第 7 章 大変形 FEM 解析 87
B.2 塑性せん断ひずみ速度
とすれば次式のような関係がある.
∆F = ∆H − θ ∆S . . . (B.2) 原子あるいは分子が移動する前と後の基底状態が同じであれば,ポテンシャル障壁を乗り越える割合も同じ であるから有効速度は零となり,原子あるいは分子の一方への移動は結果としては生じない.しかし,応力 σV が作用すると,ポテンシャル障壁は図B.1(b)のように一方向に対してはポテンシャル障壁が高くなるた め,原子あるいは分子の移動は低い方向へ生じるようになる.すなわち,正方向への速さVf は,
Vf = ϖcexp −∆F−σV∆υ kBθ
!
. . . (B.3) となり,負方向の速さVbは
Vb = ϖc exp −∆F+σV∆υ kBθ
!
. . . (B.4) となる.ここで,∆υは活性化体積と呼ばれ,ある反応において反応系が原系から遷移状態へ移るときの体積 変化を表す.式(B.3)および式(B.4)より,有効速度Vは次式で表される.
V = Vf−Vb
=ϖc
"
exp −∆F−σV∆υ kBθ
!
−exp −∆F+σV∆υ kBθ
!#
=2ϖc exp −∆F kBθ
!
sinh σV∆υ kBθ
!
. . . (B.5) 一般には,σV∆υ ≫ kBθとなることが多く,この場合式(B.5)は次式のようになる.
V = ϖc exp −∆F−σV∆υ kBθ
!
. . . (B.6)
Kocksら(92)は,非晶性ポリマの降伏現象を,分子鎖セグメントの不可逆的なすべりあるいは流動とみなす
ことにより,降伏応力のひずみ速度依存性ならびに温度依存性を速度論の立場から説明することを試みてい る.すなわち,式(B.5)で表されるEylingの速度式を次のように書き換えている.
γ˙p = γ˙0 exp −∆Ff
kBθ
!
. . . (B.7) ここで,γ˙pは塑性せん断ひずみ速度,γ˙0は参照ひずみ速度,∆Ff は変形が生じるために必要となる活性化エ ネルギーであり,せん断応力τを用いて一般的に次式のように表される.
∆Ff = ∆F0
1− τ τr
!X
Y
. . . (B.8) ここで,∆F0は無応力状態での活性化エネルギー,τrは参照応力,XおよびYは材料依存の係数であり,例え
ば式(2.1)で表されるArgon硬化則の場合,X=5/6,Y =1となる.また,第6章で詳述されるHasan-Boyce
の非弾性応答則は,負方向への反応速度まで考慮した式(B.5)を基に議論されている.
B.2 塑性せん断ひずみ速度 137
ここで,Dpは塑性変形速度,T′は偏差応力(T′≡T−(trT/3) I),ε˙pおよびσはそれぞれ相当塑性ひずみ速度 および相当応力であり,次のように定義される(93).
ε˙p≡
r2
3Dp·Dp. . . (B.10) σ≡
r3
2T′·T′. . . (B.11) 相当塑性ひずみ速度(あるいは相当応力)とは,多軸負荷状態の塑性ひずみ速度(あるいは応力)を単軸負荷状 態の塑性ひずみ速度(あるいは応力)に相当させた量のことである.
一方,Boyceら(34)および冨田(41)は,J2-流れ理論における塑性構成式として次式を用いている.
Dp = γ˙p T′
√2τ . . . (B.12)
τ =
rT′·T′
2 . . . (B.13) 冨田(41)はγ˙pを「相当塑性せん断ひずみ速度」,τを 「相当せん断応力」と呼んでいる.このうちτについて は,多軸負荷状態の応力を純粋せん断状態の応力に相当させた量であるため,「相当せん断応力」と呼ぶこと に問題はないと考えられるが,γ˙pを「相当塑性せん断ひずみ速度」と呼ぶことには問題がある.それは,以下 のような理由による.
式(B.11)を式(B.9)に代入すると
Dp =
r3
2
ε˙p T′
√T′·T′
. . . (B.14) となる.一方,式(B.13)を式(B.12)に代入すると
Dp = γ˙p T′
√T′·T′ . . . (B.15) となる.式(B.9)と式(B.12)は等価なものであるため,式(B.14)と式(B.15)を比較すると,式(B.10)から
γ˙p =
r3
2
ε˙p = √
Dp·Dp. . . (B.16) という関係があることがわかる.すなわち,これはあくまでも「塑性変形速度の大きさ」にすぎず,純粋せん 断状態における塑性せん断ひずみ速度にも,単純せん断状態における塑性せん断ひずみ速度にも相当していな い.もしγ˙pを「相当塑性せん断ひずみ速度」と呼ぶならば,純粋せん断状態における塑性せん断ひずみ速度 (理論せん断ひずみ速度)に相当する量としては
γ˙p≡
rDp·Dp
2 . . . (B.17) 単純せん断状態における塑性せん断ひずみ速度(工学せん断ひずみ速度)に相当する量としては
γ˙p≡p
2 ( Dp·Dp) . . . (B.18) と定義するのが妥当である.もしこれらの定義を行った場合は,塑性構成式(B.12)はそれぞれ次のように変 更を受ける.
Dp = γ˙pT′
τ . . . (B.19)
Dp = γ˙pT′
2τ . . . (B.20) すなわち,式(B.12)における(式(B.16)で表される) ˙γpを「相当塑性せん断ひずみ速度」と呼ぶことは好まし くないといえる.
また,結晶塑性論における「すべり」とは,工学せん断ひずみに相当する量(式(B.18)による定義)である.
一方,Argon硬化則(2.3)およびHasan-Boyceの非弾性応答則(6.3)から導出される非弾性せん断ひずみ速度
は,非弾性変形速度の大きさ(式(B.16)による定義)にあたるものである.式(B.16)と式(B.18)を比べれば,
式(B.18)は式(B.16)の √
2倍となっていることがわかる.そのため,Argon硬化則(2.3)およびHasan-Boyce の非弾性応答則(6.3)を本結晶塑性論的分子鎖塑性モデルに適用する際,式(2.3)または式(6.3)から導出され る非弾性せん断ひずみ速度を √
2倍する必要がある.これに関しては参照ひずみ速度(式(2.3)におけるγ˙0あ
るいは式(6.3)におけるγ˙r)の値を √
2倍することで対応可能であり,式(7.23)および式(7.24)で示した本解 析で用いているγ˙0およびγ˙rの値はすでに √
2倍されたものである.
139
補足 C
第 3 章の補足
C.1 Mandel-Kratochvil 速度の導出
物理量Aに関するA(m)=R∗TAR∗の変換から,第2中間配置β(m)における物理量 A(m)の共回転速度は次 式のようになる.
A˙(m)=(R∗TAR∗)·
=R˙∗TAR∗+R∗TAR˙ ∗+R∗TA ˙R∗
=R∗TR∗R˙∗TAR∗+R∗TAR˙ ∗+R∗TA ˙R∗R∗TR∗
=−R∗TR˙∗R∗TAR∗+R∗TAR˙ ∗+R∗TA ˙R∗R∗TR∗
=R∗T( ˙A−R˙∗R∗TA+A ˙R∗R∗T)R∗
=R∗T( ˙A−W∗A+AW∗)R∗
=R∗TA R▽ ∗. . . (C.1) こ こ で ,W∗≡R˙∗R∗T で あ り ,こ の 導 出 は 補 足 C.2.4 で 行 う .式 (C.1) で 表 さ れ る A の 共 回 転 速 度 を
Mandel-Kratochvil速度と呼ぶ.