図表16 秋田県の2009年産田作作物に関する期待収入および費用(稲作生産調整目標達成ケース)
図表16の右図は左図の値に作付面積(a)を掛けて期待総収入、総費用の形で表している。図表16 の右図では作付面積の増加によって増加する総費用および期待総収入が示されている。期待総収入 が原点を通る直線である一方で、左図においては判別しづらいものの総費用は固定費用に相当する 切片の高さを持つとともに二乗項が負であるために費用関数は作付面積の増加に伴ってゆるやかに 水平に近付いている。図表16の右図において、点線と実線の差が稲作及び転作作物の利潤に相当し、
3章4節にて説明した離散選択モデルの4段階目における稲作利潤、転作利潤に対応する。
図表16によれば担い手に該当し、生産調整目標を達成した上で交付金を踏まえた収入を想定すれ ば転作作物である大豆の方が、稲作に比べてより小さい作付面積で利潤を得ることが可能であるこ とを示している。担い手に該当する認定農業者となった場合は、転作に特化することが農業収入を 最大化する方法となるのが自然である。しかしながら、3章3節の図表9に示したように2009年の 秋田県における認定農業者8,730戸中93%に相当する8,097戸が田の作付面積の過半で稲作を行っ ており、転作割合は必ずしも稲作利潤、転作利潤の大きさのみに反応していないこと、あるいは非 金銭的な費用を含め、転作には生産費統計に表れない困難があることが推察される。125 このため、
本稿では稲作利潤、転作利潤で異なる推定値が得られるように説明変数を分けている。
また、本稿の離散選択モデルに用いる稲作利潤、転作利潤は農地利用選択時の期待値としての評 価となっている。この前提として農家は危険中立的な選好を持ち、期待値のみによって稲作利潤、
転作利潤を評価していることを仮定している。この仮定が成り立たないケースとしては複数の農産 物を作付けすることで、単一栽培での不作や農産物価格の低下のリスクを緩和している可能性も考 えられる。126 3章4節にて紹介したように4段階目の説明変数の一つとして稲作・転作の両作付に
125 吉田(2015)では、稲作のみを行い赤字であっても稲作経営を継続する兼業農家の成立過程とその功罪を論じている。渡 部(1998)では「一般に農家は稲作志向が強く、自分の他を転作田とすることには抵抗があり」と記されている。
126 井上・藤栄他(2010)では、中山間地域の農家へのアンケートをもとに複数の農産物の作付けを行う複合化や農作物加工、
観光農業を含めた多角化とリスク回避度の関係を分析している。Kawasaki(2010)では、日本における1995年から2006年に おける米の生産費統計のデータを用いて、耕地分散における規模の経済に関するコストとリスク緩和よるベネフィットを 分析し、リスク緩和によるベネフィットの金銭換算値はコストの2.5%~18.5%に過ぎないと論じている。
0 5 10 15 20
0 250 500 750 1,000 1,250 1,500
農業生産10aあたり平均費用、期待収入
稲作費用(都府県)
田作大豆費用(全国)
稲作期待収入(秋田県)
田作大豆期待収入(秋田県:担い手)
田作大豆期待収入(秋田県:担い手以外)
(a)
(万円)
0 400 800 1,200 1,600 2,000
0 250 500 750 1,000 1,250 1,500
総費用、期待総収入
稲作総費用(都府県)
田作大豆総費用(全国)
稲作期待収入(秋田県)
田作大豆期待総収入(秋田県:担い手)
田作大豆期待総収入(秋田県:担い手以外)
(a)
(万円)
関してはダミー変数を設定している。前述したようにこのダミー変数は非金銭的な費用を吸収する 面も考えられる。それに加えて、農家が単一栽培によるリスクを避けるのであれば、このダミー変 数にかかる推定値が上昇する形で離散選択モデルの結果が調整されることとなる。127 本稿では、農 家は危険中立的な選好を持ち、農家は稲作利潤、転作利潤の期待値に反応していると仮定している。
仮にこの仮定が厳密に成り立たない場合であっても、リスク回避に関する選択変化は4段階目の両 作付のダミー変数が概ね吸収すると考えられるため、推定結果に与える影響は軽微であると考えら れる。128
3章2節に示した離散選択モデルにおいては田作を継続した場合の240種の選択肢には、認定農 業者となるかの選択に加えて、稲作の作付面積、転作作物の作付面積が与えられている。また本章 の4節に示したように各時点、都道府県別の稲作生産調整目標の割合から、各稲作割合が生産調整 目標への協力に該当するか否かを与えることができる。稲作作付面積および転作作付面積および稲 作生産調整への協力の有無を与えることができれば、各選択肢において交付金収入を考慮した期待 稲作利潤、期待転作利潤を算出することができる。各選択肢における稲作の期待利潤、転作の期待 利潤を3章4節に示した4段階目の稲作割合選択の説明変数として設定し、4層の離散選択モデル を推定する。
127 本稿の分析では当期の畑作、果樹作、畜産の農業売上は2段階目の説明変数としているが、それらの内容を捨象してお り原則として範囲の経済は捨象している。しかしながら、田作の中で稲作と転作で範囲の経済あるいは不経済があった場 合に関しても、この両作付けのダミー変数が選択に与える影響を調整することとなる。
128 稲、麦に関しては、気象上の原因による災害、火災、病虫害、鳥獣害に対して減収を補償する農作物共済制度があり、
農林業センサスの対象となる規模の販売農家に関しては概ね加入が義務づけられている。また、大豆に関しても任意加入 の畑作物共済がある。それに加えて、本稿の分析の設定には含めていないものの4章4節にも記した米・畑作物の収入減少 影響緩和対策(ナラシ対策)といった任意加入の農作物に関する保険制度がある。稲作、転作作物に関する保険制度が概 ね整備されていることからも、リスク回避行動が農家の選択に与える影響は軽微であると考えられる。