第 3 章 秘密保護法
第 1 はじめに
1 秘密保護法は、多くの市民の反対を押し切って、2013 年 12 月 6 日に強行採決され、
2014 年 12 月 10 日施行された。この秘密保護法は、後にさらに強行採決により成立し た安保法制と不可分一体となり、市民の知る権利を侵害し、立憲主義にとって不可欠な 恒久平和主義を危機にさらすものである。
2 日弁連は、2011 年 8 月、「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下
「報告書」)によって、政府が検討する秘密保全法制の概要が明らかにされた当初から、
秘密保全法制の立法化は、市民の知る権利を侵害し国民主権を形骸化するものであると して、強く反対してきた。
なぜなら、政府が扱う情報は、本来市民の共有財産として広く公表・公開されるべき ものであるにもかかわらず、秘密保全法制は、政府が扱う情報を「秘密」に指定し、非 公開とする権限を付与することや、「秘密」にアクセスしようとした市民、報道関係者、
国会議員等を重罰規定により処罰する内容を含んでいたからである。
しかし、政府は、市民が秘密保全法制の問題を具体的に検討するために必要なさした る資料や法案も示すこともなく、秘密保全法制の立法化を進めたのである。
秘密保護法が強行採決された後、2014 年 7 月 26 日には国際人権(自由権)規約委員 会により、政府に対し、日弁連と同様の懸念を含む同法に関する勧告意見が表明され た。
しかしその勧告意見も無視され、同年 12 月 10 日、ついに秘密保護法は施行されたの である。
3 日弁連は、これほどにまで民主主義を踏みにじる制定経緯と内容をもつ秘密保護法の 廃止ないし無力化にむけて今後も全力を尽くすとともに、我々の知る権利の保障を図 り、国民主権を実質化するため、政府の情報に関する基本法としての性格を有する情報 自由基本法制定を目指す所存である。
そこで、本章においては、秘密保護法の制定経緯及び内容における問題点をあらため て明確化し、確認するとともに、情報自由基本法の内容とその制定の必要性について明 らかにしたい。
第 2 秘密保護法制定に至る経緯
1 はじめに
秘密保護法の制定経緯を見てみると、これが冷戦終結後の日米軍事一体化が進むな か、日米の軍事部門や防衛産業の強い要請により制定されたものであって、我々市民が 望んで制定された法律ではなかったということが明らかになる。
第 3 章 第 3 章 秘密保護法
第 1 はじめに
1 秘密保護法は、多くの市民の反対を押し切って、2013 年 12 月 6 日に強行採決され、
2014 年 12 月 10 日施行された。この秘密保護法は、後にさらに強行採決により成立し た安保法制と不可分一体となり、市民の知る権利を侵害し、立憲主義にとって不可欠な 恒久平和主義を危機にさらすものである。
2 日弁連は、2011 年 8 月、「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下
「報告書」)によって、政府が検討する秘密保全法制の概要が明らかにされた当初から、
秘密保全法制の立法化は、市民の知る権利を侵害し国民主権を形骸化するものであると して、強く反対してきた。
なぜなら、政府が扱う情報は、本来市民の共有財産として広く公表・公開されるべき ものであるにもかかわらず、秘密保全法制は、政府が扱う情報を「秘密」に指定し、非 公開とする権限を付与することや、「秘密」にアクセスしようとした市民、報道関係者、
国会議員等を重罰規定により処罰する内容を含んでいたからである。
しかし、政府は、市民が秘密保全法制の問題を具体的に検討するために必要なさした る資料や法案も示すこともなく、秘密保全法制の立法化を進めたのである。
秘密保護法が強行採決された後、2014 年 7 月 26 日には国際人権(自由権)規約委員 会により、政府に対し、日弁連と同様の懸念を含む同法に関する勧告意見が表明され た。
しかしその勧告意見も無視され、同年 12 月 10 日、ついに秘密保護法は施行されたの である。
3 日弁連は、これほどにまで民主主義を踏みにじる制定経緯と内容をもつ秘密保護法の 廃止ないし無力化にむけて今後も全力を尽くすとともに、我々の知る権利の保障を図 り、国民主権を実質化するため、政府の情報に関する基本法としての性格を有する情報 自由基本法制定を目指す所存である。
そこで、本章においては、秘密保護法の制定経緯及び内容における問題点をあらため て明確化し、確認するとともに、情報自由基本法の内容とその制定の必要性について明 らかにしたい。
第 2 秘密保護法制定に至る経緯
1 はじめに
秘密保護法の制定経緯を見てみると、これが冷戦終結後の日米軍事一体化が進むな か、日米の軍事部門や防衛産業の強い要請により制定されたものであって、我々市民が 望んで制定された法律ではなかったということが明らかになる。
2 従前の秘密保護規定
従前における秘密は、国家公務員や自衛隊員を対象に、職務上知り得た秘密に関して 守秘義務を課すことを基本とし、日米安保条約に基づく米軍に関する秘密等を特別法で 保護していた。すなわち、国家公務員法により、国家公務員に対し守秘義務を課すこと で、日本における秘密を一般的に保護するとともに、自衛隊法により自衛隊員に対し守 秘義務を課することで、自衛隊固有の秘密について個別に保護する体裁になっていた。
また、軍事機密については、日米安保条約に基づく米軍地位協定の実施に伴う刑事特 別法に定めるところの在日米軍の機密、「日米相互防衛援助協定に伴う秘密保護法」(以 下「MDA 秘密保護法」という。)に定めるところのアメリカから供与された装備品に 関する秘密等を個別に保護する体裁になっていた。
3 秘密保護強化の動き
しかし、1980 年代中旬ころより、日本固有の秘密を保護するために、公務員のみな らず広く市民をも対象とし、秘密へのアクセスを制限処罰しようとする動きがみられる ようになった。
1985 年、「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(以下「国家秘密法 案」という。)が国会に上程され、継続審議になったものの、当時の与党自民党内から の反対もあり、廃案になった。翌年には、「防衛秘密を外国に通報する行為等の防止に 関する法律案」がまとめられたが、国会への上程には至らなかった。
4 自衛隊法の改正
その後、2001 年の自衛隊法改正により、従前の自衛隊員に対する守秘義務に加えて、
防衛秘密を保護する法制度が実現された。
これは、自衛隊員の服務規定としての守秘義務は維持したまま、防衛庁長官が指定し た防衛秘密を直接保護し、自衛隊員のみならず、防衛秘密を扱う国家公務員や民間の防 衛産業関連会社従業員も広く秘密漏えい処罰の対象とし、漏えいの未遂犯や過失による 漏えいまでも処罰の対象とするものであった。秘密保護法の萌芽と評価することが可能 であろう。
5 秘密保護法制定の契機
2007 年 8 月 10 日、日米両政府は、秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関 する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定(以下「軍事情報包括保護協定
(GSOMIA)」という。)を締結した。
この協定は、アメリカと他国との間で相互に軍事秘密を提供した場合、相手国の了承 なく第三国に軍事秘密を提供すること等を防止し、両国間で包括的に軍事秘密の保護を 確保することを内容としていた。
具体的には、「秘密軍事情報へのアクセスは、政府職員であって、職務上当該アクセ スを必要とし、かつ、当該情報を受領する締約国政府の国内法令に従って秘密軍事情報 取扱資格を付与されたものに対してのみ認められる」(7 条 b)、「両締約国政府は、政 府職員に秘密軍事情報取扱資格を付与する決定が、国家安全保障上の利益と合致し、及
び当該政府職員が秘密軍事情報を取り扱うに当たり信用できかつ信用し得るか否かを示 すすべての入手可能な情報に基づき行われることを確保する」(7 条 c)と規定し、秘密 保護法と同様の適性評価制度を構築することが要求されていた。
このような協定の内容に照らせば、この軍事情報包括保護協定の締結が秘密保護法制 定の重要な契機であったことは間違いないであろう。
6 秘密保護法の制定へ
実際、上記軍事情報包括保護協定締結後、秘密保護法制定に向けた動きは急加速し た。
2008 年 4 月 2 日、内閣府内に、「秘密保全法制の在り方に関する検討チーム」が設置 され、「秘密保全法制の在り方に関する基本的な考え方」が纏められた。民主党政権下 の 2010 年 8 月 27 日、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」が、情報保全 の強化のため法的基盤を与えるために秘密保全法制が必要であるとの報告書を提出し、
同年 12 月 7 日、政府が「情報保全に関する検討委員会」を設置し、同月 17 日、「新防 衛計画大綱」を閣議決定した。この中で、緊密な情報共有を行うことができるよう、政 府横断的な情報保全体制を強化することが決定された。
2011 年 10 月 7 日、政府の「情報保全に関する検討委員会」は、「秘密保全のための 法制の在り方に関する有識者会議」が取り纏めた同年 8 月 8 日付報告書を受け入れ、秘 密保全法制を制定すべきとの判断に至った。
民主党政権後の第 2 次安倍政権もその路線は引き継がれ、政府は法案を国会に上程 し、2013 年 12 月 6 日、与党の賛成多数で秘密保護法は強行採決され、2014 年 12 月 10 日、施行されたのである。
第 3 秘密保護法の制定経緯における問題点
1 報告書の発表
第 2 でみたように、秘密保護法の制定に向けた動きは 1980 年代半ばころから始まり、
2007 年ころから水面下で急加速し始めたが、その概要がはじめて私たちに示されたの は、民主党政権下の報告書であった。
報告書が示した秘密保全法制の概要は、市民の知る権利やプライバシー権にとって極 めて重大な影響を及ぼすものであった。
2 法案の概要公表と強行採決
その後、第 2 次安倍政権は、秘密保護法の制定に向けて進み続け、2013 年 9 月 3 日、
「特定秘密の保護に関する法律案の概要」を公表すると同時にパブリックコメントを実 施した。その実施期間は、通常の重要法案であれば 1 カ月の期間を設けられるところ、
わずかに 2 週間という短期間であった。この短期間のうちに、パブリックコメントの応 募数は 9 万件を超え、そのうち実に約 8 割が反対の意見であった。また、それまでに、
日弁連をはじめ、全国すべての弁護士会とすべての地域連合会から反対の意見書等が出 されただけでなく、ジャーナリストや映画界・演劇界など、様々な業界から反対の意見