第1項 意義
わが国の特許法は、ドイツ法を母法としており、その意味でドイツにおける特許権 の保護範囲の問題は他国法と違った意味で密接な関連性を有するものである。従来の ドイツにおける特許発明の保護範囲に関する理論の展開は、主として裁判官法により、
実定法上の根拠によるものではなかった1)。
旧ドイツ特許法(1877年法)26条には、クレームについての直接的な規定は存在し ておらず、「明細書の末尾に特許を受ける要件を備えたものとして保護を受ける点(ク
レーム)を記載しなければならない」という規定が新設挿入されたのは、1891年改正 法20条においてである。この時期の判例においては、クレームに記載された解決手段
と同一手段を用いている場合だけが特許権の侵害になる、というものであった。すな わち、特許権の効力としての「発明の対象」と「保護を受けるべき点」とが一致すべ きものとして解釈され、特許発明の保護範囲は、特許庁における特許付与の段階で画 定すると解されていた。
また、1976年の改正で、現行特許法14条の特許の保護範囲に関する規定が新設さ れ、従来、主として判例によって発展させられてきた均等論の内容に大きな変化がも
たらされたといわれている。現行ドイツ特許法(1981年法)は、1981年1月1日に
施行され、1976年改正法14条を継承している。その第14条は、特許の保護範囲(Schutzbereich des Patents)について、
「特許及び特許出願の保護範囲は、特許請求の範囲の内容によって決定される。し かしながら、発明の詳細な説明及び図面は、特許請求の範囲の解釈のために利用され るべきものとする」
と規定されている。なお,この規定は、1978年1月1日以降の特許出願及びそれに対 して付与された特許に適用されることになっており、それ以前の特許権の保護範囲は、
従来の「三分法理論(Dreiteilungslehre)」によって判断されることになっている。
この1981年改正法14条の規定は、欧州特許条約69条の規定をドイツ国内法に取
り入れたものであるが、これは、欧州におけるできるだけ統一的な特許権の保護範囲 を確定するという目標を達成することを目的としたものであり、同条の解釈について は、「欧州特許条約第69条の解釈に関する議定書」の内容とされる解釈原則がその基 準になるべきものと解されている2)。1)松本重俊『特許発明の保護範囲』 〔新版〕133頁、注記1)に「ドイツ特許法の三分説は、ライヒ裁 判所裁判官であったピッカー・リンデンマイヤーの系譜において成立したものであるが、このことは 保護範囲の理論が侵害訴訟の実務の中から生成した裁判官法であることを端的に示すものである」と 述べられている。
2)詳細は、本稿第2章第4節第2款第2項150頁以下参照。欧州特許条約69条にはf欧州特許又は欧 州特許出願により与えられる保護の範囲は、請求の範囲の文言によって決定される。ただし、明細書 及び図面は請求の範囲を解釈するために用いられる」と規定されている。
ドイツにおいける特許発明の保護範囲についての判例は、前記の如く、古くからわ が国の特許法における解釈基準や判例に対する母法としての影響力を及ぼしてきたも のであり、アメリカの判例解釈と共に、わが国の解釈法理論の基礎を形成しているも のと解することができる。したがって、ドイツにおける特許発明の保護範囲に関する 法理論を理解することは、現在の国際調和の要請のもとでも大きな意義を有するもの
と思われる。
第2項 ドイツにおける均等論の系譜
(1)ドイツ均等論の意義
ドイツにおける特許発明の保護範囲に関する判例の変遷は、大きく二つの時期に分 けられる3)。すなわち、
(a)クレームと保護範囲を全く同一と考えていた時期… 初期の理論
(特許法創設当初から、ヘルマン・イザイ(Hermann Isay)によって分理論の理 論的支柱が与えられるまでの時期、ほぼ1800年代まで)
(b)クレームと保護範囲の両者を分離して考える時期… 拡張解釈理論
(今日まで一貫してドイツ特許法における「拡張解釈論」の基本をなすもので、
二分法(Zweiteilungslehre)と三分法(Dreiteilungslehre)の2説に分かれる。三 分法は現在でもドイツ特許法解釈の理論的基礎となっている4))
の2時期である。
カール・シュラム著「特許侵害訴訟」によれば、この点に関し、ライヒ裁判所の古 い判例は、二分法、すなわち「対象」と「保護範囲」という分け方をとっていたが、
後に三分法を採用し、連邦裁判所はこれを踏襲した、と説明されている。同書によれ ば、三分法は、次の三つから成り立っている5)。すなわち、
①直性の対象(unmittelbarer Gegenstand):「発明の詳細な説明の項」と「特許請 求の範囲の項」に含まれる文言そのもの
②対象(Gegenstand):いわゆる、「一見明白な(glatt)」特許法的均等を含めて、
全ての解釈手段の助けによって解釈されたもの
③一般的発明思想(allgemeiner Erfindungsgedanke):その他の「一見明白でない (nicht glatt)」特許法的均等を加味して、対象に基づいて構成されるもの
である。
ここで、「直接の対象」とは、「発明の直接の対象」を意味しており、保護範囲がク レームの純粋な文言に制限された場合であって、「発明の対象」が新規性を阻害する態 様で完全に先取りされている場合における保護範囲をいう。また、「対象」とは、「発
3)松本重敏・前掲注1)134頁以下及びカール・シュラム(布井要太郎・滝井朋子訳)『特許侵害訴訟』
〔再増補版〕付録1の布井要太郎「1877年より1930年までの間のドイツにおける『権利範囲解釈』に ついての判例の歴史的変遷」参照。
4}松本重敏・前掲注1)143頁、布井要太郎「『自由技術水準の異議』を包摂する均等論と『自由な技 術水準の抗弁』」 『判例知的財産侵害論』10頁。
5)カール・シュラム(布井要太郎・滝井朋子訳) 『特許侵害訴訟』 〔再増補版〕1頁。
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明の対象」を意味しており、特許の通常の保護範囲であって、平均的専門家が、その 意味に即した解釈を行う場合に、発明の詳細な説明及び図面によって注解されたクレ ームから特別の熟慮なくして見出すことができる技術的理論をいう。「明白な均等
(glatte Aquivalente)はこれに含まれる。更に、「一般的発明思想」は、特許理論の本 質的核心であって、たとえ、それがクレームの文言に表れていないとしても、発明的 努力を必要としない程度に特許明細書中で専門家に開示されおり、クレームから推論 可能であり、かつ、特許適格を有するものである。「明白でない均等(nicht glatte Aquivalente)」はこれに含まれる。専門家にとって、直ちに想到し得ないが、しかし、
たとえ発明的なものでないとしても、特別な考慮に基づいて初めて特許発明における それと同効のものとして想到し得る解決手段が、「明白でない均等」に該当する。
ドイツにおいては、均等を「技術的均等(technische Aquivalente)」と「特許法的 均等(patentrechtlich Aquivalente)」とに分けている。技術的均等とは、「当業者(専 門家)」が一般的にかつ原則的に、置換しても同一の効果を奏するものと認識する技術 的手段をいい、発明の手段について、技術的立場から、その効果を同一と見るもので ある。これは、特許法的均等か否かを確定するためのものであって、それ自体が固有 の意味を持つものではないと解されている。
また、特許法的均等には、「明白な均等」と「明白でない均等」の区分があり、両者 は共に、「特許発明と同一の課題についての解決手段」であるが、特許発明の出願時の 当業者が、その採用を直ちに(ohne weiteres)、特別の考慮を要しないで(ohne be−
sondere Oberlegung)なし得る場合をいい、後者は、技術的にはごく近似したものを 超えて考慮されているものを含むが、当業者が発明的努力を払うまでには至っていな い場合をいうものとされている。
(2)初期の理論
初期の理論においては、その根拠をハルティッヒ(Hartig)によって与えられたも のであって、保護範囲は特許付与によって確定する、というものであった。ハルティ
ッヒの理論は、発明は他の精神的創作と同様に、単一の概念、一つの定義によって限 界付けられるとし、この概念を具体的な実施上の要件によって限定したものが実施形 態であり、発明は一般原理から次第に具体化されていく段階的構成として把握される べきものであるとしている。この最も一般的な発明の構成概念がクレームの記載であ
ると解している。
ハルティッヒによると、クレームの記載が、特許発明の保護範囲そのものであり、
その最も広い範囲もこのクレームによって画定されている、とされる。したがって、
特許庁の特許権付与行為は、同蒔た特許発明あ保護範囲を画走するといら機能を併ぜ 持つものであると理解されると共に、侵害訴訟において、裁判所は特許庁の特許権付 与の結果に厳格に拘束されるものであるとされていた6)。
(3)拡張解釈論の発展
6)松本重敏・前掲注1)135頁以下。