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現実の監査の失敗事例―精神的独立性が遠因のケース―

第1節 Enron[2001]45 第1項 事件の概要46

Enron Corp.(以下、Enron)は1930 年、エネルギー関連会社 3社の共同出資によりNebraska州

Omahaにて設立された会社である。当初は天然ガスを扱うオールドエコノミー企業にすぎなかった同

社は、1990年代に進んだガスと電力の規制緩和のもと急速に業容を拡大し、金融工学を駆使したデリ バティブ商品の開発、インターネットによる商取引サイトEnronOnlineの立ち上げ、ブロードバンド・

ビジネスへの進出など新規事業を次々に打ち出し、その大胆なビジネス展開が高く評価された。Enron

は1996年以来6年連続でFORTUNE誌による「アメリカで最も革新的な企業」第1位に選出され、

2000年には全米売上高第7位の世界的大手エネルギー会社へと変貌を遂げた。飛躍的な成長を遂げる

Enronは株式市場でも高く評価され、1985年当時には10ドルを満たなかった株価は、2000年8月に

は90ドルにまで一気に上昇した。

しかし、2000年秋にITバブルが崩壊すると、アメリカ株式市場は低迷の兆しを見せ始め、同時に、

右肩上がりを続けていたEnronの株価も下落の方向に傾き始めることとなった。そして、株価の低迷 とともにEnronが抱え込んでいた問題が次第に露呈した。2001年10月16日、Enronは、巨額損失の 発生および自己資本の削減を公表した。これをきっかけに、Enronの不正会計疑惑が報道されるよう になり、SECによる調査も開始された。同年11月8日、Enronは、SPE(Special Purpose Entity:特 別目的会社)との取引において過去に不適切な会計があったことを公表し、過年度に遡って財務諸表 を修正再表示することを発表した。

2001年12月2日、市場の信頼を完全に喪失したEnronは連邦倒産法チャプター11を申請し、当時 アメリカ史上最大規模の企業倒産に至った。なお、粉飾決算が発覚する直前の2000年12月31日決算 期末の連結収益は1007億8900万ドル、連結当期純利益は9億7900万ドル、自己資本は114億7000 万ドル、従業員数は約20600名であった(Enron 2000)。

Enron事件が火付け役となって制定されたSOX法を受けて、アメリカ監査業界はプロフェッショナ

リズムに根差す自己規制業界から準政府機関(PCAOB)の影響を強く受ける外部規制業界へと一変し た(DeFond and Francis 2005, 6, 11)。また監査業務と非監査業務との同時提供の禁止、監査パートナ

45 第3章第4節の記述は、亀岡 (2014b)および亀岡 (2015)を加筆修正したものである。

46 ここでの記述は、以下の文献をもとに作成した。Grant 1999, 183-186;大島・矢島 2002;みずほ総合 研究所 2002, 9-30;日本経済新聞社編 2002, 10-47.

ーのローテーション、被監査会社への就職制限を含め、監査人の独立性が一段と規制強化された。さ らに内部統制監査という新たな制度も導入された。これらアメリカの制度改革の動きは世界的にも波 及した。その意味で、Enron事件は今日の財務諸表監査制度に大変革をもたらした歴史的事件である。

第2項 不正会計の構図

2001年11月8日、Enronは臨時報告書(Form 8-K)を提出し、同社のCFOが創設した複数のSPE およびそれらSPEとの間で行われた取引に関する情報を公表した。そして、1997年度から2000年度 までの財務諸表と2001年第1および第2四半期末の財務諸表を修正再表示することを発表した(Enron 2001a)。図表4-1-1は、Enronが2001年第3四半期報告書(Form 10-Q)で公表した財務諸表項目の 修正再表示額および内訳を示したものである。Enronが修正再表示を行うに至った理由の1つは、「特 定の会計基準に従えば本来、連結財務諸表に含められるべきであった3つの事業体が連結されていな かった」ことである。ここでいう非連結であった3つの事業体とはすなわち、図表4-1-1中のJEDI、 Chewco、およびLJM1のSPEである。

図表 4-1-1 1997 年-2001 年第 2 四半期の修正前後の連結財務諸表項目と修正再表示要因の内訳 単位:百万ドル

1997 1998 1999 2000 2001

1Q

2001 2Q 修正前資産 22,552 29,350 33,381 65,503 67,260 63,392

JEDIおよびChewcoの連結によるもの 451 160 181 161 6 6

LJM1の連結によるもの - - 222 - -

-Raptor持分の調整によるもの - - - 172 1,000 1,000

前期に提案された監査上の修正によるもの 79 68 68 244 1,087 431 修正後資産 22,924 29,442 33,272 64,926 65,179 62,829 修正前負債 6,254 7,357 8,152 10,229 11,922 12,812

JEDIおよびChewcoの連結によるもの 711 561 685 628 -

-LJM1の連結によるもの - - - - -

-Raptor持分の調整によるもの - - - - -

-前期に提案された監査上の修正によるもの - - - - -

-修正後負債 6,965 7,918 8,837 10,857 11,922 12,812 修正前自己資本 5,618 7,048 9,570 11,470 11,727 11,740

JEDIおよびChewcoの連結によるもの ▲258 ▲391 ▲544 ▲814 6 6

LJM1の連結によるもの - - 166 60 60 60

Raptor持分の調整によるもの - - - 172 1,000 1,000

前期に提案された監査上の修正によるもの 51 57 136 255 287 19 修正後自己資本 5,309 6,600 8,724 10,289 10,506 10,787

修正前純利益 105 703 893 979 425 404

JEDIおよびChewcoの連結によるもの 28 133 153 91 6

-LJM1の連結によるもの - - 95 8 -

-Raptor持分の調整によるもの - - - - -

-前期に提案された監査上の修正によるもの 51 6 10 38 29 5 修正後純利益

(純利益粉飾額[累積額])

26

79

564

218

635

476

842

613

460

578

409

573 出所:Enron (2001b)に基づき申請者作成。

付記:原文を邦訳した。また、本章で扱うSPEに関係する箇所を強調表示している。

EnronがSPEの非連結スキームを講じた期間当時に適用されるGAAPによれば、SPEは、図表4-1-2 に示すとおり、以下の2つの条件をともに満たした場合に非連結処理することが可能である(Powers et al. 2002, 38-40; Jenkins 2002, 9-11)47

 スポンサーとは独立した第三者である所有者(図表 4-1-2 における投資家)が、当該 SPE に対 して相当の持分投資(総資産の3%以上)を行っていなければならず、またその投資には、取引 の全期間にわたって、所有にかかる実質的なリスクおよび経済価値が伴っていなければならな いこと(以下、「3%外部持分投資条件」)

 独立の所有者が、当該SPEに対して支配力を行使していなければならないこと(以下、「支配力 条件」)

47 FASB議長による公聴会証言によれば、根拠規定は、EITF Topic No. D-14、EITF Issue No. 90-15、およ びEITF Issue No. 96-21である(Jenkins 2002, 9-11)。

図表 4-1-2 SPE の非連結を可能とする 2 つの条件

出所:申請者作成。

両条件をともに満たした場合にはSPEの連結は回避できる。しかし、いずれか1つでも満たさない 場合には、スポンサーはSPEを連結しなければならない。条件のうち前者は、SEC3%ルールを伴うた め、やや客観的である一方、後者は、支配力の判定が求められる主観的な条件である。なぜならば、

支配しているかどうかは、単に議決権の過半数所有やSPEの事業活動を参照するだけでは決定できな いためである(Powers et al. 2002, 39)。後述のとおり、EnronのSPE非連結スキームは両条件を際ど く満たすように構築されていた。以下、『調査報告書』に基づき、3つのSPEの非連結スキームについ て詳述する48

JEDIおよびChewcoの非連結スキーム49

1997年から2001年第2四半期まで、Enronは、JEDIおよびChewcoを連結対象外とすることによ って、純利益を計 3億9900万ドル過大表示した(図表4)。これらのSPE非連結スキームは、Enron が1993年から投資関係を築いていたJEDIに端を発したものであり、ChewcoはJEDIを連結対象から 外す目的をもって設立されたSPEであった。

1993年、Enronとカリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)は、Joint Energy Development Investment Limited Partnership(JEDI)と呼ばれる、ジョイント・ベンチャー投資事業組合に参入し

た(図表4-1-3)。そこでは、EnronがJEDIの業務執行にあたるジェネラル・パートナー(無限責任パ

ートナー:以下、GP)として、CalPERS が投資に参加するリミテッド・パートナー(有限責任パー トナー:以下、LP)として、ともに同額出資した。会計上は、Enron と CalPERS とが共同支配権を

48 以下の記述は全面的にPowers et al. (2002)に依拠しているため、特に断りのない限り、本文中の括弧内 数字はPowers et al. (2002)のページ数を示すものとする。

49 ここでの記述は、以下の文献に基づき作成した。Powers et al. 2002, 41-67.

持っていたため、EnronはJEDIを連結処理するのではなく、持分法により処理していた(43, 58)。

図表 4-1-3 1993 年から始まる Enron と CalPERS による JEDI への共同出資関係

出所:申請者作成。

付記:図表中の実線矢印は出資関係を表す。

1997年、CalPERSと新たに10億ドルのパートナーシップ(JEDI II)を作ることを検討したEnron は、CalPERSに対してJEDI持分の売却を提案した(43)。EnronがCalPERSからJEDI持分を買い取 れば、JEDI はEnronの100%所有となり、会計上、EnronはJEDIを連結しなければならなくなる。

このため、従来通りEnronがJEDIを非連結のままにするためには、CalPERSに代わる新たな共同支 配相手が必要になる。そこでEnronは、1997年11月、その共同支配相手となるべく、Delaware州に おいて有限責任会社Chewco Investments L.P.(Chewco)を設立した(41)。Chewcoの設立を主導し

たのはEnronの当時CFOであり、その経営者となったのはCFOの部下であるEnron従業員であった

(43-44)。Enron従業員がChewcoに関与することは、当時のCEOを除く他の取締役会メンバーには 開示されず、また Enron の企業行動憲章が求める会長の承認を得ていなかった(46-47)。この点で

Chewcoの設立にはコーポレート・ガバナンス上の問題があるが、会計上、EnronがJEDIを非連結と

するためには、Chewcoが非連結でなければならない。そのためには、GAAPが求める2つの条件、

すなわち3%外部持分投資条件と支配力条件をともに満たす必要があった。

支配力条件に対応するため、Enronは1997年12月、Chewcoの構造に変更を加え(48)、Enronが

Chewco を支配しているとは断定できない外観を創出した(図表 4-1-4)。加えられた変更とは、設立

当時、経営者であったEnron従業員をGPとして、Little River Funding LLC(以下、Little River)を 単独メンバーとするBig River Funding LLC(以下、Big River)をLPとする、有限責任パートナーシ ップ(limited partnership)へとChewcoの構造を変更したことである(48)。実務上、支配力を判断 する際には、一般的にGP がパートナーシップに対する支配を行使するものと推定されるものの、こ

Enron CalPERS