団
維=機
持
L 能
従来の研究 本研究
圧 力 P
第3因子
計 画 P
配 慮
学校運営的
z慮
ツ人的配慮
Fig.2
↑ 運 営 配 的
慮
]es・
個 ↓ 人 的
リーダーシ・ソプ行動次元模式図 一35一
M
機
能
本研究におけるTable 1の分析結果について,従来の研究を参照しなが ら検討してみた.
今までのPM論に基づく研究では目標達成(P)機能については圧力 因子と計画因子に分けられるものの(三隅,1984),集団維持(M)機能 には多くの内容を含むにもかかわらず,そのまま1つの因子として取り 扱っている研究が比較的多かった,
たとえば,筒井(1981)は従来のPM式監督方式に関する諸研究を参 考にして校長のリーダーシ・ソプ行動測定尺度の20項目(M機能10項
目,P機能10項目)を作成したとしているが,調査後,測定項目を因 子分析した結果,M機能が14項目, P機能が4項目だけであった,な お,筒井(1981)の場合は,目標達成的リーダーシップ行動(圧力P,
計画P)の内,計画Pに相当するものが,ほとんどM機能に含まれたた め,P機能に圧力Pに相当するもの(例 「服務規律(遅刻や外出など)
をきびしくいう.」, 「校務分掌上やらなければならない仕事をやかま しくいう。」等)だけが残った.それに対して,因子名を「目標達成」
と命名したことは,妥当性に欠けるが,M機能に多くの内容を含むこと
には変わりがない.
しかし,本研究では,Fig.2で図示したように従来の集団維持(M)的 リーダーシップ行動次元が基本的に2つに分かれる個人的配慮リーダー シップ行動次元と学校運営的配慮リーダーシップ行動次元と呼ぶのが適 当と考えられる2因子が抽出されたので採択した.
次に,校長のリーダーシ・ソプ行動と教員の各モラールとの関係を考察 していきたい.
校長に対して2次元(個人的配慮と学校運営的配慮)にそったリーダ ーシップ行動の程度を高く認知する教員ほど,学校運営に対する満足感 一36一
が高いことが示された、このことは,筒井(1981)の研究とも符合して いる.筒井(1981)は校長のリーダーシップ行動をPM4類型に分け,
教職員のモラールを用いて校長のリーダーシップ効果を測定した結果,
校長がM機能を強く発揮するとき,教職員のモラー・一ルにおいて優れてい るとしている.また,モラーールの「校内研修の評価」要因については,
M型はP型,pm型よりも有意に優れていたが, PM型は他と有意な差 を見いだせなかったとしている.本研究の学校運営に対する満足感に高 い因子負荷量を示している14項目の内,筒井(1981)の「校内研修の 評価」に相当する項目が6項目入っている.上司のPM機能が多く要求 される実績中心の産業界とは異なり,学校社会では集団維持(M)機能 を強く発揮する配慮2次元(個人的配慮と学校運営的配慮)の方が学校 運営に対して満足感を多くもっことは納得できる結果である.
教育への意欲を感じる程度との間には,どちらも有意な関係は示され なかった.教育への意欲には,生徒への教育的意欲に相当するいくつか の項目を重要だと考えて独自に導入したが,この結果からみると,生徒 への教育的意欲を含めk教育への意欲は,校長のリ・・…iダーシップ行動と 直線的な関係をもたないようである.このことは,蜂屋(1978)の研究 とも関連してくる.蜂屈(1978)は,リーダー行動と部下のモチベーシ ョンとの関係に職務特性や成長欲求強度が及ぼす影響については,予想 されたような結果がほとんど得られなかったという自分の研究にふれな がら,考察の中で,その理由として「リーダー行動とモチベーションと の相関は一般に非常に低いものであったが,職務特性や成長欲求の変数 を介在させても,それは変わるものではなかった.」としている.教育 への意欲とモチベーションとは対象への積極的意欲というところで共通 している.ただし,本研究では,条件変数を介在させることによって蜂 一37一
屋(1978)とは,異なる結果が出たがそれについては,後述する。
また,教育への意欲を感じる程度との間には,どちらも有意な関係は 示されなかったことについて観点を変えていうと,次のようなことが考
えられる.教員が実務的にも,心理的にも多忙であることはよくいわれ ることであるが,久喜(1988)が引用している多くの教職活動に関する 教職員の意識調査をみてもそれがよくあらわれている,その中の「もっ
ととりたい時間・削りたい時間」調査では,もっととりたい愚問が「教
材研究」(77.5%), 「授業の準備・整理」(71.7%), 「子どもとの話 し合い」(64.7%)等となっており,久富(1988)は,そのことへの解説 の中で「多忙の中での教員たちの良心的苦悩があらわれている」として いる,つまり,教育への意欲については,本調査の測定項目にあるよう な内容(例 「ふだんから新しい指導法を工夫している,」,「生徒の 個人的なことまで面倒をみる。」等)を必要とは感じていて,それなり
に実践していても心理的には常に不足感があり, 「良心的苦悩」とも合 わさって,心理的に押さえられた状態にあるため,校長のリーダーシッ プ行動に対する反応が鈍く,教員の認知が低いのと同様の結果となって 出ることにより,リーダーシップ行動次元との相関も低くなったのでは ないかと考えられる.
教員間の連帯性を高いと認知する程度との問には,かなり特色ある傾 向が示された.まず,校長の個人的配慮次元にそったリーダーシップ行 動の程度を高く認知する教員ほど,教員間の連帯性が低くなることが示 された.教育の理想としては,教員に受容的に接して,教員の自由度を 広げる個人的配慮次元にそったリーダーシップ行動を校長がとっている
と教員が認知すればするほど,教員はその恩恵を受けて自由な雰囲気に 満ちた教育的討論を活発にし,教員の連帯感あるいは仲間との協力関係 一38一
が高まるはずであるが,現実はむしろ逆の傾向にある.つまり,上記の 校長のリーダーシ・ソプ行動を教員が認知すればするほど,教員はその自
由度を連帯性(一緒にことにあたり,責任を共にすること)に使うので はなく,なしろ,各個人が自由に自分の個性を伸ばす方向に使うため,
教員間の連帯性,たとえば「学校の教員仲間の一員でいたい.」J「困 っているとき,学校の教員仲間は助けてくれる.」とする思いが薄らぐ と考えられる.一方,校長の学校運営的配慮次元にそったリーダーシッ プ行動の程度を高く認知する教員ほど,学校に対する満足感が高くなる ことが示された.このことについてはこのリーダーシップ行動が,目標 達成を考えた,組織運営をスムーズにするための校長の配慮であるため 教員の仕事がやりやすくなり,目標達成という共通目標のもとに教員の 連帯感あるいは仲間との協力関係が高まるものと考えられる.
仕事へのストレス;を感じない程度との問には校長の個人的配慮次元に そったりー一・一 ダーシ・ソプ行動を認知する程度のみが,有意な関係を示した
が,教員に認知された人間的な校長の配慮行動と教員の仕事へのストレ スを感じないこととは有意な関係にあり,このことは納得できる結果で
ある.
続いて,欲求の高低別にみた校長のリーダーシップ行動と教員のモラ ールとの関係を仮説を交えながら考察していきたい.
まず,従来の研究から仮説2で予め想定した集団維持次元のリーダー シップ行動を,本研究の個人的配慮次元に対応するとみなして研究を進 めてきたが,個人的配慮次元に高い因子負荷量を示した5項目の内,高 負荷順で,最初の4項目は集団維持機能として想定した項目であり,あ との1項目「教育委員会の方針に納得できないときには反対する.」の みが,目標達成機能として想定した項目であった.教員によって認知さ
一 39 一一
れた校長の個人的配慮次元にそったリーダーシップ行動と教員の各モラ
ー・L汲ニの関係を,親和欲求高低別にみたとき,全体的には仮説2「集団 維持的リーダーシップ行動と教員のモラールとの関係は,親和欲求の高
い教員にとっては,正の関係をもつだろう.一方,親和欲求の低い教員 にとっては,両者の正の関係は弱いだろう.」とは逆とも思える結果が 出ている.つまり,校長の個人的配慮リーダーシップ行動と教員の各モ ラールとの関係は,低親和欲求の教員の方が強い関係にあり,高親和欲 求の教員の方が両者の関係が弱くなっている.その理由を考察してみた.
Path−Goal理論の基本仮説には「リーダー行動は,それが部下によって 満足の直接的な源泉,もしくは将来の満足にとって道具的であるとみな
される程度に応じて部下に受容され,満足なものとして受け取られるで あろう.」とある.つまり,低親和欲求の教員は自分から積極的に友達 を作ろうとはしないにも関わらず,人間として,職場で孤独感を感じざ るを得ず,それを癒すための満足の源泉を,主に校長の個人的配慮リー ダーシップ行動に求めている.そのために校長の個人的配慮次元のリー ダーシップ行動に対する認知が高いと考えられ,一方,高親和欲求の教 員は,校長の個人的配慮次元のリーダーシップ行動が満足の源泉ではあ っても,唯一のものではなく,多くの入間関係の一つに過ぎず,職場の 上司として道具的・手段的な位置づけでとらえられており,相対的にそ の地位は低親和欲求の教員よりも低いと考えられる.つまり,親和欲求 高低別にみたとき,全体的には仮説2とは,逆の結果ではあったが,Pa th−Goa1理論で説明の付く結果でもあると考えられる.観点を変えていえ ば,個人的配慮次元に仮説2が成立するような要素が見つからなかった ことは,本研究の校長のリーダーシ・ソプ行動の個人的配慮次元を従来の 集団維持次元に見立てることに無理があったとも考えられる.なぜなら,
一40一