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軽 家 の 蔵 書 目 録

見 て も

、「 一 統 志

」 が 記 さ れ て い な い

。 と り わ け

、 天 保三年(

一八三二

)に

、弘 前城二 の 丸宝蔵 と 新宝蔵に収蔵された書

物・道具 を改め る 際に作成され、宝

蔵・新宝蔵の収蔵

物の全容

を示し て いると思

われる

「 二之丸 御 宝蔵御書物并御道具目録

(7)

( 国 文学 研究 資料館 蔵 三井 文 庫 旧 蔵 資料

〈 袋 綴 本

〉) に す ら、

「 一 統志」が

見られな

いこ とを 踏まえれば、藩側も

、「一統志

」を宝 蔵 に収蔵 し ておくも の で は な く、常 に そ の 内容 を確認 す べ き もの とし て取り 扱 っ て いた とい えよ う。

こ の ことを勘案

す ると

、「 一統志

」 を日常的に活用

するとい

う 藩側の状況

が 作 用 し て

、 流布と い う 形 で 同 書の情報

の共 有化が図ら

れ たといっ

て よ いだろう。藩側の「一統志」の 扱 い 方か ら見 れば

、流 布 と い う 形 で

「 一 統 志

」 が 藩内 に広 まっ たの は必 然 的 であっ た とい えよ う。

第二節

「 津 軽一統志」現存写本・収録史料の

特 徴

で は

、右の よ うに 流布 した「一

統志」には

、 ど の ような 特 徴が 見られるだろうか。本節 では、①現存

する 写 本 の 残 存 状 況 か ら見た書

写 の され 方と、②書

写 年代 の わ か る 写本か ら 見た時 期 別 の 書 写 傾向

、 の 二 点 に つ い て 考 察 す る

。な お

、「

~」

、 以 下 の各 項で 取 り No.

あげる表(3―1と3―2)中の番号を指

現存 写 本 の特徴(書

写 のさ れ方)

前 述 の通り

、 確認した「一

統志」の

写 本 六八点の残

存 状 況 を所蔵先

別にまとめたの

、 表3―1

である。以下、表から

わかる特徴につい

、 四点述 べ てお こう。

まず 第一点は、巻

別内訳を見

る と、首巻三八

、 巻一 が三五 点

、以降巻

五ま で、そ れ ぞ れ三七

・ 三五

・三 四

・三六 点と

、現 存 写 本 総 数の半分

以上の 点 数が 確 認 されるこ

とで あ る

。 首巻は、第二章

で 述 べ たよ う に

、藩 内の地理

情報や日本全

体の中で

の津軽 領 の位置付

けな ど を 示し た部分に当たる。巻一は

、 津 軽 家の祖先とさ

れる 大浦 光信から、初代藩主津軽為 信 家 督相続まで

の 草 創期に関す

る 内容であ

り、

巻二

~五は

、 初 代 藩主津軽為信の津軽掌握 戦 争

( い わ ゆ る

、 南部 から の「

伐り 取」り

) 過程を 詳 細に記 し た部分とな

っ て い る。した がっ て

、 巻一~五を通し

、 近 世 津 軽 領 成 立 の 歴 史的 な 正 当性 を裏付 け る位置付

け で ある

51

-とい える

。 こ こから

、 津軽 領の地 理 的・歴史

的特 性 に 関 心 を持 っ た 人 物 が

、「一 統 志

」 を 書写 し て い た と 考 え ら れ よ う

。 第 二 点 は

、巻 六~

十(

) と附巻 が

、 そ れ ぞ れ三 二・

二九・

三 一

・ 二 八

・ 二 九

・ 二 九点 と、ほぼ

三〇点前

後の 残存 状況を示し

て おり、

首 巻 や 巻一~五

に比べ れ ば若干 少 ない 傾 向 に あ る こ と で あ る

。巻 六~

十(

上)

の 記 述 方 式 は

、 巻 一

~ 五ま でと は 異 なり編 年 体 で 構 成 されており、歴史叙述

と い う よ りは記録に近い

体 裁 をとっ て い る。

内容 的に は、豊 臣 秀吉 の小田原攻めや

、関ヶ原合戦など

、統一政権や全国に関わる出来事を交えながら

、領 内( 藩 内)

の出 来事 や、津軽家

に 関 す る こ とがら(家督

相続、

冠 婚葬祭 な ど)

を記 し て い る

。 第 二章 で の 考察 も 踏 まえれば、全

国 的 な歴史の大まかな流れの中

、 弘 前藩 がどのよ

うに統 一政 権 と 関わって

いき、藩内の制度や支配機

構の整備を

展 開 し て い ったのか、

と い う 点に 巻六

~ 十

(上)は力

点 が 置かれ て いた と 考 えられる。した

が っ て

、書 写する側

も、そ う し た過去の藩政のあり方を規範とする意味

合い で 書 写 し て い たと 想定される。

特徴的 な の は 附巻 である。残

存 数 で は

、 巻六~十(上)

と さ ほ ど違い は 見 ら れ な い が

、 所蔵先を見

て みると、弘前市

立 弘前 図 書 館蔵八木橋文庫

( 一一点

) に 写 本 が 集 中 し て い る こと がわかる。断

定 は 差 し 控 え た い が、

附巻 は比較的狭い

人脈 の 中 でま と ま っ て 書 写 さ れ たとも 推 測 で き る

。 も ち ろ ん

、 八木 橋文 庫と いう 史 料 群 に

、 ど の よ うな史料が

伝 来 し て い たのかについ

て確認 す る必要 が あり、

こ の点 に関し て は今 後の 課題 としたい。

なお

、附 巻の内容

、 様々な 系 譜

・ 歴史認識に基づいた記録類

がそのまま収録され

てお り、史書として

の 一貫 性に欠け

て い る(入間田信夫「津軽一統

志 に おける系譜認識の交錯

(覚書)

」『 歴史 遺産 研究』

四 二〇〇 八 年

)。 そ う し た 内 容的特色を持

つ附巻を

書 写 す る と い う こ と は

、津 軽家

、な いしは津

軽領に ま つわる 伝 承

・伝説 への関心のみならず、収録 された史料に史実を見出そ

うとし て いたよ う にも思われる。

第三 点 は

、巻 十の うち、中・

下 の 写 本数がそれぞれ一八・

一九点 と

、他の 写 本数 に比べ て圧倒的に少な

い こと である

。参考資料とし

て 付 した

「 所 蔵先 別「 津軽一統志」

写 本 一覧

」 をも とに

、巻十の

残 存 状 況 に つ いて 見て みる と

、 巻十 が含 まれ る 写 本二九 点 のうち

、 上~

下すべ て 揃って い るのは一四点、上のみは九点、

中ま た は 下の単 独 か、上・

下の もの は五 点 と な っ て い る

。 こ こ から

、中

・下 は 単 独 で 書写 さ れ る と いう よりは

、 上

~ 下 と いう 一 連 の流 れを 重視した

場合に書

写 さ れ る 傾 向 が強 いよ うだ。一

方、

上 に 関し ては、

単 独 で の書 写も目 立 っ て おり

、 中

・ 下 と は そ の 性 格 が 異 なる。これは、巻

十では上

が本編 で

、 中

・ 下 は補足編(資料

編)という位

置付けであ

る とする 市 毛 幹 幸氏の指摘

が 妥当 であることを示 す も の で あ ろ う

市 毛 幹 幸

「 民 族 衝 突 の 記 憶

「 津 軽 一 統 志

」 巻 一

〇 収 載 の 寛 文 蝦 夷 蜂起 関連資料と叙述の継承―

」『弘前大学國史研究』一二六

二〇〇九年

)。 また

、巻 十 の 上 の 写本全 二 九点 の う ち、

二一 点 が 寛 文 蝦 夷 蜂 起 記 事 を 書 写し てお り

、 上 の書 写 の み で

、「 北狄の押

へ」とし

ての藩の存

在 意 義 を確 認 し よ う とする 傾 向 が あっ た よ うで あ る

。 し たが って

、「 一 統 志

」 編纂 に よ っ て 形成さ れ た「

藩意 識

」 は

、 その中 核 に当

52

-たる 巻十 の上の 流 布をも っ て

、 藩内に 共 有化され

たと 見るこ と ができ よ う

。 第四点 は

、所 蔵先 を見ると

、「

杉山丕氏所

」(

) 、 「

種 市 雨 隣 本

」 (

)のように、

No.

11

No.

12 旧藩士 の 家筋に 伝 来 し た 写 本

も散

見して い るこ とで ある

。こ れは

、前述した藩士間の 流布が 実 際になされて

いた ことを裏付けるも

の で あろう

。 以上、現存

写 本 数 より、数量的な

特 徴を幾つか挙げ

。第一点から第三

点の巻別内訳の 特 徴 と、書 写 する人 物 の傾 向を整理

する と、

次 の よ う に な ろう。

Ⓐ首巻を

書 写

……領内の地理情報や津軽領の位置付けに関心

が ある。

Ⓑ巻 一~

五を書 写

… 為信の 津 軽 独 立過 程に 関心 があ る。

為信顕彰

の 意 味 合 い を 含 む

Ⓒ巻六~

十(上のみ)を書

…藩政の規範

とする意味合い

を 含 む

Ⓓ巻 十( 上~

)を書 写

… 寛 文蝦夷蜂起

に おける弘前藩の

動 向に関心

がある

。さらに

、 弘前藩 が

「 北 狄の押へ」とし

て の位置付

けを有 す る こ とを確認

する意味合い

も含 む。

Ⓔ附巻 を 書 写

……

津軽 領や津軽家

に まつ わる伝承・伝説に関心

が ある。

Ⓓの 傾 向 は、全体の書

写 傾 向の 中では最

も少 な い が、巻 十 の 上 の み を書 写する 傾 向 に よ って

、 補 完 さ れて いる と 捉 え る こ と がで き よ う

。 と こ ろ で

、 表 3

― 1 に ほ と んど 反 映 さ れて いな い序 巻(

序 文

・凡 例

・ 惣 目 録

) に つ いて 触 れ て お く。筆者

が 確 認した限り

で は、首巻があるものの

うち、序巻、

あるい は 首巻 の 中 に序文・凡例・惣目録

がないもの

は 八点ある

。 こ の数値だけでは

そ れほど特徴的

ではない が

、こ れ に序文・凡例

・惣目録を含む

首 巻そのものがな

い 写 本 を加えると

、三八点

と なり

、 かな りの数にのぼる

。な ぜ 序文等の有無を強調するかと

い うと

、序文には

、「北狄の押へ

」 に関わ る 重要な認識

が 記 さ れ て いるから

で あ る。その一部を引用

す ると、

次 のよ うに なる

(本章で

は、明和三年の奥

書のある弘

前 市立弘前

図 書 館 蔵 八 木 橋文庫 本 を底 本に、

『 新編 青森県叢書(一

)』所収の「一統志」をも

っ て 校 合した

)。 津軽一統志序 夫君

[子之為]道也、静

ニシ

-テ

、動

、是

-

故帝 - 軒罪

[三苗]

タヽ

- [武]

、 征

- 紂

、闔 - 国

例多

、此

義理所

- 以

一 レ 節而不

レハ

得[已]

者也

コト

茲[

先君]則

而有

- 々徳 行

、其

沢縄々

トシ

累[世

] 不絶

矣、

[ 後 君

] 信政 公

ノツセウ

[ セウ ] タル

カサネテモ

而厳

- 功[覆]

於近

- 隣

、威

- 風振

于夷

- 狄

、今大

- 守信 - 寿公且

-二シ玉ヒ 、燦

- 然

トシテ而冠 シタ

- 代

、平日政

- 務

間講 、学 ンテ

- 治日

タナリ

也、

( 後 略

イト

[ ] 内は、新編青森県叢書

本により補完した部分を指

す。読点・傍線筆者)

傍線部 で は、信 政 を 歴 代 藩 主 の 徳行を継

い で 厳功 を近隣に覆

、夷狄に威風を振るった 人物 として 記 し て いる。こ

の内容が

寛文蝦夷

蜂起の こ とを 指し て い るのはほぼ間違い

な い で あ ろう

。つまり

、序 文にお い て は

、 寛 文 蝦 夷蜂 起に おけ る藩 の動向を、信政の事績をし て紹介 し てい るの である。

これを ど の よ うに解 す べ き であ ろう か。

す で に 第 一 章 にお い て

、「 北 狄 の 押 へ

」 は

、 満 天 姫 入 輿 に よ っ て津軽家

に与 えら れた 権威 であり

、 以 降 の 藩 主 に は血 筋 に よ っ てそ の権 威

ドキュメント内 弘前大学大学院人文社会科学研究科 (ページ 52-60)

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