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正しい生物を選んで

ドキュメント内 器官切除 (ページ 119-122)

ローリーは背の高い男は避けたいと思っていた。彼女は百六十センチで、エリオットは たぶん一センチぐらい背が低かった。ローリーとしては文句のない組み合わせだった。一 緒に暮らし始めると、本やポットやシーツなどの物を床に近い位置に置いた。台所の一番 上の棚は空けておいたし、二人の二つの全身用鏡もドアの低い位置にかかるよう念を入 れた。

そのアパートに移って一か月後、エリオットは肺炎で倒れた。入院して三週間で退院し た。この期間にローリーは違う人生の味を味わった。毎日見舞いにいき、可能な時は一日 二度行った。クロスワードパズルを一緒にやり、お互いに本を読みあい、食事を分け合っ た。エリオットにはデンプン質が必要だった。麺類やスパゲッティだ。かれの体はタンパ ク質を消化する機能が低かったからだ。ローリーは食べ物を持ってきて、一緒に食べた。

彼女はちょっと太った。時間がなかったのでジョギングをやめ、自分の友だちよりも彼の 担当看護婦によく会った。

けれど全体として彼女は幸せだった。好きな男がいて、その男も彼女を愛していた。か れは彼女を必要としていた。いい気分だった。

エリオットの肺炎はゆっくりと回復した。息づかいが楽になり、酸素マスクがはずされ た。間もなく息切れせずに一、二文以上言えるようになった。

かれはローリーに語った。「想像力がぼくの強さの元なんだ。想像するのをやめたらぼ くは死んでしまう」

かれは二十九才で、同じ病気を持つ人々よりすでに数年長生きしていた。先の見通し は、明るいものではなかった。

かれは続けた。「フィクションは力だ。そこから事実が生まれる。逃避は、観察より直 接的なこともあるんだ」

エリオットはことばの響きと、それがもたらす隠れ家を愛した。元気な時には何時間で も話すことができた。かれはローリーに物語を語った。

ある日ふたりは病院のベッドに横になっていた。エリオットは病院のガウン姿で、ロー リーはブラウスとスカート姿。看護婦たちは、ローリーは看護婦仲間だし、エリオットは 医者なので、二人の親密さを許していた。看護婦たちは思いやりがあったし、健康と回復 の摂理を知っていたので、それを許したのだった。

ベッドはエリオットが息をしやすいように起こしてあった。ローリーはかれに寄り添っ て、片手をかれの腹の上に回していた。彼女はうとうとしながら、かれの声のリズムに息 を合わせていた。

かれはこう語っていた。「ローマ教皇のように、ぼくは天使を信じるよ。もっとも教皇 みたいに、いい天使や悪い天使というのじゃない。内省的な天使だ。メビウスの輪の形を した鏡。個人的で数学的な死後の世界みたいなものだ。聞いてる?」

彼女は眠そうにうなずいた。

「ただの信仰じゃない。証拠もある……」かれはことばを止め、腹の上にのった彼女の 手を見おろした。その手は細やかに血管が通り、強く、そして腕は筋肉のふくらみが美し く、ブラウスのそでの中に消えていた。彼女の胸が自分のわき腹に押し当てられているの を感じた。

「あるレストランがあって、何度か行ったんだけどね。そこの雰囲気は変わっているん だ。伝説的なエレガンス。そこのお勧めの品は、よそでは絶対にない、神々しい喜びなん だ。よそでは一生かけても見つからない」かれは片手を彼女の乳房に置いて、権威ある話 ぶりで話した。「母乳だ。乳と蜜じゃない、やさしい人情の乳でも、夜明けのミルク色の 朝露でもない。ただの純粋に心地よい、母乳だ。ほ乳類の醸しだすものだ。われわれの栄 養物」

彼女は夢見心地にほほえんだ。それに力を得てエリオットは続けた。

かれは片腕であたりを示した。「当店では、敷地内に各種の動物を飼っております。そ の神の目のおびただしい反映から、お好きなものを選んでいただけます。地下のおりには ウサギ、シマリス、地ネズミにビーバー。トガリネズミの乳はすばらしいが、ほんの少し しかとれません。身軽な子供がその乳を集める訓練を受けていて、小さくてしなやかな指 が器用に指ぬきに貴重な液体を絞っております。ちなみにその指ぬきもお土産としてお買 い求めいただけます。

レストランの横に隣接した家畜の柵の中には、ウォンバットやコアラやカンガルーなど の有袋類がおります。その向こうの起伏した草地には樫やマドローニャの木が点在し、掘 り抜き井戸から二十四キロのパイプラインで潅漑しておりますが、ゾウ、ロバ、オオジ カ、シマウマ、キリンやラマが草をはんでおります。アリクイがエサを探し、アルマジロ もおります。まだ夏で、その動物の仔たちは乳離れしていません。乳はいくらでもござい ます。濃いの、薄いの、甘いの苦いの。あるものは雪のように白く、あるものは黄色で、

あるものは灰色。餓えた子供たちがいて、鑑定するのがとてもうまくて、すばやく注意深 く走る訓練を受けております。アクロバットのようなわざと手腕で体を低くして乳をしぼ る。台所にコップ一杯のミルクを運ぶごとに、子供たちは手に一杯のコインを受け取るの です。三杯採れば一日の休み。勇気があって人を喜ばせるのが好きな子たちです。動物を 選んで子どもを養いましょう」

かれはひと息つくために休んだ。ローリーはあくびをして伸びをした。「肉食動物はい

ないのね」

「いえいえ、当店は完璧な品揃えを心掛けております。お察しのとおり、お値段は高く なりますがね。リスクは大きいし、母親動物たちもおとなしくはありませんからな。乳し ぼりは特に労働集約的な仕事で、無事採れるまで二人から五人の勇敢な子どもたちが犠牲 になります。乳に混じるので麻酔銃は使いません。子供を育てている肉食動物は、穴グ マだろうと、イタチ、ライオン、クマやオオカミだろうと、きわめて過敏です。その乳腺 はしっかりと護られ、その産物は貴重であります。しかしチーターのミルクを一口飲め ば……」彼はため息をつき、唇をなめた。「胸に毛が生えるほど元気が出ますよ」

「毛はこれ以上はいらないわ」ローリーは言った。彼女はふくらはぎのかすり傷に手を やった。「今でもひたすら剃らなくちゃいけないの。嫌いだわ」

「それなら絶対に肉食動物はやめなきゃね。その上そのミルクは苦いというくせがある。

口が曲がってしまう」彼は口をすぼめてチュッと彼女にキスをした。

「倫理的配慮から、最後の種についてはその名をあえて申し上げません。厳密に言えば、

この乳はここでお出ししてはいけないことになっております。乳集めは、その供給動物を も商品化しているに等しいと定められているのです。収入の必要のない方の多くは、それ を堕落だと考えます。またある方は、乳を集めたり利用したりするのは、食べ物と混同す べきでない、性的な含みを持つと批判なさいます。しかしこの批判にもかかわらず、これ はもっとも人気のある品でございます」

「それでたぶん、女より男の方がそれをほしがるんでしょう」

「意外なことに違うんだ。女も同じくらいほしがる」

「あなたの作り話でしょ、エリオット」

かれは笑った。「ぼくは一介のフィクションだよ」

「あなたっていい人ね。あなたがいなかったらどうなるかしら」

「感傷的になるなよ」もっと何か言おうとしたが、せきが始まって中断した。せきは胸 の奥から出てきて嵐のようにゴホゴホと鳴った。顔はうっ血し、全身が震えた。まるで内 蔵が裂けているようだった。

「看護婦を呼びましょうか」

かれは答えず、肺と格闘するうちに、ついに何かがこみあげきた。それをクリネックス に吐き出し、そして手を伸ばして酸素吸入器をつけた。プラスチックの先を鼻に突っこ んだ。

ローリーは見守った。待った。最初の心配はだんだん消えていったが、緊張の固まりが 胃の中に残った。彼女はまだこの男の日常を学んでいた。この生き方を。

「あなたが心配よ」とうとう彼女は言った。

「大丈夫だ」とかれはあえぎながら言った。額には玉の汗が浮かんでいた。「タンを……

取らな……くちゃ」

「いつもこんなふうなの」

かれはうなずいた。二人は手を握り、ベッドの脇で酸素が静かにふつふつと音をたてる のを聞いていた。しだいにかれの呼吸は落ち着いた。ローリーは死について尋ねた。

「誰でも死ぬよ」彼は言った。

「だけどあなたには持病があるし」

「そのことは考えない。悪い時だけ考える」

彼女は当惑してかれを見た。「嘘でしょう」

かれは女を見つめ、それから目をそらせた。「考えるよ。だったらどうなんだ」

「今はわたしがかかわってるのよ。わたしはあなたに出会ったばかりよ。死んじゃいや だわ」

「死なないよ」

彼女は納得しなかった。

「死なないよ」かれはくり返した。「約束するよ。聞いて……」かれは女の手を取った。

「もうひとつ、ある。乳がもう一種類」

「やめて」彼女は言った。

「いやだ。聞くんだ。これが最後。一番純粋だ。それは霞。閉じたくちびるから入り 込み、舌の上で凝縮する。一番甘いミルクだ。やさしさと安らぎに満ちている。天使の 息だ」

「天使なんて信じないわ」彼女は声をこわばらせた。「これって死ぬ話でしょ」彼女の目 から涙があふれた。「死んじゃうのね、そうでしょう」

「いいや」かれは首を振った。「これはただのお話」

ドキュメント内 器官切除 (ページ 119-122)

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