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男性  50 歳

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ケース25

  34歳のとき出向していたD病院の病棟医長になった。関東の総合病院に日本の大腸ファイ バーでは3本指の1人という先生がいて、毎週、その先生のやり方を1日ずっと見せてもら うことを1年位、続けた。その後も一流の先生について修行をした。

  D病院も消化器の病棟を新しくつくり、ベッド数は130から250床となった。その後、病 院の医局が分裂するようなことがあり、分派的な人達が出て行ってしまった。この事で精神 的に疲れてしまい、幹部がしっかりしていないことが不安となった。「すぐあなたも副院長を やってもらわなければいけない」と上司に言われたことがきっかけとなり、D病院を辞めた。

○4職  E病院勤務医

  36歳のときにE病院に勤務し一般内科をやらされた。内視鏡をやらせてもらえなかったの で不満だった。

  38歳から2年間、団地の診療所長をした。住民の方たちと健診活動や話し合いの会をつく ったり、健康祭りでの交流は楽しかった。その地域の方々から親しくして頂いて、いまだに いい関係が続いている。5年で一仕事と思っていたのに、E病院の内科医長に呼び戻された のを恨みながら外来の責任者となった。その後、外来診療部長を務めた。

○5職  F病院  副院長  院長

  同じ病院系列のF病院に 45 歳で異動し副院長として2年間、院長を1年間した。建て直 した新しい病院の院長には人事権も事務の決裁権もなく、出来事の責任だけ追及されるし、

制約も多かった。父の死もあり、改めて自分の人生をもう一度考えてみようと思い院長を辞 めることにした。子どもたちの教育のこともあり、もう少し収入のいいところで自分の専門 を活かそうと思い辞表を出した。病院の理事長のすごい反対に遭い、3ヶ月ぐらい辞められ ずに、針のむしろに座って耐えた。

○6職  G病院  消化器部長

  G病院は消化器の専門医が3人いたが、全員が辞めて困っていて、タイミング良く就職で きた。天才と呼ばれる医師が月に1回来てくれて一緒に消化器がやれることと収入の面でも 配慮してもらったことでG病院に勤めて1年弱となる。現在49歳。

自分にとっての転機

  父親に「人間は創造的でなくちゃいけない。医者になって真面目に人のために尽くせ」と 言われて、医学部に進学したこと。

  次に医師としてある分野を専門に選んだこと。その分野は日本が世界で一番進んでいる。

その第一線で活動し、学会での発表とか、医学雑誌に書いたりして、ちょっとは知られてき ている。病院を変えることも転機であった。

転機に対する妻の反応

  33歳のとき結婚した。妻はD病院でのバンド活動で知り合った。そこにキーボードで入っ

てきた元患者。大学とか医者とかにこだわらない人で長男、長女を出産してからは強くなり、

医師としての転機を支えてくれた。

転機に対する周囲の反応

  ある分野の専門医となった時、病院を辞める時には周囲の反応は冷たかった。結局、自分 の職業人生は自らが判断し選択するものだ。

医師としての技術等の習得

  臨床医は技術が優れていなければ一流になれない。自分はある分野において日本の三本指 に入る医師の3人を師匠として修行してきた。

  臨床の能力や主義、判断力、決断力、そして医師として大事な共感とか誠意が大事だと考 えてやってきた。父に言われた「先ず技術をしっかり身に付けなさい。その上で幅を広げて 人間的に深めることが大事だ」ということは、いまだに思っている。

  医師としての成長は、患者さんを通して、元気づけられることが根底にある。結局、歌と か、絵とか好きなものを手放さずに来たことが医療につながっている。

影響を受けた人

  医師になったのは、父の教えが大きかった。母の影響も強く、精神科を望んだことがあっ たのは母から逃れたいためだったと思う。母は自分が戦争中でできなかった研究活動をして 欲しいと言い、大学で研究する道に進むことを望んでいた。

  山本夏彦が言った「人生は死ぬまでの暇つぶしだ」という言葉が好きだ。名誉や地位を求 めたって人は必ず死ぬ。それまで一生懸命生きて、自分でやっぱり良かったなと思えたらと、

人生を歩んできた。

これまでの職業経歴を振り返っての評価

  人生というのは生きるに足るものだと考えて、キャリア形成をしてきた。今までの職業人 生は百点満点の90点ぐらいと思う。マイナスの10点は現在までにずいぶんと回り道をして きたこと。

今後の展望

  子どもたちが社会人になるまでは、一定の収入が要るので今の病院に勤めていたい。それ から先に開業するかどうかは今は考えていない。先日、本を出したので、本をもう1冊は書 きたいと思っている。

健康について

  自分と子ども2人の健康については問題がない。妻は精神的にも体力的にもあまり健康な 方でなく波があり、家に帰って医者をやったりしている。

その他の特記事項

  今日はいろいろ聞いて頂いて、カウンセリングを受けたような感じで、気分が高揚してい ると話していた。

  音楽を通じて患者さんや地域の人達とふれ合いたいと考え行動している。

  「私もどこかで自分のこれまでの人生を誰かに話したいと思ってました。どうもありがと うございました」と言われた。全人的な医療をしている医師の良心が伝わってきた。

ケース26

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