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﹁ 普

ドキュメント内 真宗研究49号全 (ページ 70-92)

賢 之

徳 ﹂

についての

一 考

1三願的証に関連して

l i

京都女子大学

佐 々 木

言子

JA、

は じ め

浄土教思想史の上で︑とりわけ﹁本願他力﹂を初めて明確に論じられた点で︑曇驚大師︵四七六

1

五四

二︶

﹁浄土論証﹄がきわめて重要であることは言うまでもないであろう︒その巾でも︑﹁他力﹂の真髄を論ずる一節と

して︑いわゆる﹁三願的証﹂が注目される︒すなわち魂訳﹁無量寿経﹄︵註︵2︶参照︶の四十八願の中で︑第十一︑

二十二願を取り上げて︑衆生往生の因果が阿弥陀仏の本願力によること︑そして迅速に正覚に至ることにな

 

ることの証とされた︑この﹃浄土論註﹄最終の一段は︑﹁他力﹂の意義を示すものとして重要であり︑その中でも

とりわけ︑第二十二願に示される﹁普賢の徳﹂が注目されるのである︒というのは︑大乗仏教の菩薩道としても︑

またそれは︑﹁華厳経﹂の﹁普賢行願讃﹂などとまた﹁本願他力﹂が示される上においても︑重要な意味を持ち︑

の関連も無視できないものと考えられるからである︒そこで︑﹃華厳経﹂などの大乗経典に見られる﹁普賢の徳﹂

の考察を通して︑﹁他力﹂を示された曇驚大師の思想の深みをいくらかでも窺ってみたい︒

Lについての一考察

﹃無

量寿

経﹄

に見える﹁普賢︵之徳︶﹂

﹁無量寿経﹄には︑漢訳五本及びチベット訳とサンスクリット本の七種が現存するが︑それらの聞には思想的な

展開をも含め相当の異同があることが既に示されている︒ここで取り上げる﹁普賢﹂あるいは﹁普賢之徳﹂に関連

する記述についても︑それら諸本の間で相違が見られる︒普賢菩薩あるいは普賢之徳に関する記述は︑初期の無量

寿経

すな

わち

﹃大

阿弥

陀経

﹄︑

﹁平

等覚

経﹂

にはなく︑後期の親訳﹃無量寿経﹄以降の漢訳およびサンスクリット本︑

チベット訳に現れるのである︒﹁普賢﹂が記述される文節およびそれらの異同を見ると次のようである︒

① 

経典の冒頭に︑声聞衆の集会が挙げられた後に菩薩衆が列記される一節は︑初期の﹃大阿弥陀経﹄に存在せ

ず︑﹁平等覚経﹄には︑比丘衆の集会があげられるが菩薩衆には触れられていない︒親訳﹁無量寿経﹄におい

て︑左のように普賢菩薩を先導とする菩薩衆の集会が挙げられるあるいは初期の経典からすれば付加されて

いる

と言

えよ

う︶

又与大乗衆菩薩倶︒普賢菩薩・妙徳菩薩・慈氏菩薩等

士之徳具諸菩薩無量行願:・ 此賢劫中一切菩薩

又:

:・

・解

脱菩

皆遵普賢大

本︑チベット訳には︑﹁また この親訳から三

OO

年近く後に漢訳された﹁如来会﹄にもほぼ同様の一節が記述されるが︑サンスクリット

マイ

トレ

1ヤを先導とする多くの菩薩・大士たちも一緒であった﹂とあるのみ

で﹁

普賢

::

:﹂

には

触れ

られ

てい

ない

では︑右の引文の傍線部﹁︵集会の菩薩たちは皆︶普賢大士の徳に遵へり:・:﹂とあ

り︵﹁如来会﹄もほぼ同じ︶︑普賢菩薩に率いられた菩薩衆が語られている︵あるいは︑追加されていると見られ この貌訳﹃無量寿経﹄

②  る︶ところから︑後述するように︑この貌訳あたりから﹃華厳経﹂の影響が強くなったものと見られる︒

親訳﹁無量寿経﹂の四十八願文中の第二十二願もまた︑初期無量寿経では﹃大阿弥陀経﹂には存在せず︑

﹁平等覚経﹂には︑第二十願にきわめて簡略な文面で述べられるだけで︑貌訳以降︵サンスクリット本︑チベ

ット訳を含む︶に見られる﹁普賢之徳﹂なる語はそれらのいずれにもない︒﹁必至補処の願﹂あるいはご生

補処の願﹂と呼ばれ︑親驚が﹁還相回向の願﹂として重視されたことは周知のとおりである︒願文をうかがう

設我得仏他方仏土諸菩薩衆来生我国究寛必至一生補処

若不爾者

供 養

不 喜

聖仏 語 2 裂

除其本願自在所化

開化恒沙無量衆生

為 衆 生 故 被 弘 誓 鎧

度脱一切諸地之行現前

すなわち︑ここに︑﹁私︵法蔵比丘︶が仏を得たとき︑他方の仏国土のもろもろの菩薩たちが私の 積累徳本超出常倫

遊 諸 仏 国 修 菩 薩 行

修習普賢之徳 使立無上正真之道

︵仏

︶国

に来生して︑究極に至り一生補処に至る︑そうでなければ私は正覚をとりません﹂という誓願の主文に付され

た条件句が﹁ただし︑その本願の自在に化するところ︑すなわち衆生のためのゆえに︑弘誓の鎧に身をつつみ︑

多くの功徳を積み︑一切の衆生を救い︑諸仏の国土に行って菩薩の修行をなし︑あらゆる仏・如来たちを供養

し︑ガンガl河の砂の数ほどの無数の衆生を導いて︑無上の悟りの道に至らしめ︑通常の菩薩行の階梯を超え

てもろもろの菩薩地の行がそこに現前する︑普賢の徳を実践する

ある︒この条件句の中の説明句︵各形容句︶ ︵そのような本願の菩薩たち︶を除いて﹂と

8︶ は︑﹁修習普賢之徳﹂を形容修飾するものと解されるところから︑

﹁普賢の徳﹂の実践とはあらゆる衆生を無上の悟りへと救おうとする利他行に逼進・徹底するという菩薩道で

あるということを示していることになるであろう︒

以上のとおり︑﹁普賢﹂が見られるのは︑これら①︑②の二箇所のみであり︑しかもいずれも貌訳以降の﹃無量

﹁普賢之徳﹂についての一考察

﹁普

賢之

徳﹂

につ

いて

の一

考察

寿経﹄に見られる点から︑親訳あたりから﹃華厳経﹄の影響︵普賢菩薩の影響︶が強くなったと見ることができる

であろう︒というのは︑普賢について述べる︑あるいは普賢菩薩を中心的に述べるのがつ華厳経﹄であるからであ

る︒そこで︑﹁華厳経﹄において︑﹁普賢︵之徳︶﹂はどのように示されているか︑うかがうこととしよう︒

﹃華

厳経

﹄ に見 える

﹁普 賢︵ 行願

︶﹂

﹃華厳経﹂は︑主たる漢訳として通称﹃六十巻華厳﹂︑﹃八十巻華厳﹄︑﹃四十巻華厳﹂の三本及びサンスクリット

本・チベット訳では﹃十地経﹂︑﹁入法界品﹄が現存する︒﹃華厳経﹄と浄土経類の関係については︑﹁華厳経﹂の成

立期が最初期の﹃無量寿経﹂とほぼ同じ頃︑あるいは若干遅れると見られ︑﹁無量寿経﹄の成立・展開の時期と相

前後して﹁華厳経﹄も成立・展開したものと見られている︒また︑訳出年代︵註︵9︶参照︶から見て︑目下課題

とする曇鷺の時代には︑その中でも﹁六十巻華厳﹄を知るのみであったと考えられる︒その点を念頭に置き︑﹁普

賢﹂に関連して﹃華厳経﹄を概観しよう︒

そもそも﹁華厳経﹂では︑大正覚の中にある釈迦牟尼世尊が毘宜舎那仏︵あるいは宜舎那仏H

︿包

2 2 5

︵ 日︶

岳山︶として現れ︑仏の不可思議な世界を出現させると︑集会の菩薩たちはかの毘虚舎那仏の威神力に加護きれ︑

うながされて︑さとりの境地へといざなわれる︑そして︑その先導役︵上首︶である文殊菩薩︑普賢菩薩ら︵いく

つかの品では別の菩薩︶が同じく毘麗舎那仏の威神力を受けて集会の菩薩たちに説法をなす︑という形で説かれて

∞己 己・

いるのである︒毘麗舎那仏とは︑大正覚の中にある世尊が日輪のように輝き︑光明を輝き出すという意味で︑この

︵ 日︶

別称をもって呼ばれることとなっていると理解することができ︑同様にまた︑普賢︵印国

B

山 口 E

σ F

白骨

凶︶

とは

︑本

来﹁普く優れた﹂﹁普く幸いなる﹂を意味する形容詞で︑この﹃華厳経﹄の中でも形容句としてしばしば用いられ

その光明に照らされて普く優れた姿になっている菩薩を意

味することとなり︑﹁言語・思慮を絶したほとけのさとりを人格的にあらわした菩薩﹂あるいは﹁大慈悲を具現化 ている︒それがさらに︑毘慮舎那仏たる世尊にまみえ︑

し人格的にあらわした菩薩﹂とも言える︒そこで︑深いコ一昧に入って沈黙したままの世尊︵あるいは毘虚舎那仏︶

その威神力を受けて悟りへと高揚している菩薩たちーーその先導者である普賢菩薩

li

が︑

説法

をな

す︒

に代

って

菩薩

の大

願︑

大行

すなわち菩薩とはいかなる志願をもっていかなる実践をなすか︑をその説法の中で語るのであ

る ︒

﹃華

厳経

の大半︵六十巻本では三割強︶を占める﹁入法界品﹂によって︑

その

概要

を見

ると

その

回目

頭は

爾時仏在舎衛城祇樹給孤独園大荘厳重閣講堂与五百菩薩摩詞薩倶普賢菩薩文殊師利菩薩而為上首

︵大正蔵第九巻︑六七六上

で始まり︑普賢菩薩︑文殊菩薩を上首とする五百人︵サンスクリット本では五千人︶の菩薩たちの集会が示される︒

さらに︑﹁その菩薩たちは︑仏の神変にまみえて︑普く優れた菩薩行とその誓願に熟達していた:::﹂と語られ︑

菩薩︑声聞︑香属たちがその仏の大いなる神力に包まれている中で︑先導役の普賢菩薩︑文殊菩薩らは︑仏の獅子

奮迅

三昧

につ

いて

さらに法界の真理の輝きについて説法し教化する︒集会の中にいる長者の子善財︵

ω

EE

が文殊菩薩に近づき︑説法を受けることとなって︑文殊菩薩の導きで求法の旅が始まる︒:::というようにして︑

﹁入

法界

品﹂

の主物語へと導入されるのである︒

このような序章で始まる﹁入法界品﹂は︑周知のとおり︑善財童子が五十三人の善知識を訪ねる求法の旅を物語

るの

であ

るが

その最後は︑五十三番目に︑普賢菩薩に見え︑菩薩の限りない神変を目の当たりにして︑普賢菩薩

の清浄性の説法を受ける︒そして︑本品の最後が次のように結ぼれる︒

爾時善財童子能白究寛普賢所行諸大願海不久当与一切仏等

一 身 充 満 一 切 世 界 剃 等 身 等 行 等 正 覚 等

﹁普賢之徳﹂についての一考察

ノ、

ドキュメント内 真宗研究49号全 (ページ 70-92)

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