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IV. 結論および今後の課題
本研究は、今日、目本国内で採用される試合規定に「講道館規定」と「国際規定」
の2つがあり、そのことが実践者を悩ましているという問題意識から、よりよい試合 規定の在り方について考究することを目的としたものであった。そのための方法とし て、まずは2つの規定の相違点(①r体重制」の考え方、②r技の評価」、③r罰則」、④r勝 負判定」、⑤r審判員ライセンスと段位」、⑥r礼法」、⑦rブルー柔道衣」)を抽出し、その相 違点が生じた理由・背景にっいてあらかじめ整理したうえで、実践者への質問を構成
し、調査によって考察の手がかりとなる資料を収集した。
調査結果の要点は、以下のようにまとめられる。
①「体重制」の考え方については、すでにそれが定着して40年以上が経過してい るにもかかわらず、「無差別」での試合への希求が残存していること。
②「技の評価」については、基本的には「一本」への理想は存続し、「国際規定」
に顕著な「ポイント」は時間内で勝敗を着ける便宜上の必要から容認される傾向にあ
ること。
③r罰則」(主にポイント化された積極的戦意の欠如に対する罰則)については、全般的 には肯定と否定に分かれ賛否両論であるが、指導者あるいは審判員はやはり時間内で 勝敗を着ける便宜上の必要からそれを容認する傾向にあり、選手は先述の「技の評価」
と関連し、「罰則」よりもr技」による勝敗決着を望む傾向にあること。
④「勝負の判定」主に2005年から「国際規定」で採用されている「延長戦」と、「講 道館規定1が従来採用してきた「旗判定」については、全般的に「延長戦」の肯定が 多かった。その理由には、「旗判定」における審判の主観をなるべく排除したいこと があると考えられる。ただし、選手では、指導者や審判員に比して、延長戦による体 力消耗の激しさからややそれに対して否定的であることもうかがえた。
⑤「審判員ライセンスと段位」の関連については全体として、柔道経験は審判員に とって必要不可欠であるとする傾向にあり、特に指導者および審判員では「審判技術 と選手時代の技術は関連している」と捉える傾向が、現役選手よりもやや強いこと。
⑥「礼法」にっいては基本的には伝統維持の傾向にあると考えられるが、一方で「審
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判員が正面に背を向けても失礼にならない」や「国際規定のように立ち姿勢で服装を 直す方が良い」などの項目では便宜上の必要から大半のものが肯定意見であること。
⑦「ブルー柔道衣」については、全体的には賛否両論であるが、国内での導入につ いては特に指導者層を中心に、普及に関わる経済的負担、そして、誤審にはつながら ないという理由から、現時点では「不要」で落着していると捉えられる。
さて、以上の結果を踏まえた、各々の相違点に対する筆者の考えは随所で述べたの でここで繰り返すことはしないが、試合規定の在り方として、総論的な結論をいえば、
やはり現場での混乱を避けて試合規定の統一化を図るために、今後は「国際規定」を 中心とすべき、というものになる。ここで念を押していえば、現行の「講道館規定」
は「国際規定」に近似しつつあることから、その存在意義が分かりにくくなっている
からである。
ただし、今回の調査結果を通して、例えば「技」や「礼法」への考え方において戦 前来の競技観を根強く継承する面もみられ、試合規定の在り方に対する実践者の認識 は、今目なおも複層的であることが確認された。その点も踏まえ、以下のような筆者 の意見を提示したい。それは、「国際規定jは競技者として最も力を発揮できる年代
(高校生〜30才程度まで)に対して、しかも高度な柔道を目指す者に対して採用すべ きであり、少年柔道や学校体育の授業、一般の市民大会等の「大衆のための柔道」で は、従来の「講道館規定」の考え方にもとづいた柔軟性のある規定を設け、より多く の実践者が試合に参加できるように工夫する必要があろうというものである。従来の
「講道館規定」の考え方とは、「試合とはあくまで日頃の練習・修行の成果を試し合 うもの」であり、その目標を煎じ詰めていえば、「一本を目指すこと」と、「自己の品 格・他者への礼儀を大切にすること」であり、結果としての勝敗は二義的なものであ った。つまり、そのような考え方・目標においては、何が何でも勝敗を着けるための、
技や罰則のポイントは不要であり、また、体重制や時間制限もその場の参加者に応じ て柔軟に適用してよいものとなる。ちなみに、創始者の嘉納は、「規定規則をつくる のが嫌らいな方であった。(中略)『根本方針だけ簡単につくっておけばよい。それを 活かして使うのは人だよ」(傍点・筆者)1)と述べたといわれている。このことには、
1)江橋力,柔道新聞・昭和46年6月1日付2面、日本柔道新聞社,
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柔道においては人間修行が最も重視され、試合自体には動機づけとしての意味しか付 与せず、がんじがらめの規定をっくってまで勝敗を決する必要はない、という考えが 示されていよう。
ある言い方をすれば、そのような試合規定、つまり、一本を目指し、自己の品格・
他者への礼儀を忘れないという従来の柔道試合の考え方・目標に則った規定とは、「目 頃の練習」をそのまま(自然に)試合へと移行できるような規定である。そして、今 回の調査結果を踏まえれば、そのような規定の在り方について考え得るいくつかの象
(イメージ)を示すことができる。まずは、「一本」に対する価値を絶対・至上のもの とする規定である。具体的にいえば、例えばr試合者のどちらかが一本を取らなけれ ば引き分け」という規定も考えられよう(ただし、これは団体戦向きといえ、トーナメン
ト方式の個人戦における勝者の決定方法については別途考える必要がある)。そして、そのよ うな「一本のみ」の試合と関連して、立技の試合と寝技の試合を分けて行うなど、寝 技についても長時間による決着を奨励していくのも一考であろう。また、消極的柔道 に対するr罰則」についても細かな規定は設けず、例えばrはじめから組んだ状態」
で試合を行って無駄な組み手争いを無くし、技の向上を目指すのも一考であろう(そ の方法では当然、体重差による有利・不利が生じるので体重別であった方がよいが、その区分の 仕方は、その場に集まった人々を適宜3階級程度に分けるなど柔軟でよいだろう)。また、品 格や礼儀の保持という点については、礼法という行為形式の遵守も大切であるが、場 全体における穏和な雰囲気づくりが最も重要であると考える。要は、その場に集って いるのが柔道愛好者同士であるという共有感が、内面からの礼の発揮に大いに関わっ てくると思われる。したがって、(規定ではなく)マナーの領域となるが、少なくとも 周囲の者が試合相手を誹諺・中傷するような言動は慎むよう指導されるべきである。
もちろん、以上で述べたような「柔軟な規定の在り方」については、今後さらに具体 的な検討を要する。
なお、今回の調査で、例えば「少年規定」について、「将来、国際選手を目指すな ら、国際規定に慣れておくべき」という自由記述もみられたが、このような考え方は 筆者には狭量なものに思える。経験上からも、たとえ一流競技選手を目指す場合でも、
高校生程度から「国際規定」による試合を行い始めても十分に問に合うし、要は、r一 本をとる」という基本が身に付いていることが大切であると考える。すでに中村が分
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析しているように1)、最近の「国際規定」でも「一本」を取れるカの有無が勝敗を決 定づける要因になっているし、国際試合での目本選手の活躍はやはり「一本」を取れ
るカによるものと思われる。
そしてさらにいえば、「国際規定」自体についても、手放しでそれを受け容れるの は良くないであろう。例えば「技の評価」や「罰則iにおけるポイント化も、限られ た時間内で勝敗を決するための「便宜」であるという認識を実践者全体がもつことが 重要であると考える。つまり、「国際規定」は「競技スポーツとしての柔道」を促進 させるものであるという、割り切った認識を日本国内でもより定着させることである。
ただし、その割り切った認識だけが押し進めば、先に述べたような大衆性および教育
・文化性を念頭に置いた目本での試合規定との「分離」が生じることになる。そこで 日本は、現在では187の国・地域からなるIJFの1メンバーに過ぎないけれども、そ のUFが主導する「国際規定」に対しても、積極的かつ思慮深くその在り方について 要求し続ける必要があると考える。そのためにも、一つのモデルとして、先述したよ うな、柔道がもつ本質を核とした試合規定の存在が必要となる。いわば、グローバル なr国際規定」と、ローカルな(だが柔道の本質を踏まえた)規定との相互作用によっ て、柔道という文化をより豊かにしていくことが望まれるのである。
最後に、本研究では、日本国内において存在する2つの柔道試合規定に対する実践 者の認識について把握することができた。だが、背景には日本文化としての柔道と国
際文化としての兀∫DOの交錯があり、試合規定にっいてもそれによる根深い問題が 横たわっていることが明らかとなった。そのような問題を如何にすれば止揚すること ができるのかについて、今後も実践者の立場から考究することを自らの課題としてい
きたい。
1)中村勇(2005)最新の国際柔道競技の動向一ダイナミック柔道と日本一.月刊・武道,20052
月号,日本武道館,pp.122−127.
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