第二章 社会認識形成のための地誌学習改革
第二節 社会認識形成をめざす地誌学習変革の方向性
一 今日の地誌授業実践が示唆するもの
前節において,今日みられる地誌授業実践は,地域的特色の捉え方によって,以下の三 つに大別できた。
①地域の個別事象を捉えさせる地誌学習論 ②地域の個別事象の関連を捉えさせる地誌学習論 a 事象間の結合関係を記述的に捉えさせる地誌学習論 b 事象間の因果関係を分析的に捉えさせる地誌学習論 ③地域を説明する理論を捉えさせる地誌学習論
さらに,これらは,社会認識形成の視点から二つに分けることができる。
1 主観的・常識的地誌学習論 2 間主観的・科学的地誌学習論
1は,上記の①,②に対応し,2は,上記の③に対応する。
1 主観的・常識的地誌学習論
①,②の地誌学習論は,地域にある様々な事象は,地域それ自体が内的に持つ論理で存 在しているとアプリオリに考えている地誌学習論である。そのため,これらの学習論では,
授業者の意識・無意識を間わず,授業者の主観的(直感的)な解釈によって取り上げられ た事象が,疑われることのない事実として,地域の特色とされる。
このような学習論では,地域の特色がわかるとは,取り上げられた事象が,地域におい てどのような意味を持って存在しているのか,事実としてわかることである。その事象が 持つ意味とは,地域における他の事象全体の中で,ある特定の役割を演じているものとし て,疑いのない事実として位置付けられることで理解される。そのため,地域にみられる できるだけ多くの事象を網羅し,その事象全体の中で,取り上げられた事象が他の様々な 事象に対してどれだけ大きな影響力を持っているか,他の事象との関係をできるだけ多く,
詳細に示すことができればできるほど,確かに大きな意味を持っている存在であると理解 される。すなわち,地域の特色をよくわかるためには,地域全体の事象の広がりを密にし,
その密度の濃い全体の中での部分として,取り上げた事象を位置付けることが求められる のである。
しかしそのためには,地域の中から取り上げた事象や他の事象が,疑いのない事実とし て,本当に存在しているものなのか確かめなければならない。一番よいのは,それらの事 象が事実として存在していることを,現地で学習者に見せて,確かめさせることである。
しかし,今の学校現場では,それは不可能である。そのため,様々な統計資料や写真・映 像資料,あるいは実物教材などを活用して,学習者の五感に訴えて,事実として理解させ
るのである。そうやって学習者の五感によって獲得された事象が,事実として獲得される のである。
それでは,①,②の学習論は,社会認識形成においてどのようなことが言えるだろうか。
人はある概念装置によってものを見ることができるものである聰〕。ものが同じように見
えるのは,見ている観察者の概念装置が同じたからである。ところが,これらの学習論で は,事象白体が意味を持って存在していると考えられているため,なぜその事象がそのよ うに見て取れるのかという授業者の解釈の根拠(概念装置,理論)を明らかにしない。そ して,さも事象が事実として意味を持って存在しているかのように学習者にわからせる。
その手段として,授業者が主観的(直感的)に,これなら学習者に事実として存在してい るとわからせそうだと選択した資料を提示する。学習者は,なぜその事象が授業において 取り上げられたのかという根拠(概念装置,理論)を明らかにされることなく,授業者に よって直感的に選択された資料や映像資料を通して,無批判に,自らの五感を働かせなが ら,事象を意味を持った事実として受け入れる。
その結果,このような学習論で獲得される知識は,無批判で直感的という二重の意味を 持った,次のような授業者の世界と学習者の世界に大きく分かれる四つの主観を帯びるこ
とになる。
a 無疵卓1」で直感的な事象選択にみる主観 授業者の世界
b 無批判で台倉南な資料選択にみる主観 C 無批判で直細勺な資料観察にみる主観 学習者の世界
d 無疵幸11で直感的な知識獲得にみる主観
a,bは授業者の世界でおこる主観で,c,dは学習者の世界でおこる主観である。
aは,授業者が事象を選択し取り上げた根拠,すなわち授業者の概念装置(理論)は間 われないという主観である。
bは,事象を学習者の五感に訴えて事実として獲得させようと,授業者自身の五感に訴 えて直感的に資料を選択し,その選択の根拠は間われないという主観である。
そして,これらの二つの主観によって選択されて提示された知識を学習者は,次のC,
dによって,さらに主観的に獲得していく。
Cは,学習者の提示した資料を,疑うことなく,五感をはたらかせて観察するという主
観である。
dは,提示された資料を,観察の時にはたらかかせた五感によって,疑いのない事実と して獲得するという主観である。
以上のように,これらの学習論で獲得される知識は,主観的な知識となる。
さらに,ここで獲得される知識は,学習者の五感に訴え,五感によって捉え理解できる 範囲に留まる。そのため,獲得される知識は,常識的な知識となる。すなわち,「①地域 の個別事象を捉えさせる地誌学習論」,「②地域の個別事象の関連を捉えさせる地誌学習 論」は,「主観的・常識的」な知識を習得させる地誌学習論であると言える。このような 地誌学習論を,「主観的・常識的地誌学習論」と呼ぶこととする。
2 間主観的・科学的地誌学習論
③の「地域を説明する理論を捉えさせる地誌学習論」は,事象それ自体が意味を持って 迫ってきているのではなく,われわれが地域の事象を何らかの概念装置(理論)で意味付 けて見ている(解釈している)のだと考えている地誌学習論である。
そのため,この学習論では,授業者は地域にみられる類似性や規則性をある社会理論に よって解釈し,その解釈を,地域の社会構造を説明する理論として地域の特色とする。も う少し具体的に言えば,次のようになる。授業者は,地域にみられる人と人との関係や社 会集団とのかかわりにおける,その地域特有の政治体制,経済メカニズム,社会規範など
といった,政治現象,経済現象,社会現象などの類似性や規則性を解釈する。その類似性 や規貝1」性は,政治学,経済学,社会学や文化人類学などの社会諸科学の理論にもとづいて 解釈され,構造化される。その構造化された解釈は,ある社会諸科学の成果(普遍的理論 や類型的理論)によって,社会構造として地域を総合的に捉えようとしたものである。す なわちそれは,ある視点から地域を総合的に説明しようとするある構造を持った理論であ る。その理論を,この学習論では地域の特色として教授・学習しようとするのである。
この学習論では,地域の特色がわかるとは,授業者が行った解釈を,地域の社会構造を 説明する理論として,批判・吟味を行って仮説的に習得することである。授業者は,まず 解釈である地域を説明する理論に到達させるための,学習課題(問い)を設定させ,仮説 を立てさせる。学習者は,その仮説を資料にもとづいて検証し,理論(仮説)を発見・創 造する。そしてその理論を他の事象に応用し,批判・吟味を繰り返し,発見・創造した理 論に誤りがあれば,修正を加え,より説明力の高い理論を習得していくのである。用いら れる資料は,授業者が地域を解釈する際に消費した社会諸科学が,実際の説明において取 り扱っているような資料が求められる。しかし,現実問題として,学問の理論体系そのま までは学習者に理解不可能であったり,資料の入手の問題などがある。そのため,学習者 にわかるように理論は教育的加工川〕が施され,その中で学習者が理解可能な資料が用いら
れる。そして,このような資料に基づいて取り上げられた事象は,理論を説明する典型事 例として位置付けられ,授業者によって解釈された理論との関係においてのみ意味付けら
れる。
それでは,この「地域を説明する理論を捉えさせる地誌学習論」は,社会認識形成にお いてどのようなことが言えるだろうか。
この学習論では,授業者の解釈を理論化して地域の特色とする。しかし,解釈には,ど うしても授業者の主観が入り込む。ゆえに,その解釈は仮説として学習者の前に提示され,
批判・吟味される必要がある。それがなければ,授業者が行って地域の解釈を絶対なもの として学習者に注入することとなる。ゆえに,この学習論の場合,解釈である地域の特色 は,仮説として学習者の前に明示され,その批判・吟味による検証過程をとることにより,
間主観的に批判・吟味された知識として習得される。さらに,この学習論では,地域にみ られる類似性や規則性を社会構造として解釈し,説明するため,地域を総合的にとらえる ことができる。しかもその解釈は,社会諸科学の成果(普遍的理論や類型的理論)に基づ いて説明されるため,より説明力の大きい,科学的な知識となる。すなわち,「地域を説 明する理論を捉えさせる地誌学習論」は,「間主観的・科学的」な知識を習得させる地誌 学習論なのである。このような地誌学習論を,r間主観的・科学的地誌学習論」と呼ぶこ
ととする。
以上のように,社会認識形成の視点から,1,2をふまえると,地域的特色として,地 域の社会構造を説明する理論を中核にした「間主観的・科学的地誌学習論」が地誌学習変 革の方向性と言える。
二 近年の地誌学研究の動向が示唆するもの
それでは,このような地誌学習変革の方向性は,近年の地誌学研究の動向とどのような 関係があろうか。
ここでは,近年の地誌学研究の動向をいくつかの論文を引用しながら概観し,それを踏 まえて,上記に述べた地誌学習変革の方向性との整合性について考察する。
1 伝統的地理学から新しい地理学への転回一「計量革命」が地誌学に与えた影響一 地理学は,1953年に,シェーファーが『地理学における例外主義一その方法論的吟味』