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( 1 ) 1998年金融市場統合法

 イタリアでは,金融市場の抜本的な変革を目的として,主に上場会社を

(76) 2012年調査文献(本稿Ⅱ・2)。

(77) 2012年調査文献。

規 制 対 象 と し て,1998年

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月24日 付1998年 法58号「金 融 市 場 統 合 法

(Financial Markets Consolidated Act of 1998, FMC Act.)」が制定された(78)。  改正当時におけるイタリア金融市場の特徴としては,株式所有の固定 化,株式の集中所有,そして銀行,保険会社,政府支配企業(79)または家 族企業によるその他一般的な株式会社に対するピラミッド構造による支 配,または,大規模株式会社の支配的な持分を所有した小規模会社を最小 限度の資本出資をもって設立したうえで大規模株式会社を支配するといっ た状況が見られた(80)

 そのため,制定当時の金融市場統合法は,とりわけ上場会社に対して,

市民による投資がしやすく,株主権利が十分に保障されて,株式会社にお ける株式所有関係を明確にすることなどに関連する規定が盛り込まれた。

同法は,株式会社における株主相互間の関連性,株式の所有状況およびグ ループに含まれている会社間のつながりをより透明性の高いものにするこ とを重要な目的の

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つとして掲げていた。そのうえで,同法のエンフォー スメントに関しては,多くの権限をイタリア銀行(中央銀行),CONSOB,

保険会社監督局(IVASS, the Assurance Supervisory Institute)などの公的機関 に認めることとされた(81)

 こうした1998年の金融市場統合法により,イタリアの上場会社における 株主権利の拡大と少数派株主の保護が図られたとされる。

 具体的には,まず,上場会社の少数派株主は,自らの議決権の行使を適

(78) 1998年法(1998年71日施行)は1996年投資法を吸収した法典であり,そ の後,度重なる改正を経て,今日に至るまでたくさんの追加条文が盛り込まれ ている。法典自体216の条文からなるが,枝番が多く付されてきた。直近の改 正は2015年1月24日法2015年3月26日施行となっている(Legislative Decree No. 58 of 24 Feb. 1998, see note 1)。

(79) 政府支配企業とは,政府によって全部または部分的に所有されている会社

(wholly or majority State─owned companies)または直接的にまたは間接的に政 府に支配されている会社の双方をいう。

(80) L. Stanghellini, supra note 2, at 126─68.

(81)See, e.g. FMC Act. Article 7.

当な機関に対して委任することができるとされた(FMC Act. 136─144)。こ のような規定の趣旨は,少数派株主の議決権を集めることによって支配株 主に対抗できるようにするためであると解された。また,会社の定款規定 をもって議決権の郵便での行使を認めるようにした。そのうえで,通常の 株主総会を招集するための定足数が資本の20%から10%に引下げられた

(FMC Act. 125)。さらに,取締役,監査役,その他経営責任者に対する責 任追及の訴えについて,従前の株主総会決議を経てから提起できるとされ ていたことが改められ,資本金の

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%以上を出資した株主によって提起で きるようにした(82)。そして,監査役会への告発など監督権限行使を求め うる株主の持ち株比率を従来の

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%から

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%へと引き下げ,裁判所への訴 訟提起要件も持ち株比率の10%から

5

%へと引き下げられた(FMC Act.

128─129)。

 次に,金融市場統合法により,株主関契約に対する規律が導入された。

すなわち,従前の株主間契約は,会社との間には何ら拘束力がなく,あく までも株主間での合意であり,会社法などの規律が及ばなかったところ,

金融市場統合法により,上場会社における株主間契約については,会社の 登記所に登録し公開されなければならないこと,また新聞などを利用して その内容を公表しなければならず,さらに,CONSOBにも届け出なけれ ばならないとされた(FMC Act. 122)。加えて,株主間契約の有効期間につ いては,それを

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年を超えて定めることができず(ただし,更新すること は認められる),期間の定めのない株主間契約については,一方株主が予告 したうえで,契約を破棄することができるものとされた(FMC Act. 123)。

(82) このような規制緩和にもかかわらず,1998年改正後から2004年までの6年間 において少数派株主によって提起された株主代表訴訟は1件たりとも見当たら なかったとされる(Marco Ventoruzzo, Experiments in Comparative Corporate Law: The Recent Italian Reform and the Dubious Virtues of a Market for Rules in the Absence of Effective Regulatory Competition, 40 Texas International Law Journal 113, 141)。

( 2 ) 2004年新会社法

 イタリアにおいては,2004年

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日に会社法の現代化と評される新会 社法が施行された(83)。イタリアでは,

1942年民法典の中に実質的な意味で

の会社法に関する規定が置かれているが,それまでは大きな改正はなく,

2004年新会社法は60年ぶりの大改正であるとして大きく注目された。新会

社法は金融市場統合法が上場会社に対する規律を新会社法のなかで上場会 社と非上場会社の区別を問うことなく制定法として明文化したことが主な 特徴であるとされた(84)。他方で,新会社法は,企業結合に関する規定を 設け,ドイツやポルトガルにつぐコンツェルン法制の導入例としても注目 された(85)

 前述したように,イタリアにおいて株式会社間またはグループを形成す る株式会社間においては,ピラミッド構造などによる会社支配関係が構築 されていることが慣例となっている。しかしながら,そのような株式会社 間の支配関係がもたらす弊害に対処するための法規制が必ずしも整備され てきておらず,そのため,新会社法によってグループ企業に関連する包括 的な規定が創設された。そのなかでも,とくに支配会社の被支配会社に対 する責任を明確化するための規定が置かれたことが注目される。すなわち,

民法典第2497条において,「指揮および協同(direction and coordination)に よって自己または第三者の企業家的な利益(entrepreneurial interest)のた めに,正規の会社および企業家的業務執行の諸原則(principles of good

management)に違反して行為する会社または法的主体(legal entity)は,

(83) イタリア会社法2004年改正に関する和文文献としては,早川勝「イタリア会 社法の現代化の試み」同志社法学56巻6号117─145頁(2005年)参照。

(84) 具体的には,上場会社にのみ適用されてきた株主間契約に関する規制,株主 代表訴訟などに関する規定を会社法上に定めたことが挙げられよう(See e.g.

M. Ventoruzzo, supra note 82 at 137─54)。

(85) Guido A. Ferrarini, Corporate Governance Changes in the 20th Century: A view from Italy, in Klaus J. Hopt and others ed. CORPORATE GOVERNANCE IN CONTEXT

CORPORATIONS, STATES, AND MARKETS IN EUROPE, JAPAN, AND THE US, Oxford University Press 2005, 31, at 48─50.

収益力および参加価値(profitability or value of the shares)に生じた損害に ついて,株主に対して直接的に責任を負い,会社の財産の不可侵性に対す る侵害について,会社債権者に対して責任を負う。ただし,指揮および協 同の統合の結果を考慮して損害がない場合,または損害が指揮および協同 に向けられた行為によって全体として埋め合わせられる場合には,責任を 負わない。」と定められたのである。このような規定により,他の会社に 対して指揮または協同で権利を行使する支配会社が,正規の業務執行の諸 原則に違反して指揮または協同して自己または第三者の利益のために権利 を行使した場合において,被支配会社の株主に対して収益力または企業価 値に生じた損害,そして,その会社の債権者に対して会社の自己資本に生 じた損害について責任を負うこととした(86)

 ただ,こうした民法2497条の新設については,評価が分かれているよう である。すなわち,同規定によって,グループ企業における支配会社が負 うべき責任が明文化されたことから,これを,「重要なイノベーション」

であると評価する向きもある。なぜならば,同規定が導入される以前にお いて,支配会社に対する責任追及については,民法上の一般原則,たとえ ば不法行為責任またはその他の既存原則に依拠してのみ可能であり,理論 上可能であるにとどまるとされてきた(87)からである。

 他方で,民法2497条の有効性については,甚だ疑問であるとする意見も 目立っている。そのような批判は主として

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つの項目に分けて主張され る。すなわち,第

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に,法文上の支配株主は「会社またはその他の法的主 体」に限定され,自然人は含まれないこと,第

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に,法文上の該当要件に ついて何ら法的な定めが見当たらず文言があいまいであり,その上,適用 する場合の立証責任も少数派株主または債権者に課されていること,そし て,第

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に,同条後段のただし書の規定ぶりは支配株主に有利な規定とな っていること,が批判の的とされた。以下,こうした批判の内容について

(86) 早川・前掲注(83)128頁。

(87) M. Ventoruzzo, supra note 82 at 143.

もう少し紹介する。

 第

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に,法文上の支配株主は,会社または法的主体に限定され,自然人 は含まれないと解されている。しかし,実際上,多くのグループ企業にお いて,被支配会社は最終的に単独の自然人によって支配されていることが 一般的であるため,このような規定では,真の支配株主が適用を免れるこ とが危惧されている(88)

 第

2

に,法文上の諸要件があいまいなままで,立証責任も少数派株主ま たは会社債権者に課されたことに関しては,主に

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つのことが指摘されて いる。すなわち,原告は,(

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)支配株主が「自己または第三者の企業家 的な利益のために活動した」こと,(

2

)「正規な会社経営における諸原則 に違反」したこと,および(

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)支配株主の活動によって「収益力および 参加価値」または「会社の財産の不可侵性」に対する損害がもたらされた ことについて立証しなければならない。しかしながら,これらの要件が具 体的にいかなるものなのかについて,新会社法には他に定めが見当たらな いというのである。すなわち,(

1

)における「企業家的な利益」とは何 か,会社利益と如何に区分すべきかが明らかではない。また,(

2

)につ いても,「正規な会社経営における諸原則」とは何かがそもそも明らかで はないため,それに違反したかどうか立証が難しい。同様に,(

3

)にお ける会社損害の立証の難しさゆえに,原告には著しく過大な責任が負わさ れているものと説かれている(89)

 第

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に,民法典2497条後段の規定は,グループ全体として利益の埋め合 わせが認められれば,責任はないとされた。このような規定は,たとえ ば,親会社による子会社に対する利益搾取に対して見て見ぬふりをするよ うな規定となり得るため,むしろ支配株主に有利な規定であり,少数派株 主の保護とはなり得ないと評されている(90)

(88) M. Ventoruzzo, supra note 82 at 144.

(89) Id.

(90)Id.

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