経営経理研究所創立 50 周年を祝す
2) 本格的な研究とヨーロッパへの文明移出の時代
ギリシャの学術文化がバグダッドを中心にアラビア語化されることでア ラビア文明圏に移転されたギリシャ文明圏の遺産を, さらにバビロニア, オリエント (エジプト以来), ペルシャ, インド, 中国の文明の一部をと りいれ, 融合させつつ発展させ, アラビアの学術文明は11世紀には世界 の頂点に立つことになった。 そして, アラビアの学術を今度はヨーロッパ 世界がとりいれ, 自己の文化の土壌にすべくヨーロッパの12世紀ルネッ サンス (ヨーロッパの 「大翻訳時代」, アラビア語からラテン語へ) を迎 えた。 つまり, アラビア文明圏からヨーロッパ文明圏への文明・学術の移 転が遂行されたのである(24)。
これから分野別に詳しく見て行くことにする。
① 数学と天文学
天文学はイスラム教徒が礼拝の方向 (メッカ) を知ったり, 断食月の決
定に必要としたのが動機であり, 数学は実際上の用途 (商業, 遺産相続) のためである。
アル・フワーリズミー (羅名:アルゴリスムス, ホラズム出身, 780〜846年頃)
彼の名前から術語 「アルゴリズム」 (アラビア数字による十進記数法) が生まれ, 数学, 特に代数学の書 アル・ジャブル (原義は力) は, 代 数 (algebraアルジュブラ) の語源となった。 但し, 0を含む10個の数 字による記数法はインド起源である。
イブン・アル・ハイサム(羅名:アルハーゼン, バスラ出身,965〜1039 年没)
有名な 視覚の書 (Kitab al-manazir) , 羅 Opticae thesaurus (視 覚宝典) ) を著し, プトレマイオス他の説 「可視光線が眼から対象に至る」
に反対し, 「光が対象から目に至る」 とした。 いろいろな局面上の反射点 の問題 (アルハーゼンの問題) を論じ, また四次方程式の解法を見出した。
② 医学と哲学
アラブ人の医学教育では, 臨場教育と医学理論研究が結び付いて行われ, 同時にギリシャの科学と哲学も医学の教科課程に含まれていた。
イブン・シーナー (羅名:アヴィケンナ, ブハラ出身, 980〜1037年没) イスラム最大の哲学者 (新プラトン主義) にして医学者, 著書 医学大 全 は 「アラブによる体系化の頂点をなす傑作」 と評された。 12世紀に ラテン語に翻訳され, 16世紀末にいたるまでヨーロッパの医学教育を支 配し続けた。 ヘブライ語やその他の言語にも多く翻訳されている世界的な 大哲学者である。
イブン・ルシュド (羅名:アウェロエス, コルドバ出身, 1126〜98年) 上記イブン・シーナーと同様哲学者 (アリストテレス思想の原像の再現 に貢献) にして医学者, 法学者であり, 法官職を勤めながら多くの医学書・
哲学書を著している。 彼の哲学書 ( 宗教と哲学の調和 ) は13世紀にラ テン語に訳され, 西欧の中世思想界に多大の影響を与えた。
③ 論理学と形而上学 (哲学)
アラブ人が最初に (8世紀頃, キリスト教徒の医学校にて) ギリシャ語 文献に興味を示したのは, 天文学と医学の分野であった。 次いで (9世紀 以降) 哲学関係の著作であったが, これがイスラム思想の主流に多大の影 響を与えた。
アル・キンディー (羅名:アルキンドゥス, クーファ出身, 801〜866) イスラム世界最初の哲学者であり, アラビア語で独自の哲学書 知性論 を著し, アリストテレス哲学を新プラトン主義の立場で消化吸収した。
アル・ファーラービー (羅名:アルファラビウス, ワシージュ出身, 870〜950年)
トルコ系アラブ人。 イスラム世界では, アリストテレスに次いで 「第二 の師」 と言われ, プラトンとアリストテレスを新プラトン主義の立場で統 合しギリシャ哲学のイスラム化に貢献した世界的な大哲学者である。
イブン・シーナー/イブン・ルシュド (上述の医学と哲学の項で述べた)。
④ その他の科学
化学 (錬金術も含む) はアラブ人が発展させた科学の一つである。 元素 変換の可能性を信じている限り, それは錬金術であるが, 実験方法では現 代の化学者と同じ問題の取り組み方をしている科学者がいた。
ジャービル・イブン・ハイヤーン (羅名:ゲーベル, ホラサーン出身, 721〜815年)
医師にして, 錬金術師であり, 宇宙の実在に関するアリストテレス的な 科学論に立脚している。 化学 (錬金術) に関する膨大な著作を残し, その 中の物質 (例, アルコホール) や化学容器を表す言葉の多くがヨーロッパ
諸語に入って来ている。
アル・ビールーニー (ホラムズ, 973〜1050年)
哲学者, 科学者, 旅行家にして, 今のアフガニスタンに住んでいたこと から, インドに詳しく インド誌 を著す。 マスウード典範 は, イブ ン・シーナーの 医学大全 と同様に, 天文学における基準的な書物とさ れている。 元素変換の仮説を否定した一人である。 しかし, 彼の著作はラ テン語訳されなかった。
3) イスラム文明の源泉とヨーロッパへの文明移転, そしてヨーロッパ