第4章 わが国における特許発明の保護法理
第1節 特許権の本質と均等論 第1款 特許権の本質
第1項 問題の所在
前章までに、均等論を適用した特許発明の保護に関する考え方について、わが国に おける平成10年最高裁判決に示された均等論適用要件や、アメリカ、ドイツ及びイギ リス、そして更に適宜欧州特許条約に示された均等論適用に関する判例及び法規の解 釈を中心に比較詳述した。
その結果、各国において、均等論の法理が是認されており、これを正面から否定す る考え方は極めて少数説であり、現在の国際的調和の考え方のもとでは、既に、これ を否定しては特許発明の保護の在り方を説明できない、ということが明確になった。
しかも、前章において詳述したように、アメリカ、ドイツ及びイギリスにおける均等 論の要件解釈や特許発明の保護法理の分析を通して、わが国における均等論の要件解 釈や特許発明の保護法理の在り方について、ある程度の共通性や近似性を認めること
もできるものであることも明確になっている。
特に欧州においては「欧州特許条約」及びその「議定書」の採択によって、それぞ れの国における特許発明の保護法理や均等論の解釈基準についての共通化を図ろうと する動きも表れており、当面はそのような方向へと進展していくものと推察される。
このような方向性については、わが国のみならず、アメリカに対しても大きな影響を 与えるものであることは当然のことであり、発明の国際的な保護の必要性が高まる中 で、今後世界的に国際的調和の原則に則った特許発明の保護法理の平準化が求められ ことが予想される。
しかし、各国の特許制度や特許発明の保護法理は、各国特有の制度として発展して きたものである。そして、そのような制度の中における特許発明の保護法理の在り方 や、個々の事案に対する解釈は、個別具体的な解決を図るための独特の考え方に基づ いて判断されるべきものであって、均等論の適用による特許発明の保護に関する法的 な考え方一つを採っても、必ずしもそれが各国共通の法理として解釈し得るような状 況にもなっていないというのが現状である。しかも、均等論の法理自体は、各国にお いて、極めて長い年月を経た伝統的な解釈理論の中で生成適用され、発展してきた法 理であり、簡単に各国の理論における不変妥当な共通性を見出し得るものでもない、
と解される。換言すれば、特許制度自体、各国における科学技術に対する政策的配慮 や、産業・経済の発展のための政策によって異なった解釈を必要とするものであり、
均等論の適用によって特許発明の保護範囲をどこまで認めるかという点についても、
各国における産業経済政策の中で、プロ・パテント政策を機軸にして行うか、それと
もアンチ・パテント政策を機軸にして行うかによって大きくその適用の仕方が異なっ てくるものであり、各国おけるこのような状況についても詳細にその事情を見極める 必要性があるものと解される。
アメリカにおける、最近の「フェスト事件」における、CAFC及び連邦最高裁の判 断は、正にこのような事情を如実に物語っており、事件を取り巻く様々な要因、特に 実務的、思想的、そして政策的な複数の対立構造が錯綜する中でその解決が図られた ものであると推察することができると共に、世界的にみれば、経済市場や係争事件の グローバル化とも無縁ではないように考えられる1)。
また、一方で特許発明の保護に関し、例えば均等の範囲に関する保護法理は、特許 権の本質をどのように理解するかによってもその位置付けが変わってくるものと解さ れる。特許権の本質をどのように考えるかについて、現在まで、あまり詳細には議論
されていない。それは、特許制度の本質をどのように考えるかというテーマと無縁で はないと解される。
アメリカであれば、第1に「保護されるべき発明、発見とは何であるか」、第2に「特 許権者に与えられる特許権の本質は何か」、そして如何なる効力を有するものであるか が問題になるものと考えられる。これをわが国の特許法のもとで考える場合には、「特 許されるべき発明は何か」ということと、「特許権の本質は何か」という2点に絞られ
るものと考えられる2)。均等の範囲が有する法的効果乃至効力は、このような特許権が 具有すべき本質的効力との関係で、如何なる位置付けが与えられるべきものであるか が問題になるものと解される。なお、前者については、わが国においては、特許法2 条に発明の定義規定が置かれ、法的には「特許されるべき発明は何か」については一 応明確にされている。勿論「発明の本質」が、この定義規定によって全ての概念を明 確にするものではなく、むしろ、より法哲学的な考察が必要になるものと解される。
しかし、均等論との関係でいえば、先ず特許権の本質との関係が明確にされなければ ならないことは明らかである。
したがって、以下、本章においては、このような事情を踏まえて、先ずわが国にお ける特許権の本質をどのように考えるべきかを明確にし、その後にクレーム記載の意
1)ヘンリー・幸田「米国連邦最高裁『フェスト判決』の意味を考える」国際法務Vo1.X1・6,47頁は、「米 国の特許政策は、時代の経済状態に正確に呼応する。1990年代に頂点に達したプロ・パテント傾向は、
2000年代を迎え、一種の調整を要するものと思われる。フェスト事件における均等論の制約(権利者 の挙証責任)は、その表象と見るべきであろう。だが、特許権の有効性は、約70パーセントの高率で 安定し、損害賠償額も高額の認定が後を絶たない。これらの事実を総合的に評価するとき、フェスト 事件に見る均等論の制限は、プロ・パテント政策がその上昇期を終え、一種の円熟期に入ったことを 示す道標と見ることができる。この円熟期は、米国経済が次の過度期を迎えるまで継続されるものと 思われる。次の過度期は、恐らく、世界市場全体が調整を必要とする時期に対応するものと予測され る。それは、ヨーロッパ経済共同体のごとき国際的統合が世界規模で動き始める時期に一致するもの と見られる。その時、諸国の特許制度は、通貨とともに、世界共通のシステムに統合されるものと予 想される」と説明されており、特許制度自体、就中、均等論の適用による特許発明の保護法理につい ても、そのような国際的、世界各国の経済政策的動向によって、大きな影響を受けることが予測され
ている。
2)松居祥二「わが国特許法における特許権の本質」知管Vo1.53 No.1(2003)45〜46頁。
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義や特許発明の技術的範囲及び保護範囲の関係についての理論的整合性に関する論証 を試みることとする。
第2項特許権の本質に関する考察
特許権の本質については、従来から、特許権の客体である特許発明を独占的に実施 することができる権利であると解する説(専用権説)3)と、他人をして特許発明を実 施せしめない権利であるとする説(排他権説)4)とが対立している。
わが国の特許法68条には、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専 有する」と規定されている。「… する権利を専有する」ということは、特許権の客 体である特許発明を「専ら所有する」という語義を有しており、また、「専ら」は独占 的という語義を生ずる。したがって、「特許発明の実施をする権利を専有する」とは、
語義の忠実な解釈からしても、「実施行為を現実に実行する権利を独占的に所有する」
という意味に解釈することができる。この意味で、わが国の特許法は、特許権の本質 について専用権説に依拠しているものと解することができる。
これに対して、排他権説においては、論者の説明を借りれば、「自分が発明した技術 を実施することは本来自由なはずである。これをわざわざ特許権の名によって国家に 保証してもらう必要は毛頭ない。そうだとすると、発明者が国家に承認してほしいと 求めているのは、実は発明を他人に実施させない権利、すなわち排他権ないし禁止権 ではないだろうか」と説明されている5)。この排他権説は、アメリカ特許法154条6)に 依拠しているものと解される。すなわち、同条には the right to exclude others from making, using, offering for sale, or selling the invention と定義されており、一般に
3)吉藤幸朔(熊谷健一補訂) 『特許法概説』 〔第13版〕452頁は、 「特許権は、物権的権利である以 上、排他的効力を有することは当然であるが、それに止まるものでないことは、次の一事から知るこ とができる。すなわち、特許権は、相対的であるとはいえ、実施の義務を伴うが、このことは、特許 権が実施を専用する権利(いわゆる専用権)であることを前提としなければ理解できない」、盛岡一 夫『工業所有権法概説』 〔第4版〕52頁は、 「独占排他的に業として特許発明の実施をする権利を有 する意味である」、中U」信弘『工業所有権法(上)特許法』 〔第二版増補版〕309頁は、 「特許権者が 独占的に実施しうるという効力を指し、その及ぶ範囲を効力範囲とも言う」、清瀬一郎『特許法原理』
145頁は、畷明者ハ自己猫リ其『襲明』ナル無形貨物ヲ利用シ、他人ノ之ヲ利用スルヲ禁スルコトヲ 得」、豊崎光衛『工業所有権法』 〔新版・増補〕208頁は、 「特許権は特許された発明を排他的に利用 することを内容とする」、松居祥二・前掲注2)47頁は、 「特許権の本質は専用権である」等、諸説 があり、古くから通説は「専用権説」を採用しているものと解される。筆者も同旨である。
4)竹田和彦『特許の知識』 〔第6版〕327頁。
5)竹田和彦・前掲注4)327頁。
6)アメリカ特許法154条(35USC§154)には、 「全ての特許は、発明の簡潔な名称を含み、特許権 者、その相続人、又は承継人に権利を付与するものとする。この権利は、合衆国において当該発明を 他人が生産し、使用し、販売の申し出をし、若しくは販売すること、或いは当該発明を合衆国に輸入 することを排除し、更に発明がプロセスである場合、その詳細についての明細書を参照し、当該方法 によって生産された製品を合衆国において他人が使用し、販売の申し出をし、若しくは販売すること、
或いは合衆国に輸入することを排除するものとする(Every patent shall contain a short title of the invention and grant to the patentee, his heirs or assigns, of the right to exclude others from making, using, of£ering for sale, or selling the invention throughout the United State or importing the invention into the United State, and if the invention is a process, of the right to exclude oth−
er8 from using, offering for sale or selling throughout the United State, or importing into the United State, products made by that process, referring to the specification for the particulars thereof.) 」 。