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「歴史の中のメランコリー」

ドキュメント内 2 (ページ 77-82)

岩手医科大学神経精神科 酒井明夫

本日は歴史的にメランコリーと呼ばれてきた病について、年代順にその足跡を概観して いきたいと思います。19世紀以降の展開については先生方よくご存じのことであり、釈迦 に説法ですので、今回は少し古い時代のことを見てみることにします。

体液説

古代ギリシアでは、体液説に基づいて医学理論が組み立てられていました。前提として 世界(マクロコスモス)は土、空気、水、火の四元素から成り、人間(ミクロコスモス)は血 液(温+湿)、粘液(冷+湿)、黄胆汁(温+乾)、黒胆汁(冷+乾)の四体液で構成されるという 設定があります。さらに、それぞれの体液について温、冷、湿、乾の四性質が二つずつの組 み合わせで加えられています。世界と人間は、マクロコスモスとミクロコスモスという概 念を通じて対応関係にあるとされました。病気の原因も体液バランスで説明されていまし た。四体液のどれか一つが過剰であったり少なかったりすると病に陥るということです。

古代のメランコリー概念

『ヒポクラテス集成』のなかで、紀元前5世紀に成立したとされる「箴言」には、メラン コリーの患者にチャボタイゲキという排泄剤を投与したところ、黒いものを嘔吐したとい う記載があり、黒胆汁の過剰とメランコリーとの関係が示唆されています。「箴言」にはま た、メランコリーの主たる症候は恐怖と悲嘆であること、秋に発生しやすいことなどが記 されています。

アリストテレス(384-322BC)の偽書『問題集』にも、体液説に従って、メランコリーの 原因が黒胆汁であることが説明されています。

「ところで、このような素質の因をなすものは胆汁の混合、すなわち胆汁における

『冷』や『熱』の混合具合がどうであるか、に求められる。つまり、それが適度以上に 冷たい時には、全く理由のない沈鬱状態をもたらす。それゆえに、若い者には特に縊

D. うつ病の歴史「Melancholy in history」

死が多いのである。…ところで、体内の熱が徐々に弱まってきている[訳でもない]

のに沈鬱状態が現われる人々、このような人々は縊死しがちである。それゆえにまた、

若者の方が老人よりも縊死自殺を遂げ易いのである。つまり、老齢は熱を徐々に弱め るのであるが、だが若者の場合には、その症状は本性的なものだからである」

(戸塚七郎訳)

今日で言えば、うつや自殺といった症候学的側面が記載されているという印象です。メ ランコリーが古代においてどのような位置づけを与えられていたのかという点については、

ケルスス(25BC-50)の記載が参考になります。ケルススは狂気(insania)を三つに分類し ていますが、その中の一つに「黒胆汁が原因で起こり、最初は熱を伴わないが次第に微熱 が出てくる憂鬱な病」という疾患を入れており、メランコリーが古代において一つの疾患 カテゴリーとして認知されていたことが伺えます。ここまで見てきた限りでは、古代のメ ランコリーは今日で言う「うつ病」に類似のものと言ってよさそうです。しかしメランコ リーという概念には歴史的にさまざまな要素が混在していました。オリバシウス(323-400)

の編纂した医書には、リュカントロピアと呼ばれる不気味な病態もまたメランコリーの一 つに数え上げられています。

「リュカントロピアに罹った患者たちは夜外に出て、まるで狼のような仕草をしなが ら、夜が明けるまで墓のまわりをうろつくのである。この病気はつぎのような症候で 識別することができる。青白い顔、虚ろな眼差し、涙なく乾いた眼球。目は落ちくぼ んで舌はひどく乾いており、唾液はまったく出ない。患者たちはのどの渇きに苛まれ、

始終どこかにぶつけるために足に不治の潰瘍ができている。これらがリュカントロピ アの症候である。しかし知っておかなければならないのは、この病気がある種のメラ ンコリーに他ならないということであり、病初期の治療は、気を失うまで瀉血を行う こと、そしてたっぷりと水分を含んだ良い食べ物による食餌療法を行うことである」

これはリュカントロピアに関するもっとも原型的な記述と言えますが、この疾患は狼憑 きや、いわゆる狼男のイメージとも関連を持つものです。これがメランコリーの一型とさ れていたという事実は、古代のメランコリーには異種性があったことを示唆しています。

中世のメランコリー概念

中世の医学界で知名度の高かったアヴィケンナ(1235-1247)も体液説に基づく医学理論 に従っており、その『医学の詩』という著書には「黒胆汁によって引き起こされる病」と してエピレプシーとメランコリーが挙げられています。後者の症状は沈鬱な思考、食欲減 退、不安、険しい表情、悲哀、焦燥感を伴わない不眠などで、夢には恐ろしい事物や危険

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が現れるとされています。体液説は中世でも医学説の柱であり、精神の病気もほとんどそ れによって説明されていました。

しかし例外もあります。『神学大全』を著してキリスト教神学を体系化したトマス・アク イナス(1225-1274)は、心因性ともとれるメランコリーを記載しています。「そしてまた、

悲しみそれ自体が時には人間から理性を奪い取るのであり、われわれは、ある人間が悲し みのためにメランコリー melancholia や狂気 mania に陥るのを見るのである」。メランコリ ーの原因ということに関しては、もう一つ紹介しておきたいものがあります。それは、2世 紀にガレノスが詳述し、4〜5世紀に初期キリスト教父たちが生み出した脳の部屋説(The Cell  Doctrine)に基づくものです。この説は、「想像力、理性、記憶など、こころの諸能力 は脳室系の内部に存在し、それらは各々別々に障害を受ける」とするものです。脳の部屋 説もまた、中世から近世にかけて広く信じられていました。この説によると、「エピレプシ ーは幻想より、メランコリーは理性より、マニアは記憶より生じる」とされ、メランコリ ーは理性を冒す疾患であるとされています。

メランコリーの治療

メランコリーの治療ということでは、古代から瀉血、下剤や吐剤などによって過剰な黒 胆汁を排出させる方法が一般的でしたが、中世ではその他にも、アヒルやガチョウなど

「メランコリーの患者を太らせる」食材、「胆汁の流れをよくする大麦のスープ」などが推 奨されていました。

謎の絵「メレンコリアⅠ」

ここで一つ興味深い事例を参照していただきたいと思います。それは、自然哲学者もし くは魔術師として知られたコルネリウス・アグリッパ(1486-1535)と、著名な画家アルブ レヒト・デューラー(1471-1528)をめぐる話です。まずアグリッパは、魂の持つ力につい てつぎのような考えを抱いていました。

「魂(anima)の働きは、想像力(imaginato)、理性(ratio)、叡智(mens)という、

順に下位から上位へと向かう三つの段階に区分される。黒胆汁と天体力はそれらの間 の境界を取り払い、錯乱をもたらす。それはたんなる混乱ではなく、方向性を持った 動きである。すなわち、魂全体が想像力へと向かえば、芸術や技術の能力が与えられ、

優れた画家や建築家を輩出させる」

美術史家パノフスキーは、この「黒胆汁の狂気」に関するアグリッパの理論は、アルブ レヒト・デューラーが1514年に製作した、「メレンコリアI」という有名な作品に影響を与 えたと主張しています。「メレンコリアI」は不思議な絵です。画面には翼を持った女性が

描かれ、彼女は左手で頬杖をついて物思いにふけり、右手にはコンパスを持ち、表情は暗 く沈んでいます。そのまわりにはキューピッド、犬、蝙蝠などの他、建築中の建物や梯子、

球体や鋸、砂時計、鐘、天秤、魔方陣などが雑然と配置され、背後には夜空と彗星が描か れています。女性の顔の黒さ、足元に横たわる犬と憂鬱との関連などから、図像学的に、

この女性は黒胆汁が優勢の体質すなわちメランコリー質と考えられます。パノフスキーは、

この絵を、幾何学を学問的背景とする創造的芸術家のメランコリーを表現したものと解釈 します。メランコリーと幾何学は、土星(サトゥルヌス)を媒介としてつながっており、

土星のサトゥルヌス神は物体の数や量、そして測量に関与するからです。そしてパノフス キーは、ここにアグリッパの「黒胆汁の狂気(furor  melancholicus)」理論の影響を読み取 ります。

彼は、「メレンコリアMelencolia  I」の番号「I」は作品の制作番号ではなく、価値の理念 的段階、すなわち、アグリッパの理論にあった「想像力の段階」を指すものであり、この 絵は「想像的メランコリー」を表していると解釈します。したがって、この銅版画に描か れているのは「創造的人間のメランコリー」、「芸術家と芸術に関して思索を巡らす人のメ ランコリー」(田中英道監訳)であり、結局のところこの作品は、「ある意味で、アルブレ ヒト・デューラーの精神的自画像に他ならない」(Panofsky)のです。

近世のメランコリー概念

近世の例をいくつか見ていきたいと思います。アンドレ・デュ・ローラン(1560?-1609)

は、メランコリーにはさまざまな妄想が伴うことを強調しています。彼の挙げている例は、

「自分の足がガラスで出来ていると思い込み、歩こうとしなくなった男」、「自分がバターで 出来ていると信じて火やオーブンのそばに近づかなくなったパン屋」などです。

また、17世紀の医師ダニエル・オクセンブリッジ(1576?-1642)は、ヒポコンドリー性の メランコリアに罹った五十五歳の男性症例を記載しています。この症例は、1637年の秋、

いらだち、驚愕、恐怖、困惑、悲哀、無気力などに悩まされ、公共の場に出ることが極め て困難となっていました。彼が何よりも恐れたのはペストであり、鐘の音を嫌がり、不眠 を呈していました。部屋に一人で横になっていられず、驚いて眼を覚まし、日中は何のき っかけもないのに死と名誉失墜に思いをめぐらせていました。手と口が熱くなり、ほんの 少しのワインしか飲まないのに心臓が苦しくなって動悸がし、ちょっとした集まりでもあ ればこの発作が増悪していました。しかし、オクセンブリッジの治療によってこの患者は 回復したとされています。ペスト恐怖を主症状とするメランコリーということになるでし ょうか。

恐怖を伴ったメランコリーは他の文献にも記載があります。ある女性患者は、何かに触 れると衣服を洗濯しないではいられず、新しい服もまた洗濯せずにはいられませんでした。

夫や子どもが新しい服を買うと、その服の埃が自分に降りかかるのではないかと恐れて洗

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