第1節 総説
係争委の審査において、沖縄県取消権説は、本件承認処分が「適法」
であることを前提とする「不当」を理由とする本件取消処分であること が、係争委、沖縄県及び国の三者で確認された。本章は、今後予想され る裁判においては沖縄本島の米軍基地過重負担の歴史的現実を「国土利 用上適正且合理的」であることの判断要素とする法律構成をすべきこと の視点から沖縄県取消権説の限界を確認し原処分違法性説へ変更すべき 必然性を考察することにより、沖縄県の勝機を改めて探求するものであ る。
ところで、原処分の不当を理由とする取消権の根拠は行政の合目的性 の回復にあるので、本件承認に至る行政過程が不当性判断において肝要 となる。そこで、その行政過程は、沖縄本島に在る米軍普天間飛行場は、
1996年4月12日の「橋本・モンデール合意」による全面返還の決定から 始まる。稲嶺沖縄県知事は、1999年11月22日、辺野古沿岸域への移設を 承認し、同年12月27日、岸本名護市長の条件付き容認を受けて、政府は、
同年12月28日、閣議決定した。沖縄防衛局は2013年3月22日、前知事に 対し、本件埋立承認出願を行った。17年余経過後の2013年12月27日、仲 井真前知事は、辺野古沿岸域の埋立てを承認した(本件承認処分)。しか し、翁長現知事は2015年10月13日、本件承認処分を取り消した(本件取
消処分)。この間、17年余の年月が経過していることがポイントである。
2016年3月17日、国は、本件取消処分の是正を指示した。この是正指 示に対して、沖縄県は、3月23日、係争委に審査申出書を提出した。係 争委の審査の過程で、5月2日、係争委からの質問に対する回答書にお いて、本件承認処分の「不当の瑕疵」(以下、「不当」)を理由とする本件 取消処分の法律構成を明らかにした(沖縄県5・2回答書)。国も、「違 法の瑕疵」(以下、「違法」)から「不当」を理由とする本件取消処分に対 応する法律構成を、5月9日、係争委からの質問に対する回答と称して 係争委に提出した(国5・9回答書)。沖縄県が本件取消処分の理由を
「不当」とする法律構成を明示した5・2回答書の時点で係争委での勝敗 は事実上、決したと考えられる。
なぜなら、「不当」と「違法」の法的性質が異なるからである。「不当」
は、行政部内における自己統制として原処分の是正が可能とされるもの であるのに対し、「違法」は、客観法秩序違反であるので、原処分は無効 となり、原処分の是正は不可能であることを前提としているからである。
つまり、「違法」の取消しは、法律による行政の原理に基づく適法性の回 復にあるが、原処分が適法であることを前提とする「不当」を理由とす る取消しの要請は強いものとはいえないのである。
本章は、次のように考察される。第2節の、「本件承認処分の強い違法 性」は、取消処分の有無は原処分の違法性の強弱に規定されることから、
仲井真前知事の埋立て承認のもつ意味の理解に関する論点である。第3 節の、「本件取消処分の違法性」は、翁長現知事の埋立て承認取消しのも つ意味の理解に関する論点である。第4節の、「不当を理由とする取消処 分の問題性」は、本件承認処分の不当を理由とする本件取消処分は沖縄 県庁内部の行政統制の問題なので、国が関与制度の是正の指示をするこ とが認められるかという国と沖縄県の関係の理解に関する論点である。
第2節 本件承認処分の強い違法性
「本件承認処分の違法性」における「承認」の意味(目的)は、米軍基 地の建設のために沖縄本島地域内の辺野古沿岸域を埋立てることを承認 することで、この承認に強い「違法性」があるかである。この承認は、
法律的意味と歴史的社会的意味をもっている。
まず、埋立て承認の法律的意味(目的)は、辺野古沿岸域の1.6㎢の埋 立て工事を許可し(埋立権説)、土地造成をして、埋立地の用途に制限さ れた土地所有権を埋立事業計画者に与えることである(土地所有権取得 権説)。そして、陸地となった1.6㎢の土地所有権者は「埋立地の用途」
である「米軍基地」として自由に当該土地の上下の時空を利用できるこ とになる。つまり、米軍基地建設のための辺野古沿岸域の埋立て承認の 法律的意味は、新たに「米軍基地」を提供して自由に利用することを「承 認」することである。沖縄県知事の埋立て承認の法律的意味(目的)は、
公有水面埋立法を根拠法規として米軍基地建設用地に制限された土地所 有権を国(防衛省)に付与するということの承認であり、自由に利用で きる新たな米軍基地を承認することを意味する。土地所有権は特定地(辺 野古埋立地域の1.6㎢)の上下の時空間を自由に利用及び処分する権利だ からである。沖縄県民の代表である沖縄県知事が米軍基地を承認すると いうことの法律的意味は、沖縄県民が新「米軍基地」を承認することで もある。沖縄県は、係争委審査の5・2回答書において、仲井真前知事 の埋立て承認を、「適法」を前提とする「不当」を理由に本件取消処分の 法律構成をした。沖縄県民は米軍基地建設のための埋立てを「適法」と して承認し、新米軍基地建設を「適法」として承認したことを意味する。
ただし、辺野古沿岸域の埋立ては「不当」であるので、その地域以外を 検討して新米軍基地建設の埋立予定地を決定するというものとなる。
次に、新米軍基地を承認することの歴史的社会的意味である。辺野古 沿岸域の埋立地において米軍基地を建設することを承認することは、沖
縄本島の米軍基地過重負担の歴史的現実を承認することを意味する。な ぜなら、新たな米軍基地の建設を承認することは、必然的に、現存する 米軍基地の承認を前提とするからである。少なくとも、現存する米軍基 地に否定的であれば、新たに米軍基地を建設するべきか否かの承認権限 を持つ沖縄県知事は承認しないものである。なぜなら、自由な生活・経 済(国民経済)の原動力・基盤である土地所有権が130万人の住む沖縄本 島(1208㎢)の約18%を占める米軍基地221㎢の土地利用に固定化され、
米軍基地は、戦後71年にわたって沖縄県民の自由な生活、経済を著しく 阻害してきているからである。このような沖縄本島の米軍基地過重負担 の歴史的現実の過程で、米軍基地の土地利用権原(土地所有権)の付与 の埋立て承認裁量権をもっている沖縄県知事が、辺野古沿岸域の埋立て を承認することは、現存の米軍基地即ち沖縄本島の米軍基地過重負担の 歴史的現実を現段階で承認すること、即ち追認することを意味している のである。この米軍基地過重負担の歴史的現実の追認が、本件埋立て承 認が米軍基地過重負担を固定化することの本質的意味である。したがっ て、「埋立地の用途」としての米軍基地のための埋立て承認の判断過程に、
米軍基地過重負担の歴史的現実の「想像を絶する」不利益を行政責任者 として担っている沖縄県知事にとっては、その承認基準である「国土利 用上適正且合理的」であるかの判断過程において米軍基地過重負担を追 認することを意味する承認をすることは著しい裁量権の逸脱・濫用の強 い違法性を帯びるのである。したがって仲井真前知事は「国土利用上適 正且合理的」であるかの判断過程に沖縄本島の米軍基地過重負担を判断 要素とせずに、その適合性を裁量判断したことは、仲井真前知事の本件 埋立て承認に裁量権逸脱・濫用の強い違法性が認められるのである。
それでは、この沖縄の米軍基地過重負担の歴史的現実とは何か。歴史 的現実とは、現実(存在)を過去・現在・未来(将来)という時空間に おいて捉えることである。米軍基地の土地利用権原である土地所有権は
特定地の上下の時空間を自由に利用及び処分する権利だからである(民 法206条・207条)。
沖縄の米軍基地過重負担を特定地(地籍・地積)の上下の時空間の側 面で捉えると(「静態的面積」)、米軍基地(221㎢)は沖縄本島(1208㎢)
の約18%を占有し、その特定地を米軍基地として自由に利用している。
国土面積比でみると、国土の約0.6%の沖縄県に約73%の米軍専用施設が 配置・配備されている。全国比面積で、沖縄県は約468倍もの米軍基地を 過重負担しているのである。
また、米軍基地を動態的側面で捉えると(「動態的機能」)、このような 時空間における沖縄県の米軍基地過重負担は、米軍基地の自由な利用及 び軍事機能の自由は沖縄地域に約468倍もの沖縄県民への人権侵害の危険 性、自然環境破壊・生活環境侵害の危険性を意味し、その危険性は、沖 縄県民の人権侵害、自然環境破壊及び生活環境侵害として現実化する。
つまり、沖縄県民の米軍基地過重負担は、①「地域経済向上の阻害要 因」、②「航空機騒音の住民への悪影響や演習に伴う事故の発生」、③「後 を絶たない米軍人・軍属による刑事事件の発生」、④「汚染物質の流出等 による自然環境破壊の問題」、さらに、⑤「不平等な基地負担による国民 の安全保障観への悪影響」等に現れてきているのである。
したがって、沖縄の米軍基地過重負担を承認することは、沖縄県民に 対する「想像を絶する」人権侵害、生活環境、自然環境破壊の危険性、
現実化の沖縄の歴史的現実を承認することを意味するのである。
ここでは、①「地域経済向上の阻害要因」と③「後を絶たない米軍人・
軍属による刑事事件の発生」問題をより具体的にみることにしよう。
まず、①「地域経済向上の阻害要因」の内実を考察する。この内容は 沖縄本島の米軍基地過重負担の歴史的現実の固定化による「膨大な経済 的不利益」である。「膨大な経済的不利益」とは、沖縄に米軍基地過重負 担がなければ、本来、沖縄県(民)が得られる利益が得られなくなると