第 5 章 考察 107
5.1.1 移動度、縦拡散係数の密度依存性
4.1章で示した通り、換算移動度N µ、換算縦拡散係数N DL、縦拡散係数と移動 度の比DL/µには大きな密度依存性が観測された。ただし、その密度依存性は各 輸送係数及び換算電場によって異なる。図5.1-5.3に、各輸送係数の密度依存性を、
換算電場0.04、0.05、0.06、0.1 Tdの場合について示した。これらは、図4.2-4.4
及び図4.6-4.8のデータに対して、三次スプライン曲線で内挿して導出したもので
ある。図5.1-5.3には明示されていないが、もとの測定値に約20%以下の測定誤差
が含まれていることに注意されたい。
6 8 10 12 14 16
0 5 10 15 20
Nµ (1022 cm-1 V-1 s-1 )
N (1020 cm-3)
0.04 Td 0.05 Td 0.06 Td 0.1 Td
図5.1: 換算移動度N µの密度依存性。換算電場E/Nが0.04、0.05、0.06、0.1 Td の場合について示してある。実線はベジェ曲線による近似である。
図5.1-5.3より、明らかに換算電場0.04 Tdにおいて各輸送係数とも大きな密度
依存性を示すことが分かる。密度4.19×1019 cm−3と1.73×1021 cm−3を比較し た場合、換算移動度は1.8倍、換算縦拡散係数は3.5倍、縦拡散係数と移動度の比 は1.9倍になっている。一方で、換算電場0.1 Tdにおいては密度を変化させても ほぼ一定値を取っている。また、換算電場0.05、0.06 Tdでは各輸送係数ごとに 異なった傾向を示す。すなわち、密度を上昇させたとき、換算移動度はどちらも
第5章 考察 109
0 3 6 9 12 15 18
0 5 10 15 20
NDL (1022 cm-1 s-1 )
N (1020 cm-3)
0.04 Td 0.05 Td 0.06 Td 0.1 Td
図 5.2: 換算縦拡散係数N DLの密度依存性。換算電場E/Nが0.04、0.05、0.06、
0.1 Tdの場合について示してある。実線はベジェ曲線による近似である。
同じように増加し、換算縦拡散係数は0.05 Tdで増加傾向であるのに対して0.06 Tdではほぼ一定であり、縦拡散係数と移動度の比はどちらもほぼ一定である。こ れらの輸送係数の変化の違いは、運動量移行断面積の大きさに対する感度の違い、
特にラムザウアー・タウンゼント極小領域の大きさに対する感度の違いに起因す ると考えられる。例えばAtrazhev et al. [1]は、ラムザウアー・タウンゼント極 小の大きさを変化させたとき、換算移動度、特性エネルギー、換算縦拡散係数が どのように変化するかの計算を行っている。彼らの結果によると、運動量移行断 面積の変化に対して、特性エネルギーは強く依存する一方、換算移動度はあまり 依存せず、換算縦拡散係数は両者の中間の依存性を示している。また、換算電場 によって変化量が大幅に異なっている。本実験において輸送係数が強く密度依存 性を示した換算電場約0.04 Tdは、ラムザウアー・タウンゼント極小領域のエネ ルギーを持つ電子の割合が多くなる領域である。従って、本実験の結果は、高密 度化することによって実効的な運動量移行断面積が特にラムザウアー・タウンゼ ント極小領域で変化し、それに伴って輸送係数が変化したと解釈することができ る。ここで、運動量移行断面積は希薄極限の気体に対して定義される量であるた め、高密度気体での見かけ上の断面積として、「実効的な」運動量移行断面積とい う表現を用いている。これは以下に述べるように、高密度化することで電子の流
110 第5章 考察
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4
0 5 10 15 20
DL/µ (V)
N (1020 cm-3)
0.04 Td 0.05 Td 0.06 Td 0.1 Td
図5.3: 縦拡散係数と移動度の比DL/µの密度依存性。換算電場E/Nが0.04、0.05、
0.06、0.1 Tdの場合について示してある。実線はベジェ曲線による近似である。
動に対して影響を与える因子が存在し、輸送係数が変化するためである。
Atrazhevet al. [1]は、輸送係数に対する密度効果として、2つの要因を挙げて
いる。1つは、電子が2つ以上の隣接するキセノン原子と衝突するような多体散乱 の効果である。これはキセノン原子の空間的な分布と関連するものであり、原子 間距離が短いほど、すなわち密度が高いほど重要になる。彼らは、気体中での構 造因子を考慮した散乱断面積の計算の結果、多体散乱は特に低エネルギー電子に 対して散乱断面積を大きくする効果があると結論している。つまり、多体散乱の 効果は移動度及び拡散係数の減少につながる。しかし、本実験の結果は各輸送係 数が高密度化により増加する傾向にあるため、多体散乱の効果の寄与は小さいと 考えられる。なお、彼らは熱化電子の換算移動度を計算し、実験値とある程度一 致する結果を得ているため、多体散乱の効果は本研究よりエネルギーの低い電子 に対して大きく寄与するものと予想される。一方、もう1つの密度効果として挙 げられているのは、複数のキセノン原子の分極ポテンシャルの重ね合わせによっ て散乱断面積が小さくなる効果であり、これは移動度と拡散係数の増加につなが る。彼らは、この効果は気体中ではそれほど大きくないとしているが、本実験で 得られた結果から、密度1021 cm−3程度においても運動量移行断面積の減少が起 こっており、輸送係数の変化につながっていると解釈できる。
第5章 考察 111
従って、本研究で得られた高密度化によって電子輸送係数が増加する効果は、高 密度化によって電子-キセノン原子散乱に対する実効的な運動量移行断面積が減少 することに起因すると結論する。