第1節 はじめに
第4章では,組織内協働を考慮したマネジメント・コントロールとその課題について,
グループXの販売組織A社や仕入組織の事例をもとに検討した。グループ内協働にむけた 協調的行動を引き出すための仕掛けは,成果面や行動面の基本的な評価にもみられる。ま ず,採算への意識づけを通じて下位マネジャーは相互依存の関係にあるグループ他社との 協働へと積極的にコミットする状況が期待されている。また,行動面の評価では,グルー プ X 内の横断的な連携に資する行動についての規定がある。行動面の評価の過程で行われ る上司と部下の対話を通じて,グループ他社との協働の重要性やそれに対して個人が果た す役割を下位マネジャーは認識する機会が与えられている。
しかし,下位マネジャーから協調的行動を引き出すことを考えると,こうした基本的コ ントロールでは十分とはいえない。なぜなら,本事例においては販売と仕入それぞれの組 織に対する権限委譲が進み,個々の立場で外部組織(顧客,サプライヤー)との関係に対 処することから,視点や利害の違いを超えた相互の調整が困難となるためである。販売と 仕入の協働は,グループ X の発展において非常に重要である。しかし,各組織の立場から みた目的追求のため日々タスクを遂行する下位マネジャーにとって,グループ X の目的実 現に資する行動は必ずしも意識されていない。これに対して,構成員の自律的行動を促す ことに重点をおいた基本的コントロールでは限界がある。そこでA社では,‘付加金’とい われるインセンティブの仕組みが基本的コントロールと一体となって用いられることで,
仕入組織から企画,発信される営業推進キャンペーンに対して下位マネジャーに注意を向 けさせることが企図されている。このように A 社では,販売組織としての目的の追求と,
グループXの目的実現に資する管理行動とのバランスをとるための工夫が試みられている。
付加金にはグループ X の目的実現にむけて下位マネジャーに注意を促すという役割が期 待されるものの,実際のところ販売組織での目的追求との両立は困難である。具体的には,
A社内の階層間や,仕入組織との間で,営業推進キャンペーンやそのインセンティブとなる 付加金の背後にある基本的な考え方の伝達,および相互の理解が困難となっている。これ は,組織内協働の方針を水平的,垂直的にどのように伝達するかということにかかわる。
この点で,本論文で基本的に想定するマネジメント・コントロールのサイクルの運営上問 題が起っている。これに対して,A社では仕入組織との連携のもと,現行のコントロール・
システムを修正するための補正策がとられている。
本章では,現行のコントロール・システムの限界をふまえ,つぎの2つの点を検討する。
・現行のコントロール・システムが補正策によりどのように修正されているのか。
・補正策でも限界があるとすると,どのようなことなのか。
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第2節では,現行のコントロール・システムの補正策としてどのようなことが実施され ているのかを検討する。ここでは,第1章で示した3つのコントロール問題である行動一 致,モチベーション,個人の活用と育成にもとづいて検討する。A社では,それぞれの問題 に対する施策がとられている。行動一致については,水平調整,垂直調整による事業方針 の展開により対処されている。モチベーションについては,貢献度とインセンティブのリ ンクが図られている。個人の活用と育成については,リエゾンの配置で対処されている。
しかし,販売組織と仕入組織の調整が複雑な状況では,補正策を用いた対処にも限界が ある。第3節では,補正策をとった場合にも依然として残る課題を検討する。第2節と同 様に,行動一致,モチベーション,個人の活用と育成という3つのコントロール問題にも とづいて検討する。行動一致では,販売と仕入での調整の困難さにともなう行動の不一致 がある。モチベーションでは,方針が不明確なことで起る協調的行動への動機づけの課題 がある。個人の活用と育成では,リエゾンの育成方針の欠如による人材の活用や支援での 課題がある。
第3節の最後では,コントロール・システムの補強策は,一時的な処置にはなったとし ても根本的な解決策とはならないことについて検討する。このことより,異なる視点や利 害のもとに行動する部門間での調整は既存の議論で想定されるより複雑であり,本来想定 されるような全体最適の状態は容易に実現されないことについて論じる。
第4節では,本事例での発見事項についてさらに考える。まず,既存の議論で想定され る状況と本事例の違いを検討する。そのうえで,複雑な組織内協働がみられる場合に求め られるマネジメント・コントロールの理論的意味と実践的な示唆について考察する。
水平調整,垂直調整による 事業方針の展開
(行動一致)
リエゾンの配置
(個人の活用と育成)
貢献度と
インセンティブのリンク
(モチベーション)
図5.1 コントロールの諸問題と相互の関連性
(出所)筆者作成。
85 第2節 補正策に期待される役割
本節では,現行のコントロール・システムの補正策としてどのようなことが期待されて いるのかについて検討する。第1章で検討したように,マネジメント・コントロールの基 本となるのは,行動一致,モチベーション,個人の活用と育成という3つの問題である。A 社では,それぞれのコントロール問題に対して補正策がとられている。下記では,84 ペー ジの図 5.1 にみるように,行動一致の問題への施策として水平調整,垂直調整による事業 方針の展開を,モチベーションの問題への施策として貢献度とインセンティブのリンクを,
個人の活用と育成の問題への施策としてリエゾンの配置を,それぞれ検討する。
第1項 水平調整,垂直調整による事業方針の展開
行動一致は個人と組織それぞれが目指す行動の方向性について整合性をどのように実現 するかということであり,マネジメント・コントロールの中心となる問題である。A社では,
仕入組織との協働に対して下位構成員を動機づけるため,付加金と言われるインセンティ ブの仕組みが基本的コントロールとの連繋のもとに用いられている。
しかし A 社では,営業推進キャンペーンの方針がしばしば曖昧とされることが,付加金 を運営するにあたり大きな問題となっている。第4章でも述べたように,付加金運営の背 後には,水平調整レベルの問題と垂直調整レベルの問題がある。本項では,(1),(2)に おいて,それぞれの問題に対してとられる施策について検討する。加えて,水平調整レベ ルの問題と垂直調整レベルの問題は密接にかかわり合っている。これについて各施策でど のように注意がはらわれているのかを,(3)で検討する。
(1)A社と仕入組織による水平調整における施策
グループ X では,販売組織と仕入組織それぞれで,顧客,サプライヤーとの関係に対処 するために行動がとられている。構成員は,各組織の立場からみた目的を追求するため日々 のタスクを遂行している。A社の目的を意識して行動する構成員にとって,仕入組織のおか れた状況やそのもとでとられる行動の狙いについて,日常の業務範囲で把握するのは困難 である。これに対して,A社では,仕入組織から企画,発信される営業推進キャンペーンに 対し注意喚起を促すため付加金というインセンティブの役割が期待されている。しかし,
そもそも仕入組織との相互理解が不十分な場合には,付加金の運用に努めたとしても,営 業推進キャンペーンを企画した仕入側の意図にも見合った活動のために A 社の下位構成員 を動機づけることは困難である。
このように,仕入組織とのコミュニケーションは,A社においてしばしば問題とされてき た。これに対する施策として A 社でとられてきたのが,各階層での対話の場を拡充するこ とである。上位層では,A社の上位マネジャーが仕入組織の上位マネジャーとの間で,営業 推進キャンペーンの背後にある政策上の方針について話し合いの場がもたれる。ここでは,
仕入側からはサプライヤー政策について,また販売側からは顧客の嗜好,競合企業の動向