3.1 諸言
本章では水銀の生物濃縮に追加して中学 3 年生から高校生までの年代が授業時間内に行 える安全で簡易的なヒ素に関する実験の探索・検討を行った。前章で述べた水銀の実験で も十分授業内に行えると考えているが、ヒ素も海藻などに濃縮することから参考実験とし て何か行うことができないか検討を行った。今回扱うヒ素は海藻などに濃縮することが多 いため、生物濃縮よりも海水中の濃度と比較する濃縮係数の大きさを実感できるような実 験の探索を進めていくことにした。
前章と同じく実験や測定を行うためには試料を酸分解する必要がある。そのため海藻の 酸分解方法の実験を行っていくこととした。また酸分解はどうしても硝酸や硫酸などの劇 物を扱うことになるので、教員があらかじめ酸分解を授業前に行っておくことも視野に入 れて検討を行った。
その生物濃縮によって蓄積されたヒ素を色の変化など、見た目で判断し実感できるよう な実験を行い、色によって濃度を判断できるか、学校にある器具で実験が可能であるか検 討を進めることにした。
3.2 海藻の選定
ヒ素の実験を検討するにあたり、実験に使用する海藻の選定をまず行った。学校の授業 で行う実験という点を考慮し、選定条件を決めた。選定条件は以下の3点である。
① 全国のスーパーマーケットや市場などどの地域でも購入することができるもの。
② 安価で購入することができるもの。
③ 海水中の濃度と比較する濃縮係数の大きさを実感できるようなもの。
以上の 3 点を考慮した結果、海藻の中でも多くのヒ素を含んでいることで有名なヒジキを 今回の実験で取り扱うこととした 83)。ヒジキは国内産のものを選定し、製造者と販売者は 以下に示す。
製造者:株式会社 二幸商会
販売者:ヤマジョウ株式会社 瀬川本店
33 3.3 酸分解方法の検討
今回のヒジキにおいても様々な実験や測定に用いるために液状化させる必要がある。そ のためヒジキを酸分解する方法の検討を行った。条件も同様で学校でも行えるレベルの簡 易化、そして短時間で行えるという点を重点に置き実験を進めた。また酸分解ということ でどうしても硝酸や硫酸などの劇物を使用する必要がでてくるので、教員があらかじめ酸 分解を授業前に行っておく場合もあることも仮定した。
上記の条件を踏まえて以下の2つの酸分解方法の検討を行った。
① マイクロウェーブ酸分解法
② ニッケル添加湿式分解法
この2つの酸分解方法についてこれから詳細を述べることとする。
3.3.1 マイクロウェーブ酸分解法
ヒジキでも前章の魚類と同様にマイクロウェーブ酸分解が行えるか検証を行った。試薬、
器具、実験操作は前章と変わらないのでここでは省略し結果だけを記述する。ただしヒジ キはすでに乾燥済みであるためオーブンで乾燥させる過程は省く。
<結果・考察>
ヒジキにおいても魚類と変わりなく約30分でメスアップまで完了することができた。ヒ 素も水銀と同様で非常に揮散しやすい元素であるため、マイクロウェーブ酸分解法は有用 であると考えられる。ただしデメリットも同様でPFA製内部小容器と電子レンジ用反応分 解容器がない学校では行うことができない。それ以外はヒジキでも非常に短時間で終えら れる分解法であるので、優れている方法であると言える。
3.3.2 ニッケル添加湿式分解法
ニッケル添加湿式分解法とは、通常の湿式分解法にニッケルイオンを添加して行う分解 法である。ニッケルイオンを加えることによって酸分解中のヒ素の揮散が防止されること がわかっている。これにより、より濃度の高いヒ素の酸分解溶液を得ることができる。ま たマイクロウェーブ酸分解法と異なり特別な器具を必要とせず、ほとんどの学校にもある メスフラスコやホットプレートなどで行うことができる酸分解法である 84)。ニッケルイオ
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ンのぶんだけ試薬が多くなってしまうが、身近な器具で酸分解を行えるという点に注目し 検討を行った。
<試薬>
・濃硝酸(関東化学株式会社, 1級)
・過塩素酸(60%)(和光純薬工業株式会社, 有害金属測定用)
・濃硫酸(ナカライテクス株式会社, 1級)
・硝酸ニッケル溶液(100 mg Ni+ / mL)
<器具>
・50 mLビーカー
・100 mLメスフラスコ
・2 mL, 5 mL駒込ピペット
・ホットプレートつきマグネチックスターラー
・乳鉢
・乳棒
<実験操作>
ヒジキを乳鉢にいれて乳棒で細かく粉砕した。粉砕した試料を電子天秤で1 g秤量し、50 mLビーカーの中に入れた。その後硝酸ニッケル溶液を5 mL, 濃硝酸を10 mL駒込ピペッ トを用いて加え、ホットプレート上で発泡がなくなるまで加熱した。発泡がなくなったら
濃硫酸を1 mL, 過塩素酸を5 mL追加し、引き続き加熱した。この後、もし液が濃縮され
て炭化するようならさらに濃硝酸を5 mL加える。今回は炭化しそうになかったのでこの操 作は行わなかった。分解溶液が黄緑色透明になったので加熱を止めた。その後常温まで放
冷し100 mL メスフラスコに分解溶液を入れて精製水でメスアップした。試料粉砕後の操
作のフローチャートをスキーム4に示した。
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50 mLビーカー
← 試料(粉砕済み):1 g
← 硝酸ニッケル溶液:5 mL ← 濃硝酸:10 mL
(ホットプレート上で発泡がなくなるまで加熱) ← 濃硫酸:1 mL
← 過塩素酸:5 mL
(引き続き加熱)
(もし液濃縮されて炭化するようならさらに濃硝酸を5 mL加える) (分解溶液が黄緑色透明になったら加熱を止める)
100 mLメスフラスコに入れ精製水でメスアップする
スキーム4 ニッケル添加湿式分解法の操作方法
図13 硝酸を加えた直後の様子(左) 硫酸と過塩素酸を加えてから10分後の様子(右)
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<結果・考察>
ニッケル添加湿式分解法では50 mLビーカーに試料を入れてからメスフラスコでメスア ップを完了するまで約50分かかった。酸化剤を加えてからの溶液の変化は以下のようにな った。
濃硝酸を加えた直後:すぐに発泡が開始された。
濃硝酸を加えて12分後:気泡が最も多く発生し、気泡の層が約1.5 cmほどできた。
濃硝酸を加えて20分後:ほとんど発泡が収まった。
過塩素酸を加えた直後:分解溶液が黄緑色に変化(透明ではない)。 過塩素酸を加えて10分後:分解溶液が黄緑色透明に変化。
水銀における湿式分解と同様でマイクロウェーブ酸分解に比べて若干時間はかかってし まったが、どの学校でも置いてあると思われる器具で酸分解を行うことができた。硝酸ニ ッケルを手順に加えても所要時間はほとんど変わらないので、ヒ素の揮散を防ぎながら酸 分解が行えることは大きいメリットだと考えられる。ただ濃硝酸などの劇薬を扱うことに なるので中学校で行う場合は教員が授業前にあらかじめ行っておくことがよいと思われる。
ヒ素の場合も水銀と同様でどちらの酸分解方法もメリットとデメリットがあり、学校現 場の都合に合わせて分解方法を選択すればよいと考えられる。ただ、ヒ素ではニッケル添 加湿式分解法が有用だとわかったので、水銀よりも揮散を防ぎながら湿式分解できること は大きな利点であることが確認できた。
3.4 ラインシュ法
ここからは前節で調製したヒジキの酸分解溶液を用いて学校現場でもヒ素の生物濃縮や 濃縮係数を実感できる実験方法がないか探索・検討を行った。その内のひとつがラインシ ュ法による実験である。ラインシュ法とは無機金属の予試験として利用される方法である。
これは、銅との親和性を利用して検査試料中の無機金属を銅表面に付着させ、金属種を判 別する方法である。この方法によってヒ素、水銀、アンチモンなどが検出できる 85)。通常 は吐瀉物や胃内容物などの中に含まれている無機金属を試験する方法だが、迅速で簡易的 な試験なのでこれを学校現場におけるヒ素の生物濃縮や濃縮係数を実感できる実験に活用 できないか検討を行った。
<試薬>
・濃塩酸(ナカライテクス株式会社, 1級)
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<器具・装置>
・恒温槽(アズワン株式会社, CBi-270)
・30 mLプラスチックミニカップ
・クランプ
・紙やすり
・銅片
<試薬調製>
・希塩酸
濃塩酸を精製水で希釈し、今回は10%希塩酸を調製した。
<実験操作>
酸分解溶液10 mLを30 mLプラスチックミニカップに入れ、希塩酸を2 mL加えて酸性 の溶液にした。また今回用いた酸分解溶液はマイクロウェーブ酸分解法とニッケル添加湿 式分解法の両方である。そこに紙やすりでよく磨きさびを落とした銅片を入れた。その後 37℃で15分間溶液を加温した。加温後、銅片を取り出して流水で洗浄し、銅の表面を観察 した。ここで銅表面に灰色ないし黒色の被覆物が認められれば、陽性となる。この実験操 作のフローチャートをスキーム5に示した。
30 mLプラスチックミニカップ
← 試料(酸分解溶液):10 mL
← 希塩酸:2 mL
(紙やすりでよく磨きさびを落とした銅片を入れる) (37℃で15分間溶液を加温)
(ミニカップから銅片を取り出して流水で洗浄し、銅の表面を観察) 銅表面に灰色ないし黒色の被覆物が認められれば、陽性
スキーム5 ラインシュ法の操作方法