三輪 哲
1 はじめに
結婚の意思決定のプロセスと、それを規定するメカニズムはいかなるものなのか。これら の問いに対し、日本の若年者の意識調査データを用いて、計量的にアプローチするのが本稿 のねらいである。
結婚意思決定を促す要因として、本稿では特に社会経済的要因と意識・態度的要因へと注 目する。最初にあげた社会経済的要因の範疇では、非正規雇用であることや(永瀬 2002;
酒井・樋口 2005; 津谷 2011)、あるいは階層の低さ(加藤 2004)や賃金の低さ(Keeley 1977)が結婚確率を下げることが指摘されている48。ただしこれら社会経済的要因の影響は、
男女で効果の向きの違いが報告されてもいる。男性はそれらが低いほど結婚しにくくなる のに対して、女性ではむしろ高くなるほど結婚しにくくなるとされる。女性の学歴(樋口・
阿部 1999; 津谷 2011)や収入(樋口・阿部 1999; 小椋・ディークル 1992)については、
結婚確率と社会経済的地位との関連が負になることが報告されている。
意識や態度的な要因では、結婚意欲ないしそれに類する意識が結婚選択へと影響するこ とが、日本でも繰り返し実証されてきた(水落・筒井・朝井 2010; 坂本 2005; 滋野・大日 1997)。いずれもが、結婚意欲が高いほど、結婚確率が高まるという関連を実証している。
結婚にかんしては、男性での高階層性(地位が高いほど結婚が起きやすい)、女性では逆 に低階層性、それから結婚意欲の正の効果というのが概ね一貫した知見で、定説というべき かもしれない。だがこれら諸先行研究では、結婚のイベント生起やタイミングへの影響をみ るのみで、結婚に至る意思決定プロセスへせまるという視点を持ちえていない。要するに、
交際のしやすさと交際から結婚への移行を分離できていないのに加えて、交際が継続でき るのかであったり、自分から結婚の意思決定をしたのかそれとも相手が先に決定したのか など、詳細なプロセスやメカニズムについての知見までは提供しえていないのである。
そこで本稿では、結婚への意思決定について若年者の考えの詳細とその変化をたどるこ とのできる貴重な調査データを利用して、上述の未踏の課題へととりくむ。分析上の独自性 としては、意思決定の段階を分け、交際しているカップルがどの段階で社会経済的あるいは 意識的要因に影響を受けて結婚が近づいたり、遠ざかっていくのかを明らかにすることが ある。そのうえで、結婚を決めるにあたっての理由をもとに、若年者の意思決定へ至るいわ ば「思考回路」をも読み解くことを試みる。
このあと本稿では、次の2節にて、研究方法について述べる。それから3節では、どのよ うな人が結婚しやすいのか、結婚にいたる過程のどの段階でどのような要因が影響するの か、そしてまた結婚意欲が強い理由あるいは弱い理由とその後の結婚意思決定理由との対 応関係を、実証的に検討する。最後に第4節で、分析結果を要約するとともに考察をし、結 論を導く。
48 ただし、学卒直後の非正規雇用が結婚へと影響しないという知見もある(水落 2006)。
2 研究方法 2-1 データ
本稿で用いるデータは、内閣府経済社会総合研究所が実施した「結婚の意思決定に関する 意識調査49」より得られた個票データである。同調査は、平成28年3月に、日本全国の25 歳以上35歳未満の男女個人を対象におこなわれた。通常の調査と異なるのは、調査対象と する条件に、「3 年前には未婚であり、恋人として交際していた異性がいた者」で、かつ、
「現在も未婚で本人・交際相手ともに結婚経験がない者、または、現在は既婚で初婚同士で ある者」に限定していることである。なお、実査は登録モニターに対して、インターネット を介しておこなわれた。最終的な回収票数は、13321となった。
このデータの何よりの強みは、上述のように複雑な条件ではあるが、それがつくことによ り、22 歳以上 32 歳未満の若年者における交際から初婚にいたる過程をとらえやすい大規 模データが得られたことである。結婚選択の分析のための若年者調査データはさまざま存 在するが、多くのデータは未婚だけでなく既婚までも含む、あるいは未婚者のみでも交際相 手のいない者も多く含むため、実際に交際している人びとがその後どうなっていくかを検 討するにあたって、サンプルの小ささに伴う検出力不足に悩まされることがしばしばある。
理想的には、パネルデータを収集したいところではあるが、そうなれば調査費用や期間、サ ンプル脱落などの問題をはらむため、それはそれで課題が残るものと思われる。したがって、
回顧的に、3年前の交際時の情報を収集したこのたびの意識調査は、今回の目的のもとでは 現実的な次善の策として評価できる。
しかも、結婚の意思決定にかかわる変数については、客観的な属性から主観的な結婚意欲 や結婚理由まで、きわめて豊富に有する。それらを組み合わせて解析することによって、単 に結婚したかどうかというだけでなく、どのような段階でどの要因が影響を及ぼしていた のか、あるいはどのような理由で結婚をためらっていた人がその後どのような理由で結婚 の意思決定をしたのか、など、従来迫りえなかった諸側面にまで検証をすることが可能とな る。
49 調査のより詳しい情報は、第1部の石田論文を参照されたい。
現在、結婚をしている 5392 0.405
現在、結婚の予定がある 925 0.069
現在でも交際を継続している 1432 0.107
現在は別れている 5572 0.418
うち、別の相手と結婚 891 0.067
うち、別の相手と結婚予定 575 0.043
うち、別の相手と交際 1100 0.083
うち、現在交際相手なし 3006 0.226
13321 1.000
表1 調査時点現在の結婚・交際の状況
度数 相対度数
3年前の 交際相手と
ここで、データに含まれる 13321 の回収票の内訳を、調査時点の結婚および交際状況を もとに整理してみよう。表1が、その集計結果である。4つに分類したカテゴリーのうち、
最も多いのは、3年前の交際相手と結婚した人たちであり、全体の4割を占める。まだ結婚 はしていないがその交際相手と結婚予定50がある人まで含めると、5割弱にまで達する。な かには、3年前の交際相手とは別の人と結婚した人(予定も含む)も概ね1割いる。結婚を せずに同じ交際相手と交際を継続しているものの割合も、だいたい 1 割程度であることが 確認される。
2-2 分析手法
使用する分析手法は、2つに大別される。1つは、結婚意思決定の規定要因を探るため のロジットモデルである。もう1つは、非線形主成分分析である。
ロジットモデルは、カテゴリー従属変数の多変量解析法の1つとしてよく知られた手法 である。あるイベントの起きる確率そのものではなく、確率を対数オッズ変換したもの
(ロジット)を、独立変数の線形結合によって予測をする。これについては、現在では標 準的な分析法であるゆえ、多くの説明を要さないだろう51。本稿では、結婚をしたか否か を従属変数、3年前の社会経済的属性や結婚意欲などを独立変数として分析をおこなう。
さらに本稿では、ロジットモデルの応用の1つで、Mare(1980)によって提唱された トランジションモデルも用いて、さらなる分析に挑む。トランジションモデルの特徴は、
段階的に分かれていくイベントに対し、二項ロジットモデルを連立させて解く点にあ る52。たとえば教育達成の過程の分析において、第1段階で高校へ進学するか否か、進学 した人に対しては第2段階で高校を卒業するか否か、さらに卒業した人に対しては第3段 階として大学へ進学するか否か…というように、各々の段階ごとにイベント発生ロジット に対する要因の効果を検証する。そして、先の段階で脱落した者は、後の段階では分析対 象から外れるようになっている。
交際から結婚までのトランジションを、図1のように模式化してとらえる。今回は、ま ずは交際が継続するか否かを第1段階とする。そして継続した者(3年前交際相手と別れ なかった者)に限り、自分が先に結婚の意思決定をしたかどうか53という第2段階の分析 をおこなう。それから、自分から意思決定しなかった者だけを対象に相手から先に結婚の
50 この調査では、ただ対象者本人が結婚を決めたというのではなく、互いの意思を確認し たうえで結婚の合意があることをさして、結婚の予定と定義している。
51 詳しくは、Long(1997)などの成書を参照されたい。
52 各段階の選択ごとの誤差相関はみられなかったため、ネステッドロジットモデルではな く、トランジションモデルを採用することとした。
53 結婚の意思決定を自分か相手かどちらが先にしたかについても、この調査ではたずねら れている。そのおかげで、トランジションモデルで、自分から結婚を決めたのか、そうで はなく自分より先に相手が決めたのかを、区別してとらえることができる。ただし、一方 の意思決定に加えて、同時にその相手方が受け容れたということまでも、これら変数の正 応答には意味が含まれているとみなければならない。