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磁気異方性の変調による省電力スピン波励起

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 34-55)

3.1 序言

スピン波の微弱な電力による励起や操作は,スピン波応用デバイスの実用化に際 して重要な課題である.近年,この課題への取り組みに応用可能な物性として,パ ラメトリックポンピング(Parametric Pumping: PP)1と電圧制御磁気異方性 Voltage-Controlled Magnetic Anisotropy: VCMA)2の研究が精力的に推進されている. PPは スピンダイナミクスの非線形性に起因したスピン波の励起機構であり,周波数選択 性に優れた短波長 SW の励起が,強磁性酸化物であるイットリウム鉄ガーネット

(Yttrium Iron Garnet: YIG)や3-5,強磁性金属薄膜で実験的に確認されている6-12. 電圧により強磁性体の磁気異方性を人為的に変化させるVCMAは,低電力での磁 化方向変化が可能であることから,MRAM (Magnetic Random Acess Memory)におけ る情報書き込みへの応用も期待されている.通常,局所領域への磁界印加は,導体 線への通電により行われるが,VCMA では磁化方向を変化させるのに電流を伴わ ないためジュール損失を生じないことが大きな特長である13-15

スピン波デバイスの集積性及び高速性を追及するためには,動作周波数を定める スピン波共鳴周波数の増大と情報を担うスピン波の波長短縮が重要となる.大きな 垂直磁気異方性を有する磁性薄膜においては,スピン波共鳴周波数の増大とスピン 波波長の短縮を供に実現でき16,また,膜面内方向に等方的なスピン波伝播特性を 呈するためスピン波デバイスの材料として有望である 17,18.しかしながら,反面,

その大きな磁気異方性がスピンの歳差運動を抑制するため,垂直磁気異方性膜にお けるスピン波の長距離伝播は重大な課題になっている.本章では,垂直磁気異方性 を有するサブm長の磁性細線において,VCMAにおけるスピン波励起の局所性と,

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PP の非線形的な励起特性が相乗的に活用されることを示すと供に,論理演算機能 への応用可能性とその設計指針を明らかにする.

3.2 シミュレーションモデル

図 3.1 は,VCMA によるパラメトリック SW励起の基本動作特性を解析するた めのデバイス構造の概略図を示している.本構造は,垂直磁気異方性により磁化が 膜面と垂直方向を向いた磁性細線(以下,垂直磁化細線と称す)と,その上部に絶縁 層を介して配した導体線(発生器)から構成される.導体線への電圧印加により直 下の垂直磁気異方性(PMA)が局所的に変調される.本章では,CoFeB / MgO多層 膜などの界面に由来する垂直磁気異方性を有する垂直磁化細線を想定し,以下のよ うな構造および磁気特性を仮定した.膜厚t = 0.8 nm,飽和磁化Ms = 1600 emu/cc,

交換スティフネス定数A = 1.0 erg/cm,垂直磁気異方性磁界Hk = 20 kOe,ジャイ ロ磁気定数  = 1.76x107 rad/s・Oe,ダンピング定数 = 0.01. PMAの電圧誘起変調 は,垂直磁化細線の導体線直下部分のHkを正弦波状に時間変化(振幅 Hk)させるこ とによって模擬した.実験値として報告されている垂直磁気異方性エネルギーの変

調量が数10 J/ m2であることから,本章でのシミュレーションでは最大500 Oeの

 Hk を仮定した(32.5 J/m2の変調量に相当).PMA 変調によって励起されるス

図3.1 電圧誘起スピン波励起のシミュレーションモデル

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ピン歳差運動のシミュレーションは,第2章と同様,Landau-Lifshitz-Gilbert方程式 を数値的に積分することによって行っているが,本章のシミュレーションでは,パ ラメトリックポンピング(PP)における磁気モーメントの初動を起こすため,揺動散 逸定理に基づくランダム磁界を導入している.解析対象とするスピン波の波長が,

垂直磁化細線の短軸長及び膜厚に比べて小さく,磁化の主要な方向変化は細線の長 軸方向に沿って生じることを考慮し,磁化方向は磁性細線の膜厚方向と短軸方向に は一様と仮定した.この仮定のもと,細線を長軸方向に1 nmの計算格子に離散化 し,セル間の静磁気相互作用は,表面磁荷モデルにより計算した.

3.3 垂直磁気異方性の変調によるパラメトリックスピン波励起

図 3.2(a)は,長軸長Lx = 400 nm,短軸長Ly = 100 nmの垂直磁化細線を,Hk =

500 Oe の変調強度で励起したときの,細線中央部における歳差運動振幅の細線長

軸(短軸)方向成分mx (my)および励起周波数(fexc)依存性を示している.図に示される 図3.2 電圧励起スピン波の共鳴特性 (Lx = 400 nm)

(a) 歳差振幅(最大値)の励起周波数依存性

(b) 歳差運動における面内磁化成分の軌跡

(c) 異方性実効磁界と磁化成分の時間変化

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ように,fexc が 4.24 GHz以上になると,歳差振幅が急激に増大し,fexc = 4.26 GHz で最大値をとった後,それ以上の励起周波数では周波数の増加に伴い歳差振幅は比 較的緩やかに減少している.fexcが4.40 GHz以上になると歳差運動が生じなくなる.

図3.2(b)は,歳差振幅が最大となるfexc = 4.21 GHzにおける歳差運動の軌跡を示し

ている.形状磁気異方性により,歳差運動軌跡は垂直磁化細線の長軸方向(x 方向) を長軸とする楕円形状となっている.図3.2(c)は,異方性実効磁界(Hk) ,及び細線 中央部磁化の x,z 方向成分の時間変化を表している.異方性実効磁界は,垂直磁 化細線の垂直磁気異方性磁界(Hk)に電圧による変調分を重畳した値を表している.

同図のHkmxの時間変化に示されるように,歳差運動の1周期は,励起源となっ ている Hkの時間変化の 1/2 の周期となっており,パラメトリック励起現象が生じ ていることが分かる.また,Hkmzの時間変化が同一周期であることから,磁化 の膜厚方向成分の振動が垂直磁気異方性の変調に同期して増幅され,膜面内の歳差 運動を誘発していることが示唆される.Hk が最大及び最小となるとき,磁化は膜 面内を向いており,Hk が平均値をとるときに磁化の膜厚方向成分は最大となって いる.

パラメトリック励起の発現機構について詳細な解析を行うため,共鳴周波数で励 起したときの歳差運動に係わる静磁界 Hst,異方性実効磁界 Hk,交換実効磁界 Hex

及びそれらの総和Hallの各時間変化を図3.3,3.4に示している.図3.3は第2章で 定義した移動極座標表示におけるθ方向成分,図 3.4 はφ方向成分を示している.

第2 章で述べたように,歳差周波数は実効磁界のθ方向成分により決まり,また,

歳差振幅は実効磁界のφ成分によって決まる.

図3.3に示されるように,異方性実効磁界の変化と同期して,静磁界と交換実効 磁界の変化が生じている.静磁界と異方性実効磁界の大きさは時間平均して約5000 Oe であるが,逆向きで打ち消しあっている.実効磁界のθ方向成分の総和は時間

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平均して 250 Oe であり,これが歳差運動に寄与している.図3.4 に示される実効

磁界のφ方向成分において,正の符号はダンピング項と同方向,すなわち歳差振幅 を増大する方向に作用していることを,また,負の符号は歳差振幅を減少させる方 向に作用していることを表している.従って,磁気的エネルギーの散逸に抗して歳

図3.3 パラメトリック励状態における各実効磁界の時間変化 (θ成分).

(a) 異方性実効磁界HK-, (b) 交換実効磁界Hex-, (c) 静磁界Hst-, (d) 実効磁界(総和) Hall-

図3.4 パラメトリック励起状態における各実効磁界の時間変化 ( 成分).

(a) 異方性実効磁界HK-, (b) 交換実効磁界Hex-, (c) 静磁界Hst-, (d) 実効磁界(総和) Hall-

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差運動の維持に直接的に寄与しているのは,唯一正符号となっている静磁界である ことが分かる.この静磁界は,磁化の膜面垂直方向成分によって膜表面に生じる磁 荷に起因するものである.

上記のように,垂直磁化細線において垂直磁気異方性の変調によってスピン波を パラメトリック励起するためには,細線形状に起因した形状磁気異方性によって歳 差運動軌跡が楕円形状となり,磁化の膜面垂直方向成分が時間変化することが要件 となっている.スピン波デバイスの高集積化に際しては,磁性細線の微細化が必須 となるため,微細な磁性細線においてもパラメトリック発振に繋がる形状磁気異方 性効果が生じることを検証することが必要である.図 3.5は,長軸長Lx = 100 nm,

短軸長Ly = 20 nmの垂直磁化細線に対し,図3.1のような発生器(幅WG= 10 nm)を

想定し,強度(Hk) 500 Oeの垂直磁気異方性変調を与えた場合のシミュレーション 結果を示している.図3.2(a)に示したLx = 400 nm,短軸長Ly = 100 nmの場合と同

図3.5 電圧励起スピン波の共鳴特性 (Lx = 100 nm, Hb = 0 Oe ) (a) 歳差振幅(最大値)の励起周波数依存性

(b) スピン波の波形

(c) 細線短軸方向磁化成分のフーリエ変換

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様,非対称な周波数スペクトルを有する共鳴励起が生じており,共鳴周波数(5.44

GHz) 以下では歳差振幅が急激に減少するが,共鳴周波数以上の領域での歳差振幅

の減少は比較的緩やかである(図3.5(a)).図3.5(c)は共鳴励起状態における磁化の細 線短軸方向成分 myについて,その時間変化を離散フーリエ変換し,歳差運動を周 波数領域で表したものである.同図における最大振幅に対応する周波数が2.72 GHz であることから,歳差周波数が励起周波数の1/2となっており,本形状の細線にお いてもパラメトリック励起が生じていることが分かる.図3.5(b)は共鳴励起状態に おける,細線長軸方向に沿った myの変化を示している.磁性細線の中心部で振幅 が最大となり,両端で最小となる1次モードの定在スピン波が生じている様子が示 されている.端部においても磁化は歳差運動を行っており完全に閉じた定在波には なっていないが,これは,この励起周波数でのスピン波の波長が細線の長軸長より も大きいためと考えられる. 図 3.6 は垂直磁気異方性磁界及び各磁化成分の時 間 変 化 波 形 を , 磁 化 ベ ク ト ル の 軌 跡 と 対 応 さ せ て 表 し て い る . 同 図 に お い

図 3.6 垂直磁気異方性の変調により励起された楕円歳差運動状態における磁化の 時間変化と磁化ベクトルの軌跡

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 34-55)

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