先の第4 章第4 節で、 第3 章で示した 仮 設4 つ の検証 を行 っ たo 結論を述 べ る に先立 ち、 これ らの検 証 結 果 を 再 度 述 べ ておきたい。
まず、 教師の 「人権」 そのものにつ いての受 け止 め方に つ い て は、 教師のほとんどが、 教 育的 な観点から生 徒に「人 権」 を認め る考 え を持っ てお り、 そのた め に、 教育上 必要 な 行 為は、 例 え権利主体である生徒自身の要 求に合致してなくとも 実 施 する傾向にある。 そし てその際、 「人 権」 と「子 どもの権利」とを厳密に区 別 することなく受 け止 めて いることが指 摘できるだろう。 そのため、 建前上は子 供に「人権」という大 人 同 様の権利 を認め るとし、
実 際に は子 供( 中学生)相 応 の教育と自 由を保障しているといえよう。
第2 に、 「人権教育に おける感 性の重 要 性」 につ いて、 仮説のとおり知 識 面 を軽視する 教 師は少 数であっ た。 他 方、 知 識 面 を 軽 視 する傾 向は「人権教育主 任経験」 の有 無にも 関 係し、 人権教育主任の経験者ほど、 「子 どもの権利条約」 に順ずる項 目に疑 問 を抱いて
い ることが窺えた。
第3 に、 「自尊感情の高揚」 につ いて は、 実 践レ ベ ルと言 説レ ベ ル の両 面に おいて、 「自 尊 感情の高揚」 の重視と、 生徒指導が散漫になることの間に関 連 性があることが示 されたo
た だし、 本 研 究の調 査で実 施した質問 紙からは、 実 践レ ベ ルと言 説レ ベ ル の 間の相関 や、
「自 尊 感情の高揚」と生徒指導との 間の因 果 関係に つ い ては示 すことが でき なかっ た。 ま た多様 性 につ いても、 本 調 査結果で はや や 消極的 な受け止 め方がな される傾向が示唆 された。
そして第4 に、 教師の公 共 性の受け止 め方につ いて は、 生徒指導の実践に影響を与 え
てお り、 教 育や 人 権が 公共 性 と関 わるとして捉 えているものほど、 生 徒 指導が より生 徒の 実 態に適したものとなることが指 摘できよう。 なお、 こうした傾向は教職 年数ともか かわりが あり、 教 職 年 数と 公共 性の意識との 間に は関 連 性があることも指 摘して おきたい。 また、 本 研 究の仮説 とは関 わ らないが、 先に示した「感 性 重視の教 育実 践」とも強い関 連 性がある
ことも指 摘でき た。
以 上の ことから、 本 研 究の仮説である「現在の 中学校に おいて、 教師達は『子 供にも 人 権が認められる』『感 性の育成』『自尊感情の高揚』な ど、 教育や 人 権に関 する言 説の影
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響を受 けている。 た だし、 教育や 人権につ いて『公共 性』を持 つものとし て受け止 め る教師 ほ ど、 ま た教 職経験 を十 分につ んだ 教 師ほど、 実 践 場 面では言 説に惑 わされにくくなる傾 向にある。 」 に つ い て、 概ね 支持 される結果が得られ たので はないかと考える。
実 際、 「感 性」 や「 自 尊 感情」 に見 られた ように、 学校 全 体と して 「言 説」 の 影響を 受 ける
教師は少数だが見 られ たし、 「子 供に(「子 どもの権利」 で はなく) 人権が 認められる」として 受 け止 め る教師は大多数 を 占め た。 他 方、 「感 性」 や「自 尊 感情」 に つ い ては実 践 場 面に お い ても影 響が窺えた が、 「子 供に人権が認められる」 につ いて は実 践 面での影響があま
り見 られ なかった。 そ してそれは、 道徳教育に力 を入れているX 中学校 の風 土に よるもの
であり、 その風 土に関 わっ て 「 公共 性」 の意識が強く作 用していたと考えるのが自然で は ないだろうか。
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あとがき
大学院の 2 年 間(特に最後の 半 期 間) は, 修士論文の作成に向 け、 これ まで以 上に がむしやら になっ て取り組んだ 時期 であった。 これ までの大学院生 活でも 手 抜 きで研 究に打 ち込 ん でいた わ けで はないが, やは り今期のゼ ミお よ び個別の研 究 活 動 が、 最も修士論 文に は反 映 されて いるよ うに思う。 そして、 その反 映 された"もの" の意味は、 質問 紙 調 査の考察(本 文の約 半 分 を 占め る)
だ けで はなく、 研 究枠組 みにも 大 きく関 わっている。
私の修士論 文の枠組みで、 最も 中心的 な概念は「言 説」 であるとい って よいだろう。 こ の概念は、
昨 年(2 0 0 7 年) の 9 月 、 8 月 の学校社会 学研 究会を追 え、 指導教官とともに本の読み合いをした 際に出会うこととなっ た。 指導教官と読み あうことになった著書である、 上野 加 代 子『児 童虐待の社 会 学』で は研 究枠組 み として終止「言 説」 を用いて お り、 児童虐待に おける隠れ た 問 題( 児童虐待 を過 剰に強 調 する傾向 な ど)を 明らか に して いた。 筆者はこうし た分 析 手 法に感 銘 を受け、 最終 的 に は私 自身の研 究枠組みのキ ー ワ ー ドとして位置づけることとなった。 大学院生 活の中で は かなり 遅い時 期の 出 会いとなった が、 今に して思 え ば、 こ のキ ー ワ ー ド に出 会っ て いな け れ ば、 私の今の 研 究は成り 立た なかっ たので はないだろうか。 他方、 筆者の力 量 不 足のため、 こ の文 献 そのもの の 内 容 を 本 文に反 映 させられ なかっ たのは残 念でならない。
昨 年1 0 月 のは じ め に題 目『学校教育の場に おける言 説 として の 「人権」 に関 する社会学的考察
一 教師の受け止 め る「 公共 性」 と関連づ けて ‑』を 提 出する に 至 った。 しか し、 題 目 提 出の時 点で
まだ 十分といえる ほど その概 念を 理解し ていないにもか かわ らず、 どうし てこ のキ ー ワ ー ドに注 目 する に 至っ たのだろうか。 直接のきっかけは、 『児童虐待の社会学』を著した上 野 加代子 氏が「言 説」という言葉を 用いて「子 どもの権利」 に関 する考察が見 られ たことに よ る。 し か し、 今になっ て思 え ば、 私がこれ まで勉 強してきた「人権」 につ いて の先 行 研 究と、 学校教 育現 場で実際に語 られて
いる「人権」 とのギャップに悩ん できたところ が多い ので はないか。
私は ゼ ミでのやり取りの 中で、 「事 実 をもと に枠組みを 作 らな け れ ば な らない」という言葉を 肝に
銘じな が らも、 そ れ と少 なからず相反 する先 行 研 究の中の 「人権」 を否 定しようとは考えなかっ た。
な ぜ なら、 先行 研 究で語 られている「 人権」もまた、 特 定の事 実 をもとに作られ、 研 究の過 程で洗 練されてき たものだからである。 し か し「言 説」という言葉を学んだ今となっ ては、 ゼ ミで幾度となく 言 わ れてきた「事実 をもとに ‑ 」という言葉は、 学校教育現 場で 「人権」として語 られている事 柄 を そのまま「人権」とみ な すことで はなく、 そ れ を「 必ずしも従来の人権観に基づい て いないもの 」とし て見ることを指して いたのだと私は確信して いる。 私 が「言 説」という言葉を説 明 する際に、 「特 定の 事実に は基 づ いて いる が、 必ずしも事 実とは限 らない言 語 表 現」として しばしば 説 明 を加 えるのも
「言 説」 を 用いる本 研 究が「必 ずしも本 来の人権観に基づ かない独自の人権観」という事実を見る ことを 強 調 する意図がある。
とはいえ、 こうし て研究枠組 み を整 理 するの に時 間 をかけ すぎた ため に, 教育社会 学ゼミの所 属 歴が長 い にもか かわ らず1 2 月という遅い 時 期の調 査 を実 施 することになっ てしまった。 そして、 こ
の時 期に調 査 を依頼 することになり、 調 査の準備(調 査の手 続 き・質問 紙の作成な ど) のため に指 導 教官は じめ多くの人 々 の 手 を煩 わせ て しまっ たことを 本 当に 心苦しく思 っている。 しか しそれで も、 迷惑をかけ続けた数 多くの人のお かげで何とか調 査デ ー タを集め ることが できた。 自身の力の
なさをかみ 締め るとともに、 そんな 自 分に協力・援助 をしてくれ た 人 々 に感 謝したいと思う。
あと、 修士論文 を書く過 程で実 感したことは、 今の自 分に「分か りや すい文章を書く」 という力が 不 足し ているということであっ た。 2 年 前の卒 業 論 文ほど 差し迫る状 況に はならなか ったもの の、 や は り論 文 を完成させ るのが時 間 ぎりぎりになって しまっ た( 一 通 り完成させ、 期限 ギリギリまで推蔽 する、 で はなく ‑) 。 とりわ け、 昨 年 末から1 月上旬に かけて行 ったデ ー タ分 析に は たいした苦 痛 を 感じていなか った ため、 本 文 を書くことが 一 層苦痛に感 じられ た。 し か しそ れでも、 大学院での 2
年 間 を通し、 多少は「分か りや すい文 章 を書く」 力が つ いた( 少 なくとも、 そうし た文 章の書き方が 多少 なりと分かっ た) と私自身は思っている。 近日提 出 する修士論 文は、 内 容 面 だ けでなく文章力
の観点からも 大 きく進 歩した 内 容になっ ているので はない かと感じている。 こ の 点に つ い ても、 指 導教官や伊 藤先 生、 ゼ ミ生 達に感 謝したいと思う。
参考・ 引 用 文 献
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