• 検索結果がありません。

交換結合膜における定在スピン波の動特性

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 55-87)

4.1 序言

異なる磁気特性を有する磁性層を積層した多層膜においては,磁性層間に交換相 互作用がはたらくため,交換結合膜により各層の磁気特性が持つ特長を統合した磁 気特性を得ることが期待できる.このような交換結合膜においては,膜厚方向にも 磁気モーメントの方向変化が生じるため,2次元的なスピン波が形成される1-4.本 章では,これまで充分な理解が得られていなかった交換結合膜における2次元スピ ン波の動特性を明らかにするとともに,その層構造によって定在スピン波の共鳴周 波数の制御や,膜厚方向に沿ったスピン波の局在化などが可能であることを示す.

また,層間に負の層間交換結合を持つ膜では,磁化状態に双安定性が生じ,共鳴周 波数を外部からの磁界によって制御できることを示す.

4.2 交換結合膜におけるスピン波の動特性と層構造による制御

4.2.1 面内磁気異方性を有する交換結合膜

本章においても,位相比較機能や演算機能などへの応用を想定し,強磁性細線の 上部にスピン波励起用の2つの発生器と誘導検出器を配置した図4.1に示すような 素子をシミュレーションの対象とした.磁性細線は,2層の強磁性層から成り,各 層は界面を介した交換相互作用により磁気的に結合している. 磁性細線の長軸長

Lyは1000 m, 短軸長(細線幅)Lxは1 mとし,各層厚を変えて特性比較を行った.

磁気モーメントの方向は,膜厚に沿った方向にも変化するため,磁性細線断面(図 の xz 面)を二次元の計算格子(セル)に計算要素分割した.細線の幅方向および膜厚 方向のセルサイズは2 nmとした.

~ 52 ~

各層に仮定した磁気特性を表4.1に示す.上層には,低電力でのスピン波励起が可 能な Co2FeAl ハーフメタルなどの低ダンピング軟磁性材料を想定し,Ms = 1000 emu/cc,Hk = 100 Oe, = 0.002とした(ソフト層厚ts).下層には,共鳴周波数の大き な硬磁性材料を想定しMs = 1000 emu/cc,Hk = 2 kOe~10 kOe, = 0.2とした(ハー ド層厚th).交換結合膜において層間の交換結合強度は,各磁性層の磁気特性の統合 を図るうえで重要な材料特性の一つである.シミュレーションでは,ソフト層とハ ード層の界面における層間交換定数 Aを0.1~1.5 erg/cmの範囲で変化させた場合 について比較を行っている.

表 4.1 各層の磁気特性.

ソフト層 ハード層 飽和磁化 Ms (emu/cc) 1000 1000 磁気異方性 Hk (Oe) 100 2k ~ 10k ダンピング定数  0.002 0.2 層間交換定数 A (erg/cm) 0.1 ~ 1.5

図 4.1 交換結合2層膜を用いたスピン波デバイスのシミュレーションモデル

~ 53 ~

図4.2(a)に総膜厚(tt = ts + th)が30 nm,ハード層の磁気異方性が10 k Oe,ソフト 層とハード層の層厚が等しい場合(th / tt = 0.5)について,振幅1 Oeの一様交流磁界 を印加したときの誘導出力電圧の励起周波数(fexc)依存性を示す.図に示されるよう に,fexc = 15.8 GHz,16.2 GHz,45.2 GHzの各周波数で共鳴が生じている.図4.2(b) , (c) ,(d)は,各共鳴周波数で励起したときの,歳差振幅の磁性細線断面における強 度分布を表している. fexc =15.8 GHzでは,細線短軸の中心近傍で歳差振幅が大き くなる1次モード定在波,fexc =16.2 GHzの場合は,3箇所で歳差振幅が大きくなる 3次モード定在波が励起されていることが分かる.これらの励起周波数における歳 差運動は,主にソフト層で起きている.ハード層では,ソフト層との界面近傍では

図4.2 (a) 出力電圧の励起周波数依性

(b) , (c), (d) 細線断面における歳差振幅強度の分布

~ 54 ~

歳差運動が生じているが,界面から離れるに従い急激に歳差振幅が減少している.

fexc = 45.2 GHzでは,ハード層においてもソフト層と同等の振幅の歳差運動が生じ

ているが,磁化の細線断面への投影成分はハード層とソフト層で逆方向となってお り,両者は光学モードでの結合歳差運動になっている.比較のために行った単層膜 に対するシミュレーションでは,歳差運動は膜厚方向に一様であることから,膜厚 方向に沿った定在スピン波が励起されるためには,磁気特性が膜厚方向に不均一で あることが要件の一つであることが分かる.

図4.3(a)に,種々の総膜厚(15 nm~40 nm)の交換結合磁性細線について,上記の1

次モード定在スピン波における共鳴周波数と層厚比(th / tt)との関係を示している.

th /tt = 0, th /tt = 1は,各々,ソフト層単層,ハード層単層のシミュレーション結果を 表している.共鳴周波数は,ソフト層単層(th / tt = 0)の場合に最小であり,th / ttの増 大と共に単調に上昇し,ハード層単層(th / tt = 1)の場合に最大となる.ハード層単層 の共鳴周波数は,ハード層の磁気異方性の大きさで決まり,層厚比によらずほぼ一 定であるが,ソフト層単層では,層厚の増大による形状磁気異方性変化が顕著な共 鳴周波数の上昇に表れていることが分かる. 同図に示されるように,総膜厚が薄

図4.3 交換結合磁性細線における定在スピン波の励起特性(面内磁気異方性膜)

(総膜厚tt = 15~40 nm, Hk = 10 kOe) (a) 共鳴周波数と層厚比の関係 (b) 出力電圧と層厚比の関係

~ 55 ~

くなるほど,th / ttの増大に対する共鳴周波数の変化傾向がより直線的になってい る.一方,総膜厚が厚くなると,ハード層が薄い領域での変化が緩やかになり共鳴 周波数の層厚比依存性が非線形になること示されている.これは,総膜厚の増大に 伴い,歳差運動の膜厚方向への非一様性が顕著になり,th / ttの小さな領域における 共鳴周波数の決定要因がソフト層の磁気特性に主導されるためと考えられる.

図4.3(b)に各共鳴周波数で励起したときの,出力電圧の層厚比依存性を示す.出

力電圧は,ハード層の層厚割合(th / tt)の増加とともに低下しているが,これは図 4.2(b)に示されるように,主たる歳差運動領域であるソフト層の割合が減少するた め膜厚平均した歳差振幅が減少するためである.th / ttの増大による共鳴周波数の上

昇(図 4.3(a))は,スピン波からの磁束の時間変化を増大する効果をもたらすが,th /

ttの増大による出力の減少は,上記の歳差運動抑制の影響の方がより大きいことを 示している.

図4.4は,ハード層の磁気異方性が,スピン波の励起特性や出力電圧に及ぼす影 響を示している.総膜厚を一定値(30 nm)に設定し,ハード層の磁気異方性磁界Hk

を2 kOeから10 kOeの範囲で変化させている.図4.4(a)に示されるように,層厚比

を変えことによる共鳴周波数の変化範囲はHkの増大に伴い広くなっているが,th / ttの増加に対する共鳴周波数の変化の仕方は Hkが大きくなるに従い直線性が低下 する.fres-(th / tt)曲線にはth / tt = 0.7近傍に変曲点があり,th / tt > 0.7の領域では,そ の勾配が大きくなっている.図4.4(b)に示されるように,歳差振幅のHk依存性は小 さいが,th / tt > 0.8の領域では,Hkの増大に伴い歳差振幅が若干減少している.出 力電圧は,共鳴周波数と歳差振幅の両方に依存するが,このため,ハード層の磁気 異方性を変えたときの効果がth / ttの値によって異なっている(図4.4(c)).すなわち,

th / tt <0.7の領域ではHkの増大による共鳴周波数の上昇が主要因となって出力電圧

~ 56 ~

が増大するが,th / tt > 0.7の領域ではHkの増大により歳差振幅が減少するため逆に 出力電圧が減少している.

図4.5は,ソフト層とハード層との間の層間結合強度を変化させた交換結合膜(総 膜厚15 nm)について,共鳴周波数(fres)の層厚比(th / tt)依存性を比較している.層間

交換定数Aが0.5 erg/cm 以上の場合には,共鳴周波数の層厚比依存性に大差は無

く,共鳴周波数下で励起されるのは,ソフト層部分に局在した1次モードの定在ス ピン波のみであり,歳差振幅の励起周波数スペクトルは単色性であった.一方,A

が0.1 erg/cm以下の場合には,共鳴周波数と励起周波数との相関が非線形である.

この傾向は,Aintが小さくなるに従い顕著となり,A = 0.01 erg/cmにおいては,0 <

th / tt< 0.8の範囲で共鳴周波数がth / tt に依存せずほぼ一定となっている.また,歳 差振幅の励起周波数スペクトルに高次モードに対応した複数のピークが出現する.

図4.6は層間結合が強い場合(A = 1.5 erg/cm)と弱い場合(A = 0.1 erg/cm)につ 図4.4 ハード層の磁気異方性がスピン波の励起特性に及ぼす影響

(a) 共鳴周波数と層厚比の関係 (b) 歳差振幅と層厚比の関係 (c) 出力電圧と層厚比の関係

~ 57 ~

いて,共鳴励起状態におけるソフト層とハード層における歳差運動の位相差の層厚 比依存性を示している.A = 1.5 erg/cmでは,総膜厚ttが25 nm以下の場合に,ま

A = 0.1 erg/cmでは層膜厚が15 nmの場合に,両層の歳差運動は層厚比によらず

同相となっている.総膜厚が上記より厚くなると,歳差運動に位相差が生じ,膜厚 方向にも定在スピン波が生じる.これらの結果から,交換結合膜において各層の磁 化が同位相で共鳴歳差運動を起こすためには,総膜厚を交換結合強度によって定ま る閾値以下に設定する必要があることが分かる.また,この閾値以上の総膜厚にお 図4.5層間結合強度の異なる交換結合膜における共鳴周波数の層厚比依存性

図4.6ソフト層とハード層における歳差運動の位相差 (a) 層間交換結合 A= 1.5 erg/cm, (b) A= 0.1 erg/cm

~ 58 ~

いては,磁化の磁性細線断面への投影成分が逆向き(位相差)になる光学モード定 在スピン波が膜厚方向に生じることが示された.

上に述べたように,交換結合膜におけるスピン波共鳴周波数は,各層の層厚比に よって顕著に異なる.このことは,スピン波デバイスの動作周波数域を,原材料を 変えることなく層構造により設計可能であることを示しており,応用上有意な特長 である.図4.7に,交換結合膜を用いて構成したスピン波デバイス(図4.1)の位相比 較機能に係わるシミュレーション結果を示す.本シミュレーションでは,層膜厚 30 nm, 層厚比th / tt = 0.5としている.図4.7(a)は,2つのスピン波発生器への入力が同 位相と逆位相の場合について,出力電圧の励起周波数(fexc)依存性を比較している.

同位相励起における最も低い励起周波数でのピーク(fexc = 15.7 GHz)は,同図(b)に示 すようなソフト層部分に局在した1次モードの定在スピン波であり,磁性細線中央 部が歳差振幅の腹となるために外部への漏れ磁界が小さく,誘導法による出力電圧 も小さい.一方,逆位相励起の場合には,2つ発生器が作る磁界分布が,同図(c)に

図4.7 (a) 出力電圧の励起周波数依存性 ( = 0: 同位相励起, = : 逆位相励起)

(b) 歳差振幅強度の分布図(fexc = 15.7 GHz), (c) 歳差振幅強度の分布図(fexc = 16.8 GHz),

~ 59 ~

示す2次モード定在スピン波に適合する.2次モード定在スピン波では磁性細線中 央部が歳差振幅の節となるため,大きな漏れ磁界を形成する.逆位相励起での fexc

= 16.8 GHzにおける最大出力電圧は,このような2次モード定在スピン波の共鳴励

起によるものである.より高周波での励起にみられる多数のピークは各々次数の異 なる高次モードの定在スピン波の共鳴に対応している.

4.2.2 垂直磁気異方性を有する交換結合膜

本節では,膜面と垂直方向に磁気異方性を有する交換結合磁性細線(以下,垂直 磁化細線)におけるスピン波の動特性,及びデバイス応用の観点から,前節に述べ た面内に磁気異方性を有する交換結合磁性細線(以下,面内磁化細線)との比較につ いて述べる.本節で仮定したソフト層とハード層の磁気特性を表4.2に示す.垂直 磁化細線においてもスピン波励起効率の向上や,長距離伝播の観点からは,低ダン ピング材料が望まれるが,現時点で開発されているFe/Pt規則合金や,Co/Pt, Co/Pt 多層膜等の代表的な垂直磁気異方性材料の実験値を参考にして 5,6,7,ダンピング定 数は0.01とした.スピン波励起特性の評価に際しては,面内磁化細線の場合に想 定したものと同じデバイス構造(図4.1)を採用している.

磁性薄膜においては,膜面と垂直方向に磁化と逆向きの反磁界がはたらくため,

磁化が膜面と垂直方向を向いて安定化するためには,反磁界よりも大きな垂直磁気 異方性が必要となる.図4.8 は,ハード層の垂直磁気異方性が20 kOe の場合につ いて,垂直磁化の発現に必要なソフト層の垂直磁気異方性を表している.図中の各 曲線は,種々の総膜厚 tt , および層間結合強度 A に対して,膜厚方向の磁化成分

Mz/Ms(飽和磁化により規格化)が 0.99 となるソフト層の磁気異方性(以下,異方性

臨界値)を表している.ソフト層単層の異方性臨界値は約12.5 kOeであるが,交換 結合膜ではそれよも小さな値となっている.これは,ソフト層/ハード層界面におけ る交換結合が,異方性実効磁界としてソフト層の垂直磁化に寄与するためである.

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 55-87)

関連したドキュメント