第3章 台湾上級日本語学習者の日本語語アクセントの音声・音響的特徴
第4節 目本人の評価 4.1 調査の目的と方法
以上、台湾上級学習者と東京語話者の語アクセントについてアクセント音域とピッチ曲線, 音声・音響的な特徴などを比較したが、それらの違いについて,日本人がどのように評価す るのかを調べるために、 11名の日本人(地方出身者4名、東京都出身者7名)を対象にア ンケート調査を行った。台湾上級学習者9名が発音した日本語の単語47語のテープを聞き、
外国人靴りだと感じたところとその理由、外国人靴りの程度評価( 「日本人と全然違う」 ‑ (18本論では,共鳴音を「空気のかたまりを喉の気管と声道の問に移動させ、いずれかの部位 に押し当てることによって,その大きさを増幅させる音」とする。共鳴に使われ、空気の かたまりに押し当てられた喉の気管或いは声道の一部に、音や空気の振動によるびりびり 感が感じられる。
4点, 「日本人とかなり違う」 ‑3点、 「日本人と違う」 ‑2点, 「日本人と少し違う」 = 1点、東京語話者には「日本人」のところを「東京語話者」に置き換える)を回答させた。
本論文の論点と関係する3種類について、日本人の意見と評価の一部を下記の表9に載せ, 分析を加える(日本人の意見と評価の全資料について資料編の資料2を参照) 0
4.2 調査結果と分析
表9 学習者CRYの発音に対する日本人のアンケート回答の一部:
あ お (育 ) い く (行 く) う し (午 )
M オ ウ 4 M ク ウ 4 M ウが低 す ぎ (筆 者 注 : 1
2 S オ を喉 の 奥 で 言 つて い る0 4 S イ と ク を 喉 の 奥 で 4
2
喉 の 奥 で 言 つ て い
K 少 しオ ウに な つ て い る0 2 言 つ て い る0 る) 0
Ⅰオ が ウに 近 い0 2 Ⅰク は グ に近 い 0 S ウは喉 の 奥 が 響 い てい
B オ ウに な つて い る0 4 H ク ウに な つ て い る0 2 る0
C オ が 妙 な 響 き0 2 C ク の響 き が違 う0 1
お とこ (男 ) に もつ (荷 物 ) け つ こん (結 婚 ) ■
M ウ オ (筆 者 注 ‥喉 の 奥 4 C モ は妙 な響 き0 2 M コン の語 尾 が 高す ぎ0 1
で 言 つて い る) S 語 尾 が 高 す ぎ0 1
カ ー ネ ー シ ョン や ま■ざ く ら (山桜 ) マー マ レー ド
N カ ー が 少 し長 い 0 1 K ザ に力 が入 り気 味 0 1
2
T マ ー は 平板 にす るほ う 1
4
S ネ イ′ 4
2 3
1
A も う少 しマ を 強 く発 が い い0
の ネ イー は 最 後 に尻 尾 音 す べ き0 S レイー を伸 ば しす ぎ0
が 上 が つて い る) Ⅰ2 拍 目の 長 音 が 高す ぎ 2
K ネ の 長 音 が 低 い 0
Ⅰ長 音 が長 す ぎ 、 長 音 の 音 程 が変 化 して い る0 B カ ー が 伸 ば しす ぎ0
る0
コー ヒー コー デ ィネ ー ター
S ヒが少 し高 い (筆 者 注 ‥コー の 声調 の 1
1
K コが低 す ぎ0 2
影 響 で 、 ヒが 高 く聞 こ え る) Ⅰ コー が 長 す ぎ る [ o ] が 目立 ち す 1
Ⅰ コ ー が 長 す ぎ る [ o ] が 目立 ち す ぎ0
ぎ0
注:各回答者を最初の英文字で表す。 M, N、 T以外は東京語話者。
アンケートの回答を参照しながら,台湾上級学習者の語アクセントの高低に関して日本 人に外国人靴りだと判断された点について、学習者の母語中国語と関連付けながらその原 因と理由を探ってみる。
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① 中国語声調の影響に関するもの
第一声の影響:日本語の場合、高音が続く語の後部は下がる傾向が強く、中国語語尾の 第一声のように平坦尻尾上がり"‑"の語尾高音は存在しないので,単語語尾の平坦尻尾 上がりの高音は外国人靴りと見られる原因になる。例: 「結婚」
第二声の影響:日本語の跨柏上昇音の上昇パターンは、中国語の第二声と異なるため, 日本人には違和感がある。アンケートの回答から,平板に発音すべきだという指摘も見ら れたが、多くの人はそれが上昇の仕方の違いによるものだと気付かず、 2拍目の長音が長 すぎる、長音の母音が強すぎる,跨柏上昇音の音節を強調しすぎるなどとしている。例:
「カーネーション」 、 「マーマレード」 , 「コーヒー」 , 「コーディネーター」
第四声の影響:中国語の第四声は高いところから斜めにまっすぐ下降する声調で、先棉 は第一声の高さより若干高い。その影響を受け,学習者は時々語中の跨拍下降音の先端を 前の高音より高く発音する傾向がある。例: 「コーヒー」 , 「マレマとニド」
また第四声は伸ばした時に、末尾が少し上がる現象があり,学習者の跨拍下降音にも同 じ現象がいくつか指摘された。例: 「カーネーション」
②単語全体の高低
日本語は単語,文節、文の音調がすべて"‑"の形をしている。従って、学習者の語中 語末の音が前の音より高かったり,強かったりする場合、外国人靴りと見られる原因にな る(中国語の第一声と第四声の影響で生じた外国人靴りも,この問題と関係する) 。しか し,中国語では声調を維持する関係で音の衰滅現象が非常に弱く,また日本語のアクセン ト核にはっきり高低を付けようとする学習者の心理によって、最初から声を強く高く発音 する日本人の言語習慣に反して、声の高さがアクセント核まで徐々に上昇しアクセント核 の後で一気に下がるという例もいくつかある。また、中国語の影響で無声子音の息が強す ぎたり、発音の難しい濁音を強く発音することから単語の途中で音が高くなることもある。
例: 「渡し舟」 、 「山桜」
③中国語式共鳴音の影響
3.3節で言及した中国語式の共鳴音は、日本人に外国人靴りだと思われる大きな原因に なっている。中国人は四声(第一声を除く)を調音する時、音を上げ下げするのに、喉仏の 下(特に鎖骨の上辺り)を使って音を共鳴させる。そのため、上昇音と下降音のピッチ差 が大きくなる。日本人の場合は、日本語の有声音の高音と無声音については主に口腔(撹 音では主に鼻腔)を、有声音の低音については主に喉仏と喉仏の下を共鳴に使用している ようである。日本語話者のアンケートの回答から、喉奥の共鳴音を強く利かせた学習者の 発音について、それが濁音に聞こえたり, [u】を挿入した音に聞こえたり,低すぎたり、
おかしな響きと感じたりするようであった。跨柏上昇音と下降音のピッチ差も大きく、 2 柏より長くなる現象もしばしば見られる。従来音声学では、喉の共鳴部位は重視されてい ないが、東京語話者らしい発音を習得しようとする中国人学習者にとって、大きな問題に なりうると言えよう。
第5節 まとめ
以上の考察から、台湾の学習者は上級レベルであっても,母語の発音の仕方が強く根付い ており,自然な日本語の音質とかなり異なる音を発音していることが分かった。長期間日本 に住んでいるとは言え,日本語の韻律要素は簡単に身に付くものではないと言えよう。発音 を教え始める時には,日本語の発音の仕方から教えたいものである。そこで,本章で判明し た日本語単語の発音の特徴を、以下のようにまとめる。
① 一つの単語を発音する時,口を開いた瞬間から力を入れて発音し、 「‑」の形にすばや く音を上昇させてから,呼気の減少と連動して音を下降させる。途中でポーズを入れるこ とはなく,息継ぎもしない。この基本的な韻律パターンは文と文節の韻律パターンにも繋 がる。
②日本語は有声音の低音以外、特に清音の無声音から始まる音節(例: /k a/)では喉下 部の共鳴音を使わないので,跨拍上昇音・下降音、低音を発音するいずれの場合にも喉奥 の共鳴音は使わない。日本語の有声音音節(例:/o/, r a/)では、低音を発音す る時に限り喉仏の下側の周辺の共鳴音が使われる場合がある。従って、喉奥の共鳴音を使 わないことによって、跨柏上昇音・下降音、低音の自然な日本語の音質に近づき、音域が 大きすぎる点や、拍の長さの改善にもつながるであろう。
最後に、第3節から第4節までの上級学習者の日本語語アクセントの高低に関する特徴に ついて論じたものを以下の表10にまとめる。
表10 上級学習者の日本語語アクセントの高低に関する特徴
特 徴 JB 羽 者 C Y E C R Y C W C K O C R Ⅰ C W Y C R Y C C H
日 本 語 の 学 習 歴 (午 ) 8 ●5 8 9 1 2 1 0 7 ●5 8 1 2 .5
日 本 在 住 歴 (午 ) 3 ●3 3 5 8 6 3 ●5 4 7 ●5
1 ●2 拍 目 の 高 低 差 が 不 足 9 △ △ × × ○ 4 △ ○ 5 ◎
宍書ぎ■謹喜賛⊇≡売喜… 汚汚ニ
× × × ○ × × ○ ×
≒≡l三aw≡塊 む=r㌧泣1;L=≒≡⊆=試‡≡≡:≡≡㌻】≡三=テ=1=】L■⊆■■
× × × △ △ × △ ×
eFJ r'i.
嫁≡ij新≡≡i≡≡㌻ 、ヒ1=≡:】■亡妻P j1
× 1 × ー × × △ ○ ◎ ◎
抗E範朋 き≡El類≡≡≡書∋ . ^/ ◎ ◎ ◎ ◎ ○ △ × ×
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≡=i■桝溝㌻=莞=た…≡‥≧呂三≡⊆:⊇=÷=賀 Pd:≡■:1≡asゴ1喜託=1h㌢≡コ"■てr}=巨
Eu⊇≦=≧1∃:㌢‥萱 t三喜≡=<∴■rl≡綻;≡sill…≡≦Tj…≡
巧拙 瀧 ≡蔓油 賀r × × × × × × × ー ×
× × × × △ × 1 P■ ○ ◎
'.'p ,T!翻 誰至言築損絹 巨 J iiiJ
…〇J喜 ∃LP=発=J=ぎ=■てlLヨたく萱=上P=■謹
◎ ◎ ◎ ◎ ○ △ × ×
羊耗≡■=宍喜→コ■T】≡∃■■1揃Pト≡i=E≦呈≡喜iた 三ヨJ;=≦≡≦貢≡≡≡≡fE;≡
ポ
iiSli…㌻】11≡さ≡弐】=㌧R練欝;l■≡≡事ガ≡1弓 ≦r三==≠顎…;
× × × × × ○ ○ × 1
急 下 降 の 跨 拍 下 降 音 9 \ ○ × × × △ × △ ×
高 音 語 尾 17 ノ ○ ○ ○ × ー × ○ △ 2 △
後 続 下 降 音 の 先 端 が 高 す ぎ る 9 △ △ ○ ○ × ー × ー × ×
喉 奥 の 共 鳴 音 2 5 2 5 9 l l 6 0 4
50
特 徴 lB 羽 者 C U C L N C Y S C C M C C Y C Y U C Z U C M N
日 本 語 の 学 習 歴 ■(午 ) 9 1 0 、8 1 0 9 8 9 ●5 1 0
日 本 在 住 歴 (午 ) 4 ㌧6 3 3 ●2 3 5 ●5 5 ●3 7
1 ● 2 拍 目 の 高 低 差 が 不 足 9 ○ 6 ○ 6 × × ○ 4 × × ○ 5
】云≡ ○ × △ △ ○ △ ○ ×
; n
}= 芽ヨ 彊群書ill!:榔u…∴∵詰蓬三g:i △ △ × × △ × △ ×
=に≡;≠≡≡;≡≡二≦さ:≦=iて≡だ
㌫i =ヨ詐二日註≡汚■E5空牡E独 ◎ ○ ◎ △ ◎ ◎ ○ ◎
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i
gL=
++ 冒 × 1 △ × ○ △ △ × 2 ×
禁 i i +淫
+∃ T:= 0 ^ × × 2 × ー × × × × 2 ×
漆十t
∴ ≡≡≡;3室学琵喜≡較錠
■ △ 2 × ー × × △ △ × ー ◎
L:=ぎ≡き繁≒≡≡弦群 く㌻i
弓 × ー ○ × ○ ○ × ー △ ×
毒 」 ≡:1■与訂≦≡喜■三rた≡≡芸≡喜■LL妻賀妻≡誓∃≡巨 lA
× ー ◎ △ × ー △ ◎ ×
急 下 降 の 跨 拍 下 降 音 9 ■ \ × ○ 7 × × × × × ×
高 音 語 尾 17 ′ × × 2 × ー ○ ‖ × 2 × × 1 ×
後 続 下 降 音 の 先 端 が 高 す ぎ る 9 × △ ○ △ △ ○ 6 △ × ー
喉 奥 の 共 鳴 音 0 l l 0 4 1 7 0 0 1 0
注:◎‑殆どの場合見られる(100‑80%) ○‑多く見られる(79‑40%)
△‑若干見られる(39‑20%) ×‑殆ど見られない(19‑0%) ま東京アクセントの特徴であることを示す。
必要に応じて下付きの数字で実数を示す。喉奥の共鳴音は日本人が気になったと答えた箇所 の拍数を示す(19
表10を見て分かるように学習者の学習歴と在日年数は差異をもたらす原因ではない。個 人的な資質すなわち音感が良いかどうかに左右される部分が大きいと思われるが,母語の影 響以外にもどのようなアクセント教育を入門初期で受けたかも大きな原因となる。アクセン ト教育を重んじる多くの中国人教師は日本語のアクセント記号通りの発音を学生に教える。
しかし、実際の日本語の音声には音韻的なアクセント記号と食い違う部分があることに外国 人である我々は殆ど気付かないのである。語頭の跨拍上昇音をアクセント記号通りに発音す れば,中国語の第二声のようなピッチ曲線"ノ'が正しいはずだが,実際に東京語話者は違
う発音をしている。典型的な中国語型の発音をするCRYからCRIの4人の上級学習者は, 入門期にアクセント記号を重視した中国人の先生に教わっていた。また,急下降の跨柏下降 普"\"を発音しているCYEとCLNの2人の学習者は2年から日本語学科に入った転入 生で、入門期にアクセントに関する基礎訓練を受けていなかった。大部分の学習者は特に音 感に優れているわけではなく、 1・2柏目の短音と跨柏上昇音の幅は母語に近いか,或いは 抑えすぎかのどちらかになることが多い。従って、アクセント記号を教える時に、詳しく違
いを説明し注意させなければ、東京語らしい発音ができる学習者は少ないだろう。
(19学習者CLN‑CMNの7名のデータは後に追加した部分であるため、評価のアンケート調査に含 まれていない。喉奥の共鳴音の項目について東京語話者1利こ聞いてもらった結果を合わせて表10 に載せた。