本章では注意の捕捉量の違いを生む個人差に焦点を当て、空間位置と注意の 容量という観点から、能動的制御およびワーキングメモリーとの関係について 論述する。なお、これ以降、ワニキングメモリーという概念を示す場合は̀ワー
キングメモリー''と表記し、実験の結果得られたワーキングメモリー量を示す場 合は̀WMC"と略記する。
Baddeley and Hitch (1974)は、ワーキングメモリーをひとつの中央実行系 (CentralExecutive)と、構音ループ(phonological loop)および視空間スケッチ パッド(Visuo‑spatial sketchpad)の二つのサブシステムに分けて考えた。それぞ
れ人間の高次認知にとって必要不可欠な言語と空間の理解・記憶に関わるサブ
システムと想定されている。近年、 Baddeley&Logie(1999)は、初期に提唱した
ワーキングメモリーのモデルでの、中央実行系の機能から情報の保持に関する 機能を全て取り除き、中央実行系を保持システムの制御や作動記憶に入力され
る情報の処理に特化した純粋な制御機構として位置づけている。それは中央実 行系が担っている具体的な情報処理を検討しようとする研究の流れに沿ったも
のである1. Engle, Kane,and Thholski (1999)はBaddeleyand Hitch (1974)、 Baddeley
皮 Logie(1999)によって提唱された中央実行系の機能を注意制御機能の役割を強
調し中央実行系をcontrolled attentionl後にKane, Poole, Tuholski,and Engle (2006)
においてexecutiveattentionとよびなおしている]として位置づけた。彼らは、中
央実行系は注意を制御し短期記憶に注意を向けることで情報の保持を行ってい ると主張している。注意の執行機能(‑中央実行系)には情報や行動の干渉に 対する抑制機構が含まれている。この抑制力の個人差(‑wMCの個人差)が 注意の捕捉量の個人差を生んだ可能性がある。
ワーキングメモリーが予測する抑制力について、 Conway, Cowan, and Bunting
(2001)は両耳分離課題を用いてワーキングメモリーと課題無関連な音声の干渉 について検討している。彼らの研究の元となったWoodandCowan(1995)は、両 耳分離課題について検討しており 34.6%の被験者が無視する側の耳に提示され た自分の名前に気づいたと報告している。これは'カクテルパーティー効果''と
1この段落を記述するに当たり、川原正広(2008年現在、東北大学情報科学研究科博士課 程後期在学中)の助言を受けた。ここに記して感謝する。
してしられる現象であるが、その効果を発見したMoray (1959)の研究結果 (33%)に比肩するものである。一般にカクテルパーティー効果は頑健な現象 として知られているが、全体の約35%程度の被験者でしかみられない結果に疑 問を持ち、彼らはワーキングメモリーをその規定要因と仮定し両者の関連につ いて検討した。その結果、 WMC高群は無視する側の耳に提示された自分の名 前にほとんど気づかず(20%)、低群はその逆(65%)というものだった。この 結果はWMC高群は課題無関連な音声からの干渉に対する抑制力が強いことを 示している。
このような注意課題における抑制力とワーキングメモリーとの関係をみた研 究で、アンチサッケ‑ド課題やストループ課題を用いたものもある。アンチサ ツケ‑ド課題とは空間手がかり法やその類似した実験事態を用い手がかりの堤 示位置と反対側に対して眼球運動を行うという課題である。なお、眼球運動で はなく手指反応が課題であった場合はアンチキュー課題とよばれる。眼球運動 が生起するためには対象に注意が先行して向けられると考えられる。この手続 きでは物理的変化が生じた位置とは反体側に注意を向けなければいけないため、
物理的変化に応じた自動的制御に対する、能動的制御による抑制が生じている と考えられる。この事態はまさに先に仮定した注意の捕捉を抑制する仮定と等
しいものである。 Kane, Bleckley, Conway,and Engle (2001) 、 Unsworth, Schrock,
andEngle (2004)はアンチサッケ‑ドが生じるまでの潜時を従属変数として測 定した。この場合、アンチサッケ‑ド潜時は注意の捕捉に対する能動的な抑制 過程と対象‑のサッケ‑ド準備から実行までの過程を反映していると考えられ
る。アンチサッケ‑ド課題と同時に、統制実験として手がかり(この条件では 目標刺激と同義)の出現位置に対してサッケ‑ドを行うプロサッケ‑ド課題も 用いている。その結果、プロサッケ‑ド潜時はWMC高群、低群間に違いはみ
られなかったが、アンチサッケ‑ド潜時はWMC高群は低群に対して短く、両 群の差は10ブロックを通して一貫して観測されたというものだった(Kane,
Bleckley,Conway,&Engle,2001)。この結果より、ワーキングメモリーは注意の
捕捉に対する抑制力と関連しそれを予測すると結論づけている。
ストループ課題は両耳分離課題やアンチサッケ‑ド課題とは空間位置依存の 注意課題ではないという点において異なっているが、課題無関連な自動的処理
を抑制するという特徴は共通している。 KaneandEngle (2003)はストループ課
題における一致条件の含有率を変化させワーキングメモリーとの関連について 詳細に検討している。文字色と文字の意味が同じである一致条件(たとえば赤 色で書かれた赤という文字)が多く含まれる場合(75%と80%)、課題無関連な
自動処理を抑制する構えをとりにくく不一致条件での干渉が多くなると予想さ れる。このような条件においてWMC高群は低群に比べ回答の失敗数が少ない
という結果を示したo 一致条件が少ない場合では(0%と20%)、 WMC高群は 低群に比べストループ干渉量が少ないという結果を示した。彼らはストループ 課題には目的の維持過程と反応競合の解決過程が含まれており、回答の失敗数 は前者をストループ干渉量は後者を反映していると提起している。両過程はワ ーキングメモリーと関係し、概して高群は目的の維持や反応競合の解決に高い 成績を示す。ストループ課題における目的の維持や反応競合の解決には課題無 関連な目的や反応に対する抑制が要求される。ストループ課居やこれまで紹介
したような両耳分離課題、アンチサッケ‑ド課題と併せて、以上の知見はワー キングメモリーが能動的な抑制力と関係し、その力を予測する指標たり得るこ
とを示している。
注意の捕捉量の個人差は注意の容量の個人差という観点からも説明可能であ る。注意の捕捉量の個人差はそもそもその個人が有している注意の容量を反映
しているとする仮定で、本章ではそれを注意の容量仮説とよぶ。空間的注意自 体は手がかりの提示位置に対して向けられるが、注意の容量が多い個人は注意 が向けられた対象の情報処理がより強く加速されるためより多い注意の効果量 が観測される。注意の容量が少ない個人は情報処理の加速が弱く少ない注意の 効果量が観測されると考えられる。
この仮説について視覚的記憶の維持には空間的注意が必要であるとする知見
に依拠し論をすすめる。 BaddeleyandHitch (1974)により提唱されて以来ワー キングメモリーは、一つの中央実行系と構音ループと視空間スケッチパッドと いう二つのサブグループの集合体であると考えられている。中央実行系と構音 ループを駆動する課題によって測定されるワーキングメモリーは言語的ワーキ
ングメモリーと、中央実行系と視空間スケッチパッドを駆動する課題によって 測定されるワーキングメモリーは視覚的ワーキングメモリーと言い換えられる。
先のEngleらのグループは言語的ワーキングメモリーが能動的抑制力を予測す ることを示したが、視覚的ワーキングメモリーと空間的注意が強固に関連・予
測するということを示した研究がある(Awh, Jonides, &Reuter‑Lorenz, 1998;Awh,
Anllo‑Ⅵnto, 皮 Hillyard, 2000; Awh 皮 Jonides, 2001 ) 。
Awh, Jonides,andReuter‑Lorenz (1998)は、ある空間位置を記憶するという視
覚的ワーキングメモリー課題に目標刺激の形態判断課題を挿入するという手法 を用いて、視覚的ワーキングメモリーと空間的注意の関連について検討してい る。形態判断を行う目標刺激が保持されている位置に出現する条件と、保持さ れていない位置に出現する条件が用いられ、彼らは前者に対する反応が後者に 対するそれよりも早く反応がなされるという結果を得た(実験1)。また非記憶 位置‑の空間的注意の移動が要求された条件では視覚的ワーキングメモリーに おける空間位置の保持が障害されるという結果が示された(実験3)。両実験結 果は視覚的ワーキングメモリーにおける保持には空間的注意がその位置に配分
されている必要があることを示している。
Awhらのグループによる知見にのっとれば、視覚的ワーキングメモリーの保 持には空間的注意が十分に配分される必要がある。言い換えれば視覚的wMC はその個体が持つ注意の容量に比例する。注意の容量を多く有している個体は より多くの記憶位置を保持できるのに対し、容量が少ない個体は記憶位置に配 分する注意が不足するため保持に失敗すると考えられる。注意の捕捉量の個人 差は注意の容量の個人差が原因だとすると視覚的wMCによってその違いを予 測できる。この仮説を検証するために視覚的wMCとの関係を検証する必要が
ある。第‑にAwh らによって関係がしめされていることと、第二にJonides (1981)の研究により言語的ワーキングメモリーに対する負荷は自動的制御に よる注意の捕捉量に影響を及ぼさないという結果が報告されているからである。
仮に注意の容量仮説が正しいとすると、視覚的wMC高群は注意の最大容量が 多いため注意の捕捉量が多くなる。また、低群は注意の最大容量が少ないため 注意の捕捉量が小さくなると考えられる。
本章の目的
以上の予測をふまえ、本章では二つの目的について検討した。第‑の目的は