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3. 科学技術・イノベーション政策の概要

3.10 科学技術国際協力戦略

改革・開放後の中国は、日本、ドイツ、アメリカをはじめとする諸外国からの技術導入 等によるイノベーションで経済成長を遂げている。しかし、このままでは中国は「世界の 工場」としてサプライチェーンの中で収益性の低い部分でしか企業活動ができていないと の危機感がある。

国家中長期科学技術発展計画では、過度に技術導入に依存したイノベーションの限界を 認識し、「自主イノベーション」を掲げた。ただし、今後とも中国国内の能力では対応し きれない面は国際協力を通じて取り入れる方針である。また、中国の今後の科学技術国際 協力の詳細方針については、「第 11 次科学技術国際科学技術協力実施綱要(2006 年 12 月発行)」に記載されている。ここでは、「重点領域、キーテクノロジーでの科学技術国 際協力の強化」、「全世界の科学技術イノベーション資源(人材・資金・技術・設備など)

を利用し、中国のハイテクの産業化を加速する」等としている。

全体的に、科学技術国際協力を通じて、中国企業のイノベーション能力を高め、最終的 には中国企業のハイテク製品輸出能力を高めたいとの考えが、中国政府の一貫したコンセ プトとなっている。

(1) 国家中長期科学技術発展計画における国際協力関連事項

中国における今後15年の科学技術政策の大方針は、先に述べた通り2006年2月に発表 された「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006-2020年)」が最上位概念に位置づけら れている。この中長期計画では、「自主イノベーション」を掲げ、多岐の分野に亘り研究 開発への取組み事項について具体的に記している。

また、自主イノベーションに実現するにあたり、「科教興国戦略と人材強国戦略」を掲 げるとともに、科学技術国際連携について「科学技術協力・交流を拡大しなければならな い」とし、具体的に次の事項について奨励している。

・ 中国の研究機関・大学が海外の研究開発機関と連合実験室あるいは研究開発センター を設立するよう奨励

・ 二国間・多国間科学技術協力協定の枠組みの下で、国際協力プロジェクトを実施し、

大陸と香港、マカオ、台湾の科学技術協力メカニズムを確立し、意思疎通と交流を強 化

・ 中国企業の「走出去(海外進出)」の支援。ハイテク技術と製品の輸出を拡大し、企業 が海外で研究開発機関あるいは産業化拠点を設置するよう奨励。

・ 国際ビッグサイエンスプロジェクト及び国際学術組織への積極的参加、主催支援。中 国の科学者が国際学術組織で主要なポストにつけるよう、研修制度を確立し、能力向 上をはかる。

・ 多国籍企業が中国に研究開発部門を設置することを奨励

・ 重要国際学術組織または事務所の中国での設置に優遇条件を提供

(2) 第 11 次五ヵ年国際科学技術協力実施綱要(2006-2010 年)

中長期計画を実行する上での実施計画として、「第 11 次五ヵ年国際科学技術協力実施 綱要(2006-2010年)」が定められている(2006年12月、科学技術部発表)。その主な 内容は次の通り。

① 方針

「三つの代表45」、「科学的発展観」、「自主イノベーション型国家の建設」等の国 家目標と国家中長期科学技術発展計画の理念を踏襲し、中国の国際競争力を高めるべ く、科学技術国際協力では「協力領域の拡大、協力方式の革新、協力効果の向上」を 目指す。

② 目標

・ 協力領域の拡大

¾ 国家科学技術計画(863 計画、973 計画、NSFC、中国科学院知識革新プロジェ クト、教育部211・985計画等)の対外開放の拡大

¾ 地方政府の各部門と産業界等の科学技術計画における対外開放の拡大

¾ 研究機関・大学・国家重点実験室等の対外科学技術協力、交流の拡大

¾ 企業が多くの対外科学技術協力を展開することを奨励し、国家ハイテク技術産業 開発区と科学技術インキュベータの対外協力を拡大

¾ 学術団体等の科学技術組織と海外の科学技術組織との交流拡大

¾ 科学技術者の対外交流を拡大し、ハイレベルな国際人材の育成、招聘を展開

・ 協力方式の革新

¾ 重点領域、キーテクノロジーにおける協力強化。二国・多国間の政府科学技術協 力に組み入れ、合理的に知的所有権と研究成果を共有する。

¾ 協力研究機関の設立支援。企業の協力研究機関を含め、いくつかの国際科学技術 協力拠点と産業化拠点を創立すべき

¾ 技術輸出と技術移転の拡大。協力研究・協力調査・育成訓練・科学技術支援など の多種類の形式を通じ、技術と製品の輸出を促進し、科学研究機関と企業の海外 進出戦略を推進すべき

¾ 積極的に国際ビッグプロジェクトと大規模な科学インフラ建設に参加し、中国が 主導する国際ビッグプロジェクトと大規模な科学インフラ建設を組織・実施すべ き

¾ 積極的に国際組織とその活動に参加し、中国の科学技術者が国際組織に勤めるよ うに奨励し、中国の科学技術の国際地位と影響を拡大すべき

・ 協力効果の向上

45 ①先進的生産力の発展要求、②先進的文化の前進方向、③中国の最も広範な人民の根本利益を代表す る。

¾ イノベーション成果の自主知的所有権を持つ、あるいは合理的に知的所有権を分 かち合い、国際学術界・科学技術界において大幅に中国の科学技術研究の地位と 影響力を高める

¾ 全世界の科学技術イノベーション資源(人材・資金・技術・設備など)を利用し、

中国のハイテクの産業化を加速し、ハイテク産業を育成・拡大する

¾ ハイテク製品の輸出を推進し、科学技術型企業の海外進出を促進する

¾ 世界トップレベルの科学技術人材の誘致、人材育成を行う

¾ 「中医薬国際協力研究計画」と「新エネルギー国際協力計画」などの中国が主導 する国際ビッグプロジェクトと大規模な科学インフラ建設において大きく前進さ せる

③ 戦略の転換

・ 一般的な国際科学技術協力から、中長期計画の目標を指針とした国際科学技術協力戦 略へ転換

・ 国際協力の方法を、プロジェクトのみの協力重視から、全面的な「プロジェクト・人 材・拠点」連携重視の戦略へと転換

・ 協力内容は、技術導入のみを重視する方針から、「導入」と「走出去(中国企業の海 外進出)」のバランスを重視する方針へ転換

・ 協力主体を、政府及び科学研究機関主体から、政府誘導・多主体参加へと戦略的に転 換

・ ボトムアップ式のプロジェクトから、中長期計画に基づくトップダウン式へと転換 上記の様な戦略の転換が3.2.4 (3)で紹介した111計画等にあらわれているといえる。

(3) おわりに

中国の科学技術・イノベーション政策は、急速な経済成長に伴う環境問題や格差問題に 対処しつつも、中国国内企業がハイテク技術・製品を輸出し、外貨を稼ぐ能力を高めるこ とに主軸を置いているといえる。今後、中国が①国の重点分野にどのように取組み、②海 外帰国人材等によるグローバルなネットワークをどのように活用し、また、③環境・人口・

農村等の各種社会問題への対応をどのように行い、持続可能な発展へと導くのかが注目す べきポイントとなる。

①国の重点研究開発分野

中国では中央政府が重点化している研究開発分野を中心に、急速に先進国にキャッチア ップしている。NEDOが日本の研究者に中国の科学技術水準についてヒアリング調査を行 った結果では、「一般に考えられている以上に中国と日本の科学技術力の差は少なくなっ ており、とくに差のついていない分野は中国が戦略的に取り組んでいるライフサイエンス、

ナノテクノロジー・材料、情報通信関連、資源・エネルギーなどである。一方で社会基盤 や環境分野などは日本に比較して明らかに遅れている。」との報告がなされている。今後 とも、国家中長期科学技術発展計画で注力するとうたわれた分野を中心に、中国の研究開 発能力がどのように高まってくるか、研究開発成果をどのように産業へと転化するかが注 目される。

②海外帰国人材による頭脳還流

中国では「自主イノベーション」を標榜しつつも、自前の技術だけで不足している面は 引き続き外資系企業からの技術導入や、海外との科学技術協力プロジェクト・国際連携拠 点構築等を行うことで知識を獲得することを狙っている。中国政府の意図どおりに研究現 場が対応できているかどうかについては、議論が分かれるところであるが、引き続き「海 亀族」を中心としたネットワークが大きな鍵となることは間違いない。中国が「頭脳還流」

をどのように活用するのか、逆に欧米各国がこれら人材を中国へのアクセスルートとして どのように活用していくのかは、引き続き注目に値するテーマである。

③環境・人口・農村等の各種経済・社会的問題への対応

中国は急速に経済発展する中、環境問題、農村問題、地域間の経済格差など、様々な経 済・社会面での課題が浮上している。今後、中国政府がこれら課題に対して「科学的発展 観」に基づきどのように対処するのか、持続可能な発展が実現可能なのかは、日本にとっ ても重大な関心事である。