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章 総括論議

ドキュメント内 膝前十字靭帯損傷予防への科学的基礎 (ページ 146-151)

本論文では,ACL損傷予防の科学的基礎を確立することを目的とし,スポーツ外傷予防の4 段階[1]に準じて研究を進めた.スポーツ外傷予防の4段階とは,まずその外傷の発生頻度や重 症度を調査し問題の認識を行うこと,次に外傷発生のメカニズムやリスクファクターの解明を 行うこと,その上でリスクファクターに対して介入を行いその効果を検証すること,そして,

最終的に第一段階で行った調査を再び行い,疫学的な効果の検討を行う,というものである.

第2章においては日本女子バスケットボールリーグにおける外傷調査を行い,本邦における ACL損傷の発生頻度の調査を行った.これはスポーツ外傷予防の第一段階といえる.調査の結 果,日本女子バスケットボールリーグにおける外傷発生の傾向は諸外国における先行研究と同 様であり,ACL損傷においても,先行研究と同程度の損傷リスクであった.これは,本邦にお いても ACL 損傷がスポーツ活動中に発生する外傷において好発する外傷の一つであることが 示され,ACL 損傷後の治療に要する時間的,社会的損失,後遺症を考慮すると,ACL 損傷は 予防すべき外傷の一つだと考えられた.また,これまで諸外国における ACL 損傷発生頻度は 報告されていたもの,本邦におけるACL損傷発生頻度の報告はなく,ACL損傷予防の基礎資 料として重要であると考えられた.

第3章においてはACL 損傷のリスクファクターについて検討を行った.これはスポーツ外 傷予防の第二段階といえる.Bahrら[215]はこの段階で検証すべきスポーツ外傷のリスクファク ターおよびメカニズムの相互モデルを示している.このモデルによると外傷発生の前段階とし て,リスクファクターが存在し,まず年齢や性別,身体構造やスキルといった内的因子によっ て,外傷発生の素因を有す選手が存在する.さらに競技特性や用具,環境といった外的因子が 加わることにより外傷発生の可能性が高い選手が抽出される.その上で受傷機転が加わること により外傷が発生し,この際のプレイ状況,プレイ内容,全身的な肢位,さらには各関節の肢 位・運動から特定の部位に負荷が加わり外傷が発生する.これを外傷の受傷メカニズムと定義 している.本研究ではリスクファクターとして運動時の動作に注目して研究を行った.なぜな ら,ACL 損傷の好発する女性の動作や,ACL 損傷が好発する着地や切り返しの動作の検討か ら導き出されるACL損傷リスクファクターは,ACLへの負荷を増大させる動作でもあり,ACL

受傷メカニズムとも密接な関係があると考えられるからである.

そこで,第3章第1節では片脚着地における膝関節運動および筋活動の解析を行い,性差を 検討した.特にPCTを用いることで,回旋を含めた詳細な膝関節運動の評価を行った.その結 果,これまで詳細に検討されていなかった片脚着地時の回旋について,脛骨内旋が ACL 損傷 メカニズムに関連していると考えられ,女性における大きな脛骨内旋,大腿四頭筋優位の筋活 動がACL損傷リスクファクターとしてあげられた.第2節では片脚着地-切り返し,片脚着地,

両脚着地における膝関節運動を比較し,ACL損傷リスクファクターの検討を行った.その結果,

片脚動作は両脚着地に比較し,膝屈曲角度が小さく,脛骨内旋変位量が大きい特徴があり,特 に切り返し方向と足部方向が異なる片脚着地-切り返しでは片脚着地に比較し,脛骨内旋変位量,

外転変位量が大きく,こうした脛骨内旋,外転変化量の増大する動作が ACL 損傷リスクファ クターと考えられるとともに,ACL損傷メカニズムとしても同様の動作変化が関係していると 考えられた.また,両脚着地は片脚動作に比較し,膝外転角度が大きく,片脚動作とは異なる 要因からACL損傷のリスクを有すると示唆された.第3節では切り返し動作の中でもターン 動作中における体幹位置と膝関節運動の関係,および性差の検討を行った.その結果,体幹前 傾角度と膝屈曲角度,体幹前傾角度と脛骨内旋変位量,体幹側方傾斜角度と脛骨内旋変位量に 相関がみられ,膝関節運動のみならず動作中の体幹位置も ACL 損傷リスクファクター,さら にはACL損傷メカニズムの一部として考えられた.これら3つの研究からあげられるACL損 傷リスク動作は,片脚着地時の脛骨内旋運動,とくに着地から足部方向と異なる方向へ切り返 しを行う場合.膝外転の大きな両脚着地.さらにはターン動作における体幹前傾不足やターン 方向への体幹側方傾斜の増加であった.

第4章においては簡便に着地肢位の計測,評価が可能である二次元画像を用いた膝動作解析 法の検討を行った.本章はスポーツ外傷予防の4段階に沿う形ではないが,重要な意味を持つ.

なぜなら,ACL損傷予防への取り組みが本論文のみならず,スポーツ現場で広く行われるため には,ACL損傷リスクの抽出や,予防トレーニング効果の評価が簡便な方法で行われる必要が あるからである.簡便な評価法が確立されることにより,膨大な時間,費用が必要とされる評

価を経ずとも,ACL損傷予防への4段階が各現場で可能になると考えられる.第1節では二次 元動作解析によって算出された膝外転角度と三次元動作解析によって算出された膝運動との 関係を求め,二次元動作解析法の有用性を検討した.その結果,両脚着地時の二次元膝外転角 度と三次元膝外転角度の間に有意な回帰関係が得られ,二次元膝動作解析法を ACL 損傷リス クのスクリーニングに用いることのできる可能性が示唆された.第2節では二次元動作解析を 実際に用い,着地肢位と下肢アライメント・特性,バランス能力の関連を求め,着地肢位に影 響を及ぼす因子検討を行った.その結果,着地肢位に関与する ACL 損傷リスクファクターと してスポーツ現場において計測可能なバランス能力,下肢アライメント・特性を用いることが できる可能性が示唆された.こうした簡便な計測法の科学的根拠を明らかにすることにより,

ACL損傷予防への取り組みがさらに広がっていくことが期待される.

第5章においてはACL 損傷予防プログラムの効果について検討を行った.これはスポーツ 外傷予防の第三段階といえる.ただし,これまでに報告された ACL 損傷予防プログラムが複 数存在し,かつ,その構成内容,効果に相違がみられたため,第1節では過去に報告された諸 外国におけるACL損傷予防プログラムを系統的にレビューし,ACL損傷予防効果の高いと考 えられるプログラムの構成要素,予防効果について検討した.その結果,予防プログラム内に 複数のトレーニング要素を含み,特にジャンプ,バランストレーニングに加え,トレーニング 中の動作指導を行うACL損傷予防プログラムにおいて予防効果が高いと考えられた.第2節 では第1節においてACL損傷予防プログラムとして推奨された,ジャンプ,バランストレー ニングの片脚着地動作に対する効果を検討した.また,その際に第 3 章において示唆された ACL損傷リスクの高い動作を考慮し,足部方向と進行方向(膝方向)を一致させ,両脚着地時の 膝外転を避け,体幹前傾・股関節屈曲・膝関節屈曲を意識させた動作指導を行った.その結果,

片脚着地時の膝屈曲角度の増加,ハムストリングス接地前活動の増加がみられ,一定の ACL 損傷予防効果があると示唆された.

以上より,本論文では ACL 損傷予防について体系的にその科学的根拠を明らかにすべく研 究を行った.その過程でこれまで明らかにされていなかった新しい知見を得ることができた.

具体的には,本邦における ACL 損傷予防の重要性について再認識し,その上で着地や切り返 し動作における新たなACL損傷リスクファクターの抽出を行った.また,ACL損傷予防への 新たな取り組みとして二次元動作解析の有用性を示した.さらに,先行研究より ACL 損傷予 防効果の高いと考えられた,ジャンプ,バランストレーニングを中心とした ACL 損傷予防ト レーニングの,片脚着地動作における介入効果を示した.これらの研究により,ACL損傷の科 学的基礎の確立の一端を担うことができたと考える.ただし,スポーツ外傷予防の最終段階で あるACL損傷予防プログラムの疫学的な効果検証に至ることはできなかった.ACL損傷予防 プログラムの疫学的効果を検討するためには,介入後,年単位での疫学調査を行う必要がある.

現在,こうした疫学的効果の検証は進められており[216, 217],数年内に本邦におけるACL損 傷予防プログラムの疫学的効果に関する報告がなされると期待される.また,第3章で挙げら れたACL損傷リスクファクターに対して,第5 章における介入では片脚着地における効果を 検証したのみであった.今後,ACL損傷予防プログラムのリスクファクターに対する効果につ いて,第4章で示した二次元動作解析による評価も含めてさらに検証する必要があり,今後の 研究課題としてあげられる.

ドキュメント内 膝前十字靭帯損傷予防への科学的基礎 (ページ 146-151)

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