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経済活動別分類と地域的分布

ドキュメント内 明治前期における技術者の経歴と統計観察 (ページ 39-49)

以上,公的機関や民間会社における技術者の配置状況や経歴を細かく見てきたが,最 後に,1892 年における就業型初期技術者,就学型初期技術者,学卒技術者を経済活動別 に分類することにより鳥瞰的な動向をうかがい,これと並行して 1882 年との比較も行う。

表 24 は民間勤務技術者と公的機関勤務技術者とに分類し,さらに就業型初期技術者と学 卒技術者(就学型初期技術者を含む)とに区分して,それぞれについて経済活動別分類 のうち大分類だけを行ったものである。全体に鉱業比率は 14.5%と,1882 年に比して低

表 23 各鉄道会社勤務の学卒技術者の略歴

氏名 卒業校 卒業年月 学科 勤務先 略歴

鈴木幾弥太 工科大学 1890.07 機械 阪堺鉄道会社 1892 年 2 月,阪堺鉄道汽車課長として大阪鉄道の車輌 一般の監督を委嘱される。

岩崎彦松 工部大学校 1883.05 機械 山陽鉄道会社

卒業と同時に海軍省主船局に入る。1884 年 1 月農商務 省 4 等技師を経て北海道事務所汽車課長となり,1888 年 4 月山陽鉄道に転出。

山口準之助 工部大学校 1883.05 土木 山陽鉄道会社

内務省土木局に入る。1884 年内務技師補,1886 年工科 大学助教授を経て,1888 年山陽鉄道に入り,神戸−岡 山間保存掛長,建設掛長となる。

渡辺秀次郎 工科大学 1887.07 土木 大阪鉄道会社 1888 年 8 月,関西鉄道会社において四日市−関間工事を 担当する。1891 年 3 月大阪鉄道に技術部長として招聘。

井上徳次郎 工科大学 1887.07 土木 関西鉄道会社 卒業と同時に入社,草津線工事を担当。1888 年 8 月,

関−五反田間工事を担当する。

古川阪次郎 工部大学校 1884.05 土木 九州鉄道会社

1884 年,工部省鉄道寮に入り,日本鉄道の山手線工事 を担当。1887 年長野県技師に転じ,1889 年同社に入社。

久留米−熊本間の測量と設計を担当。

朝永正三 工科大学 1888.07 機械 九州鉄道会社 卒業と同時に同社に入社するが,1893 年には農商務省 特許局に転出。

武笠清太郎 工科大学 1886.07 土木 九州鉄道会社 鉄道局技手として上田−江津間の測量に従事。1888 年,

同社に技師として入社。

村上享一 工科大学 1888.07 土木 筑豊興業鉄道 会社

在学中,山陽鉄道で実習し,そのまま同社に入社する。

1892 年に筑豊興業に転出。翌年に技師長となる。

藤田重道 工部大学校 1880.05 機械 北海道炭鉱鉄 道会社

1882 年工学会員名簿の就職先は神戸鉄道局。1882 年 12 月官員録に鉄道局 7 等技手とある。1887 年 10 月,病気 のため依願免官。6 等技師であった。その後北海道炭鉱 に入社し,1893 年に汽車係長。

千種基 工部大学校 1880.05 土木 北海道炭鉱鉄 道会社

工部省工作局に勤務後,鉄道局で米原−敦賀間の建設 工事に従事。1882 年,灯台局,1884 年に高知県に勤務。

1888 年,北海道庁雇となり,1890 年同社に入社。1893 年には建築係長に就任。

石黒誠二郎 工科大学 1890.07 土木 北海道炭鉱鉄 道会社

入社年代不明。1897 年には筑豊興業鉄道建築課長に在 任していたことが確認できる。

出所: 『日本鉄道史』上巻,中巻,鉄道省,1921 年。井関九郎『大日本博士録』第 5 巻,発展社,1930 年。藤井肇男

『土木人物事典』アテネ書房,2004 年。日本交通協会編『鉄道先人録』日本停車場株式会社出版事業部,1972 年。官員録(国立国会図書館・近代デジタルライブラリー)。「鉄道六等技師藤田重道依願本官被免ノ件」,国 立公文書館デジタルアーカイブ。

下したが,民間と公的機関とでは顕著な差が生じている。民間では 27.2%,うち学卒技 術者は 37.8%と高くなっているのに対して,公的機関では合計で 6.2%にすぎない。官業 払い下げの影響が顕著に出ている。製造業比率は 1882 年に比して全体的に高いが,民間 とくに学卒技術者の場合,22.8%を占めている。民間では鉱業と製造業を合わせると,

47.8%,学卒技術者だけを取り上げると 60.6%にも達する。公的機関では 15.9%にすぎな い。一方,建設業でも大きな差が出ている。公的機関では 33.6%に達したのに対して民 間では 11.6%となっている。運輸通信業では,両者の差は少ないが,細かく見ると,民 間の場合,鉄道業が 29.6%に達していたのに対して公的機関では鉄道業 20.0%,通信業 10.5%となっている。また民間,公的機関ともに就業型初期技術者の比率が高くなってい る。全体に公的機関では,当然のことであるが,建設業,運輸通信業,電気ガス水道業,

教育の社会資本関連に多くの技術者が見いだせる。4 者合計比率は 78.3%にのぼる。一 方,民間では 49.0%,学卒技術者の場合,37.0%にすぎない。

表 25 は,前掲表 11(1882 年)と同様に,専門分野別に,就学型初期技術者・学卒技 術者の勤務先に関して経済活動別分類を行ったものである。民間,公的機関を一括して 集計した。総計欄について見ると,1882 年に比して,鉱業は 35.6%から 19.3%に低下し ているのに対して製造業は 9.8%から 17.6%に上昇している。鉱業・製造業をあわせて計 算すると,45.5%から 36.9%に低下した。一方,社会資本部門は,1882 年に 53.0%であっ たのが,1892 年には 56.7%に若干上昇した。教育・運輸通信業比率が減少したのに対し て,建設業比率の増加と電気ガス水道業の台頭による。

表 24 経済活動別分類と民間・公的機関別分類による技術者分布

大分類

民間勤務 公的機関勤務

就業型 学卒技術者 合計 就業型 学卒技術者 合計 総計

合計 比率 合計 比率 合計 比率 合計 比率 合計 比率 合計 比率 合計 比率 鉱業 43 20.7 48 37.8 91 27.2 11 3.9 21 9.1 32 6.2 123 14.5 製造業 40 19.2 29 22.8 69 20.6 16 5.6 34 14.7 50 9.7 119 14.0 建設業 27 13.0 12 9.4 39 11.6 112 39.4 61 26.4 173 33.6 212 24.9 電気ガス水道業 3 1.4 14 11.0 17 5.1 8 2.8 6 2.6 14 2.7 31 3.6

卸売・小売業 3 1.4 1 0.8 4 1.2 4 0.5

運輸通信業 86 41.3 19 15.0 105 31.3 123 43.3 48 20.8 171 33.2 276 32.5 教育 1 0.5 2 1.6 3 0.9 4 1.4 41 17.7 45 8.7 48 5.6 公務 0.0 0.0 4 1.4 15 6.5 19 3.7 19 2.2 不明 5 2.4 2 1.6 7 2.1 6 2.1 5 2.2 11 2.1 18 2.1 合計 208 100.0 127 100.0 335 100.0 284 100.0 231 100.0 515 100.0 850 100.0 注:学卒技術者には就学型初期技術者を含む。民間の「特許明審社」勤務の 1 人を除いた。

出所:『工学会々員名簿』工学会事務所,1892 年。国立国会図書館・近代デジタルライブラリー。

表 25 技術者タイプ別勤務先の専門分野別・経済活動別分類

就学型初期技術者 学卒技術者 総計

大分類 小分類 機械 造船 化学 採鉱

冶金 電気 土木 建築

その

不明 合計 比率 機械 造船 化学 採鉱

冶金 電気 土木 建築

その

合計 比率 総計 比率

鉱業

金属 1 5 1 1 8 14.5 4 1 25 2 32 10.6 40 11.2 石炭 2 1 3 5.5 1 10 11 3.6 14 3.9

原油 1 1 0.3 1 0.3

不明 1 1 2 3.6 1 1 8 2 12 4.0 14 3.9 鉱業合計 2 7 1 3 13 23.6 6 3 43 2 2 56 18.5 69 19.3

製造業

繊維 10 10 3.3 10 2.8

紙・パルプ 1 1 1.8 1 0.3

窯業 1 4 5 1.7 5 1.4

一次金属 1 1 1.8 1 2 3 1.0 4 1.1

一般機械 1 1 1.8 3 3 1.0 4 1.1

電気機械 1 1 1.8 1 0.3

造船 4 1 5 9.1 16 16 5.3 21 5.9

印刷 1 1 1.8 1 1 2 0.7 3 0.8

武器製造業 1 1 1.8 8 3 1 12 4.0 13 3.6

不明 1 1 0.3 1 0.3

製造業合計 7 2 1 1 11 20.0 40 9 3 52 17.2 63 17.6

建設業 建築業 2 2 0.7 2 0.6

土木業 8 8 14.5 1 62 63 20.9 71 19.8 建設業合計 8 8 14.5 1 64 65 21.5 73 20.4 電気

ガス 水道

電気 2 11 13 4.3 13 3.6

ガス 1 2 3 1.0 3 0.8

水道 4 4 1.3 4 1.1

電気ガス水道合計 3 2 11 4 20 6.6 20 5.6

卸売・小売業合計 1 1 0.3 1 0.3

運輸 通信業

鉄道 2 1 16 1 20 36.4 12 18 30 9.9 50 14.0

水運 2 2 0.7 2 0.6

灯台 2 1 3 1.0 3 0.8

通信 2 2 3.6 9 9 3.0 11 3.1

不明 1 1 0.3 1 0.3

運輸通信業合計 2 1 2 16 1 22 40.0 16 9 20 45 14.9 67 18.7 公共

サービス教育 1 1 2 3.6 10 15 3 4 9 41 13.6 43 12.0

公務

造幣 3 1 4 1.3 4 1.1

税関 1 1 0.3 1 0.3

船舶司検 2 2 0.7 2 0.6

特許 6 2 8 2.6 8 2.2

公務合計 8 5 1 1 15 5.0 15 4.2

分類不明 2 5 7 2.3 7 2.0

総計 12 2 9 2 26 4 1 55 100.0 87 34 50 24 105 2 302 100.0 358 100.0 注: 就学型初期技術者・鉱業の「その他」3 人の専門分野は地質 2 人,測量 1 人。学卒技術者・鉱業の「その他」2 人

の専門分野は地質。民間の「特許明審社」勤務の 1 人を除いた。

出所:『工学会々員名簿』工学会事務所,1892 年。国立国会図書館・近代デジタルライブラリー。

専門分野別に見ていこう103)。鉱業において,1882 年と同様に採鉱冶金学専攻技術者が 多いが,1892 年の学卒技術者の中には機械造船など他の専門分野出身者も増えている。人 数的に見ると,1882 年に比し就学型初期技術者が減少したのに対して,学卒技術者は大 幅に増加したことがわかる。新旧交代が進んだことを示していよう。製造業に関して,

1882 年には 4 業種にすぎなかったのが,1892 年には 9 業種に増加するに応じて,出身専 門分野も化学,採鉱冶金へと広がりを見せている。造船業の学卒技術者は 8 人が機械学 科,8 人が造船学科の卒業生であった。建設業に関しては,両年ともほとんどの技術者は 土木建築学専攻であった。細かく見ると,1882 年の就学型初期技術者の 1 人は土木学専 攻で,学卒技術者の場合,土木学専攻 12 人,建築学専攻 7 人であったのに対して,1892 年では,就学型初期技術者の場合,土木学専攻 5 人,建築学専攻 2 人,学卒技術者では,

それぞれ 47 人,17 人という内訳であった。土木学専攻技術者の増加が顕著である。

1882 年には電気ガス水道業の技術者は工学会員名簿に現れていなかったが,1892 年に は少ないながら,20 人にのぼった。電気業では,機械学科と,当然のことながら,電気 学科の卒業生で占められ,ガス業では機械学科と化学科,水道業では土木学科の卒業生 からなる。運輸通信業では,業種は水運と灯台が増えたにすぎないし,この 2 つの業種 に属する技術者人数も少ない。人数の増加が顕著なのは鉄道業であった。就学型初期技 術者の場合,2 人が機械学専攻,16 人が土木学専攻の技術者で,学卒技術者では 12 人が 機械学科,18 人が土木学科の卒業生であった。通信業の 2 つのタイプの技術者は減少し ている。その多くが電気学専攻であったことは 1882 年と同じである。教育については,

出身学科は多様である。学卒技術者だけについて細かく分類すると,機械学科 6 人,化 学科 15 人,採鉱冶金学科 3 人,造船学科 4 人,電気学科 4 人,土木学科 6 人,建築学科 3 人という内訳であった。化学科卒業生の多さが目につくが,工部大学校だけで 5 人(表 21 の東條二郎を含む)が勤務していた。前掲表 20 に学校の勤務先が 18 校掲げられてい るが,うち 10 校に化学科卒業生が着任していた。

公務においても,人数は少ないながら卒業学科は分散傾向にある。機械学科が合計で 7 人,うち 6 人が特許局で,1 人は船舶司検所であった。化学科卒業生は造幣局と特許局に それぞれ 3 人と 2 人が勤務していた。さらに採鉱冶金学科 1 人が造幣局,造船学科 1 人 が船舶司検所,そして土木学科 1 人は神戸税関勤務であった。

最後に技術者の地域的分布を図 1 と図 2 で見ておこう。両図は 1882 年と 1892 年の技 術者の府県別分布状況を示したものである。1892 年の府県別分布人数が多い府県から順 に配列し,1882 年の図 1 も 1892 年の府県配列を基準にした。1882 年の場合,技術者が

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