第Ⅰ節 研究結果のまとめ
本論文は、辺境地域における国境を跨ぐ地域開発に関する諸問題について、統計的手法 と事例研究を用いて、実証的に明らかにすることを目的として進めてきた。本章では、本 論文の研究結果を統括し、各章の主たる分析結果や発見事実を整理したうえで、国境を跨 ぐ地域開発に向けての課題と今後の研究課題について述べる。
本論文で明らかにした主な点として、以下の内容があげられる。
(1) 辺境地域と隣接する地域は文化的・地理的「距離」が近い。
(2) 中国と隣接する地域は経済的な結び付きが強い。
(3) 辺境地域と隣接する地域は経済的相互依存関係にある。
(4) 中国企業は産業によって対外 FDI の決定要因が異なり、隣接国ダミー(文化言語)は 重要な要因の一つである。
(5) 辺境地域は貿易中継地としての役割をしている。
(6) 辺境地域(東北地域)の貿易中継額の増加は「国内-辺境-海外」の経済的連携の実 態を反映する。
(7) 東北地域とGTI関連諸国は経済的相互補完関係にあり、産業によってその競合・補 完関係も変化している。
(8) 東北地域における交通インフラへの需要不振があるものの、中国政府は隣接する地 域との交通インフラ連携を通じてその需要を創出しようとする狙いがみられる。
(9) 日本の図們江地域開発へは政府より地方自治体が積極的に関わっている。
7.1.1 第Ⅰ部の研究結果
序章では、本研究の目的と分析視角を提示した。
中国と特定国・地域との経済関係に関する研究は多いが、辺境地域と隣接する地域との 経済関係、およびその重要性に焦点を当てた研究は少ない。また、辺境地域と隣接する地 域が形成する「辺境経済圏」とその他中国国内との経済的連携についての貿易データに基 づいた分析は限られていた。そこで、本研究では、これまでの先行研究では明らかにされ てこなかった隣接する地域との産業別競合・補完関係の変化を実証分析により明らかにし、
中国の「辺境経済圏」の発展の一助となることを目的とした。
第1部(第1・2章)では、省別・産業別に、隣接する地域との経済関係を貿易・FDIデー タを中心に分析した。まず、第 1 章では、理論的背景と「辺境」の特徴を確認し、現代の
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中国のなかでの辺境地域が置かれている立場を明らかにした。第 2 章では、省別・産業別 の貿易・FDI データを用いて、中国と隣接する地域との経済関係について分析した。主に 輸出入結合度と貿易特化係数を用いて、隣接する地域との経済的結び付きの強さと産業別 の競合・補完関係を明らかにした。また、中国企業の対外FDIの決定要因として、グラビ ティ・モデルの基本変数の他に隣接国ダミー(Border)の有意性を確認した。その際に、全 産業を対象とした先行研究の課題に着目し、製造業とサービス業に分けて分析した。
第Ⅰ部で得られた成果と知見は以下に示す通りである。
(1) 一つの国・地域が発展するためには「自力更生」が難しく、国際的な連携が必要で あり、グローバル化の進展に伴って国家間の境界線である「辺境」の解釈は変化し ている。国境を跨ぐ地域開発において、複数の国・地域間の空間的流れを誘発する ためには、国境付近における地域間に「通路」が必要で、そのためには、国境付近 の開放を相互に進めていく必要がある(第1章)。
(2) 辺境地域と隣接する地域(計14ヵ国)との間には29の少数民族が居住しており、その 多くは国境を跨っているとはいえ、言語・文化・歴史を共有する同一民族が多いこ とが特徴である。これらの地域は経済の中心から最も遠い周辺地域であるため、経 済基盤が弱く、周辺の国際環境などの要素によって地域経済の発展が大きく制約さ れ、長期にわたって立ち遅れていた。そのため、中国政府は地域レベルで議論され てきた辺境開放政策を、2000 年代に入ってからは中央レベルでの地域発展戦略を実 施するようになった。現在、辺境地域では国境を越えた三つの地域間協力(GTI、
SCO、GMS)が積極的に進められている(第1章)。
(3) 中国と隣接する地域との貿易結合度から、輸出では、ブータンを除いたその他の隣 接国、輸入ではロシア、モンゴル、カザフスタン、ミャンマーと相互に緊密な経済 関係にあることが明らかとなった。地域ごとでみると、中央アジア、北東アジア、
メコン地域との輸出結合度が高く、時間の経過とともにその緊密性も高まっている ことが明らかとなった。総じていえば、中国は隣接する地域との間で経済面での結 び付きが強い傾向にある(第2章)。
(4) 辺境地域と隣接する地域との貿易特化係数を用いた分析では、対世界貿易で競争力 の弱い産業(機械・電機、輸送・精密機器など)が、隣接する地域との貿易では競争力 が強いのに対し、対世界貿易で競争力の強い産業(皮革・繊維など)では、辺境地域が ベトナム、ミャンマー、ラオスより競争力が弱いことが明らかとなった。また、対 北東アジア、中央アジア、メコン地域とは相互依存関係にあり、時間の経過ととも にその競争力も産業によっては変化していることが確認された(第2章)。
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(5) 中国の各地域(省・自治区)から隣接する地域へのFDI(件数)では、東部・内陸地域よ りも辺境地域からの投資が集中していることが確認された。例えば、北東アジア、
中央アジア、メコン地域へのFDIでは、それぞれ隣接している東北地域、新疆、雲 南と広西からの投資が目立った(第2章)。
(6) 中国企業による対外FDIの決定要因をグラビティ・モデルで分析した結果、製造業 とサービス産業ではそれぞれの決定要因が異なることが明らかとなった。このこと は、従来の全産業を対象とした先行研究とは異なる結果である。例えば、経済規模 や隣接国ダミー(文化言語)に関しては、聞(2008)モデルが示した通りに両産業にお いて統計的に有意となったが、製造業がサービス業より隣接国への投資傾向が強い ことが確認された(第2章)。
以上のように、辺境地域と隣接する地域は、文化的・地理的「距離」が近いだけではな く、経済的結び付きも強い相互依存関係にあることが明らかとなった。さらに、近年、急 増している中国企業による対外FDI では、隣接する地域が重要な投資先となっていること が確認された。特に、辺境地域からの投資が目立っており、このことは、文化的「距離」
の近さも一つの重要な要因として考えられる。
7.1.2 第Ⅱ部の研究結果
第 3 章では、図們江地域開発が停滞した経緯と原因を分析した。まずは地理的特性を明 らかにし、図們江地域開発の構想と推進状況、関連諸国のGTIへの取り組みについて考察 した。第 4 章では、「国内-辺境-海外」という概念モデルをもとに、東北地域と GTI 関 連諸国との貿易構造、「国内―辺境―海外」との経済的連携の実態を反映するための実証 分析を試みた。第 5 章では、交通インフラに焦点を当て、東北地域の中・モ・ロ経済回廊 への参与計画と隣接地域の開発計画について検討し、GTI 関連諸国との交通インフラ連携 の可能性について考察した。第 6 章では、日本が図們江地域に関わってきた経緯と交流に ついて整理し、東北地域の立地優位性について確認したうえで現地調査を踏まえた事例分 析をもとに当該地域の有望分野と今後の進出戦略について論じた。
第Ⅱ部で得られた成果と知見は以下に示す通りである。
(1) 1991年にUNが発足したTRADPの目的は、中国・ロシア・北朝鮮と国境を接してい る図們江下流のデルタ地帯を自由経済地域として開発することであったが、特別な成 果をあげられずに、2005 年には GTI 体制へと転換された。その失敗した要因には、
非現実的な資金調達、日本などの先進国からの関心の欠如、域内主導勢力の不在など があげられており、特に隣接三カ国(中・ロ・朝)にとっては図們江地域開発の優先順
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(2) GTI の地理的範囲と事業目的は TRADP と異なる。TRADP は図們江に面した三カ国 の隣接地域(小三角)を事業区域としたのに対し、GTI は隣接地域から周辺国まで拡大 した。また、従来の国境地域共同開発という事業計画から、交通、貿易と投資、観光、
エネルギー、環境などの 5 大分野の優先協力事業を推進する政府間協力へと変わり、
計画に関する管理及び監督権限が UNDP ではなく、各加盟国政府に帰属された(第 3 章)。
(3) 図們江地域開発は、GTI 関連諸国の経済的相互補完性により、参加国のすべてがウィ ンーウィンの成果を収めることができるということで注目されている。中国と韓国は、
ほとんどの事業領域において積極的な活動を行っているが、ロシアは直接的な利害関 係に置かれた事業に対してのみ積極的な態度を見せている。モンゴルはほとんどの領 域に対して特別な立場を表明していない。北朝鮮は、2009年にGTIから脱退したが、
羅津・先峰経済貿易地帯を中心に外資誘致による経済的活路を見出そうとしながらも、
急速な対外開放は体制安定に危険要因となるとみて、慎重な態度を見せている(第3章)。
(4) 近年、中国政府の東北振興、長吉図、遼寧省発展計画などの政策推進に伴って、東北 地域の発展可能性は高まっており、隣接する地域との国境を跨ぐ地域開発が具体化さ れることで、今後のGTI事業は活性化するとみられる。また、本文の経済指標からも 確認されたように、東北地域は低廉な労働力と中央政府による投資拡大の上昇により、
賃金高騰に苦しむ沿岸部の企業(外資・内資)がその他低賃金国へシフトするのと遜色 のない経済性を潜めているとみられる(第4章)。
(5) 貿易データによる分析結果から、東北地域と GTI関連諸国は、産業別にその競合・補 完関係も変化していることが明らかとなった。また、東北地域は中国本土において、
貿易中継地としての役割を果たし、その中継額も年々拡大していることが確認された。
東北地域における中継貿易額の拡大は、単に東北地域の需要を満たしているのみなら ず、中国の内陸地域、そしてGTI関連諸国の国内市場とも密接にリンクしている現状 を表している。このことは、GTI における国境を跨ぐ地域開発において、東北地域と の補完関係及び「国内―辺境―海外」との経済的連携の実態があるという視点から再 評価を行う必要があるとみられる(第4章)。
(6) 対世界との貿易において、競争力が弱い機械・電機、輸送・精密機器が、隣接してい るモンゴル、ロシア、北朝鮮に対して強い競争力を持っているという分析結果は、こ の分野において、沿海や内陸の大・中都市の競争力の弱い国有企業、郷鎮企業の製品 が、東北地域を通じて周辺諸国へ輸出されていることを示唆している。こうした意味