本節では本講演の次の講演以降で重要となった事項(2 次元 Galois 表現,
モジュラー曲線の定義)を導入する.
2.6.1 2 次元 Galois 表現
ここでは2 次元 Galois表現の概念を簡単に紹介する.動機や有用性などは
2 日目以降の吉川祥氏(学習院大学)の講演に譲るものとした.
体 K の分離閉包 (separable closure)を Ks と書き,GK := Gal(Ks/K) とする.E を体 K 上の楕円曲線とするとき,GK はE[N]に(σ, P)7→σ(P) (σ ∈GK,P ∈E[N])によって作用する.この作用は法 N での表現
ρE,N :GK →Aut(E[N])
を 誘 導 す る .こ こ で Aut(E[N]) は 群 E[N] の 自 己 同 型 群 で あ る .も し
char(K) が N を割り切らないならば Aut(E[N]) ∼= GL2(Z/NZ) が成り 立つ.
例 2.6.1. 有理数体K=Q上の楕円曲線E :y2=x3−x について,
ρE,2(σ) = [1 0
0 1 ]
(2.15)
が任意のσ ∈GKに対して成り立つ.実際,y2=x3−x=x(x+1)(x−1)であ るから, E(Q)[2] = {O,(−1,0),(0,1),(1,0)} ∼=F22 であり, E[2] := E(Q)[2]
の O でない元の x 座標と y 座標はともに有理数である.従って, 任意の P ∈E[2] に対して σ(P) =P,特に E[2] の F2 上ベクトル空間としての基底 {P1, P2} について σ(P1) = 1·P1+ 0·P2 かつ σ(P2) = 0·P1+ 1·P2 を満 たすので, (2.15) が成り立つ.
素数 ℓと ℓn 等分点の集合の族{E[ℓn]}n および写像 E[ℓn+1]→E[ℓn] ; P 7→ℓP が定める逆系{E[ℓn+1]→E[ℓn] ; P 7→ℓP}n に対して,
Tℓ(E) := lim←−n E[ℓn]∼=Z⊕ℓ2, Vℓ(E) :=Tℓ(E)⊗ZℓQℓ
と定義する.ここで Zℓ, Qℓ はそれぞれ ℓ 進整数環,ℓ 進有理数体を表す.
Tℓ(E) は自由 Zℓ 加群であり,Vℓ(E)は Qℓ ベクトル空間である.
定義 2.6.2. Tℓ(E) をE のℓ 進 Tate加群 (ℓ-adic Tate module),Vℓ(E) を E の ℓ 進有理 Tate 加群 (ℓ-adic rational Tate module) と呼ぶ.
E を体 K 上の楕円曲線とすると,GK は Vℓ(E)に作用する.この作用は ℓ 進表現
ρE,ℓ∞ :GK →Aut(Vℓ(E))
を誘導する.ここで Aut(Vℓ(E)) は群 Vℓ(E) の自己同型群である.もし char(K) ̸=ℓ ならば Vℓ(E) ∼=Q2ℓ (群同型), Aut(Vℓ(E)) ∼= GL2(Qℓ) が成り 立つ.
2.6.2 モジュラー曲線
ここではモジュラー曲線の定義や楕円曲線との関係を簡単に紹介する.動機 や有用性などは2 日目以降の木村巌氏(富山大)の講演に譲るものとした.
H:={z∈C: Im(z)>0}を Cの上半平面とし,
SL2(Z) :=
{[a b c d ]
∈Mat2(Z) :ad−bc= 1 }
= {A∈GL2(Z) : det(A) = 1}
を有理整数環Z 上の二次特殊線形群とする.ここで Mat2(Z) は Zの元を成 分に持つ二次正方行列全体のなす集合である.特殊線形群 SL2(Z) はモジュ ラー群 (modular group)とも呼ばれ,
[a b c d ]
z= az+b cz+d
([a b c d ]
∈SL2(Z), z∈H )
なる一次分数変換によってH に作用する.自然数 N >0 に対して,SL2(Z) の部分群Γ(N), Γ1(N), Γ0(N) を次で定義する:
Γ(N) =
{[a b c d ]
∈SL2(Z) : [a b
c d ]
≡ [1 0
0 1 ]
modN }
,
Γ1(N) =
{[a b c d ]
∈SL2(Z) : [a b
c d ]
≡ [1 ∗
0 1 ]
modN }
,
Γ0(N) =
{[a b c d ]
∈SL2(Z) :c≡0 modN }
.
このとき,Γ(N)⊂Γ1(N)⊂Γ0(N) であり,これらは全て SL2(Z) の離散部 分群である.
定義 2.6.3 (合同部分 群). モジュラー群 SL2(Z) の部分群 Γ が合同部分 群 (congruence subgroup) であるとは,ある自然数 N > 0 に対して Γ(N) ⊂Γ を満たすことである.そのような自然数 N のうち最小なものを合 同部分群 Γ のレベルという.合同部分群はSL2(Z) の離散部分群であり,上 半平面 Hに真性不連続に (properly discontinuously)作用する:任意の コンパクト部分集合K1,K2⊂Hに対して,集合{γ ∈Γ : (γ·K1)∩K2̸=∅}
は有限集合である.
注意 2.6.4. 自然数 N >0 に対して,Γ(N)⊂Γ1(N)⊂Γ0(N) であり,これ らは全てSL2(Z) におけるレベルN の合同部分群である.
定義 2.6.5 (モジュラー曲線). レベル N の合同部分群Γ ⊂SL2(Z) に対して
Y(Γ) := Γ\HをレベルN の(非コンパクト)モジュラー曲線と呼ぶ.
注意 2.6.6. Y(Γ) はリーマン面の構造を持つ.Y(Γ)にカスプと呼ばれる有限 個の点を付け加えることによってコンパクトなリーマン面 X(Γ) を構成する ことができる.これをコンパクト化された (レベル N の) モジュラー曲線と 呼ぶ.
謝辞
2017年度第25回整数論サマースクール「楕円曲線とモジュラー形式の計 算」主催者並びにプログラム責任者の皆様方に感謝申し上げます.また,九州 大学大学院数理学府の学生である馬渕圭史氏,横田祐貴氏には本講演の予行発
表にお付き合いいただき,多くの助言やコメントをいただきました.併せて御 礼申し上げます.
参考文献
[1] J. Cremona, Algorithms for modular elliptic curves, second edition, Cambridge University Press, Cambridge, 1997.
[2] J. S. Milne, Elliptic Curves, BookSurge Publishers, ISBN: 1-4196-5275-5, 2006.
[3] 伊豆哲也,楕円曲線暗号入門, 2010, available at
http://researchmap.jp/mulzrkzae-42427/# 42427
[4] J. S. Milne, Elliptic Curves, BookSurge Publishing, 2006 (電 子 版: http://www.jmilne.org/math/Books/ectext5.pdf)
[5] S. Siksek,Infinite descent on elliptic curves, Rocky Mountain J. Math., 25, 1995, no. 4, pp. 1501–1538.
[6] J. H. Silverman,Advanced Topics in the Arithmetic of Elliptic Curves, Graduate Texts in Mathematics 151, Springer-Verlag, New York, 1994.
[7] J. H. Silverman, The arithmetic of elliptic curves, Corrected reprint of the 1986 original, Graduate Texts in Mathematics, 106, Springer-Verlag, New York, 1992.
[8] J. H. Silverman,The difference between the Weil height and the canon-ical height on elliptic curves, Math. Comp., 55, 1990, no. 192, pp.
723–743.
[9] J. H. Silverman and J. Tate, Rational Points on Elliptic Curves, Springer-Verlag, UTM, 1992.
[10] D. Simon, Computing the rank of elliptic curves over number fields, LMS JCM,5, 2002, pp. 7–17.
[11] 横山俊一, 計算する立場からの楕円曲線論入門, 山形大学理学部数理科 学科2014年度後期「数理情報特選 F/数理科学特別講義 E」講義資料, available at
http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~s-yokoyama/Yamagata2014.html [12] 横山俊一, 楕円曲線の計算にみる数論システムの進展状況, 数理解析研究
所講究録,1785, pp. 57–66, 2012.
3 .
有限体上の楕円曲線に関連した 計算問題
安田 雅哉(九州大学マス・フォア・インダストリ研 究所)
3.1 はじめに
本稿では,有限体上の楕円曲線の基本的な性質を紹介したのち,有限体上の 楕円曲線の位数計算であるSchoofアルゴリズム [Sch85, Sch95]を紹介する.
現在までに,SchoofアルゴリズムはElkiesやAtkinらによって高速化改良さ れ,SEA(Schoof-Elkies-Atkin)アルゴリズムとして楕円曲線暗号で利用する ための楕円曲線パラメータ選択時などで利用されてきた(楕円曲線暗号につい ては[BSS99, Coh05]などを参照).本稿では,Schoofアルゴリズムの処理概 要を紹介するとともに,そのアルゴリズムを数式処理PARI [PARI](version
2.9.2)で実装し,その実装ソースコードも付録として示しておく(C言語のラ
イブラリとして利用できるPARIライブラリをインストールしたのち,付録の 実装ソースコードをコンパイルして利用して頂ければ幸いです).