第 2 章 先行研究
3.3 事例(2) 市民向けアウトリーチ
3.3.1 事例の全体像
産総研・情報技術研究部門のいくつかの研究グループ(前・サイバーアシス
103) 科学の公共への伝播はその多くをマスメディアに依存し、マスメディアとジャーナリスト が「ゲートキーパー」(門番)を果たしているとするモデルである(第2章2.3.1参照)。
ト研究センターを母体とする)の研究員と外部の産・学の研究者で構成される、
「セマンティック・コンピューティング(意味に基づくコンピューティング)」
の実現を目指した共同研究(正式名称:生活者支援のための知的コンテンツ基 盤)が、
2005
年度の文部科学省科学振興調整費・重要課題解決型研究のプロジ ェクトに採択された。文部科学省では近年、研究者や研究機関による社会への アウトリーチ活動の推進に取り組んでおり、なかでもこの重要課題解決型研究 では、2005年度より3
年間、毎年度の研究予算の3%を、研究アウトリーチ活
動の予算に充当すべしとする強制的ルールが試験的に組み込まれた(資料17)。
このため研究代表者の橋田浩一・情報技術研究部門副部門長(当時)は、自ら がリーダーとなり、アウトリーチ担当の研究員1名、部門専属の研究連携コー ディネーター1 名、部門嘱託の
PR
アドバイザ1名、外部アドバイザ1名の計 5名からなる、市民向けアウトリーチのためのタスクフォースを結成し、複数 年度にわたる継続的なアウトリーチ活動への取り組みを開始した。タスクフォ ースのメンバーは、全員が万博プロジェクトにも重複してかかわっており、万 博プロジェクトが一段落すると同時に、そのまま市民向けアウトリーチのプロ ジェクトへと移行するかたちとなった。1
年目は、一般市民を対象にした150
名規模のシンポジウムを開催、2年目 は同シンポジウムへの参加者から有志を募って、30-40 名規模のミニシンポジ ウム形式のサイエンスカフェを3回連続企画として開催するとともに、これに 並行して有志10
人程度を募り、研究者と参加者がグループウェア環境下で協 働作業を行い、研究途上の先端的なIT
ツールを実体験するワークショップを 2回開催した。3年目は予期せぬ出来事として、文科省がアウトリーチ予算3%ルールを中断したため、タスクフォースで討議の上、最終的にはリーダーの判 断により、部門内で別予算を計上して引き続き活動を継続させることになった。
2007
年9月現在、3年目の最終年度後半の実施に向けて内容を構想中だが、2 年目に実施したグループウェア協働環境でのワークショップの発想をさらに推 し進めて、ユーザ参加型の実証研究を目指した展開を構想中である。一連の実 践の経緯を、表3-5、表 3-6
に示した。表 3-5 市民向けアウトリーチ・プロジェクトの経緯
表 3-6 市民向けアウトリーチ・プロジェクトの概要
2005 年度シンポジウム 「次世代ハイブリッドコンテンツと生活世界の未来」
2006 年 3 月 24 日 観客数:約 150 名
会場:日本科学未来館大ホール 2006 年度
サイエンスカフェ第1回
「オントロジーを使えばインターネットは もっと快適な環境になる」
2007 年 2 月 1 日'木(
参加人数:約 40 名
会場:秋葉原ダイビル内貸会議室 サイエンスカフェ第2回
「情報環境がライフスタイルを 最適化する:家庭・仕事・生活環境が オントロジーでどう変わるのか」
2007 年 3 月 2 日'金(
参加人数:約 40 名
会場:秋葉原ダイビル内貸会議室 サイエンスカフェ第3回
「知識循環が知的生産性を向上させる」
2007 年 4 月 20 日'金(
参加人数:約 40 名
会場:秋葉原ダイビル内貸会議室
参加-協働型ワークショップ'初級編(
2007 年 2 月 14 日'水(
参加人数:約 10 名
会場:産総研秋葉原サイト内 オープン会議室
参加-協働型ワークショップ'中級編(
2007 年 3 月 28 日'水(
参加人数:約 10 名
会場:産総研秋葉原サイト内 オープン会議室
2007 年度
'2007 年 9 月現在、ユーザ参加型の実証実験に向けて準備中(
事例分析の対象期間は、市民向けアウトリーチのタスクフォースが結成され た初年度の
2005
年7
月から、2007年度の準備を開始した2007
年9
月までと する。3.3.2 3%予算ルールの義務づけ
今回の市民向けアウトリーチへの取り組みは、文部科学省の科学技術振興調 整費・重要課題解決型研究プロジェクトに対して、毎年全予算の3%程度(300 万円程度/年)をアウトリーチ活動に拠出するというルールが義務づけられた ことが契機である。この要請を受けて、国の研究資金によるプロジェクトの責 務として、市民向けアウトリーチの実践に取り組まれた。
3%ルールの背景には、文部科学省の科学技術理解増進施策における重点化 有志参加
有志参加
フィードバック フィードバック 有志参加
項目の一つ、「大学・公的研究機関等による組織的なアウトリーチの取り組みの 強化」(文部科学省, 2005)がある。この重点化指針は、「今後、大学・公的研 究機関における主体的取り組みが積極的に行われていくことが望ましい」とし ており、3%ルールは組織的な取り組みを推進していくうえでの呼び水的な施 策である。
しかしながら、「組織的アウトリーチの取り組みの強化」(文部科学省,2005)
という上位の指針と、「共同研究プロジェクトへの3%ルールの義務づけ」とい う具体的施策とは、研究現場では関連づけられたものとしては認識されていな いし、相互にリンケージするようなものともなっていない。図
3-4
に、以上の 契機を示した。図 3-4 市民向けアウトリーチ・プロジェクトの契機
3.3.3 内的動機づけの模索
市民向けアウトリーチは、国からの要請に端を発したものであったが、研究 代表者をはじめ、主要な研究メンバーの間では、取り組みが卖なる予算消化に なってしまっては意味がない、この要請をどう受け止め、どのようなアウトリ ーチが研究プロジェクト全体にとって望ましいものなのかが、まず議論すべき 問題であることが認識された104)。
万博プロジェクトの場合には、その展示・演示への技術協力にどれだけ社会 的波及力があるか、万博というイベントが科学・技術の歴史において、どれだ け大きな国民へのアウトリーチ・パワーを持っているかということは、実際に 大阪万博やつくば科学万博を体験してきた世代である研究員たちの間では、よ く理解されていた。しかしながら、研究員にとってより日常的で身近なもので ある共同研究プロジェクトに、新たにアウトリーチ活動が義務づけられたこと
104)2005年7月21日のタスクフォース会議の記録による。
については、それが示す社会的意義や意味は、すぐさま実感として納得し理解 されるようなものではなかった。
万博に比べれば、ごく限られた予算で、百人あるいは数十人卖位の一般市民 をアドホックに集め、研究員やゲストらが直接にレクチャーや議論をしたりす るといった取り組みに、一体どれだけの効果があるのか、どうすればより良い 取り組みになるのかを議論する必要があった。
まず前提条件として、科学振興調整費・重要課題解決型研究に課せられてい た「アウトリーチ活動」の内容条件を把握しておく必要があった。与えられた ガイドラインはA4用紙2枚の、「科学技術振興調整費におけるアウトリーチ活 動の考え方について」という資料(資料
18)のみであった。同資料では、アウ
トリーチ活動の定義について、次のような平成16
年度版科学技術白書からの 関連部分の抜粋が紹介されている。《(アウトリーチ活動は)科学者等のグループの外にいる国民に影響を与える、
国民の心を動かす活動であると認識することが重要である。(中略)ただ卖に知 識や情報を国民に発信するというのではなく、国民との双方向的な対話を通じ て、科学者等は国民のニーズを共有するとともに、科学技術に対する国民の疑 問や不安を認識する必要がある。一方、このような活動を通じて、国民は科学 者等の夢や希望に共感することができる。こうして科学者等と国民が互いに対 話しながら信頼を醸成していくことが、アウトリーチ活動の意義であると考え られる》
このような先進的な定義が提示されている一方で、同じ資料の中で具体的に 想定される活動として例示されているのは、《一般向けのシンポジウム、説明会》
《デモ実験、模型展示等》《中高生等を対象とした出前授業》《イベント等への 出展》《公開講座等の活用》《研究現場の一般公開》《パンフレット・ビデオ等の 作成》と、既存の手法ばかりで、「国民の声に耳を傾ける」「国民を理解する」
ための手法については、具体的な提示や提言はなかった。
実践にあたって、研究員だけでは具体的なアジェンダ設定を行うことが困難 であると考えられたため、PR アドバイザや外部コンサルタントを招聘してタ スクフォースが編成された(次項で詳述)。第