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石油化学工業の歴史

残りのために様々な試行錯誤が行われた。この中か ら、従来の石油化学の範疇を超えた機能化学の動きや 石油化学を根本的に変える可能性のある新技術の開発 の動きがみられるようになった。

米国の石油生産は、1859 年にドレイク(E.Drake)

がペンシルバニア州で石油井の掘削に成功して始まっ た。19 世紀末には、イリノイ州、カンサス州、オク ラホマ州、テキサス州、ルイジアナ州、カリフォルニ ア州など全米各地で新油田が続々と開発された。一 方、石油需要は当初は灯油が中心だったが、1908 年 に T 型フォードが発売され、大衆自動車時代が到来 するとともに、ガソリンが米国の石油需要の中心とな り、現在に至っている。

このような米国の事情を背景として石油精製技術が 表 5.1 のように展開し、その中から石油化学工業が誕 生した。

5.1.1 重質油の熱分解

石油精製技術としては、1910 年頃に連続蒸留装置 が導入された。原油を蒸留して得られる製品構成に比 べて、米国の石油需要はガソリンの占める割合が大き く、重質油が余剰になった。このため、原油からのガ ソリン収率を大きくするために、精油所では石油、特 に重質油の熱分解が行われるようになった。1912 年 にはバートン(Burton)法、1914 年にはダブス法

(Dubbs)が導入され、その後、いくつかの熱分解法 が開発された。重質油を熱分解すると、ガソリンなど の軽質油が得られるとともに、水素、アルカン、低級 オレフィン(エチレン、プロピレン、ブチレン)を含

5.1

1920 年代 米国で誕生

表 5.1  1920 年代~1930 年代前半の米国石油精製業と石油化学工業

(天然ガス・石油原料以外による有機化学品、高分子は除く)

石油精製業 石油化学工業

1910年頃 原油の連続蒸留法

1912年 バートン熱分解法 1920年 石油廃ガスから硫酸法IPA

1914年 ダブス熱分解法 1920年 エタン水蒸気分解法エチレン

1920年 チューブ&タンク熱分解法 1922年 四エチル鉛

1925年 クロルヒドリン法エチレングリコール 1929年 二塩化エチレン分解法塩化ビニル 1930年 硫酸法エタノール

1931年 石油廃ガスから硫酸法ブタノール

表5.1 1920年代~1930年代前半の米国石油精製業と石油化学工業

(天然ガス・石油原料以外による有機化学品、高分子は除く)

出典:参考文献3)

んだ石油廃ガスが発生し、大量の炭素が析出する。

5.1.2 世界最初の石油化学の誕生

1920 年にスタンダード石油(NJ)社は、ニュー ジャージー州ベイウェイ精油所で、石油廃ガス中のプ ロピレンを硫酸と反応させて硫酸プロピルをつくり、

さらにこれを水と反応させて、イソプロピルアルコー ル(IPA)を生産した。これが石油化学工業の始まり と言われる。イソプロピルアルコールは酸化してアセ トンとなり、溶剤として利用された。類似の技術とし て、シェル社は石油廃ガス中のブチレンから、硫酸濃 度を変えて、n- ブチレン、イソブチレンを分離する ことに成功し、1931 年に n- ブチレンから sec- ブチル アルコール、さらにこれからメチルエチルケトン

(MEK)の生産を開始した。MEK もアセトンと同じ く溶剤として利用された。

5.1.3 エタンの水蒸気分解法

一方、ユニオンカーバイド&カーボン社は、1920 年に子会社としてカーバイド&カーボンケミカル社を 設立し、ウエストバージニア州クレデニンで、天然ガ スからエタンを分離し、エタンの水蒸気分解によるエ チレンの工業生産を開始した。それまでの重質油の高 温高圧下での熱分解技術と異なり、水蒸気を加えるこ とによって石油の分圧を下げ、滞留時間も短くした画 期的な熱分解法であった。現在まで、石油化学基礎製 品を製造する重要な技術である石油・天然ガスの水蒸 気分解法の始まりであった。原料の天然ガスからエタ ンの分離および生成ガスからエチレンの分離には、低 温蒸留分離技術が使われた。この技術開発には、1917 年、ユニオンカーバイド&カーボン社設立に参画した 4 社のうちの 1 社、リンデエアプロダクツ社の貢献が 大きかった。もともとリンデエアプロダクツ社の親会 社であったドイツのリンデ社は、19 世紀末から 20 世 紀初頭に空気液化、液体空気の蒸留分離技術を工業化 した(2.3.2 参照)。

5.1.4 エチレン系製品の展開

ユニオンカーバイド&カーボン社は、1925 年にエ チレンと塩素、水を反応させてエチレンクロルヒドリ ンをつくり、さらにこれを加水分解して EG の生産を 開始した。EG は、当時はもっぱら自動車用不凍液と して利用され、第 2 次世界大戦開始直前まで、同社は この市場を独占した。エチレンクロルヒドリン生産時 の副生物二塩化エチレン EDC の用途開拓も行い、ド ライクリーニング用溶剤市場を開拓した。1929 年に

は、EDC の熱分解により塩化ビニル(モノマー)を 生産した。塩化ビニルは、19 世紀から知られた化合 物であったが、この頃ドイツで塩化ビニル樹脂が開発 された。ユニオンカーバイド&カーボン社も重合を試 みたが、塩化ビニル樹脂の光安定化技術及成形加工技 術の不足で失敗した。しかし、その後、酢酸ビニルと の共重合によって、特殊塩化ビニル樹脂の開発に成功 し、米国ではレコード盤市場から塩化ビニル樹脂の利 用が始まった。

1926 年にユニオンカーバイド&カーボン社は、エ チレンクロルヒドリンをアルカリで脱塩化水素してエ チレンオキサイドを合成した。エチレンオキサイド は、3.4.2(2)で述べたように、反応性の高い有機中 間体で現在では多くの用途があるが、当時はセルロー スと反応させて、ラッカー溶剤に使われるセロソルブ の 生 産 に 使 わ れ た。1931 年 に フ ラ ン ス の T.E. ル フォールが銀触媒を使ってエチレンを直接に空気酸化 してエチレンオキサイドをつくる製法を発明すると、

ユニオンカーバイド&カーボン社は、この技術を導入 して 1937 年に米国で工業化した。EG は、エチレン クロルヒドリンを経ず、エチレンオキサイドと水の反 応でつくられるようになった。石油化学の歴史の初期 において、ルフォール法のような固体触媒によるオレ フィンの直接酸化法の誕生は驚異的である。

さらに、ユニオンカーバイド&カーボン社は、1930 年にはエチレンを原料に硫酸法によってエタノールの 生産を開始した。これは、上記スタンダード石油

(NJ)社の IPA、シェル社の sec- ブチルアルコールと 同種の技術である。また、ユニオンカーバイド&カー ボン社は、エタノールを酸化してアセトアルデヒドの 生産を行った。これに伴って、同社は、ナイアガラ・

フォールズのカーバイド・アセチレンを原料とするア セトアルデヒドの生産を中止した。

スタンダード石油(NJ)社は、1921 年に GM 社が 発見したガソリンのオクタン価向上剤四エチル鉛を 1922 年にベイウェイ精油所で工業化した。原料の塩 化エチルは、重質油熱分解廃ガス中のエチレンを利用 した。後に開発され、普及した重質油の接触分解に比 べると、熱分解からの廃ガスにはエチレンが多く含ま れていた。1923 年にデュポン社も四エチル鉛を工業 化した。デュポン社は発酵法エタノールから塩化エチ ルを生産した。GM 社とスタンダード石油(NJ)社 は、四エチル鉛の生産会社としてエチル社を設立し、

四エチル鉛の本格生産に乗り出した。エチル社への原 料エチレンの供給のために、スタンダード石油(NJ)

社は、重質油熱分解廃ガスからの回収に代わって、プ

ロパンの水蒸気分解設備を建設した。この技術は、ユ ニオンカーバイド社のエタンの水蒸気分解法に準ずる ものであったが、プロパンを原料とするために生成物 が多くなり、これらの分離、回収技術の開発が必要で あった。同社は、さらにナフサやガスオイルの水蒸気 分解の研究も行うが、これについては、次節で述べる。

このように、1920 年代から 30 年代には、米国で石 油化学工業が石油精製業の発展とともに誕生し、徐々 に育っていった。しかし、その需要は、四エチル鉛以 外は、酸素を含有したアルコール、ケトンなどの溶剤、

不凍液に限られた。高分子との結びつきはなく、まだ 大規模な工業ではなかった。この時代の最大の含酸素 化合物の溶剤は、発酵法エタノールであった。した がって、米国で石油化学が誕生したとは言っても、ま だ、その程度の規模であった。

5.1.5 木材化学、石炭化学による高分子時代の到来 米国は 1920 年代に世界で最初に大衆消費社会が始 まった。1930 年にはスーパーマーケットが誕生した。

これに符合して米国では 1920 年代からプラスチック が普及し、早くも高分子材料時代が訪れていた。しか し、高分子の原料は、石油ではなく、木材と石炭で あった。1920 年代に米国でよく使われた高分子は、

セルロイド、フェノール樹脂、ビスコース法レーヨン、

アセテートであり、1930 年代には、これに防湿セロ ファン、ユリア樹脂、酢酸ビニル樹脂、塩化ビニル樹 脂、メタクリル樹脂、クロロプレンゴムが加わった。

1930 年代最後には、高分子時代の到来を米国だけで なく、世界中の人々に強く印象付けた製品としてナイ ロンが登場した。

これらの高分子の開発国は、米国だけではなく、欧 州であることも多い。しかし、欧州ではまだ大衆消 費社会が始まっておらず、プラスチック製品は安物、

代替品のイメージが強く、デザインの自由さなどの プラスチックの利点が米国のように高く評価されな かった。このため、欧州では高分子時代はまだ訪れ なかった。

日本は、20 世紀初めにセルロイド、ビスコース法 レ ー ヨ ン が 工 業 化 さ れ、1920 年 代 に 大 発 展 し た。

1937 年ころには、セルロイド、ビスコース法レーヨ ンとも世界最大の生産国となった(4.1 参照)。しか し、これらは、米国への製品輸出需要に支えられたも のであり、日本国内で大衆消費社会が始まったわけで はなかった。合成樹脂としては、フェノール樹脂の国 内生産が 1910 年代から始まり、1930 年代に電灯、ラ ジオ部品などの電気部品、レーヨン製造用ポット、紡

績用機械部品などに普及し始めた程度で、高分子時代 到来にはまだ程遠い状態であった。

米国石油化学工業は約 20 年間の揺籃期を経て、第 2 次世界大戦期に大きく発展した。そのきっかけは、

合成ゴムの大量生産であった。1930 年代後半の米国 石油精製技術の展開と石油化学技術の発展を表 5.2 に まとめて示す。

5.2.1 重質油の接触分解

ガソリン収率を上げるための重質油の熱分解法に代 わって、1938 年にフランス人フードリー(E.Houdry)

が固定床接触分解法を開発した。この技術が米国に導 入されて接触分解法は急速に普及した。現在、世界中 に普及している流動床接触分解法(FCC)は、スタ ンダード石油(NJ)社によって開発され、1942 年に バトンルージュ精油所に導入された。ただし、FCC が、米国はもちろん、世界中に普及するのは第 2 次大 戦後である。接触分解法は、熱分解法とは反応機構が まったく異なるので、石油廃ガス量が多く、しかも石 油廃ガスの構成が異なる。エチレン含有量が少なく、

プロピレン、ブチレン含有量が多い。接触分解法の普 及によって、1940 年代前半から米国では低級オレフィ ンの供給量が著しく増加した。このため、オレフィン 化学がいよいよ本格的に発展を始めることとなった。

5.2.2 石油廃ガスからガソリン基材の大量生産 オレフィンと硫酸の反応によって、アルコール類が 生産されることはすでに述べた。この反応条件を変 え、熱硫酸を使うと、硫酸が触媒的に作用してブチレ

5.2

1940 年代 米国石油化学工業の発展

表 5.2  1930 年代後半~1940 年代の米国石油精製業 と石油化学工業(天然ガス・石油原料以外に よる有機化学品、高分子は除く)

石油精製業 石油化学工業

1934年 ポリマーガソリン

1937年 直接酸化法エチレンオキサイド 1938年 フードリー固定床接触分解法 1937年 スチレン、ポリスチレン 1939年 アルキレートガソリン 1940年 米国政府、合成ゴム会社設立 1939年 モリブデン触媒接触改質法 1940年 ブチルゴム

1941年 ナフサ水蒸気分解法 1942年 ガソリン基材としてのクメン 1942年 フードリー法ブタジエン 1942年 流動接触分解法(FCC)

1943年 ICI法低密度ポリエチレン 1949年 白金触媒接触改質法

(プラットフォーミング法) 1948年 直接水和法エタノール 1951年 直接水和法IPA

5.2 1930年代後半~1940年代の米国石油精製業と石油化学工業

(天然ガス・石油原料以外による有機化学品、高分子は除く)

出典:参考文献3)

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