第 3 章 多セル空洞 27
3.4 有限セル数の加速管理論
有限個数(N としよう)のセルからなる加速管は両端で周期性が崩れており、周期構造 ではなく、準周期構造である。その基本的な性質を、図3.4 を書き直したN セル構造の
等価回路(図3.11)で調べてみよう。とりあえず簡単のために抵抗分のない理想的な場合
を考える。ここで特に注意しなければならないのは両端のセルである。それは片隣りとの み結合しているので、その固有周波数は一般のセルと異なるはずである。また両端の境界 条件から0モードは存在できない。
3.4 有限セル数の加速管理論 43
3.4.1 Rees 理論
有限数セルの加速管のモード特性についてはRees [20]の理論があり、ここではその概 要を説明する。
C' C'
L Lt
L i1
~
L Lt L
C' C'
C C
Ct C C Ct
i2
~ i~3
iN
−2
~ iN
−1
~ i~N
図3.11 N セル構造の等価回路
まず、一般のセルについては、回路定数L、C、結合容量C0 を使ってその固有共振周 波数および結合定数を
ω0 ≡ 1
√LC, k ≡ 2C
C0 (3.50)
と表わす。一方、端部セルについは共振周波数回路定数をLt、Ct として ωt ≡ 1
√LtCt
, kt ≡ 2Ct
C0 (3.51)
と表わす。ここで結合があまり大きくない場合を考えるとすれば L ' Lt、C ' Ct、 k 'kt 1としてよいであろう。そうするとk についての1次近似で
1 + k
2
ωt2˜i1− kω02
2 ˜i2 =ω2˜i1 (1 +k)ω02˜i2− kω02
2 ˜i1− kω20
2 ˜i3 =ω2˜i2 ...
(1 +k)ω02˜iN−1− kω02
2 ˜iN−2 − kω20
2 ˜iN =ω2˜iN−1
1 + k
2
ωt2˜iN − kω02
2 ˜iN−1 =ω2˜iN (3.52)
44 第3章 多セル空洞 という関係が成り立つ。
ここでπモードとし、さらにどのセルでの振幅が等しいという加速器で要求される条件 を課してみる。すなわち
˜i1 =−˜i2 = ˜i3 =· · ·= (−1)N−1˜iN (3.53)
として式(3.52)を解けば、一次近似で
ωt2
ω02 = 1 +k (3.54)
となって、端部セルの固有周波数が決まる。またπモードの周波数ωπ についても ωπ2
ω02 = 1 + 2k (3.55)
という解が得られる。
一般にこの構造のN個の固有モードは
H˜i= ω
ωπ 2
˜i (3.56)
という固有方程式を解いて求められる。ただし
H=
1−k2 −k2 0 . . . 0 0 0
−k2 1−k −k2 0 . . . 0 0 0 −k2 1−k −k2 0 . . . 0 . . . . . . . .
0 . . . 0 −k2 1−k −k2 0 0 0 . . . 0 −k2 1−k −k2 0 0 0 . . . 0 −k2 1−k2
(3.57)
および
˜i=
˜i1
˜i2
˜i3 ...
˜iN−2
˜iN−1
˜iN
(3.58)
3.4 有限セル数の加速管理論 45 である。そのm番目の固有値を(ωm/ωπ)2と表わせば
ωm ωπ =
r
1−2kcos2mπ 2N
'1−kcos2mπ 2N
(m= 1,2, . . . , N) (3.59) である。またそれに対応する固有ベクトル˜im = {˜im,n}(ただし n = 1,2, . . . , N) は、
˜i2m = 1と規格化して
˜im,n=
s 2
(1 +δmN)N sin
(2n−1)mπ 2N
(3.60) で与えられる。ここで n はセル番号、δmN はクロネッカーのデルタ記号である。なお m = N の場合はπ モードであって ωN = ωπ あることは明かである。典型的なN = 5 の場合について、これらの公式で計算した固有値および固有ベクトルを図3.12および図 3.13に示す。ここで結合定数kの大きさには典型的な0.05を選んでいる。
1 2 3 4 5
0.995 0.99 0.985 0.98 0.975
図3.12 N=5の場合の固有値、結合定数k= 0.05
3.4.2 壁損の考慮
次に、空洞の壁損も考慮に入れるために図3.11 の等価回路に小さな抵抗分rを追加し た図3.14のような回路で解析する。この場合、式(3.52)は次のように変更される。
46 第3章 多セル空洞
1 2 3 4 5
-0.6 -0.4 -0.2 0.2 0.4 0.6
1 2 3 4 5
-0.6 -0.4 -0.2 0.2 0.4 0.6
1 2 3 4 5
-0.6 -0.4 -0.2 0.2 0.4 0.6
1 2 3 4 5
-0.6 -0.4 -0.2 0.2 0.4 0.6
1 2 3 4 5
-0.6 -0.4 -0.2 0.2 0.4 0.6
m = 1
m = 2
m = 3
m = 4
m = 5
cell number n amplitude
mode number
図3.13 図3.12の場合の5個のモードの振幅
1 + k
2 +jωCtr
ωt2˜i1− kω20
2 ˜i2 =ω2˜i1
(1 +k+jωCr)ω20˜i2− kω20
2 ˜i1− kω02
2 ˜i3 =ω2˜i2 ...
(1+k+jωCr)ω02˜iN−1 − kω02
2 ˜iN−2− kω02 2 ˜iN
=ω2˜iN−1
1 + k
2 +jωCtr
ωt2˜iN − kω02
2 ˜iN−1 =ω2˜iN (3.61)
3.4 有限セル数の加速管理論 47
r r
C' C'
i3
i~1 ~
L1 L L
C1 C C
i2 ~
図3.14 壁損を表す抵抗rを図3.11に追加した回路図
これは式(3.56)で摂動行列H1 が付加されたとして表される。すなわち
(H+H1)˜i= ω
ωπ 2
˜i (3.62)
これまでの小結合近似ではこの摂動行列H1 は式(3.36)を使って
H1 '
j
Q 0 0 . . . 0 0 0
0 Qj 0 0 . . . 0 0 0 0 Qj 0 0 . . . 0 . . . . . . . . 0 . . . 0 0 Qj 0 0 0 0 . . . 0 0 Qj 0 0 0 0 . . . 0 0 Qj
(3.63)
と表せる。そうすると摂動H1による固有値および固有ベクトルの変化分は1次近似の範
囲で、式(3.59)および(3.60)で与えた0近似の固有値および固有ベクトルを使って
∆ ωm
ωπ 2
= ˜itmH1˜im (3.64)
∆˜im =
N
X
p=1,6=m
˜itpH1˜im ω
p
ωπ
2
−
ωm
ωπ
2
˜ip (3.65)
と書ける。ここで添字tは転置行列を意味する。式(3.64)に式(3.63)を代入すればm番 目の固有値は
ωm
ωπ → ωm
ωπ
1 + j 2Q
(3.66) という、減衰項が付加された、よく知られた結果が得られる。一方、固有ベクトルについ ては、H1は対角行列であるので式(3.65)の右辺は恒等的に0となって第0近似と同じで ある 。
48 第3章 多セル空洞 上のような1次摂動計算は応用範囲が広い。たとえばn番目のセルだけ固有共振周波 数に
ω0 →ω0+δω0 (3.67)
のような誤差をもつ場合を考える。その場合、H1のn番目の対角項は j
Q → j
Q + 2δω0
ω0 (3.68)
となる。この新しい摂動行列のもとでは式(3.65)の右辺は0ではない。とくに大事なπ モードの場合、˜iN 以外のベクトルが混じって、最早、平坦場ではなくなる。なかでも式
(3.65)右辺のうち、分母が最小となるp=N−1モードの混合の影響が大きい。なおこの
解析を個々のセルが固有共振周波数に誤差を持つ場合に拡張することは容易である。
3.4.3 外部励振源の追加
さらに現実のモデルに近づくために外部励振源がある場合を考える。図3.15のように、
あるセルが電圧V e˜ jωtで外部から励振されている場合は式(3.62)が
(H+H1)˜i− ω
ωπ 2
˜i=
0...
0
−jωCV˜ 0...
0
(3.69)
のように、励振項を追加した形になることは容易に確かめられる。
3.4.4 π モード振幅のセル依存性
最後にこの方法で、有限なQ値をもつπ モード定在波型加速管を周波数ω = ωπ で外 部励振した場合の各セルでの振幅を具体的に計算してみよう。簡単のために、励振は最も 左端のセル(n= 1)で行われ、励振振幅は
−jωCV˜ ≡I˜ (3.70)
と置く。すると式(3.69)はEをN 行N 列の単位行列として
3.4 有限セル数の加速管理論 49
r L r
C C C
C' C'
n + 1 n − 1 n
V ~ e
jωtL
cell number:
図3.15 励振源がある場合の等価回路
(H+H1−E)˜i=
I˜ 0...
0
(3.71)
と書き直される。この式の解の固有ベクトル展開を
˜i=
N
X
1
am˜im (3.72)
と置く。式(3.60)を使えば各振幅amは
aN =−j Q
√N I˜ am=−j Q
1−jQ∆m
sin mπ2N qN
2
I˜ (m6=N) (3.73)
となる。ただし
∆m ≡ ωm
ωπ
2
−1 (3.74)
であるが、これはπモードからの周波数差の目安を表している。これからQ値は十分大 きいがセル数 N はそうでもないときはaN 以外は無視してよいことが分かる。すなわち 純粋のπモードに極めて近い励振であるとしてよい。しかしセル数N が大きくなってゆ くと、もう少し詳しい解析が必要になる。πモード以外の成分の内でaN−1 が圧倒的に大
50 第3章 多セル空洞 きいことは式(3.74)から云える。そこで π モードにこの隣接モードのみが混ざると簡単 化して解析を進めよう。ここでその混合効果を見るために両端のセル (n= 1およびN) における振幅˜i1および˜iN を求めてみる。式(3.60)、(3.73)からそれらは
˜i1
I˜ ' −j Q
√N
1 +
√2 sinh
(N−1)π 2N
i 1−Q∆N−1
˜iN
I˜ ' −j Q
√N
(−1)N−1 +
√2 sinh(N−2)(N−1)π
2N
i 1−Q∆N−1
(3.75)
が得られる。特にセルごとの損失の効果を際だたせるために、Q値として1000という比 較的小さい値を選んで、振幅の比の絶対値|˜iN/˜i1|および位相差argh
(−1)N−1˜iN/˜i1i を 計算してみると、それぞれ図3.16および図3.17のようになる。この結果からセル数が増 加するとともに振幅、位相のずれが大変目立ってくることがわかる。それは、N が大きい とき∆N−1が
∆N−1 ' −kπ2
2N2 (3.76)
のように N2 で減少するからである。このようにπ モード加速管ではセル数の増加につ れて加速効率が急激に劣化することに注意しなければならない。
5 10 15 20
0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9
|
~i (end cell) / ~i (first cell)|
N図3.16 有限なQ値のN セル構造で、一端からπモードを励振したとき、終端セ ルの相対振幅。Q= 1000およびk= 0.05を仮定。