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第 4 章 国家緊急権条項について

第 1 国家緊急権とは

国家緊急権とは戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては 対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序を一時 停止して非常措置をとる権限をいう。すなわち、基本的人権の保障が全部または一部停止 されて、平常時にはふみこえることの許されない国家権力の制限の枠をこえて人権が制限 されるだけでなく、行政権が立法権や司法権をも掌握し、立憲主義が一時的に停止される 事態を正当化するものである。

第 2 憲法に国家緊急権条項を創設しようとする流れー明文 改憲への道筋

2012 年 4 月に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」(以下、草案という)には、後 述するように第 9 章の 98 条、99 条において国家緊急権の規定を置き「我が国に対する外 部からの武力攻撃その他法律で定める緊急事態」に備える他、平和的生存権(日本国憲法 前文)と交戦権否認条項(同 9 条 2 項)を削除した上で、国防軍を創設(草案 9 条の 2)

することを中心に、日本国憲法の徹底した恒久平和主義を変容させる内容が盛り込まれて いる。第 2 章の表題を「戦争の放棄」から「安全保障」へ改め、国民に国防義務(草案前 文 3 項)、領土・資源確保義務(草案 9 条の 3)を課す。集団的自衛権を容認(草案 9 条 2 項)するとともに、国防軍の活動として、国際協力、治安維持活動を明記(草案 9 条の 2 第 3 項)する。さらに軍事機密の保持、軍事審判所の設置(同 4 項、5 項)を明記した上 で、緊急事態条項の創設(98 条以下)をめざしている。

また、国家緊急権条項として、「何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る 事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国 その他公の機関の指示に従わなければならない」(99 条 3 項)とし、憲法内に国民の公的 権力の指示に従う義務を規定している。これは、同じ改正草案 102 条 1 項で「全て国民 は、この憲法を尊重しなければならない」として国民の憲法尊重義務を明記していること に端的に表れているように、憲法が国民の基本的人権擁護のために公的権力を制約すると いう立憲主義を 180 度転換させようとする姿勢を示すものである。

この改正草案で示された内容のいくつかは、すでに実現している。軍事機密の保持に関 しては、秘密保護法が制定され(2014 年 12 月 10 日施行)、集団的自衛権行使に関して は、これを容認する閣議決定(2014 年 7 月 1 日)にそって日米防衛協力のための指針

(ガイドライン)の見直しが進み、ついに 2015 年 9 月 19 日、安保法制法案が成立した。

自衛隊が地域の限定なく「グローバル」に他国軍を支援し、国際協力の名目での武力行使 の道が開かれたのである。かつて憲法改正を一度も体験していない日本国民にとって、改 憲への心理的抵抗は大きいが、このようにして、徐々に国民の心理的抵抗を和らげようと している。同時に、本来憲法 9 条改正によってしか変更できないはずの集団的自衛権の行 使容認を、改正手続きによらず、閣議決定から安保法制の制定という手続で変更しようと

第 4 章 国家緊急権条項について

第 1 国家緊急権とは

国家緊急権とは戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては 対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序を一時 停止して非常措置をとる権限をいう。すなわち、基本的人権の保障が全部または一部停止 されて、平常時にはふみこえることの許されない国家権力の制限の枠をこえて人権が制限 されるだけでなく、行政権が立法権や司法権をも掌握し、立憲主義が一時的に停止される 事態を正当化するものである。

第 2 憲法に国家緊急権条項を創設しようとする流れー明文 改憲への道筋

2012 年 4 月に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」(以下、草案という)には、後 述するように第 9 章の 98 条、99 条において国家緊急権の規定を置き「我が国に対する外 部からの武力攻撃その他法律で定める緊急事態」に備える他、平和的生存権(日本国憲法 前文)と交戦権否認条項(同 9 条 2 項)を削除した上で、国防軍を創設(草案 9 条の 2)

することを中心に、日本国憲法の徹底した恒久平和主義を変容させる内容が盛り込まれて いる。第 2 章の表題を「戦争の放棄」から「安全保障」へ改め、国民に国防義務(草案前 文 3 項)、領土・資源確保義務(草案 9 条の 3)を課す。集団的自衛権を容認(草案 9 条 2 項)するとともに、国防軍の活動として、国際協力、治安維持活動を明記(草案 9 条の 2 第 3 項)する。さらに軍事機密の保持、軍事審判所の設置(同 4 項、5 項)を明記した上 で、緊急事態条項の創設(98 条以下)をめざしている。

また、国家緊急権条項として、「何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る 事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国 その他公の機関の指示に従わなければならない」(99 条 3 項)とし、憲法内に国民の公的 権力の指示に従う義務を規定している。これは、同じ改正草案 102 条 1 項で「全て国民 は、この憲法を尊重しなければならない」として国民の憲法尊重義務を明記していること に端的に表れているように、憲法が国民の基本的人権擁護のために公的権力を制約すると いう立憲主義を 180 度転換させようとする姿勢を示すものである。

この改正草案で示された内容のいくつかは、すでに実現している。軍事機密の保持に関 しては、秘密保護法が制定され(2014 年 12 月 10 日施行)、集団的自衛権行使に関して は、これを容認する閣議決定(2014 年 7 月 1 日)にそって日米防衛協力のための指針

(ガイドライン)の見直しが進み、ついに 2015 年 9 月 19 日、安保法制法案が成立した。

自衛隊が地域の限定なく「グローバル」に他国軍を支援し、国際協力の名目での武力行使 の道が開かれたのである。かつて憲法改正を一度も体験していない日本国民にとって、改 憲への心理的抵抗は大きいが、このようにして、徐々に国民の心理的抵抗を和らげようと している。同時に、本来憲法 9 条改正によってしか変更できないはずの集団的自衛権の行 使容認を、改正手続きによらず、閣議決定から安保法制の制定という手続で変更しようと

する姿勢は立憲主義を軽視するものに他ならない

さらに、自民党は、本命と言われている 9 条 2 項の改正に先立ち、緊急事態条項、財政 規律条項、環境権など、他党の理解を得やすい条項を憲法に加えて改憲の前例をつくり、

それにより野党や国民がもつ心理的抵抗を取り除いてから 9 条改憲に進む動きを見せてい る(いわゆる「お試し改憲」)。とりわけ災害対策を含めた緊急事態条項は国民の理解を得 られやすいとして改憲の筆頭に挙げられている。

第 3 日本国憲法に国家緊急権を規定することの積極論と必 要性論

1 積極論

国家緊急権の規定を設けることについて、主として 2 つの論拠が挙げられている。

一つは、①緊急事態は起こりうるのであるから、緊急事態に政府が対処し、かつ権限 の濫用や誤用を防ぐためにきちんと明文で法制化しておくことは立憲主義の本旨に適い 立憲主義を守るというべきである、というものであり、他の一つは、②世界の多くの立 憲主義国は、何らかの緊急権規定を持っており、非常事態に備えているのが通常であ る、というものである。

2 必要性論

また、積極論者は、おおむね次の 3 つの局面および国会議員の任期に関して国家緊急 権の規定が必要になると主張している。

ア いわゆる有事においては国家緊急権の規定によって対応しなければ国家の存立 が維持できない。

イ テロに有効に対処するためにも国家緊急権は必要である。

ウ 東日本大震災の経験は国家緊急権の存在を要請する。

エ 日本国憲法は国会議員の任期と参議院の緊急集会について規定するが、緊急時 にはこのままでは対応できない。

これらについての検討はそれぞれ後述する。

第 4 諸外国の緊急権制度

1 ドイツ (1)概要

ドイツ基本法は、緊急事態条項を憲法に詳細に規定し、その要件、手続、効果を 厳格に規範化するとともに、その最たる緊急事態である防衛事態において司法によ る統制が及ぶことを明記する。このような規範化は、ワイマール憲法 48 条の大統領 非常権限が、14 年間に 250 回以上も緊急勅令を発動させ、例外規定の常態化を招い てしまったという反省に立っている。ナチスが言論の自由を蹂躙した、悪名高い授 権法の存在に照らせば、国家緊急権を憲法に定めて授権規範とすることは、濫用の 危険と隣り合わせであることを示す。

なお、緊急事態条項を導入した第 17 次基本法改正において、緊急権と抱き合わせ で国民の抵抗権(20 条 4 項)も規定されたことも意義深い。国家権力保持者による 憲法の不法な排除《上からのクーデタ》に対する抵抗のみならず、革命勢力による 憲法の排除《下からのクーデタ》、つまり市民に対する抵抗権も規範化している点は 特徴的である。

(2)内的緊急事態

基本法は、緊急事態を、天災や人災などの内的緊急事態と戦争に関わる外的緊急 事態に分ける。ただ、規定の多くは外的緊急事態に関わるものである。内的緊急事 態である「特に重大な災害事故」には、テロなど故意に引き起こされた事故を含む。

「憲法上の緊急事態」とは、「連邦もしくは州(Land)の存立」又は「自由で民主的 な基本秩序」に対する差し迫った危険がある場合をいう。前者は、たとえば、多数 の国民の生命に関わる原発テロ、州の分離の動きのように、国民・領土・国家権力 に重大な影響が及ぶ場合、後者は、憲法秩序の基本的原理に差し迫った危険がある 場合である(闘う民主制)。

これらの事態の有無は、連邦政府又は州政府が判断し、確定される。議会の手続 は求められない。

効果として、統治機構につき、他の州の警察力や他の行政官庁、連邦国境警備隊 および軍隊の力および施設を要請できる。人権につき、通信の秘密(10 条)と移転 の自由(11 条)の制限が明文で認められている(これに限る趣旨ではない)。

(3)外的緊急事態

ア 事態の緊張度に応じて、①「防衛事態」、②「緊迫事態」、③「同意事態」、④

「同盟事態」を定める。

①は、連邦の領域が武力によって攻撃される場合又はそのような攻撃が直前に 差し迫っている場合である(115a 条)。

②は定義されていないが、学説は、防衛事態に発展する可能性が高く、防衛の ための準備体制の即時整備を必要とさせるような外交上の危機状況と解している。

③は、②との緊張度の違いについては明らかでないが、「緊迫事態を確定し、防 衛体制の準備に関連する法令全体の適用を開始すると、かえって対外的な緊張を 高めるおそれがあるので、防衛関連法令の適用を個別に認めるという方法をとっ た方が適当な場合もあるとの判断に基づいて設けられた規定である」。(注1)

④「同盟事態」は、上記事態に該当しない場合であっても、同盟関係にある国 を支援するために、同盟条約の範囲内における国際機関の決定に基づき、防衛体 制の準備に関連する個々の法令を適用する場合である。

イ これらの事態の有無を確定する手続は、各々の緊張度に応じて異なる。

①は、連邦政府の発議に基づき、連邦参議院の同意を得た上で、連邦議会の 3 分 の 2 の多数(115a 条 1 項)、

②は、連邦政府又は連邦議会の発議に基づき、連邦議会の 3 分の 2 の多数(80a 条)、

③は、一部の例外の他は連邦議会の過半数で(80a 条 1 項)、各々判断される。

④は、国際機関が連邦政府の同意を得て同盟条約の枠内で決定する(80a 条 3

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