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本章は、第 2 章から第 4 章までに示した点を要約することから始める。この 後には、これまでの記述から引き出した、統合的な考察を記す。これは、今後 の私の、あるいは「経営の意思決定」研究が向かうべき方向を示すことに繋が る。最後に、私の個人的な見解を示して本研究の結びとする。

5-1 「経営の意思決定」のかたち

まず、第 2 章から第 4 章で展開した「経営の意思決定」についての考察から 得た重要な点について要約しておく。繰り返しになるが、本研究は理論研究で あるから、以下に並べる要約は、文献の記述を証拠として推理した結果である。

それぞれの内容については、これまでの章の該当部分を再読し、あるいは原著 をあたることで確認されたい。

 「経営の意思決定」は、経営という「実践」に資することが第一の目的で ある。そのために方法論上の偏りはなく、理論的手続き、経験的手続き、

処方的手続きが等しく扱われている。加えて、「意思決定」は極めて学際 的な研究が行われているものの、基礎学問自体が何らかの理由により統合 が難しい場合には、「経営の意思決定」での研究の成果も独立したものと なる。これらが相俟って、「経営の意思決定」は、断片的仮説が乱立する モザイク的集積体の様相を呈している〔第 2 章〕。

 「経営の意思決定」を概観すると、一定の条件下で経験的データを収集・

分析して一般的傾向を引き出そうとする経験的研究が多く、いわゆる理論 的論考は少ない。研究者の関心とエネルギーは、専ら経験的研究に向けら れていると言わざるを得ない。そのため、サイモンの理論を除けば、意思 決定現象を原理から演繹的に説明する体系としての理論を例示することは 難しい〔第 2 章〕。

 「経営の意思決定」は、年代が進むにつれてその数が爆発的に増加したモ ザイク的様相を呈する議論の集合体であるが、この理論の集合体は、「理 論の展開」という視点で体系的な整理ができることがわかった。ここでは、

サイモンの意思決定の理論を起点とし基軸として「経営の意思決定」像を 結んだ図表 5-1〕。サイモンを起点に置いたのは、これが演繹的手続き から導かれた数少ない「経営の意思決定」の理論であり、最も古いものだ からである。

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図表 5-1〕経営の意思決定のかたち

(筆者作成)

 「経営の意思決定」がモザイク的様相を見せる原因は、これを構成する各 議論が還元論**的パラダイム††により為されたことにある。科学の進歩の 殆どは、問題エッセンスの抽出と単純化により達成されてきたが、これは 実際上の問題として、人間が現象の中にある個々の違いや変化の全てを取 り上げることは無理だからである。しかし一方で、個々の事象の説明がど う集積したところで、現象全体を説明し尽くすことはできない。ところで

「経営の意思決定」は、全体を統合するような説明の方略を今のところ見 いだせておらず、個々のレベルでの理解と説明が跋扈している。そして、

これらが「経営の意思決定」の今の「かたち」を作り上げているのである。

 サイモンの意思決定の理論は、管理の一般的理論の構築を目指す途上に構 築されたものであり、組織現象を説明するためには決定現象を捉えなけれ

** 還元論 多様な現象を単一の原理によって説明することを指す(『心理学辞典』)。もっとも 初期の還元論者の一人であったルネ・デカルトは、自身の科学的方法について、「わたしが 検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだ けの章部分に分割すること」だと述べた(『ガイドツアー 複雑系の世界』)。

†† パラダイム クーン(Kuhn, T., 1962)が提唱した概念。一群の研究者によって共有される ものの見方、考え方(仮説やモデル、予測命題群)、それを確認するためにとられる手続 き・方法論(実験計画法、実験法など)、その検証結果や論証結果である原理や法則などの 全体である。

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ばならないという主張の上に立つ。その内容は、そしていくつかの言語 上・概念上の用具の提示である〔第 4 章〕。

 サイモンは、理論的手続きにおいて論理実証主義の立場を取り、その姿勢 を堅持した。そのため、サイモンの意思決定の理論は、観察可能な現象対 しての理論化に限られており、心的営みを十分に説明できているとはいえ ないという批判があった。後年、改善ないし修正の試みが行われたが、心 的営みを十分に説明する演繹的手続きを経た理論の登場はまだない〔第 4 章〕。

 「経営の意思決定」の発展は、大まかに、①既にある理論・学説・概念を 援用して、その対象・事象に見合った理論・学説にする(修正・再構成の 試行)、②他分野の理論・学説あるいは概念を援用して、その対象・事象 に見合った学説にする、という二つの方法により為されている。「経営の 意思決定」の理論は、大胆な新旧交代がなされる訳ではないが、研究者あ るいは実践者の認識を大きく変えるようなダイナミックな転換は、他分野 の理論・学説・概念の援用によるものが多い〔第 4 章〕。

5-2 「経営の意思決定」についての考察

新しいテーマを追いかけていれば、時代から取り残されてはいないと錯覚す るのは、現実の社会でも研究の世界でも変わりはない。経営にあっては、新し い考え方やビジネスモデルに振り回されている感は否めないし、「経営の意思 決定」にあっては、関連研究から帰納される傾向や場当たり的な理由づけを根 拠としているものがとても多い。現象を広く理解し、予測し、制御できる理論 的論考はなかなか見当たらない。

経営学は実践と成果を求められる学問である。そして、経営という社会現象 は実に複雑であり、故に、この現象の基礎にある法則性を発見するという仕事 は極めて困難である。そのことを理由に、「経営の意思決定」分野では、経験 則を頼りとして開発された実践的技術が跋扈し、理論的論考は疎かになってい るようである。これは酷く危険な状況だと私は思う。

経験則のみに支配される研究は、変化の激しい時代に対応しえない。経験的 から推理される法則は、それを引き出す基となる諸条件に変更があれば適用で きないことがあるからだ。そして現代の経営環境は、多様性が著しく、変化の スピードが速い。つまり、諸条件が刻々と変わる環境である。こうした社会で 我々が必要とするのは、経験則のみを恃みとする沢山の法則でなく、普遍性も 汎用性も高い「よき理論」であるように思えてくるのである。

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よき理論とは、実践に資するものである。実践に適さない「理論」があると すれば、それは、現実のチェックを経ていない、想像や理屈から生み出された だけの「見方・考え方76」である。そうであるならば、「経営の意思決定」に おける現在の状況は見直すべきである。遠回りであっても、「よき理論」の構 築を目指して、研究者は努力を続けるべきであろう。

本稿を振り返ると、「経営の意思決定」においてはサイモン以降に「よき理 論」の存在は見られないことがわかる。すなわち我々は、既に 60 年以上前に 作られた用具を使って世の中を見ようとしている可能性がある。もちろん、自 然科学の世界ではもっと息の長い法則はいくつもある。しかし、人間現象につ いての理解が進む昨今にあっては、我々が愛用している用具が使用に耐えうる ものであるかを、十分な疑いの目をもって確認してみる必要があると思う。

5-3 将来の研究をスケッチする

経営という営みは人間によるものである。多様な人間が形成する社会にある 現象を理解するためには、人間そのものを理解することが必至である。「経営 の意思決定」は組織現象を扱うが、そこで捉えるべきは、当事者意識をもって 個別に動く人間が集まったときに起こす現象であって、顔のない人間の集合に よる現象ではない。この現象を説明するために必要なのは、根本的な人間現象 の理解であるが、そこへの案内役は他分野で打ち立てられた理論・概念に恃む ことができる。

「経営の意思決定」を研究するにあたり、人間現象を対象とした最新の研究 をレビューすることは、十分な意義を持つ。また、研究の方法論についても、

整理をすることは有効だろう。人間に対する新たな知識が、経験的データの収 集分析という安易な方法や、流行のテーマに流れることなく、経営が直面する 問題への対処能力を引き上げる研究に導いてくれよう。

* * *

本研究が、経営において意思決定研究がどのように行われ、どのような形を 成しているのかについての確実な理解に至る端緒を担うことができれば大変に 嬉しい。また、「経営の意思決定」についてのより一層の興味を刺激すること ができたのであれば、これほど喜ばしいことはない。

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