱機能 を改善させることが示唆されたが、血流増加により膀胱機能が改善するメカニズム の詳細は解明されていない。そこで、このメカニズム解明を目的として、第 2 章で は、CBI モデルの膀胱知覚神経系と膀胱平滑筋の収縮機能に対する silodosin の作用 を検討した。本実験において silodosin は、CBI モデルにおける神経細胞数の減少と NGF の増加を抑制した。神経細胞の減少は代償的な神経の過敏を誘発し、NGF は膀
胱の知覚過敏を誘発することから、CBI モデルにおける排尿回数の増加は知覚刺激 の増大によって誘発されていると考えられる。Silodosin は膀胱虚血を改善し、神経 細胞を保護することにより膀胱の知覚神経活動を抑制し、排尿回数の増加を抑制す ることが示唆された。一方、CBI モデルにおいては膀胱平滑筋の M3 受容体の減少 により収縮力が低下することが示唆され、silodosin はこの低下を抑制した。従って、
選択的 α1A-AR アンタゴニストは、知覚神経刺激の増加による蓄尿症状に加えて、排 尿筋収縮力低下により誘発される排尿症状も改善することが考えられた。
第 1 章および第 2 章では下部尿路閉塞を伴わない CBI モデルにおいて、選択的 α1A-AR アンタゴニスト silodosin の膀胱血流改善作用を明らかにした。しかしながら、
下部尿路閉塞を伴う場合においても膀胱血流の低下により排尿機能が抑制されるか 否か、また、選択的 α1A-AR アンタゴニストが膀胱血流改善により膀胱機能の改善作 用を示すかは明らかではない。さらに、ヒトの膀胱組織中の血管における各 α1A-AR サブタイプの発現も明らかにされていない。そこで第 3章では、ラット BOOモデル
を用いて silodosin の本モデルに対する作用を検討した。その結果、BOO モデルにお
いても silodosinは膀胱血流を改善し、神経細胞数の減少およびNGF の増加を抑制し、
排尿回数の増加を抑制した。また、BOO モデルの膀胱組織中の血管においても各 α1-ARサブタイプのmRNAが発現していたことから、選択的α1A-ARアンタゴニスト は下部尿路閉塞状態においても膀胱微小血管の弛緩作用により、血流を改善するこ とが示唆された。さらに、ヒトの膀胱標本を用いた検討においても、組織中の血管 において各α1-AR サブタイプのmRNAが発現し、α1a-ARはα1b-ARおよびα1d-ARに 比べて有意に多く存在していた。従って、silodosin は下部尿路の閉塞の有無に関わ らず膀胱血流の改善により排尿機能を改善することが明らかになり、LUTS患者にお いても膀胱虚血の改善作用が排尿症状および蓄尿症状を抑制すると考えられた。
以上の結果から想定される、各モデルの膀胱血流低下メカニズムと silodosin の膀 胱血流改善によるLUTSの治療効果のメカニズムをFigure 21 に示す。CBIモデルに
おいては総腸骨動脈に動脈硬化が誘発され、血管壁の肥厚が生じ、血流が低下する と推測される。一方、BOO モデルにおいては残尿の増加により膀胱壁の伸展状態が 維持され、膀胱血管への圧迫が持続することにより血流低下が生じると考えられた。
次に Silodosin の膀胱血流改善による治療効果は以下の機序が考えられた。まず、
silodosin は α1A-AR の遮断を介して膀胱組織中の血管を弛緩させることで、膀胱血流
量が改善させる。膀胱血流が増加することで、排尿サイクル中の虚血再灌流による
Fig. 21. Chronic bladder ischemia is induced by arteriosclerosis in CBI model and by hyperextension of bladder in BOO model. Chronic bladder ischemia can lead to detrusor overactivity and possibly to detrusor underactivity. Silodosin can 1) relax bladder microvessels via a1a-AR antagonistic action, 2) improve BBF, 3) decrease oxidative stress, 4) suppress NGF expression and afferent activation and 5) ameliorate LUTS with or without BOO.
酸化ストレスの発生が低下し、これにより除神経の誘導および除神経に対する代償 的な NGF の産生が低下する。知覚神経の活性化が抑制されることで、膀胱平滑筋の 過活動、すなわち蓄尿症状が改善されることが示唆された。一方、酸化ストレスの 増加は膀胱平滑筋の線維化および M3 受容体の減少を介して、膀胱平滑筋の収縮力 を低下させるが、silodosin はこれらの変化を抑制した。従って、silodosinは上記のよ うな機序で排尿症状を改善する、あるいは膀胱平滑筋の過活動から低活動への病態 の進行を抑制すると考えられた。また、以上の作用機序は下部尿路閉塞の有無に関 わらないことが示唆された。
α1-AR アンタゴニストにおいては α1A-AR に選択性が高い程、血圧への影響は低い ことが確認されており、silodosin は血圧を低下させない用量で排尿機能を改善させ ることが報告されている 89, 90)。ヒトの血管に最も多く発現しているサブタイプは α1A-AR であること 91) が報告されている一方で、α1B-AR が主に血圧の調節に関与し ていることも報告されている 14, 15)。各 α1-AR に選択性のない薬剤である prazosin お
よびterazosinは薬効を示す用量において血圧低下作用を示すが、これは α1A-ARサブ
タイプへの選択性の低さが理由であると考えられる。本研究において、silodosin は 膀胱微小血管の弛緩により血流を改善することが示唆されたが、筆者らは silodosin が正常ラットの膀胱血流に影響を与えないことを確認している(データには示さず)。
これらの結果から、膀胱組織中の血管に対する silodosin の弛緩作用は血流量が低下 した場合にのみ発現することが推測されるが、微小血管に対する作用メカニズムに は不明な点が多く、より詳細な検討が必要である。
近年では、膀胱血流以外にも α1-AR アンタゴニストの新たな作用が示唆されてい る。横山らは α1A-AR が C-fiber 求心性神経を活性化し、silodosin がこの求心性神経 の活性化を抑制することをラット脳梗塞モデルを用いて明らかにしている 92)。矢崎
らも silodosin が尿道抵抗の低下とは無関係に、下部尿路からの求心性神経の入力を
抑制することを報告している83)。これらの報告は、選択的α1A-ARアンタゴニストが
膀胱知覚神経を直接的に抑制していることを示唆している。また、Trevisani らは α1 -AR アンタゴニストが間質性膀胱炎モデルの蓄尿機能を改善し、その作用の一部は神 経因性の炎症の抑制によるものであることを示唆している 93)。当初、α1A-AR アンタ ゴニストは前立腺や尿道の弛緩作用による尿道閉塞の解除により薬効を示すと考え られてきたが、以上のように多くの薬効を持つものと考えられ、その中の重要な作 用として血流の改善作用があるものと思われる。α1-AR アンタゴニストは BPH を有 する男性にのみ適応を持つが、 膀胱血流の低下は性別に関係なく LUTS の発症原因 の 1 つと考えられる。従って、本研究の結果はα1A-AR アンタゴニストが性別に関係 なく、下部尿路閉塞を伴わない LUTS に対しても治療効果を発揮することを示唆し ていると考えられる。α1-AR アンタゴニストの女性における治療効果の有無には議 論があるが94)、血流低下を指標とした症例の選択やα1A-AR選択的なアンタゴニスト の使用により、女性のLUTSの改善効果が向上する可能性はある。
以上、結論として silodosin は下部尿路の閉塞の有無に関わらず、膀胱組織中の血 管を弛緩させ、膀胱血流の改善作用により排尿症状および蓄尿症状を改善すること が示唆された。高齢化に伴い LUTS の患者数は増加していくと考えられるが、α1-AR アンタゴニストの新規作用メカニズムが明らかになることは、治療方法の向上や新 薬の開発につながるものと思われる。