Ⅱ. ワシントン州を検討する意味
Ⅳ.3. 第 1 期ホーム・ルール運動(1870-1920 年代)
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「地方統治(local government)は絶対的権利(absolute right)事項である; そして州は それを奪うことはできない。州がその政府を形作るのみならず、その政府を運営 するために自由に州自身の代理人を送り込むとき、自治の自由(municipal liberty)を 保有するものとしてシティを語ること、または、そのシステムを憲法上の自由と 呼び、その下で、人々にその地方的事務の完全な統制または全くの無統制を等し く許すことを許容しているはずであるとすることは大変な嘲笑行為である232。」
クーリー・ドクトリンは、インディアナ州、アイオワ州、ケンタッキー州、モンタナ州、
テキサス州、カリフォルニア州、ネブラスカ州、ノースカロライナ州、オクラホマ州の諸 州で採用されたが、モンタナ州を除いて最終的にこれを否定したとされる233。ディロン・
ルールを採用する州が大勢を占め、地方自治法人は、州の政治的下部機関として州立法府 の統制に服せしめられることになった。
46 ここで、地方自治法人は、やや単純化していえば、都市問題に対応する結果、住民全体 にサービスを提供する自治の「公的」性格の強い都市(city)と、同じ民族、社会、経済、倫 理、習俗でくくられた限られた人々による共通価値観の達成、言い換えれば異なる価値観 の者は受け付けないという自治の「私的」性格の強い郊外(suburb)との、特徴のやや異なる 2 つの傾向に分かれていった238。このように分けるとすれば、19 世紀末から20 世紀初頭 にかけて、都市にとっての課題は、いかに都市行政にあたるための自治権を確保し、地域 環境の改善に邁進するかということであり239、郊外にとっての課題は、共通価値観に基づ く安全かつ快適なコミュニティを維持するか、ということであったと考えられる。しかし、
いずれにしても、州立法府の統制を緩和させて地域の統治または管理のための構造を決定 する裁量を地方に認めるための制度が必要とされた。これを求める運動が、ホーム・ルー ル運動であった。
ホーム・ルール運動では、1875年にミズーリ州において州髄一の大都市であったセント ルイスに自治憲章の制定を認めたのをはじめ、いくつかの州では一定の人口規模の地方自 治法人に自治憲章の制定を認めるホーム・ルール権限を授与する規定を州憲法や州法に置 くようになった。他方、その構成員の同質性が、異質なものを排除し社会の統合を妨げる
「異質者排除の思想」に結びつくという懸念が一貫して提起され続けた。そのため、ホー ム・ルール制度は、「州の創造物」としての地方政府の地位を前提として、州立法府が設定 したある領域・ある程度に限った自治権の承認にとどまる州が多かった240。
ホーム・ルール制度を州憲法で取り入れたのは、ミズーリ州(1875 年)、カリフォルニア 州(1879 年)、ワシントン州(1889 年)、ミネソタ州(1896 年)、コロラド州(1902 年)、オレゴ ン州(1906 年)、オクラホマ州、ミシガン州(1908 年)、アリゾナ州、オハイオ州、テキサス 州、ネブラスカ州(1912年) 241、更に、メリーランド州(1915年)、ペンシルヴェニア州、ニ ューヨーク州(1923年)、ネヴァダ州、ウィスコンシン州(1924年)242の諸州であり、中西部、
西部諸州を中心に導入が進んだ。
ホーム・ルール制度を最初に導入したミズーリ州、カリフォルニア州の州憲法は、当初 レジスレイティブ型のホーム・ルール制度を有していた。例えば1875年ミズーリ州憲法は
238 参照、前山・前掲注(149)25-26頁。薄井が言う「同質者の秩序づくり」にあたる、「タウン・コミュニティ」の動 揺と「現代コミュニティ」との性質の違いについての前山の議論(同上、26-38頁)も参照。また、ブリフォーは「シテ ィ」という言葉で表されるものの多様性を指摘し、法人化された「シティ」として都市(city)と郊外(suburb)という、
政治的、経済的、社会的に異なるものが地方政府法の下で一緒に扱われていることの問題性を指摘する。Richard Briffault, Our Localism: Part II--Localism and Legal Theory, 90 COLUM.L.REV. 346, 346-356 (1990).
239 Robert F. Brachtenbach, Home Rule in Washington--At the Whim of the Legislature, 29 WASH.L.REV.STATE BAR J. 295, 298 (1954)は、ホーム・ルールの目的を、自治的事項に対する正当でない立法府の干渉を防ぐこと、真の地方統治(local government)を許し発展させ、地方単位の枠組みを創設するにあたっての選択の自由を与えること、その市民のニーズ の変更に対応する十分な権限を与えることとしている。とりわけ後者の目的は、10年ほどの間に、移民による人口の 急増を経験した(ワシントン州の)シティにとっては死活的に関係する問題として特に強調すべきと述べている。本稿 が扱う年代とは異なるものの、人口の増加による自治権の重要性が指摘されている。
240 薄井・前掲注(113); 本稿Ⅱ.2. アメリカ地方自治の歴史的展開を参照。
241 HOWARD LEE MCBAIN,THE LAW AND THE PRACTICE OF MUNICIPAL HOME RULE 113-117(1916).
242 小滝・前掲注(67)235頁[Krane et al. HOME RULE IN AMERICA:FIFTY-STATE HANDBOOK(2001) 12]。1930年代に入ってか らは、ユタ州(1932年)、オハイオ州(1933年)、ウエストバージニア州(1936年)がある。
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「100,000 人以上の人口を有する全てのシティは、この憲法および本州の法律に適合しま た従う限りにおいて、その統治のために憲章を立案することができる243」と定めている。
しかし、「州法に違反しない限り」の地方自治では、州の強い統制の排除に対する裁判所の 救済を求めることが困難であることが次第に明らかとなり、二州は対応を余儀なくされ、
インペリオ型を採用するに至った。ミズーリ州では、州最高裁判所が、全州的関心事 (statewide concern)と地方的関心事(local concern)を分類することによって、純粋に地方的な 事項(purely local concern)に関する憲章条項はそれと衝突する州法に優先するという判決が 出された244。また、カリフォルニア州では、州最高裁判所が、ミズーリ州のような対応を 取る代わりに州憲法の修正を求めた245。そのため、1896年に地方的事務における州立法府 の干渉の排除を認めるインペリオ型制度とするように州憲法を修正し、地方的事務
(municipal affairs)についての条例の州一般法への優越を確認した246。
2州に続き、1889年の州昇格と同時に州憲法にホーム・ルール制度を取り入れたワシン トン州は、レジスレイティブ型制度を選択した。しかし、州憲法制定者には制度の形につ いて逡巡があったようである。彼らは、一方で、クーリーにより擁護された固有権的自治 権を地方自治法人に備えるインペリオ型制度を意図し、他方で、州立法府の優越を強調す るディロン・ルールを尊重する必要を認めていた247。しかし、結局憲法制定会議が選択し たのは、当時のカリフォルニア州憲法をほぼそのまま用いたレジスレイティブ型ホーム・
ルール制度であり、カリフォルニア州とは異なりその後修正を加えることはなかった。ワ シントン州のレジスレイティブ型では、地方自治法人が関わりうるすべての領域で州が優 越するため、ホーム・ルール制度のイミュニティの機能はない。したがって、イニシアテ ィブの機能の強さが、ホーム・ルール制度の成否を握っているといえる。
一方で、ディロン・ルールかクーリー・ドクトリンかという、地方自治法人の法的地位 を巡る論争における連邦最高裁判所の判断は、1907年のハンター対ピッツバーグシティ事 件248、1923年のトレントンシティ対ニュー・ジャージー州事件249等で示された。トレント ンシティ事件において、連邦最高裁判所は、「地方自治法人を州立法府から守るための州憲 法上の規定がない場合、地方自治法人は州立法府の統制の及ばない自治の固有権を有しな い。地方自治法人は単に州の一部門に過ぎないのであって、州はその目的に叶うように地 方自治法人の権限と特権を差し引き、付与しまたは取り消すことができる。地方自治法人 の活動領域がどれほど広くまたは狭くとも、地方自治法人は主権者[である州]の意思に従
243 Mo Const (1875) art.9 §16.
244 このようなミズーリ州最高裁判所の判例として、Kansas City v. Marsh Oil Co., 140 Mo. 458, 41 S.W. 943, 1897 Mo.
LEXIS 251 (1897)、State ex rel. Kansas City v. Field, 99 Mo. 352, 12 S.W. 802, 1889 Mo. LEXIS 137 (1889)がある。Van-ladingham, Home Rule in the US, supra note 53, at 284-285.
245 Vanladingham, id. at 285; 薄井・前掲注(113)135頁。
246 同上; John C. Peppin, Municipal Home Rule in California: II, 30 CAL.L.REV. 272, 273(1941-1942); 田島・前掲注(124)79 頁は1906年とするが、1896年修正のことと思われる。
247 Sebree, supra note 214, at 159.
248 Hunter v. Pittsburgh, 207 U.S. 161, 28 S. Ct. 40, 52 L. Ed. 151, 1907 U.S. LEXIS 1211 (1907).
249 Trenton v. New Jersey, 262 U.S. 182, 43 S. Ct. 534, 67 L. Ed. 937, 1923 U.S. LEXIS 2630, 29 A.L.R. 1471 (1923) .
48 って権限と特権を行使し保持する州の創造物として存続する250」としたように、地方自治 法人の固有権的自治権を明示的に否定した。
こうして、ディロン・ルールが通説となり、地方自治法人の地位は「州の創造物」であ ることが再確認され、その権限は州からの委任がなければならないということが確定した。
しかし、第1期ホーム・ルール運動は、その前段階として州立法府による特別法による地 方統制を禁じた上で、地方自治法人がホーム・ルール憲章を制定する権限を州立法府に認 めさせ、地方自治法人の州憲法上の存立保障を獲得した。また、一部の州にはとどまった が、クーリーの固有権的地方自治の思想が、州憲法上のインペリオ型ホーム・ルール制度 に反映され、地方的事務についてイミュニティの機能を得た。こうした点で、地方自治権 の拡大について一定の成果を得たといえる。
そうすると、次の課題は、村上らが指摘するように、ディロン・ルールを前提としなが ら、各州がホーム・ルール制度によってどのように自治を保障するかということになる。
250 Id. at 187.
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