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第 2 章 先行研究

4.2 発見事項

事例分析から得られた発見事項を、本研究の研究設問(リサーチ・クエスチ ョン)に沿って提示する。第

1

章で提示した本研究のメジャー・リサーチ・ク エスチョン(MRQ)とサブシディアリ・リサーチ・クエスチョン(SRQ)は、

以下の通りである。はじめに

SRQ

の答えを提示し、それらを踏まえて、MRQ の答えをまとめる。

MRQ:研究組織のサイエンス・コミュニケーションは、なぜ、どのように実践されてき たか?

SRQ-1:実践の契機は何か?

SRQ-2:どのような組織やネットワークによって実践されているのか?

SRQ-3:どのような知識がコミュニケーションされているのか?

4.2.1 SRQ'サブシディアリ・リサーチ・クエスチョン(への答え

(1) 実践の契機は何か

(背景要因)科学的研究の体制の変化

→サブケース 1:ミッション志向の研究戦略の一環 →サブケース2:政府による政策的要請

2つのサブケースにおける実践の契機は、一方ではセンターの研究戦略の一 環としての研究成果のプロポーザルであり、他方では政府からの市民向けアウ トリーチの義務づけであったが、両者の底流には、今日の科学的研究の体制の 変化という共通の背景要因がある。

(2) どのような組織やネットワークによって実践されているのか

(共通要因)研究者の関与

→サブケース 1:強いリーダーと準企業的なタスクフォース →サブケース2:外部専門家との事業共同体的なタスクフォース 2つのサブケースは、それぞれ異なるタイプの組織やネットワークを必要と した。一方では高度に統合されたメッセージを創出するという準企業的な活動 のために、正職員研究員による同質的な組織が、強いリーダーの下で形成され た。他方ではコミュニケーション機会創出そのものの意味形成の議論を行う、

外部専門家との協働にもとづくマルチ・リーダーシップ型の組織が形成された。

共通する要因は、研究者自身の組織化への主体的関与である。自律的な意思 決定への欲求、研究活動との関連性や連続性への欲求といった、研究者固有の 特性が実践過程においても見られたが、こうした態度がプラスに働くこともあ れば、マイナスに働くこともあった。

(3) どのような知識のコミュニケーションが行われているのか

(共通現象)科学の知と、ローカルな知、異分野の知との統合

→サブケース 1:知識の組織的統合によるメッセージの創出

社会システム全体へのダイナミックなコミュニケーション 蓋然性の高いメッセージの自由な解釈

→サブケース 2:知識の社会的統合過程としてのコミュニケーション

ローカルなコミュニティにおける対話と協働

対話の文脈に応じて即興的に改変

2つのサブケースは、一方では、戦略的に科学的知識を統合した研究成果に、

デザインやアート、PR などの異分野の専門家の知識を高度に統合して、人工 物のメッセージが創出された。メッセージは、万博での演示体験をはじめマル チチャネルを通じてダイナミックにコミュニケーションされた。人工物に込め られた蓋然性の高いメッセージは、個々人の自由な解釈を許容している。他方 では、コミュニケーション過程そのものが科学的知識と参加者のローカルな知 識との社会的統合過程であり、ゆるやかに統合された知識が、対話の文脈に応 じて即興的に改変されていった。共通する現象は、科学の知と、ローカルな知 や異分野の知との統合により、社会的な知あるいは公共的な知が共創されてい ることである。

4.2.2 MRQ'メジャー・リサーチ・クエスチョン(への答え

研究組織のサイエンス・コミュニケーションは、なぜ、どのように実践され

たのか、以上の

SRQ

への答えを踏まえてまとめる。

公的研究機関をめぐる大きな社会的・政策的背景要因として、科学的研究体 制の変化がある。一方では、大学・公的研究機関の役割の変化、すなわち科学 主導のイノベーションへの貢献、アウトカム向上への圧力があり、他方では、

先端研究において流動化を高める科学的知識の分かりづらさが、科学と公共と の相互理解をますます困難なものにしているという状況がある。

こうした状況の中で、事例においては、①組織的な研究成果を公共へ向けて プレゼンテーションすべく、研究戦略の一環としてサイエンス・コミュニケー ションが実践される一方、②政府の科学技術理解施策の要請を受けて、科学的

表 4-1 発見事項のまとめ

万博プロジェクト 市民向けアウトリーチ 背景要因

実践の契機

科学的研究の体制の変化 公的研究の役割の変化

'アウトカム向上の圧力(

科学的知識の流動化

'先端研究の分かりづらさ(

研究戦略の一環としてのコミュ ニケーション

科学的知識への市民関与を求め るコミュニケーション

組織とネットワーク 組織マネジメントを主導するコス モポライトなリーダー

全員による協調的なリーダーシッ プの発揮

・準企業的で同質的なタスクフォ ース

・異分野のプロフェッショナルと のアライアンス・ネットワーク

・外部専門家との事 業共 同体的 なタスクフォース

・参加者を巻き込んでのコミュニテ ィの形成

研究者の主体的関与 自律的な意思決定への欲求 研究活動との関連性や連続性への欲求 知 識 の コ ミ ュ ニ ケ

ーション

知識の組織的統合 知識の社会的統合

・人工物に高度に統合されたメ ッセージ

・メッセージの自由な解釈

・ゆるやかに統合された知識

・対話の文脈に応じた即興的な改

社会システム全体へのダイナミ ックな働きかけ

'積極的な欠如モデル(

ローカルなコミュニティ形成と濃密 な社会的相互作用

'相互行為モデル(

公的研究と科学の正当性の獲得 認知、称賛、評価、報酬 対話からの知見

知識への市民関与を求めるサイエンス・コミュニケーションが実践された。こ れらの実践のフィードバックとして、前者では評価や報酬を通じた研究活動の プレゼンスとステイタスの向上が、後者では市民との対話から知見を得ること により、科学的知識の反省的な見直しが期待された。これらを通底して期待さ れているものは、公的研究の正当性、科学の正当性の獲得という、より上位の アウトカムである。

知識のコミュニケーション過程としてのサイエンス・コミュニケーションに 着目すれば、科学の知と、市民のローカルな知や異分野の知との統合過程が見 出される。一方では、科学的知識の独善性に陥ることなく、社会的文脈や生活 の文脈を見据えた「知識の組織的統合」によるメッセージ創出が行われ、他方 では、市民=ユーザとの対話や協働による「知識の社会的な統合」が行われた。

前者では、一方向ではあるが社会システム全体へのダイナミックな波及効果が、

後者では、ローカルな波及ではあるが、コミュニティ形成を通じて、濃密な知 識のやり取り、知識の発見や創造などの社会的相互作用が見られた。前者は、

従来のトップダウンな欠如モデルではない、ボトムアップで市民中心的なアプ ローチによる「積極的な欠如モデル」の取り組み事例であり、後者は相互行為 モデルの先進的な取り組み事例である。

以上の

SRQ、MRQ

への答えを、表

4-1

にまとめた。

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