マキ ノ雅弘の 「最後の弟子」 としての澤井信一郎
『 時 雨の記 』の監督 で あ る澤井信 一郎 は、
1960年
代 か ら1970年
代 にか けて、斜 陽化 して い く 日本 映画界 にあ つて 、東映 の助 監督 を長年 にわた って務 めて き た人物 で あ る。彼 は 、佐藤 純爾や石 井輝 男 、深 作欣二や野 田幸男 、鷹 森 立一 に 鈴木則 文 、とい った この時期 に頭 角 をあ らわ して いった、新 たな世代 の監督 た ちにつ く一方 で 、渡辺 邦男や佐伯清 、マ キ ノ雅 弘 の よ うな 日本映画 の黄金期 を 支 えた、ベ テ ラ ン監督 に よる作 品の助 監督 も担 当 した。
特 に、マ キ ノ雅 弘 に関 して は、マ キ ノの 「最後 の弟 子 」 と して 、『 任侠男一 匹』
(1965年
)、 『 昭和残侠伝血染 の唐獅子 』
(1967年
)、 『 使 骨 一代』(1967年
)、 『 ごろつ き』(1968年
)、 『 新網 走番外 地』(1968年
)、 『 昭 和残使伝唐 獅 子仁 義』
(1969年
)、 『 日本侠 客伝花 と龍』
(1969年
)、『 昭和残侠伝
死 んで貰い ます 』
(1970年 )と
、8本
の作 品83につ いてい る。これ らの作 品は、高倉健 を主演 に据 えた、いわゆ る東映任侠 路線 の作 品であ り、
マ キ ノ雅 弘後 期 の傑 作群 で あ る と言 え るだ ろ う。その助 監督 で あつた澤井信一 郎 は 、これ らの作 品 を通 して 、マ キ ノか ら、映画演 出 とい うもの につ いて多 く の もの を学 んだ ので あ る。澤井 は助 監督時代 に着 いてのイ ンタ ビュー でマ キ ノ 雅 弘 につ いて語 つた部分 を次 の よ うな言葉 で締 め くくってい る。
助 監督 が 監督 か ら学び取 り得 るのは、独 特 の感 覚 で はな く、映画 に対す る対 し方 、つ ま り脚 本 へ の対 し方 、セ リフや仕 草 の 自分 流 の リズム、テ ンポの発 見 、確 立 とい った方 法意識 なのです。感 覚 は、生 まれつ きの体質 み たいな も のです か ら、学び とれ ないのです。 カ ッ トの割 り方や 、カメ ラのア ングル 、
日線 の取 り方 とい つた瑣 末 な こ とだ けに 目が い くの は、助 監督 の学 び方 と し て は、 あ ま りよ くないです ね84。
この言葉 か らも分 か るよ うに、澤 井信一郎 は、マ キ ノ雅 弘 とい う日本 映画 の 伝 統 そ の もの を体現す る映画 監督 よ り、映画演 出 の具 体的 な技法や ノ ウハ ウは
93
も ち ろ ん だ が 、 そ れ よ りも、映 画 とは何 か 、 とい つ た本 質 的 な こ とに 関す る、
取 り組 み 方 を学 ん だ の で あ る。
つ ま り、澤 井 信 一 郎 は助 監督 と して 、映 画 界 が 変 わ っ て い く転 換 期 をそ の肌 で 直接 感 じな が ら、同時 に 、そ れ 以 前 の黄 金 期 、古典 期 の伝 統 を も身 につ けて い つた の で あ る。
この よ うな助 監督 時 代 の経 験 をへ て
1980年
代 に よ うや く監督 と して デ ビュ ー した澤 井 信 一 郎 は 、古典 的 で あ る こ との重 要性 や価 値 を十 三分 に知 りなが ら、転 換 期 をへ た 日本 映 画 に お い て は 、古典 的 で あ る こ と、 日本 映 画 の伝 統 に則 つ た 映 画 を忠 実 に再 現 す るだ けで は必 ず しも充 分 で は な く、そ もそ もそれ は 、撮 影 所 が衰 退 した 時 代 で は き わ め て 困難 な こ とで あ る。 ゆ え に 、それ だ けで は な い 、何 か そ こに付 与 され る、新 しさ、が な けれ ば な らな い 、そ うで な けれ ば現 代 に 日本 映 画 を撮 る意 味 な どな い 、とい うこ とに も 自覚 的 で あ つた はず で あ る。
この、過去 をふ ま えなが ら現代 を模 索せ ね ばな らない とい う澤井信 一郎 の 自 覚 は、彼 の ち ょ うど
10本
国の監督 作 品で あ る『 時雨の記』 に もあ らわれてい るよ うで あ る。さて 、そ の『 時 雨の記 』で あ るが、 これ は、女性 と して は じめて芥川 賞 を受 賞 した作 家 で あ る中里 恒子 が
1977年
に発表 した小説 を原 作 と して い る。物語 は、妻子 あ る50代
の男性 が、20年
ぶ りに再会 した40代
の女性 と恋愛 関係 に 陥 る、 とい うもので、澤井 いわ く 「この とき初 めて大 人 を撮 」85っ た作 品で あ る。澤 井 信 一 郎 の作 品歴 と特 徴
ここで澤井信 一郎 の『 時 雨の記』 までの作 品歴 を少 し確認 してお きたい。
1981年
の『 野菊 の墓』で監督デ ビュー した澤井信一郎 は、1980年
代 の 日本 映画界 にお いて無視 で きない潮 流 と して あつた いわ ゆ る、アイ ドル 映画 、の 中 心的 な担 い手 と して キ ャ リアを積 んでいた、とい うこ とが言 えるだ ろ う。角川映 画製 作 の作 品 を中心 と した
1980年
代 のアイ ドル映画 は、青春 だ けに とどま らず 、 ミステ リーや サ スペ ンス、 ア クシ ョン、時代劇 、SFま
で実 に幅広 い ジ ャ ンル で撮 られ て いたが 、澤井信 一郎 は青春 、それ も少 女 が女性 へ と変 わつて い く性 の成熟 の過程 を描 いた作 品や 、あるいは難病 に よつて閉 ざされ る少女 の 純愛 を描 いた作 品な ど、少 女 、女性 が物語 の 中心 とな る女性 映画 を得意 と してきた。
例 えば 、デ ビュー作 の『 野菊 の墓 』は言 うまで もな く、伊藤 左 千夫 の同名 小 説
(1906年 )を
原 作 と してお り、1度
目の映画化 で あ る木 下恵介 監督 に よる『 野菊 の如 き君 な りき』
(1955年 )が
特 に有名 な、古典 的 な純愛物語 で あ り、また 、
1988年
の『 ラブ 0ス トー リー を君 に』 は、 白血病 に侵 され た少 女 (後 藤 久美 子)が
淡 い想 い を抱 く大学生 の青年 (仲村 トオル)に
見守 られ なが ら命を落 と して い く、 とい う、『 愛 と死 をみつ めて』の流れ を くむ、典型 的 な難病 ものの純 愛 映 画 で あ る。
また、『
Wの
悲劇 』(1984年 )は
、夏樹 静 子 の ミステ リー小説(1982年
)を原 作 と しなが らも、それ を劇 中劇 と して のみ描 き、外枠 の物語 と して は、一 流 の女優 を夢 見 る劇 団員 (薬師丸 ひ ろ子
)が
あ るスキ ャン ダル を きっか けに ス ターヘ の道 を駆 け上が って い く、少 女 の成 功 とそ の挫 折 を描 いた青春 映 画 で あ る し、『 早春物語』(1985年 )も
、年 上 の男性 (林隆三)と
の交流 をへて、少 女 (原田知 世
)が
恋 愛 とい うもの に 目覚 めて い く、少 女 の女性 と して の性 の 自党 を描 いた作 品 とな つて い る。この よ うな澤 井信 一郎 の作 品群 は、難病 、純愛 、性 の 目覚 め、青春 といつた キー ワー ドに よつて特徴 づ け る こ とがで き、そ の意 味 で、転換期 にお け るメ ロ ドラマ映 画 にみ られ たふ たつ の流れ の うち、『 愛 と死 をみつ めて』に代表 され る純 愛映 画 と通底す る面が強 い とい うこ とがで きるだ ろ う。
しか し、一方 で、澤 井信 一郎 の作 品には、単純 な純愛や 青春 だ けではお さま らな い面 も存在 す る。 例 えば、
1987年
の『 恋人たちの時刻』 は、その 冒頭 が 海 辺 で の レイ プ未遂 シー ン とい うシ ョッキ ングな もので あ り、物語 も数 々の男95
性 遍 歴 を持 つ 女 性 (河合 美 智 子
)と
、彼 女 に惹 か れ て い く青 年 (野村 宏 伸)と
を め ぐる性 愛 の ドラマ で あ る。 これ は 明 らか に、転 換 期 にお け る 日本 の メ ロ ド ラマ 映 画 の も うひ とつ の流 れ の な か に あ る作 品 とな つ て い る。 また 、高橋 留 美 子 の有名 な ラブ コメ漫 画 、『 めぞん一刻』
(1980年
〜1987年 )を
原 作 と して い る映画、『 めぞん一刻』(1986年 )に
もその よ うな側 面 がみ られ る。『 め ぞ ん一刻 』 は、冴 えない青年 (石黒 賢)と
、夫 と死別 した女性 (石原真 理子)との純愛 を喜劇 的 に描 く、とい う原 作 の内容 に則 しなが らも、原作 には登場 し な い、謎 めいた男 (田 中邦衛
)と
女 (高田久子)を
登場 させ 、心 中未 遂 を繰 り 返 す彼 女 た ちの生 と死(=性
と死)を
決 して少 な くない比 重 で描 い て い る86。さ らに、ミステ リー を劇 中劇 と して描 く、とい う入 り組 んだ構成 もあつて変則 的 な もので あ るものの、間違 い な く少 女 を主人公 と した青春 映画 で あ る『
Wの
悲劇 』にお いて さえ、そ の主人公 の少 女 は映画 の 冒頭 、早 々に純潔 (ヴァー ジ ン
)を
喪 ってお り、そ の体験 が彼 女 の青春 のス ター トとな つてい るの で あ る。つ ま り、澤井信 一郎 は、転換期 にお ける 日本 の メ ロ ドラマ映画 のふ たつ の流 れ 、そ の特徴 をあわせ持 つ存在 なので あ り、転換期 をへ た
1980年
代 に、そ の ふ たつ の流れ をあ る意 味で、混合 させ て きた映画 監督 で あ る と言 え るので あ る。しか し、純 愛 と性愛 いずれ にせ よ、澤井信 一郎 はアイ ドル映画 を得意 とす る 監督 と して 、
1980年
代 を通 して、松 田聖子 や薬 師 丸ひ ろ子 、原 田知世や石原 真 理 子 、河合美 智 子や後藤 久美 子 、な どな ど、当時一世 を風靡 した、も しくは 売 り出 し中で あ った10代
か ら20代
前 半のアイ ドル 、大人 ではないまだ未成 熟 の女性 を主人公 としていた こ とにつ いては、一貫 してい る。それ は 、 アイ ドル 映画 で はない
1990年
代 に入 つてか ら監督 した作 品 につ い て も同様 で あ る。澤井信一郎 は1990年
代 、『 時 雨の記』 を撮 る1998年
まで に、『 福 沢諭 吉』(1991年 )と
『 わが愛 の譜滝廉太郎 物語』
(1993年
)、それ に『 日本 一短 い 「母 」へ の手紙』
(1995年 )と
、3本
の作 品 を監督 して い るが、 これ らの作 品 も物語 の 中心 とな るのは大人で はな く若者 で あ る。『 福 沢諭 吉』は福 沢諭 吉 (柴田恭 兵
)本
人 とい うよ りも、その生徒 た ち (哀川 翔 、仲村 トオル な ど
)の
人 生 に焦 点 が 当て られ てお り、また、『 わが愛 の譜』は、若 く して肺結核 で 亡 くな った滝廉太郎 (風間 トオル
)の
青春 の 「光 と影 」 が物語 のテ ーマ とな つてい る。それ ぞれ幕 末 と明治 を舞台 と し、近代化 され て い く 日本 にお け る若者 た ちの情熱 と苦悩 を描 い た青春映画である87。また、
1990年
代 にお け る母 もの メ ロ ドラマ とで も言 うべ き『 日本 一短 い「母 」 へ の手紙』において も、物語 の 中心 にい るのは、子供 たち (裕木奈 江 、原 田龍 二)と
別れ な けれ ばな らなか った母 (十朱 幸代)で
はな く、母 に捨 て られ た子 供 た ちの方 で あ る。この よ うに澤井信 一郎 は本 人が言 うよ うに、『 時雨 の記』まで は大人 を (主 人公 と して は
)撮
って は こなか つた。その澤井信 一郎 が、は じめて大人 を主人 公 と した メ ロ ドラマ映画 で あ る『 時 雨の記』は どの よ うな作 品で あ るのだろ う か。五
.不
倫 もの で あ り純 愛 映 画 で あ る『 時 雨 の記 』先 ほ ど も簡 単 に記 した が 、 この 映 画 の物 語 は 、
50代
と40代
の男 女 の恋 愛劇 で あ る。 男 性 は建 設 会 社 に 勤 め る重 役 (専務)で
、 定 年 を 目前 に控 え た妻 と、す で に成 人 した 息 子 を持 つ 人 物 で あ り、経 済 的 に も豊 か で 、社会 的 な地位 も高 く、 良識 も分 別 も あ る。 そ の よ うな男 性 、壬 生 (渡哲 也
)が
、 出 か け先 で 見 か け た40を
過 ぎ て い る生 け花 の 師 匠 に惹 かれ る。 彼 女 、 多 江 (吉永 小 百合)と
壬 生 は
20年
前 に 面識 が あ り、 壬 生 は彼 女 の こ とがず っ と印 象 的 に記 憶 に残 つ て い た。多 江 はす で に夫 と死 別 して お り、北鎌 倉 の家 屋 で生 け花 の講 師 な どをしな が らひ つ そ りと、 ひ と りで 暮 ら して い る。
この よ うな妻 子 あ る男 性 と夫 と死 別 した 女 性 とが 、お 互 い に惹 かれ あい 、恋 愛 関係 とな つて い くの だ か ら、 これ は 明 白 に
1980年
代 か ら続 く不 倫 もの の一 種 で あ り、 こ こだ け聞 く と、性 愛 に 主 眼 を置 い た 、肉感 的 な作 品 で あ るの か と 早 合 点 して しま い か ね な い。 ま た 、 この映 画 が 撮 られ た 前 年 の1997年
に は そ97