第 5 章 実験結果
5.1 精密ステージの摩擦補償法
・スティックスリップ現象
スティックスリップ現象とは, 摩擦の速度負勾配特性の影響によって精密ステージの位 置が目標値近傍で振動する現象である。ここで図 5.1.1 においてステージにおける摩擦の 速度負勾配特性示す。
スティックスリップ現象の発生プロセスは以下の通りである。
1. 摩擦の影響によりステージが目標値に到達せずに静止する。
2. 積分(I)制御器の動作により, 制御入力が徐々に増大する。
3. 制御入力が静止摩擦力を上回るとステージは動き出すが, 動作に伴い動摩擦が 減少し, 必要以上の力が印加され目標値を超えてしまう。
4. この動作が正方向, 負方向に繰り返されることでステージの位置が目標値近傍 で振動する。
実際に SPIDER 駆動精密ステージを用い PID 制御(制御帯域幅 50 Hz, サンプリング時間 0.5 ms、目標値 0 mm)により位置決め制御実験を行った。その時のスティックスリップ現 象発生時の制御入力及び位置出力波形を図 5.1.2 に示す。同図から、制御対象の位置出力 が目標値近傍で振動することが確認できる。
このように, スティックスリップ現象は摩擦力の影響によるところが大きいため, 摩擦 駆動を駆動原理とする本精密ステージにおいては, このスティックスリップ現象を回避す ることが重要課題となる。本研究では、この課題を解決するため、bang-bang 制御と外乱オ ブザーバを使用する。
図 5.1.1:SPIDER 駆動ステージの摩擦の速度負勾配特性
-30 -20 -10 0 10 20 30
-6 -4 -2 0 2 4 6
Steady-state Velocity [mm/s]
F ri c ti o n u [V ]
0 0 .2 0 .4 0 .6 0 .8 1 - 0 .0 2
- 0 .0 1 5 - 0 .0 1 - 0 .0 0 5 0 0 .0 0 5
T im e [s ]
Reference and Position[mm]
: R e fe re n c e
: P o s itio n da ta
(a)位置出力波形
0 0 .2 0 .4 0 .6 0 .8 1
- 2 - 1 0 1 2 3 4 5
T im e [s ]
Control Input[V]
: C o n tro l In pu t
(b)入力波形
図 5.1.2:スティックスリップ現象
・bang-bang制御
スティックスリップ現象を防ぎ, 整定時間の短縮を図るため, PID 制御系に bang-bang 制 御に基づく摩擦補償法を導入する。bang-bang 制御とは, ステージが摩擦の影響によって静 止してしまった際, 事前に同定した静止摩擦力相当の補償電圧 { Fsp, Fsn} をフィードフォ ワード的に加えることで摩擦によるステージの静止を防ぐというものである。本研究では、
正方向補償電圧を Fsp = 0.7 [V]、負方向補償電圧を Fsn = -0.85 [V]とし、実験を行う。
以下に、bang-bang 制御つき制御系のブロック線図を図 5.1.3 に示す。
図 5.1.3:bang-bang 制御つき PID 制御系のブロック線図
・外乱オブザーバ
外乱オブザーバとは、制御入力と出力情報を用いて制御対象にかかる外力を推定し、
それをフィードバックすることで外乱補償を行うものである。
外乱オブザーバのブロック図を図 5.1.4(a)に示す。ここで外乱を
d
、制御対象の伝 達関数をP
(s
)とし、入力をi
ref、モデルの伝達関数をP
n(s
)、出力をy
とするとy p i
d =
ref−
n−1 (5.1.1) となるため、入力と制御対象の逆特性から外乱d
が計算で求められる。しかし、制御対 象に積分特性を含んでいる場合、位置の微分が必要となるため、その実現は難しく、仮 に可能であったとしても、高周波でハイゲインとなるため観測ノイズの影響を非常に受 けやすくなる。そこで次式に示しようにd
に低域通過フィルタを通して得られる出力d ˆ
を推定値とする。また、
n
はF
×P
n-1がプロパーになるように決定する。s d d F
d
ni
d
( 1 )
ˆ 1
= +
⋅
= τ
(5.1.2) これを図示したのが図 5.1.4(b)である。この点線で囲まれた部分は、制御対象への入 力および出力から外乱を推定するため、外乱オブザーバ(disturbance observer)と呼ば れる。このとき、外乱オブザーバの極は式(5.1.2)のローパスフィルタの極に相当する ため、フィルタの時定数をできるだけ小さくすることで遅れの少ない推定値を得ること ができる。しかし、実際にあまりに小さくしすぎると、観測ノイズや制御対象のモデル 化誤差などの影響を受け、正しい推定が行えなくなるため、その決定にトレードオフは 避けられない。本研究では、図 5.1.4(b)の等価ブロック図として、図 5.1.4(c)を用 いて実験を行う。C P
error error error error
Fsp Fsp Fsp Fsp
Fsn Fsn Fsn Fsn
< vel=0 vel=0 vel=0 vel=0 >
+ −
+
dt d
+
vel vel vel vel
pos err pos err pos err pos err
bang bang
bang bang----bang compensation bang compensation bang compensation bang compensation pos ref
pos ref pos ref
pos ref position position position position
P P
n-1i
refy
d +
+ −
d
−
P P
n-1i
refy
d +
+ −
d
−
y P
Pn-1 iref d
+
+ −
Fd dˆ
− y
P Pn-1 iref d
+
+ −
Fd dˆ
− y
P Pn-1 iref d
+
+ −
Fd dˆ
− y
P Pn-1 iref d
+
+ −
Fd dˆ
−
P Pn
iref y
d +
+ −
Fd×Pn-1 dˆ
−
P Pn
iref y
d +
+ −
Fd×Pn-1 dˆ
−
(a) (b) (c)
図 5.1.4:外乱オブザーバのブロック線図
・実験結果
ここでは、外乱オブザーバによる摩擦補償を使い、応答を向上させる。実験で用いた制 御系のブロック線図を図 5.1.5 に示す。ここで、同図を用いて行った実験結果は図 5.1.6 である。図 5.1.6 には比較として、PIID コントローラのみによる制御:(a)、これに bang-bang 制御を加えたもの:(c)、および bang-bang 制御と外乱のブザーバの両方を加えたもの:(d)
の実験結果を示す。ただし、このときの実験条件は目標値:0 mm、制御対象の初期位置:
-0.018 mm、初期速度:12.7 mm/s とする。また、外乱オブザーバで用いるフィルタの帯域 は 50 Hz に設計し、ノミナルプラントには制御対象と同様の初期状態量を与える。
図 5.1.6(2)をみると、外乱オブザーバを加えた場合、補償入力の加算により、過渡応 答時において制御入力が負方向へ遷移することがわかる。その結果、出力が改善され、オ ーバーシュート発生後、目標値への追従(負方向への移動)が速やかに行われる。特に、
このことが顕著であった(b)では(a)と比べ、オーバーシュートも減少する。同様に、
Bang-bang 制御を加えた場合も、出力が改善され、(c)に比べ、(d)は目標値に素早く追従 するようになる。
図 5.1.5:外乱オブザーバ付き PID 制御系のブロック線図
+ P
P
n dn
F
P
−1⋅
− C + +
+
−
− +
bang bang
bang bang----bang compensation bang compensation bang compensation bang compensation
r y
disturbance observer
disturbance observer disturbance observer
disturbance observer
外乱オブザーバはモデル出力と実験出力の差分を常にフィードバックする働きを持つ。
そのため、本制御対象(精密ステージ)で起こる摩擦による出力変化を補償することがで きる。またモデル化誤差に対しても有効に働くので、シミュレーションに近い実験結果を 期待できる。本論分のメインテーマである初期値補償法、目標値補償法(提案法)のパラ メータはモデルとコントローラの値を基に算出するため、モデル化誤差を対策できる外乱 オブザーバの存在は都合が良い。しかしながら、コントローラと外乱オブザーバの組み合 わせだけでは、問題として提起したスティックスリップ現象を解消することはできない。
そのため、bang-bang 制御の組み合わせが必須である。以降では、この 2 つの摩擦補償を使 い実験を行う。
0 0 .1 0 .2 0 .3 0 .4 - 0 .0 3
- 0 .0 2 5 - 0 .0 2 - 0 .0 1 5 - 0 .0 1 - 0 .0 0 5 0 0 .0 0 5 0 .0 1
Tim e [s]
Reference and Position[mm]
: R e fe re n c e
: (a)
: (b)
: ( c)
: (d)
(1.1) 位置出力
(1.2)拡大図
0 0 .2 0 .4 0 .6 0 .8 1
- 2 - 1 0 1 2 3 4 5
T im e [s ]
Control Input[V]
: (a)
: (b)
: ( c)
: (d)
(2)制御入力
図 5.1.6:外乱オブザーバ付き PID 制御の応答波形
0 0 .0 5 0 .1 0 .1 5 0 .2
- 1 0 1 2 3 4
x 1 0- 3
Time [s]
Reference and Position[mm]
: Re fe re n c e
: ( a)
: ( b)
: ( c )
: ( d)