第1節 はじめに
第3章では,第4章,第5章で行う事例分析の基礎となる研究のデザインについて述べ た。本研究の目的は,権限を委譲した部門間での調整が困難な状況で,下位マネジャーか ら全社の目的にむけた管理行動を引き出すためコントロール・システムが果たす役割とそ の限界を明らかにすることにある。そのために,権限が委譲された部門間での調整が複雑 となる状況として,旅行代理店のグループXの販売組織A社と仕入組織で行われる協働に ついて取りあげる。本事例では,販売組織,仕入組織への権限委譲が進んでおり,各社が 外部組織との関係への対応のため目的を追求している。下位マネジャー間での調整につい て自律的行動に委ねるだけでは,視点や利害の違いを超えた調整は容易に進まない。事例 分析では,相互の調整を円滑に進めるため実施される下位マネジャーへのコントロールや,
それをより良く実施するための仕組みに着目する。
上記の着眼点をもとに,本章では,組織内協働を考慮したマネジメント・コントロール の利用について,A社や仕入組織の事例から検討する。表4.1にみるように,各社では,顧 客やサプライヤーの多様な要求に柔軟に対処することを促すコントロールを基本とし,販 売と仕入による相互の調整にむけて下位マネジャーを動機づける仕組みが一体となって用 いられている。これにより,下位マネジャーに対する方向づけがなされている。そこで,
つぎの事項について検討する。
各社における基本的コントロール(第2節)
-成果面の評価情報の収集と利用(成果コントロール)
-行動面の評価情報の収集と利用(行動コントロール)
基本的コントロールをより良いものとする仕組み(第3節)
-構成員の協調的行動を促すインセンティブ 組織内協働
を考慮した コントロール・システム
表4.1 組織内協働を考慮したコントロール・システムの構成
(出所)筆者作成。
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・各社でコントロールが基本的にどのように実施されているのか。
・グループ横断的な調整を念頭においた統合のため,下位マネジャーの協調的行動の動機 づけがどのように行われているのか。
・現行のコントロール・システムにはどのような課題があるのか。
第2節では,A社と仕入組織それぞれで実施されるコントロールの基本型について検討す る。ここでは,下位構成員の成果面,行動面について評価情報が収集,利用されているこ とについて述べる。加えて,行動面での評価とともに,グループ X の経営理念にもとづい た行動の評価についても考慮されていることについて述べる。さらに,調査先からの公表 の承諾が得られた範囲で,仕入組織における基本的な評価枠組みにおいても販売組織の営 業担当者との調整を促す仕組みがみられることについて説明する。
第3節では,グループ X の仕入組織との協働にむけて下位マネジャーから協調的行動を 引き出すことを狙いとする仕組みについて検討する。グループ他社との協調的行動を引き 出すための仕掛けは,成果面や行動面の基本的な評価にみられる。まず,利益責任への意 識づけを通じて,下位マネジャーに対して,相互依存の関係にある仕入組織との協働へと 積極的にコミットすることが期待されている。また,行動面の評価では,グループ X 内の 横断的な連携に資する行動についての規定がある。行動面の評価の過程で行われる上司と 部下の対話を通じて,仕入との協働の重要性やそれに対して個人が果たす役割を下位マネ ジャーは認識する。しかし,各組織での権限委譲が進み個々の目的追求のため行動する状 況において,下位マネジャーの協調的行動を引き出すうえでこうした基本的コントロール では限界があることを示す。そのうえで,基本的コントロールの役割をより良いものとす るため,グループ X 内での協調的行動へと方向づけるインセンティブが運営されているこ とについて述べる。具体的には,営業推進キャンペーンで‘付加金’といわれるインセン ティブが,下位マネジャーの協調的行動を動機づける役割を果たしている。このようにし て,A 社では,販売組織や仕入組織それぞれでの目的の追求と,グループX の目的実現に 資する管理行動との調和を図るための工夫が試みられている。
付加金にはグループ X の目的のため下位マネジャーから協調的行動を引き出すという意 図があるものの,グループ各社での目的追求とグループ X 全体の目的実現との両立は実際 のところ困難である。第4節では,各社での目的追求のため日常的にタスクを遂行する下 位構成員に対して,グループ X の目的実現への貢献につながる協調的行動の意義をどのよ うに伝えるかが,常にコントロールにおける大きな課題となっていることについて述べる。
第2節 各社における基本的コントロール
本節では,各社において基本的にみられるコントロール・システムについて検討する。
まず第1項では,業績管理の基礎となる事項として,構成員に期待される役割と求められ る責任について確認する。つづく第2項では,構成員がどのような観点から評価され,そ れがマネジメント・コントロールの観点からみて組織目的への方向づけのためどのように
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利用されているのかを検討する。第3項では,仕入組織におけるスタッフの基本的なタス クと業績管理システムについて,調査先から承諾が得られた範囲でその概要を示す。
第1項 A社の営業担当者によるタスク遂行と利益追求
営業担当者が遂行するタスクについては,第3章の第4節で述べた。A社における業績管 理について検討するうえで重要であるため,あらためて要点のみ示したい。A社では,法人 顧客の要望に応じて旅行素材(ホテルの客室や航空券など)の提供から企業研修や会議の 運営支援までを一括して担う。顧客からの要求をうけ,グループ X の仕入組織との調整を 担う。営業担当者は,仕入組織に対して旅行素材を手配するよう依頼する。依頼を受けた 仕入組織において,宿泊施設や交通機関といったサプライヤーから旅行素材を手配し,商 品としてパッケージ化して A 社に供給する。これをもとに,営業担当者がそれぞれの顧客 の要求に応じたかたちでサービスを提供している。
このようにA社では,一つの案件について,企画立案から,マーケティング・販売活動,
契約,顧客の支援,さらには代金回収にいたる取引プロセスを営業担当者が総合的に管理 するのが基本である12。案件単位でみた場合に,営業担当者は広い範囲のタスクを担ってい る。それに対応するかたちで,営業担当者は案件の採算という集約的な指標を日々の管理 指標としている。案件の採算とは,顧客から獲得した対価と諸活動にともなう経費の差額 として下記のように算定される利益指標である13。
採算=売上-経費(A社の仕入原価,添乗員人件費など)
営業担当者は,上記の採算で求められる利益目標に責任を負っている。さらに営業担当 者以上の階層の構成員においても,基本的に階層に応じた採算に責任をもつ。具体的には,
チームリーダーであれば営業チームでの遂行によって得られる採算を,営業課長なら営業 課内の営業チームを統括することから営業課全体での採算を,事業部長であれば部門全体 の採算に対して責任がある。このように,下位層から上位層にいたるまで,各階層の個人 が遂行するタスクのレベルに応じて利益責任を負っている。利益目標の内容も非常にスト レッチなレベルで設定されており,各階層の構成員には目標達成への強いコミットメント が求められる。そうすることで,営業担当者や彼らを統括するチームリーダーといった下 位構成員であっても,顧客からの要求に即したサービス提供による売上増大と,業務の効 率化による経費低減にむけて日々意識した行動がとられている。これは,A社の範囲にとど まることではない。A社の下位構成員が業務を遂行するうえで,サービスの旅行素材(ホテ
12 実際には,案件の規模により,チームで責任を負うこともある。その場合にも,業績管 理プロセスではチームの業績について個人の貢献度へと落とし込んだうえで管理されてい る。
13 案件の採算では,年間契約となっている従業員の人件費,販促費,地代,本社経費など は営業担当者にとって管理不能な要素であるため,算定対象から除外されている。