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現実の監査の失敗事例―精神的独立性の欠如が明確なケース―

第1節 三田工業[1998]19 第1項 事件の概要20

三田工業株式会社(以下、三田工業)は、複写機業界の草分けとして1934年に大阪で創業した会社 である。海外市場における強力な販売体制の構築や生産基地の増強を推進し、技術開発に注力した三 田工業は、複写機総合メーカーとしての基盤を着実に固め、やがて「コピーはmita」で知られる大手 一角へと成長した。しかし1985年の円高不況以降、三田工業を取り巻く状況は次第に暗転した。円高 により大手コピー機メーカーが生産拠点を次々に海外へ移転した結果、三田工業が強みとしていたコ スト優位性は薄れ、また大手の勢力が手薄であった低速機市場においては家電メーカーによる猛追を 受けた。さらに、「デジタル化」や「カラー化」といった複写機の急激な技術転換の流れにも取り残さ れるなど、三田工業は様々な経営環境の変化に苦しむようになった。

1998年8月10日、三田工業は大阪地方裁判所に会社更生法の適用を申請した(『日本経済新聞』1998 年8月10日[夕刊])。負債総額2056億円を抱える三田工業の倒産は、戦後の製造業の倒産としては 当時最大級の倒産となった(『毎日新聞(大阪)』1998年8月10日[夕刊]、9月10日)。三田工業の 突然の「黒字倒産」を不審がる向きが多くあるなか、間もなく同社で長年粉飾決算が行われていたこ とが発覚した(『日本経済新聞』1998年8月12日、8月12日[夕刊];『毎日新聞(大阪)』1998年8 月12日[夕刊])。

違法配当の疑いや旧経営陣に対する責任追及など混乱した状況が続くなか、三田工業は同年10月5 日に会社更生手続を開始し(『日本経済新聞』1998年10月 6日)、その後、京セラ株式会社(以下、

京セラ)の支援を受けながら会社再建を続けた。三田工業は 2000 年に京セラミタ株式会社へ、2012 年4月には京セラドキュメントソリューソンズ株式会社へと社名変更し、現在、京セラの全額出資子 会社として経営を続けている21

なお、三田工業は非上場会社ではあるが資本金33億3100万円の大会社であった。同社の『有価証 券報告書』は公開されていないが、粉飾決算が発覚する直前の1997年11月期末時点の売上高は1174 億9097万4千円、当期純利益は8億4614万5千円、自己資本は157億3164万6千円、従業員数は約

19 第3章第1節の記述は、亀岡 (2012a, 184-207)を加筆修正したものである。

20 ここでの記述は、以下の文献をもとに作成した。東洋経済新報社 1995, 1004;日経BP社 1998, 7;帝 国データバンク 1998.

21 京セラドキュメントソリューソンズ株式会社ホームページ(http://www.kyoceradocumentsolutions.

co.jp/company/outline_mita.html[アクセス日:2015年5月29日]).

1865名であった(日本経済新聞社 1999, 2595; 『毎日新聞(大阪)』1998年8月10日[夕刊])。

第2項 不正会計の構図

三田工業は経常赤字に転落した 1986 年に初めて粉飾決算に手を染め(『日本経済新聞』1998 年 10 月14日)、1998年の発覚まで粉飾決算を続けた。三田工業が長期的に粉飾決算を続けざるを得なかっ た最大の理由は、前社長が述べるように「銀行借り入れを続けるために、信用を落とさないことが重 要だった」(『毎日新聞(大阪)』1998 年8月12日[夕刊])からである。三田工業は非上場会社であ り、株式市場から資金調達を行うことができない。このため、三田工業は研究開発費も設備投資も銀 行融資に頼らなければならないという資金調達面での弱点を持っていた(ダイヤモンド社 2001, 28-29)。

さらに、三田工業グループの資金繰りは、三田工業本体の信用をもとにした銀行融資に全面的に依 存していた。そこでは、三田工業が債務保証する形で関連会社の三田青写真に銀行融資を受けさせ、

三田技術コンサルタンツなどのグループ内企業に貸し出すなどの資金のやりくりが繰り返し行われて いた(『朝日新聞(大阪)』1998年8月12日)。このため、銀行に対する三田工業の信用を維持するこ とは、三田工業自身が銀行融資を受けるためにも、グループ全体の資金繰りを確保するためにも必要 不可欠であった。

図表3-1-1は、1985年から1998年までの訂正前および訂正後の業績推移を示したものである。この

期間中に行われた粉飾決算には、業績の水増しを目的とした粉飾決算のほか、業績を実際より悪く見 せかける目的の「逆粉飾」決算も含まれていた(『朝日新聞(大阪)』1998年10月14日)。図表3-1-1 が示すとおり、実質の経常損益は赤字と黒字とを大きく揺れ動いていたが、三田工業は粉飾決算を通 じて公表の経常損益をある一定に保ち、経営が安定しているよう見せかけていた。

図表 3-1-1 1985 年-1998 年の売上高および経常損益の推移(訂正前・訂正後)

出所:日経BP (1998, 7).

付記:「実質」は訂正前、「公表」は訂正後の業績数値を表している。

図表3-1-1に表れているとおり、三田工業の粉飾決算は、架空売上の計上ではなく、貸借対照表の

資産を水増しする一方、負債を過小計上するという単純な手口で行われていた(『日本経済新聞』1998 年10月10日)。三田工業の保全管理人によると、会計処理としては「複雑な処理がされていたわけで はなく、コンピューターには実際の数字が入っていた。そのデータのコピーを、単純に数字を書き換 え」ることにより、社内では「銀行向けと国税当局向けの社外用と、社内用の二重帳簿」が作成され ていた(『朝日新聞(大阪)』1998年8月12日[夕刊])。

三田工業では、前代表取締役社長が前専務取締役や前財務部長ら幹部4名と毎月一度、経営会議を 開催して経営方針について協議し、同会議で事実上の経営決定を行っていた。粉飾決算もこの幹部会 議で決定され、経営幹部から「銀行から融資を受け続けるには黒字にしないといけないから、数字を 書き換えます」などの粉飾決算の原案が出され、前社長が「やむを得ないな」と了承していたという

(『日本経済新聞』地方経済面(019)1998年10月14日;『日本経済新聞』1998年10月14日、10 月14日[夕刊];『朝日新聞(大阪)』1998年10月13日[夕刊])。

図表3-1-2は、1996年から1998年までの訂正前および訂正後の貸借対照表と損益計算書を示したも

のである。そこからは、以下の粉飾決算の特徴が見てとれる。

 売上債権や棚卸資産、有形固定資産といった資産勘定が架空計上・過大計上されている。

 仕入債務や短期借入金といった負債勘定が過小計上(簿外処理)されている。

 売上高の粉飾決算は行われていない。

粉飾決算によって利益操作された金額は、1986年以降、総額370億9800万円に達した(『毎日新聞

(大阪)』1998年8月12日[夕刊])。またこの他にも、三田工業には、貸借対照表上に表れない国内 および海外の子会社などに対する保証債務が約908億円あったという(『日経産業新聞』1998 年8月 13日)。

図表 3-1-2 1996 年-1998 年の訂正前および訂正後の貸借対照表と損益計算書

(単位:億円)

貸借対照表 199611月期 199711月期 19986月期* 訂正前 訂正後 粉飾額 訂正前 訂正後 粉飾額 訂正前 訂正後 粉飾額

(資産の部)

Ⅰ流動資産

現金預金 168 123 45 160 110 50 132 142 -10 売上債権 381 334 47 401 331 70 472 364 108

有価証券 16 13 3 16 13 3 16 13 3

棚卸資産 133 9 43 151 98 53 158 93 65

その他 17 17 0 25 22 3 49 36 13

貸倒引当金 -3 -3 0 -3 -3 0 -3 -3 0

流動資産合計 712 574 138 751 572 179 824 645 179

Ⅱ固定資産

有形固定資産 304 272 32 328 293 35 333 293 40

無形固定資産 2 6 -4 9 12 -3 11 11 0

投資等

関係会社株式 敷金・保証金 長期貸付金 その他

11724 39 13

11724 69 13

00 -30 0

12723 27 16

12723 67 16

00 -40 0

13423 37 16

13423 77 16

00 -40 0 固定資産合計 498 500 -2 530 538 -8 554 554 0

資産合計 1,210 1,074 136 1,281 1,110 171 1,378 1,199 179

(負債の部)

Ⅰ流動負債

仕入債務 259 312 -53 265 330 -65 285 347 -62

割引手形 11 11 0 17 17 0 29 29 0

短期借入金 357 424 -67 418 468 -50 472 537 -65

設備等支払手形 18 18 0 21 21 0 9 9 0

賞与引当金 8 8 0 8 8 0 10 10 0

その他 23 78 -55 22 75 -53 29 104 -75 流動負債合計 676 850 -174 752 920 -168 835 1,037 -202

Ⅱ固定負債

長期借入金 289 299 -10 296 296 0 295 285 10

社債 88 88 0 68 68 0 68 68 0

退職給与引当金 4 4 0 6 6 0 7 7 0

その他 2 2 0 2 2 0 2 2 0

固定負債合計 383 393 -10 372 372 0 372 362 10

負債合計 1,058 1,243 -185 1,124 1,292 -168 1,207 1,399 -192

(資本の部)

資本金 33 33 0 33 33 0 33 33 0

法定準備金 13 13 0 13 13 0 13 13 0

剰余金 106 -214 320 111 -228 339 125 -246 371 純資産合計 152 -168 320 157 -182 339 171 -200 371 負債純資産合計 1,210 1,074 136 1,281 1,110 171 1,378 1,199 179

(単位:億円)

損益計算書 199611月期 199711月期 19986月期* 訂正前 訂正後 粉飾額 訂正前 訂正後 粉飾額 訂正前 訂正後 粉飾額

売上高 1,086 1,086 0 1,175 1,175 0 700 700 0

売上総利益 209 185 24 225 206 19 141 109 32

営業利益 11 -13 24 24 5 19 16 -16 32

営業外収益 50 51 -1 43 43 0 20 20 0

営業外費用 41 41 0 44 44 0 16 16 0

経常利益 20 -3 23 23 4 19 21 -11 32

特別利益 2 2 0 0 0 0 0 0 0

特別損失 4 4 0 2 2 0 1 1 0

税引前時純利益 18 -5 23 21 2 19 20 -12 32 当期純利益 13 -10 23 8 -11 19 16 -15 31 出所:井端 (2006, 221-222)に基づき申請者作成。

付記:* 三田工業の決算期は11月期末であるが、1998年は6月までの7カ月間の変則決算期である。

なお、三田工業が非上場会社であったため、また三田工業の会社更生法適用申請日から時が経過しているため と思われるが、筆者自身は、三田工業の貸借対照表および損益計算書を訂正前・訂正後ともに直接入手するこ とができなかった。

上記の表は、井端(2006, 213-215, 217-218, 221-222)が入手した199511月期-19986月期の「倒産前に公 表されていた、粉飾が施された貸借対照表と損益計算書」と「会社更生法の申請に際して裁判所に提出したも のと考えられる」199611月期-19986月期の「粉飾前の貸借対照表と損益計算書」をもとに作成されたも のである。しかし、そこで示された図表のデータを相互に照らし合わせると、明らかに整合しない計算や表示 の誤りと思われる箇所がいくつかあったため、筆者がわかる範囲で修正を加え、また見やすい形で改訂表示し ている。

第3項 監査の実態と監査上の問題

三田工業は非上場会社ではあるが商法上の大会社であるため、株式会社の監査等に関する商法の特 例に関する法律(以下、商法特例法)により会計監査人の監査が求められていた。通常、三田工業ほ どの規模の会計監査人は監査法人に依頼されることが多いとされるが、三田工業の会計監査人は、大 企業にしては珍しく個人事務所の公認会計士1名が担当していた(『毎日新聞(大阪)』1998年 10月 14日[夕刊];『朝日新聞』1998年8月13日)。三田工業粉飾決算事件では、この公認会計士の精神的 独立性の欠如が監査の失敗を引き起こした可能性が高い。

元会計監査人は、三田工業前社長の小学校時代の同級生であった。1977年、元会計監査人は三田工 業の顧問になり、三田工業前社長が社長に就任して4年後となる1983年、三田工業の会計監査人に就 任した(『毎日新聞(大阪)』1998年10月14日[夕刊])。元会計監査人の公認会計士としての仕事は 三田工業の監査だけであったとされ、元会計監査人は、三田工業の監査では補助者も使用せず単独で 監査を行っていたという(『毎日新聞(大阪)』1998年12月15日;井上 2003, 27)。これらは、元会 計監査人は経済的基盤の弱さから三田工業のような大手顧客を失いたくないというインセンティブを 持ったのではないかとの疑いを生じさせる。詳細な情報が得られないため断定することはできないが、

会計監査人に就任する前に顧問となっていたことについては、仮に法律上の問題がなかったとしても、