1.変異導入箇所の選定
大腸菌べん毛モーターにおけるこれまでの研究から、H+駆動型固定子MotAB のMotAサブユニットの2番目と3番目の膜貫通領域の間の細胞質ループ内に 存在する90番目のアルギニン残基と98番目のグルタミン酸残基が運動性に重 要であり、回転子構成タンパク質FliGのC末端領域の荷電アミノ酸残基と静 電的相互作用により駆動力が発生すると提唱されている(10)。また、固定子の MotAのR90とE98は他の細菌の固定子間においても高度に保存されている (図2-3、図2-5)。
本研究では、枯草菌が持つ異なる2種類の固定子H+駆動型MotAサブユニッ トとNa+駆動型MotPサブユニットの細胞質ループ内にある荷電アミノ酸残基 が運動性に寄与しているのか検討するためにまず変異箇所の選定を行った。枯 草菌と大腸菌、Bacillus clausii、 Bacillus cereus、Bacillus licheniformis、
Oceanobacillus iheyansis、Salmonella enterica serovar TyphimuriumのMotAサブユ ニットのアミノ酸配列を用いて配列比較を行った (図2-3 )。 その結果、枯草 菌のMotAサブユニットではR90とE98が高度に保存されていた(図2-3 )。枯 草菌とBacillus halodurans 、Bacillus pseudfirmus 、Oceanobacillus iheyensis、 Bacillus megaterium のMotPサブユニットとVibrio alginolyticusのPomAサブユ ニットのアミノ酸配列を用いて配列比較を行った(図2-5)。その結果、枯草菌の MotPサブユニットではR94が高度に保存されていた。また、D102は他の細菌 ではグルタミン酸残基が高度に保存されていたが荷電アミノ酸残基の電荷とい う点ではマイナスの電荷が保存されていた(図2-5)。これより、枯草菌が持つ2 種類の固定子においても荷電アミノ酸残基が保存されていた(図2-3、図2-5)。
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保存されている荷電アミノ酸残基とその周囲に存在している荷電アミノ酸残基 がモーターの駆動力の発生に関与している可能性が推察されるので、変異箇所 として選定した。選定した全ての変異箇所をアラニン残基に置換した株を構築 した。その他に、アスパラギン酸残基やグルタミン酸残基の変異箇所に対して はアミノ酸の側鎖の長さを保つようにアスパラギン残基またはグルタミン残基 に置換した変異株を構築した。運動性に重要な荷電アミノ酸残基の場合、逆の 電荷を持つ荷電アミノ酸残基に置換した変異株の運動性は欠損することが報告 されている(28,29)。そのため、構築した変異株の運動性に顕著な影響が見られた 変異箇所においては逆の電荷を持つ荷電アミノ酸残基に置換した変異株を構築 した。
MotAサブユニットは、9か所の荷電アミノ酸残基(E84、R90、R91、E92、
E98、E102、D103、D105、D106)(図2-4)に18種の変異株を構築した。また、
MotPサブユニットは、8か所の荷電アミノ酸残基(D91、R94、K95、D102、
D103、R106、E107、D110)(図2-5)に17種の変異株を構築した。
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図2-3.MotAサブユニットの2番目と3番目の膜貫通領域の間の細胞質内ルー
プの変異導入箇所近傍のアミノ酸配列アライメント結果
BCI : Bacillus clausii、BC : Bacillus cereus、BL : Bacillus licheniformis、
BS : Bacillus subtilis、EC : Escherichia coli、OI : Oceanobacillus iheyensis、
ST : Salmonella enterica serovar Typhimurium
枯草菌と他の細菌のMotAサブユニットのアミノ酸配列の比較により、2番目 と 3 番目の膜貫通領域の間の細胞内ループ領域に比較的保存性が高く静電的相 互作用に重要と考えられる荷電アミノ酸残基90番目のアルギニン残基(R90)、98 番目のグルタミン酸残基(E98)を黒く塗りつぶし、白字で示した。また、変異導 入箇所は文字を紫で示した。
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図2-4. 枯草菌のMotAサブユニットにおける変異導入荷電アミノ酸残基部位
H+駆動型固定子構成タンパク質MotAの2番目と3番目の膜貫通領域の間に 存在する細胞質内ループにある荷電アミノ酸残基を選定し、変異導入箇所を決 定した。赤字で示した90番目のアルギニン残基(R90)と98番目のグルタミン酸 残基(E98)は荷電アミノ酸残基の中ではもっとも保存性が高かった。四角内の数 字は、N末端側からの膜貫通領域の順番を示した。
MotA サブユニット
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図2-5.MotPサブユニットの2番目と3番目の膜貫通領域の間の細胞質内ルー
プの変異導入箇所近傍のアミノ酸配列アライメント結果
BH : Bacillus halodurans、BP : Bacillus pseudofirmus、Oi : Oceanobacillus iheyensis、BM : Bacillus megaterium、BS : Bacillus subtilis、VA : Vibrio alginolyticus、
枯草菌の MotP サブユニットと他の細菌の固定子サブユニットのアミノ酸配 列の比較により、2番目と3番目の膜貫通領域の間の細胞内ループ領域に比較的 保存性が高く静電的相互作用に重要と考えられる荷電アミノ酸残基94番目のア ルギニン残基(R94)と、電荷が保存されていた 102 番目のアスパラギン酸残基
(D102)を黒く塗りつぶし、白字で示した。また、変異導入箇所は文字を紫で示し
た。
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図2-6. 枯草菌のMotPサブユニットにおける変異導入荷電アミノ酸残基部位
Na+駆動型固定子構成タンパク質MotPの2番目と3番目の膜貫通領域の間に 存在する細胞質内ループにある荷電アミノ酸残基を選定し、変異導入箇所を決 定した。保存性がもっと高かった94番目のアルギニン残基(R94)を赤字で示し た。また、電荷が保存されていた102番目のアスパラギン酸残基(D102)も同様 に赤字で示した。四角内の数字は、N末端側からの膜貫通領域の順番を示し た。
MotP サブユニット
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2.変異型MotAサブユニットとMotPサブユニットが発現した変異株の軟寒天
培地上での運動性試験
構築した部位特異的変異株の運動性を軟寒天培地(pH 7.0)で調べた(表2-6)。
大腸菌のMotAサブユニットの運動性に重要なR90をアラニン残基に置換した 変異株の運動性は37℃で野生型の50%を示した(29)。Zhouらの研究から、運動 性が野生株の50%以下に低下した変異株を運動性に影響があると判断した。
MotA変異株では、MotA-R90A、MotA-R90E、MotA-E92Q、MotA-E92Kで運動 性を確認できなかった。この荷電アミノ酸以外にも、98 番目のグルタミン酸残 基や102番目のグルタミン酸残基の変異株は野生株BS-ABと運動性を比較する とMotA-E98Aが34%、MotA-E102Aが45%、MotA-E102Qが43%に運動性が低 下していた(表2-6A)。
MotP変異株では、MotP-D102AとMotP-D110Nで運動性を確認できなかっ た。また、保存性の高い94番目のアルギニン残基の変異株は野生株BS-PSと 運動性を比較するとMotP-R94Aが33%、MotP-R94Eが11%に運動性が低下し ていた。それ以外の荷電アミノ酸残基の変異体も野生型MotPS株と運動性を比 較するとMotP-D91Kが18%、MotP-K95Aが38%、MotP-D102Kが31%まで運 動性が低下していた。110番目のアスパラギン酸残基をアスパラギン残基に置
換したMotP-D110Nで運動性を観察できなかった。この結果から、逆の荷電を
持つリジン残基に置換したMotP-D110Kを構築した。しかし、MotP-D110Kに おける運動性は野生型MotPS株の72%の運動性であった。91番目のアスパラ ギン酸残基では、今回示した30℃で行った運動性試験では運動性への影響が小 さい。しかし、37℃で運動性試験を行うとMotP-D91AはBS-PSの25%まで運 動性が低下したことから逆の電荷を持つリジン残基に置換したMotP-D91Kを 構築した(表2-6B)。
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MotAサブユニットとMotPサブユニットの細胞質ループ内の荷電アミノ酸残 基おける部位特異的変異株の運動性試験の結果、MotAサブユニットでは R90、E98とE102、MotPサブユニットではD91、R94、K95、D102が運動性に 寄与している荷電アミノ酸残基であると示唆された。
MotAサブユニットの92番目のグルタミン酸残基で構築した変異体の運動性 試験では、MotA-E92QやMotA-E92Kで運動性に影響が見られた。しかし、
MotA-E92AはBS-ABの81%の運動性を保持していた。これらの結果から、
MotAサブユニットの92番目のグルタミン酸残基の電荷が運動性に重要でない ことが示唆された。また、MotPサブユニットの110番目のアスパラギン酸残 基は、逆の荷電アミノ酸残基に置換したMotP-D110KはBS-PSの72%の運動性 を保持していた。この結果から、MotPサブユニットの110番目のアスパラギ ン酸残基を置換した変異体の運動性への影響はアミノ酸残基の側鎖の長さが影 響しているためで、電荷が重要でないことが示唆された。
3.変異型MotAサブユニットとMotPサブユニットが発現した変異株の
液体培地中での遊泳解析
構築した部位特異的変異株の液体培地中(SpizizenI 培地(pH 7.0))での遊泳速度 を解析した(表2-6)。野生型であるBS-ABの遊泳速度は 17.4 ± 3.3 μm/s、BS-PS の遊泳速度は、30℃の時に1.3 ± 0.3 μm/s、37℃の時に2.1 ± 0.4 μm/sであった。
MotA変異株では、MotA-R90A、MotA-R90E、MotA-E92Q、MotA-E92Kで遊泳を 観察することができなかった。また、BS-AB と比較して MotA-E98A は 41%、 MotA-E98Qは51%, MotA-E102Aは55%、MotA-E102Qは57%まで遊泳速度が低 下していた。MotP 変異株では、MotP-D91K、MotP-R94E、MotP-D102A、
MotP-D110N で遊泳を観察することができなかった。また、BS-PS と比較して
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R94Aは29%、MotP-K95Aは31%、MotP-D102Kは38%、MotP-E107Aは46%ま で遊泳速度が低下していた。遊泳が観察できなかった変異株や遊泳速度の低下 が観察された変異株のほとんどは軟寒天培地上での運動性と相関性が見られた。
4.ウエスタンブロット法による変異型MotAサブユニットとMotPサブユニッ
トの膜画分における発現量の検討
運動性試験を変異体で行った結果、運動性の低下が見られた変異体がいくつ か見られた(表2-6)。しかし、変異体での運動性の低下が固定子の発現量による ことが推察された。そのため、ウエスタンブロット法を用いて膜画分における MotAサブユニットまたはMotPサブユニットの発現量の検討を行った。
野生株と変異株のMotAサブユニットにおける発現量を検討した結果、
MotA-E92QでMotAサブユニットのシグナルを検出することが出来なかった。
また、MotA-R90A、MotA-R90E、MotA-E92A、MotA-E102A、MotA-D106Aの MotAの発現量は野生株と比較してそれぞれ、7.0%、8.0%、8.0%、22%、48%
まで低下していた(図2-7)。
野生株と変異株のMotP サブユニットにおける発現量を検討した結果、MotP-D102AとMotP-D110NでMotPサブユニットのシグナルを検出することが出来 なかった。また、MotP-D91A、MotP-D91K、MotP-R94A、MotP-D102KのMotP の発現量は野生株と比較してそれぞれ、8.0%、5.0%、25%、41%まで低下して いた (図2-8 ) 。
これらの変異体のMotAまたはMotPの発現量が低下した要因は、変異によ って固定子が不安定化して安定的に膜に発現出来なくなったためではないかと 推察した。
ウエスタンブロット法によるMotAサブユニットまたはMotPサブユニット