本章ではGTIの優先開発分野117の一つである貿易に焦点をあて、主に次の二つの課題を 取り上げる。一つ目は、東北地域とGTI関連諸国との貿易に関する特徴と省別・産業別の 競合・補完関係の変化を捉える。二つ目は、「国内」-「東北地域」-「海外」との経済 的連携の実態を反映することで、中国の経済発展における東北地域の役割を考察すること である。基本的には中国の東北地域を研究の空間範囲として指定するが、広義の研究範囲 では、東北地域と隣接しているモンゴル、ロシア、北朝鮮と第二隣接国である日本、韓国 との貿易を分析の対象とする。
本章は次の構成で進められる。第Ⅰ節では、中国におけるGTI の意義について概観し、
第Ⅱ節では、東北地域の経済指標を用いて、全国における位置づけを確認する。第Ⅲ節で は、省別・産業別貿易データを用いて、貿易構造の特徴とGTI関連諸国との競合・補完関 係について分析を行う。第Ⅳ節では、省別貿易データを用いて、東北地域の貿易中継地と しての役割について明らかにする。第Ⅴ節は本章のまとめとする。
第Ⅰ節 中国におけるGTIの意義
東北地域は北朝鮮、ロシア、モンゴルと国境を接しており、海洋を介して韓国、日本な ど北東アジアの国々とも地理的に距離が近い関係にある。しかし、これまでの東北地域は、
これらの国々との地政学的なリスクがあるほか、他の沿海地域との経済連携はもちろんの こと、図 4.1 で示すように対外開放度を示す外資導入は全国平均を下回るなど立ち遅れて いた。これはいわゆる「東北現象」118 として 90 年代後半に論文や報道で多く用いられる ようになった。改革開放以来、東北地域は中央政府からの支援が減少し、これに伴う経済 成長の鈍化と国有企業の経営悪化などで整理解雇が続出したため深刻な社会問題につな がった。
117 GTIの2012-15戦略計画(Strategic ActionPlan)には,GTIの交通・物流,貿易・投資,観光,エネ ルギー,環境など各分野別の協力戦略計画が提示されており,この 5 つの協力分野のうち,交通・
物流と貿易・投資を最も重要であるとしている(http://www.tumenprogram.org/) アクセス日:2015年12月10日.
118 中国東北地域は過去の新中国設立初期に旧ソ連の支援を受けた大型重化学工業プロジェクトと政府
主導の重化学工業優先戦略をベースに計画経済時期の中国の工業生産を主導して,中国経済の重要 な役割を果たした.しかし,中国の改革開放政策が本格化し,中国の経済成長は経済特区を中心とす る東南部沿海地域に集中した.また,沿海地域の高度成長と比べて,中国東北地域は国有企業を中心 とする遅れた経済構造から脱することができないまま,新規投資さえ正常に行われない状況が長く 続き,中国東北地域の経済衰退と失業,そしてそれに伴う社会保障問題などが生じた現象を指して いる.王・徐(2004),pp.6-7.
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また、中国の WTO 加盟後には農産品の大量の積置、農業生産性の低下、農家収入の減 少、農業発展の低迷などといった都市と農村間の不均衡が深刻化している「新・東北現象」
も現れた。このような東北地域経済の低下は、地域レベルの問題にとどまらず、中国全体 を脅かす失業、社会保障問題、地域間格差、都市と農村の格差、産業の不均衡などにつな がる社会的不安定要因をも意味していた。そのため、中国政府が 2020 年の国家発展目標 として挙げていた「全面小康社会」建設の深刻な障害要因として認識された119。
図4.1 中国における外資企業の対内直接投資(FDI)
出所:中国国家統計局(http://data.stats.gov.cn/)をもとに作成. アクセス日:2015年8月25日
こうした状況を打開するため、東北地域を中国の第四の経済成長拠点として育成するこ とを目標とし、経済成長拠点の北上(珠江デルタ→長江デルタ→渤海経済区)に応じて、
2003年に「東北地区など老工業基地振興」(以下:東北振興)が推進された。また、2005年 6 月には「東北旧工業基地の対外開放拡大の実施に関する意見」(通称 36号文件)が発表さ れ、対外開放政策が東北振興の主要な構成部分かつ、主要な手段であると明記されていた。
この文書では、東北地域政策に関連して、北朝鮮との「陸路・港湾・エリア一体化」プロ ジェクトとロシアとの「陸路・港湾・税関一体化」プロジェクトなどでみられるように、
国境を跨ぐ地域開発推進方策が提起された。このことは、東北振興初期に国有企業の構造 調整に焦点を当てたことへの改革推進の限界を認知したこととみられる。つまり、東北地 域の実質的な成長を促すための措置として、対外開放の重要性を戦略的に盛り込んだとみ ることができる。このことは、これまでに地方政府レベルで模索してきた対外開放と国境
119 Won・Kang・Lee・Kim(2013),pp.26-28.
0 200000 400000 600000 800000 1000000 1200000 1400000
0 20000 40000 60000 80000 100000 120000
北京 天津 河北 河北 山東 上海 江蘇 浙江 福建 海南 広東 重慶 四川 貴州 安徽 江西 湖北 湖南 山西 陝西 青海 寧夏 遼寧 吉林 黒龍江 内モンゴル 甘粛 新疆 西蔵 雲南 広西
2014年(金額) 2008年(金額) 1996年(金額)
1996年(件数) 2008年(件数) 2014年(件数)
東部地域 辺境地域
内陸地域
件数 百万ドル
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を跨ぐ地域間協力が、中央レベルへと発展したことで、東北振興は進化した形を示したと いえよう。
こうした背景から、東北地域と隣接する北朝鮮、ロシア、モンゴルをはじめ、韓国、日 本などの海洋を介した北東アジア諸国との国境を跨ぐ地域開発のための計画が具体化され 始めた。これまでに、東北地域の各省レベルといった地方レベルで議論された遼寧省発展 計画や長吉図が、それぞれ国家級プロジェクトとして 2009 年に対外的に公表された点を 勘案すると、中国は緻密な国家戦略として周辺諸国との意見調整を通じて、国境を跨ぐ地 域開発を推進しているとみることができる。
例えば、2009年8月に中国国務院が国家戦略として正式に認可した長吉図計画は、東北 振興のサブカテゴリとして登場したもので、地域開発政策を国家級プロジェクトに格上げ したとみることができる。この計画は、吉林省の長春と吉林を一体化して、産業都市クラ スタを作り、これを成長の後背にして、延吉、龍井、図們を開発の前進基地とし、琿春と 北朝鮮の羅津を連携させることでここを対外窓口にするという構想である。KIEP が指摘 したように、この構想は1990年代初期にUNDPの主導で推進されたTRADPと2000年 代半ば以降、これを承継したGTIの延長線上で、中国主導の国境を越えた地域連携開発を 通じた国境貿易地帯の創設を究極の目標としているとみられる。また、この計画は、中国 政府が初めて認可した国家級辺境地域開発プロジェクトとして、その他辺境地域の国境を 跨ぐ地域開発への波及効果も期待しているものとみられる120。
2012 年に国家発展改革委によって発表された東北振興“十二五”計画(以下:「十二 五」)では、東北振興の実施5年間(2005~2010年)で東北三省のGDPは倍増し、その成長 率も東部地域の平均を上回っていると評価している。例えば、2005 年の一人当たり GDP の目標を15,318元から2010年は21,889元に引き上げていたが、実際の一人当たりGDP
は33,312元で当初の目標より大幅な増加となった。このようにGDP成長などにおいては
一定の成果を上げてはいるが、図 4.2 と図 4.3 が示すように、外資誘致においては遼寧省 を除いたその他東北地域は依然として低い水準であった。こうした状況を打開するために
「十二五」では、対外開放水準の全面的なレベルアップのために計画の具体的な目標をあ げた。その目標をみると 1)沿海・沿辺121を全面開放する新しい構造の構築、2)北東アジア の対外開放に向けた重要な中核の構築、3)対外貿易の積極的発展、4)「引進来」(対内FDI) と「走出去」(対外 FDI)の一体的運営などが明確に提示されていた122 。さらに、中国政府
120 Won・Kang・Lee・Kim(2013),pp.62-66.
121 国境に近い辺境地域を指す意味で使われる.
122 国家発展改革委(2012),pp.59-62.
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が2013年から推進中の「一帯一路」123構想には、重点地域として選定した18地点に東北 地域が含まれており、北東アジアの経済開発に向けて開かれた「重要な窓口」として位置 づけられた124 。この重要な窓口は日本海横断海上航路にも繋がっている。そのため、ユー ラシア大陸に跨る様々な経済交流が促進されると期待されるようになった。筆者が2015年 7月に参加した「2015 年日中経済協力会議―於遼寧」の会議内容に基づくと、遼寧省では 既にドイツの自動車部品をシベリア鉄道経由で瀋陽の自動車工場に輸送するオペレーショ ンが稼働している。
中国政府による一帯一路の推進で交通インフラが改善されれば、域内の貿易は活発にな ると予想される。また、東北振興は、中国における新たな成長拠点として、東北地域の経 済開発だけではなく、その範囲を超え、周辺国との地域協力を通じて、北東アジア経済圏 の構築に向けて進化する様相とみることができる。
図4.2 中国東北地域へのFDIの推移(件数) 図4.3 中国東北地域へのFDIの推移(百万ドル)
出所:中国国家統計局(http://data.stats.gov.cn/)をもとに作成. アクセス日:2015年8月25日.
第Ⅱ節 経済指標でみる中国東北地域
前節でみてきたように、東北地域の本格的な開発ブームと対外開放政策の拡大及び関連 諸国との国境を越えた開発協力の本格的な動きは、北東アジア経済協力に重要なプラット フォームを提供することができると考えられる。北東アジアにおける国境を跨ぐ地域開発
123 2013年9月に,習近平国家主席がカザフスタンのナザルバエフ大学で演説した際,ユーラシア各国の
経済連携をより緊密にし,相互協力をより深め,経済発展を促すために,新しい協力モデルを生かし,共 同で「シルクロード経済ベルト」を建設する構想を初めて打ち出した「習近平:共同建设“丝绸之路 経済带”」2013年9月7日. 国務院新闻办公室网站.アクセス日:2015年12月10日.
124 国家発展改革委員会・外交部・商務部が 2015 年 3 月に発表した「シルクロード経済ベルトと 21 世紀 海上シルクロードを推進し共に構築する構想と行動」に中国東北地域が重点地域として含まれている.
0 50000 100000 150000 200000 250000 300000 350000 400000 450000 500000
0 5000 10000 15000 20000 25000
1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
内モンゴル 遼寧 吉林 黒龍江 全国(右軸)
0 500000 1000000 1500000 2000000 2500000 3000000 3500000 4000000
0 50000 100000 150000 200000 250000
1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
内モンゴル 遼寧 吉林 黒龍江 全国(右軸)