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第1節 はじめに

第2章では,分権組織におけるコントロールについて取りあげた既存の議論をもとに,

組織内協働を考慮したマネジメント・コントロールについて今後検討すべき課題を検討し た。多くの先行研究では,上位マネジャーが望ましいと思う方向性のもとに権限を委譲さ れた部門の行動が促されているという状況が想定されていることを取りあげた。

これに対して,顧客やサプライヤーなど外部組織からの多様な要求に対して部門ごとで 柔軟な対処を促す必要があるときには,上位マネジャーですら戦略実行上の焦点は曖昧と なっており,各部門の視点により判断,行動をとらざるを得ない。こうした場合,各部門 での自律的行動に委ねるだけでは,視点の違いを超えて部門間の調整を進めることは難し い。しかし,戦略実行の焦点が曖昧となる状況で,部門間での調整を円滑に進めるためコ ントロールがどのように実施されるのかについて,これまで十分な理解が得られていない。

既存の議論におけるこうした課題を克服するため,本論文では,部門間での調整が複雑 となる局面でのコントロール・システムの利用,および現状に応じたその修正について事 例分析により検討する。本格的な事例分析は,第4章,第5章で行う。そのための予備的 考察として,本章ではつぎの事項について述べる。

・本論文では,どのような目的で事例分析を行うのか。そのために,分析対象となる事例 をどのような判断のもとに選択するのか(第2節)。

・事例分析でどのような点に着目するのか。どのような問いについて考えるのか(第3節)。

・事例ではどのような状況がみられるのか。それについてどのようなデータを用いて検討 するのか(第4節)。

第2節 事例分析の目的と事例の選択 第1項 事例分析の目的

上位マネジャーが部門の下位マネジャーに対して大幅な裁量を与える背後には,各部門 で外部組織からの多様な要求に柔軟に対応させるという狙いがある。ただし,既存の議論 では,組織としてとるべき方向性が明確にされたうえで,下位マネジャー間での調整を委 ねるという状況が基本的に想定されてきた。このように戦略実行の焦点が明らかであるこ とを前提とする場合には,下位マネジャーに自律的行動を促すことで各部門や全社にとっ て望ましい方向へと組織内での調整がとられると考えられる。しかし,外部組織との取引 関係が多様であり,それぞれの部門による判断,行動に委ねざるを得ない場合に,そもそ も上位マネジャーが全社的な方向性を見極めることは難しい。組織としての方向性が曖昧 にならざるを得ないという状況は,そもそも既存の議論では想定されていない。このよう に,従前の想定とは異なる状況で,各部門の下位マネジャーに調整を委ねるのみならず組

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織全体としての調和がどのように図られるのかということは,マネジメント・コントロー ルの観点から明らかにする意義のある問題である。

本論文では,各部門で異なる視点や利害のもとに行動がとられており相互の調整が複雑 となる状況で実施されるコントロールについて明らかにすることを目的とする。こうした 組織内協働が複雑となる場合には,組織全体としての調和がとくに重要な問題となること から,下位マネジャーから協調的行動を促すため実施されるコントロールにどのような特 徴がみられるのかに焦点をあてることが重要である。これによって,従来の議論で十分考 慮されてこなかった複雑な組織内協働において求められるマネジメント・コントロールに ついて,より深い理解が得られると期待できる。

第2項 事例の選択

本論文では,部門間での調整が複雑となる状況で,下位マネジャーを協調的行動へと方 向づけるため実施されるコントロールに関心がある。この目的で,外部組織との取引関係 への柔軟な対応のため下位マネジャーに対して大幅な裁量を与える必要がある組織を対象 として考察する。具体的に取りあげるのは,旅行代理店のグループ X における販売組織と 仕入組織による協働の事例である。本事例の概要は第4節で述べるが,ここで本事例を選 択した理由について説明する。端的に述べれば,グループ X が顧客やサプライヤーからの 多様な要求に応えるため,販売組織と仕入組織による協働を円滑に図るための施策が積極 的に実施されており,本論文の関心と合致するからである。具体的にグループ X では,高 付加価値の戦略がとられており,販売と仕入が一体となって高品質のサービスを提供する ことが重要である。質の高いサービスを提供するには,グループとして顧客の満足度向上 と仕入力強化の両方をバランスよく進める必要がある。しかし,それぞれのグループ企業 で抱える顧客,あるいはサプライヤーとの取引関係のもとに異なる観点から対応がとられ ており,グループ企業間での視点の違いを超えて協働を進めることは容易ではない。こう した複雑な協働がみられる状況で,コントロール・システムを用いた対処が求められてい る。

つぎに,グループ X で協働が必要とされる具体的な状況について簡潔に示したい。本事 例のグループX では,きめ細やかな対応と豊富なラインナップのサービスによって,価格 競争力を強みとする他社との差別化が図られている。こうした高付加価値の戦略を実行す るうえで,旅行素材(ホテルの客室や航空券など)を安定的に仕入れることが最終顧客へ の質の高いサービスの提供にもつながることから重要である。グループ X としての仕入力 強化のためには,交通機関や宿泊施設といったサプライヤーとの良好な関係が鍵となる。

しかし今日では,オンラインを通じたサービス提供の普及や他社との価格競争の激化に加 え,サプライヤー側でも最終顧客を対象とする直販体制への切り替えが進んでいる。こう した事業環境の変容にともない,従来のようにグループ X がサプライヤーに対して主導的 に取引関係を運営することは困難となっている。このようにサプライヤー関係が多様で不

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安定な場合に,グループ X が仕入力を強みとして高付加価値の戦略を実行するには,サプ ライヤーとの窓口となる仕入側のみならず,顧客との接点をもつ販売側が緊密なやり取り を行うことにより,グループ各社が一体となって仕入のネットワークを構築することが重 要である。具体的には,仕入力を増強するため,旅行素材についてより多くの数量面で実 績をあげてシェアを伸ばすことが必要である。そのために行われるのが,仕入組織より企 画,提案される営業推進キャンペーンである。

しかし,数量で売るという仕入力増強のための活動は,顧客からの多種多様なニーズが 十分反映されていない画一的なものとなる恐れがある。こうした活動を遂行する場合,顧 客からは自らの要求に見合わないサービスを押しつけられていると捉えられてしまい,重 要顧客との関係が失われる恐れがある。顧客関係を重視する販売組織では,顧客満足度へ のマイナスの影響を懸念して,営業推進キャンペーンに躊躇することや,抵抗することが 考えられる。顧客志向,仕入先志向というように,それぞれの企業がみる視点が異なるこ とが,両社で一体となって仕入力を強化するうえでの障害となっている。これに対して,

販売組織と仕入組織での視点や利害の違いを超えて調整を円滑に進めることが,グループX における高付加価値の戦略を実行するうえで大きな経営課題である。

以上の点において,本論文で関心をもつ‘異なる視点や利害のもとで行動する部門の下 位マネジャーに対して,全社的な目的実現にむけた協調的行動へと方向づけるため実施さ れるコントロール’について考察する対象として,グループX における協働の事例が適切 であると考えられる。

第3節 事例分析の着眼点とリサーチクエスチョン

前節では,本論文における事例分析の目的,ならびに旅行代理店のグループ X を取りあ げる理由と考察対象とする具体的な状況について述べた。本節では,当該事例を検討する うえで着目する点,およびそれにもとづき明らかにするリサーチクエスチョンについて説 明する。

第1項 事例分析の着眼点

旅行代理店のグループ X でみられる特徴として,外部組織との多様で不安定な取引関係 にあるということと,対人サービスの組織であるということがあげられる。ここでまず,

これら2つの特徴について説明する。そのうえで,本論文で関心をもつ組織内協働で起る コントロール問題に対して当該事例でどのような施策が想定されるのかについて述べる。

まず,グループ X においては,販売側は顧客と,仕入側はサプライヤーと,それぞれの 立場で外部組織との取引関係に対応する必要がある。もっとも,顧客関係とサプライヤー 関係に対応すること自体は,グループ X に限らず多くの企業で重要だと考えられる。しか し,多くの場合には,サプライヤーとの安定的な関係の構築のためサプライヤー関係の管