第 7 章 大変形 FEM 解析 87
A.14 結晶塑性論
ようになったとき平衡ひずみに達する.初期条件としてt=0でεa=0とおいて微分方程式(A.5)を解けば εa = σa
E
1−exp −t
τ∗
. . . (A.6) となる.ここで,τ∗ ≡ ηv/Eは遅延時間と呼ばれ,平衡ひずみσa/Eの(1−1/e)倍に達するまでの時間であ る.この遅延時間の大小によってその物質のクリープ特性(粘弾性)が推定でき,遅延時間の長い物質ほどク リープはゆっくり生じる.なお,式(A.6)で与えられるクリープひずみεaを応力σa で除して規格化した値 εa/σa={1−exp(−t/τ∗)}/Eをクリープコンプライアンスと呼ぶ(18).
以上の両モデルでは,応力緩和挙動はMaxwellモデルでかなりよく近似できるがVoigtモデルでは全く近似 できない.一方,クリープ挙動はVoigtモデルでかなりよく近似されるがMaxwellモデルでは難しい.このよ うに,これらのモデルは非常に単純である一方,実際の材料挙動を必ずしも良好に表現できないことから,複
数のMaxwellモデルを並列に結合する一般化Maxwellモデルや,1つのMaxwellモデルと複数のVoigtモデ
ルを直列に結合する一般化Voigtモデルが用いられることも多い.
A.14 結晶塑性論
金属における塑性現象の本質は,よく知られているように,外部負荷による転位の運動であり,それが結晶 を通り抜けることですべりが生じ,さらにはすべりが集積して巨視的な塑性変形へとつながる.また,結晶 中のさまざまな障害物によって転位運動が阻害されることで,材料の加工硬化が発生する.一方,現在汎用 FEMパッケージに搭載されている弾塑性解析コードは,有限変形塑性論に基づいて構築されているが,その 理論体系には金属の微視組織に関する情報は一切入っていない.そこで,上述のような塑性現象の本質を捉 え,材料科学で得られる微視的情報を固体力学に取り込む試みが近年盛んになされている.
材料の微視的情報を取り込むためには,何らかの内部変数を導入し,その構成式あるいは発展方程式を導出 して支配方程式系に組み込むことになる.しかしながら,実現象をより精密に表現する方程式系を得るために は内部変数の数を増加させる必要が生じ,結局はそれに伴って構成式の数も増加することになる.その結果,
構成式に表れる材料定数の数も増え,それを全て実験的に決定しなければならないという悪循環に陥る.
この問題を回避する1つの有力な論理体系として挙げられるのが結晶塑性論である.結晶塑性論は,古くは
Taylor(82)により提案された塑性変形をメゾ領域すなわち単結晶の塑性特性を基礎として解析する手法であり,
Peirceら(91)はすべり変形に基づいた結晶塑性有限要素法を提案し,金属結晶内の微細な変形機構を数値解析
的に求める手法を開発している.結晶塑性論では,結晶のすべりを塑性変形の素過程として捉えるため,有限 変形塑性論のような降伏条件も塑性構成式も不要となり,必要なものはすべり面上の分解せん断応力とすべり の関係を表すスカラー硬化則のみとなる.また,下部スケールの現象を表す塑性スピンについても構成式を用 いることなく運動学的に導出することができる.したがって方程式系は簡潔なものとなり,決定すべき材料定 数の数も少なくなるという利点がある.このような体系をもつ結晶塑性論は,すべりの根源である転位運動の 情報をもたないものの,金属をマクロとミクロの中間スケールで論じており,一歩微視構造に踏み込んだ固体 力学であるとみなすことができる.さらに近年,転位の情報を結晶塑性論の枠組みに取り込み,よりミクロな 立場から結晶塑性論を本質論に近づけようとするマルチスケールモデリングの試みが世界的レベルで盛んに行 われるようになってきている.
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補足 B
第 2 章の補足
B.1 Eyling の反応速度論
ここでは,高分子材料の降伏過程に応用されたEylingらによる反応速度論(遷移状態理論:Transition State
Theory)(65)について詳しく説明する.
一般に,原子あるいは分子は平衡点周りで熱振動を行っている.図B.1(a)に示すように,これらの原子ある いは分子が隣に位置する平衡点へ移動するためには熱エネルギーを獲得してポテンシャル障壁を越えなければ ならない.この獲得すべきエネルギーを活性化エネルギーといい,活性化エネルギーを獲得した状態を活性化 された状態という.原子あるいは分子が熱振動の助けを借りて単位時間にポテンシャル障壁を乗り越える速さ (割合)Vは次式で表される.
V = ϖcexp −∆F kBθ
!
. . . (B.1) ここで,ϖcは頻度係数であり,Planck定数hPを用いてϖc ≡ kBθ/hPのように定義される.式(B.1)は,反 応速度が温度上昇に伴い指数関数的に増大することを経験的に見出したArrheniusの名前を冠して,Arrhenius 形の関係式と呼ばれることもある.また,∆Fは基底状態と活性化状態のエントロピー変化(基底状態>活性 化状態)も考慮した活性化エネルギーであり,活性化エンタルピー変化を∆H,活性化エントロピー変化を∆S
Fig. B.1 Change of the potential energy barriar due to applied stress
とすれば次式のような関係がある.
∆F = ∆H − θ ∆S . . . (B.2) 原子あるいは分子が移動する前と後の基底状態が同じであれば,ポテンシャル障壁を乗り越える割合も同じ であるから有効速度は零となり,原子あるいは分子の一方への移動は結果としては生じない.しかし,応力 σV が作用すると,ポテンシャル障壁は図B.1(b)のように一方向に対してはポテンシャル障壁が高くなるた め,原子あるいは分子の移動は低い方向へ生じるようになる.すなわち,正方向への速さVf は,
Vf = ϖcexp −∆F−σV∆υ kBθ
!
. . . (B.3) となり,負方向の速さVbは
Vb = ϖc exp −∆F+σV∆υ kBθ
!
. . . (B.4) となる.ここで,∆υは活性化体積と呼ばれ,ある反応において反応系が原系から遷移状態へ移るときの体積 変化を表す.式(B.3)および式(B.4)より,有効速度Vは次式で表される.
V = Vf−Vb
=ϖc
"
exp −∆F−σV∆υ kBθ
!
−exp −∆F+σV∆υ kBθ
!#
=2ϖc exp −∆F kBθ
!
sinh σV∆υ kBθ
!
. . . (B.5) 一般には,σV∆υ ≫ kBθとなることが多く,この場合式(B.5)は次式のようになる.
V = ϖc exp −∆F−σV∆υ kBθ
!
. . . (B.6)
Kocksら(92)は,非晶性ポリマの降伏現象を,分子鎖セグメントの不可逆的なすべりあるいは流動とみなす
ことにより,降伏応力のひずみ速度依存性ならびに温度依存性を速度論の立場から説明することを試みてい る.すなわち,式(B.5)で表されるEylingの速度式を次のように書き換えている.
γ˙p = γ˙0 exp −∆Ff
kBθ
!
. . . (B.7) ここで,γ˙pは塑性せん断ひずみ速度,γ˙0は参照ひずみ速度,∆Ff は変形が生じるために必要となる活性化エ ネルギーであり,せん断応力τを用いて一般的に次式のように表される.
∆Ff = ∆F0
1− τ τr
!X
Y
. . . (B.8) ここで,∆F0は無応力状態での活性化エネルギー,τrは参照応力,XおよびYは材料依存の係数であり,例え
ば式(2.1)で表されるArgon硬化則の場合,X=5/6,Y =1となる.また,第6章で詳述されるHasan-Boyce
の非弾性応答則は,負方向への反応速度まで考慮した式(B.5)を基に議論されている.